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第90話

「小学校に戻ったみたいね。男の子たちはいつも変な行動でみんなの注意を引こうとする」


優羽の言葉を聞いて、晴英は慌てて反論し、口の中のデザートを素早く噛み砕いて飲み込んだ。「俺のやり方こそデザートの正しい食べ方だよ。お前ら女の子にはわからない」と言い終わって、故意にもう一勺すくい、大げさな満足表情を作った。


残念ながら演技が下手すぎて、マナーを気遣って優羽は苦笑を浮かべるしかなかった。一方の美桜はもっと率直で、晴英に目くじらを立てた。


ただ純粋な晴美だけが信じ込んで、大きな目を瞬かせて晴英を見つめた。「お兄ちゃん、本当にあんなにたくさんすくって食べた方が美味しいの?」


「当然だよ!お兄ちゃんがいつ君をだましたっけ?もう一度試してみて。間違いなく先ほどの一口一口より爽快だぞ!」


晴美は少しためらったが、好奇心を抑えきれず、晴英のやり方を真似して大きな一勺をすくい、慎重に口に入れた。最初は小顔がいっぱいになって目を丸く見開いたが、すぐにこの一口の豊かな食感に驚かされて、「確かにそうだ」という笑顔が広がった。


彼女は言葉もはっきりせずに「確かにもっと美味しい!お兄ちゃん、本当に嘘をついてなかった!」と言った。


真凛の視線がこの一幕に触れた瞬間、口角が思わずちょっと痙攣し、その笑顔が突然凍りついたように顔に硬く止まった。しばらくしてようやく解凍した氷層のようにゆっくりと広がり、少し上がった口角が彼女の今の気持ちを物語っていた。


彼女はデザートを凝視し、視線がぼやけて何を考えているのか分からなかった。しばらくしてようやくスプーンを持ち、注意深く一勺すくって口に運んだ。デザートの冷たい触感を感じ、甘さが舌先に広がったが、芋圓の柔らかさやアイスジェリーの滑らかさ、フルーツの甘さまでは味わえなかった。


彼女はかつて美食を味わう喜びを取り戻そうと努力したが、脳裏にはただ空白が広がった。噛むことが終わると、彼女はゆっくりとその一口を飲み込んだ。まるで機械的な動作をこなしているかのようだった。


かつて真凛はまったくの美食家だった。藤間製果の製品開発部ディレクターとして、鋭い味覚が彼女を際立たせる鍵だった。食物の最も微細な違いまで正確に見分けることができた。例えばケーキ一つでも、クリームの濃厚さ、小麦粉の麦香、そしてフロストにほんの少し感じられるバニラの香りまで識別できた。


これは天が彼女に与えた恵みだったのに、後の病気の原因となった。


「真凛さん?このデザートが好きじゃないんですか?」薄葉夕夏が向かい側から突然声をかけ、真凛は驚いて急いで頭を上げ、隠せなかった慌てが眼に浮かんだ。「い… いえ、デザートの味をどう形容すればいいか考えていただけなんです」


「どうして形容する必要があるの?」薄葉夕夏の声には不理解が滲んでいたが、口調はいつものように優しかった。「美味しいと思えば、『美味しい』という二文字ですべての華やかな言葉や美しい表現をカバーできると思うの」


「豊かな言葉や引き込ませる描写は確かに人々の欲望をそそり、早く自分の口に入れたいと思わせるけど。でも『美味しい』二文字をなめてないでね。簡単で誰都が言えるけど、長編大論よりも美食を味わった瞬間の気持ちをより正確に表現できるじゃない」


「それに、誰も優れた表現力を持っているわけじゃない。それは天賦の才だよ。真凛さんにもあなただけの才能がある」


ここまで聞いて、真凛の顔は苦しげになった。ずっと前に自分の才能が何かに気づいて、意識的に磨いてきた。だから後の仕事で自由自在に使えたのだ。


しかし天賦の才であっても、天は思いがけない時にその権利を取り上げる。


「才能か… 才能だってなくなるんだ」真凛は頭を下げて独り言を言った。垂れ下がった前髪が陰を作って彼女の顔を覆い、表情が見えなかった。ただ口調にこもる寂しさが伝わってきた。


「才能がなくなるわけないよ。それは天からの祝福だから、なくなることはないよ。

ただ一時的に隠れているだけ」秋山長雪が首を傾げて真凛を見た。清らかな眼差しには真凛が一番恐れた励ましや慰めがなかった。「夕夏の例を見て。彼女がレストランを再開する前は、料理の才能なんて思いも寄らなかったわ。当時は文学の理想を追い求めて、作家になるのが夢だったの。『福気』を再開してから、まずは商売はさておき、彼女の作る食べ物はみんなが美味しいと認めている。彼女は隠れていた才能を掘り起こして活かしたから、今日私たちがここに集まれるチャンスがあるの」


「それに私はまだ自分の才能を発掘できてないわ。私の才能って何なのかさえわからない」ここまで言うと、秋山長雪の口調に明らかにいたずらっ子気が込んだ。


「時々、自分の才能が何なのかわかってる奴らと一緒になりたくなるほどだわ!」

冗談の言葉で少し重くなった雰囲気が一気にほぐれ、真凛の心の中の悲しみもぬぐい取られた。


彼女は口角に笑みを浮かべ、憂いを帯びた目は来た時よりも少し清明になった。「長雪さんの才能はおそらく周りの人を簡単に感染させることでしょ?みんなが思わずあなたに寄り添うようになる」


「そうなの?元来これも才能なの?私はこれはただ私の性格だと思っていて、特別なことじゃないと思ってたのに」秋山長雪は「なるほど」という表情を浮かべ、すぐに気付いて薄葉夕夏を誇らしげに見た。「だから私は天選の店長なんだ!難しく店の商売が日に日に良くなるの、その中に私の功績もあるんだ!夕夏、励ましに昇進と給料アップしてくれるよね?」


「はいはい、全てあなたがいるからこそ、店の雰囲気が活気づいて、みんながあなたの楽観と情熱に感染されて、よく来るようになったの。あなたはよくやったわ。では店のデザートの売れ行きは全てあなたに頼むわ」薄葉夕夏は流れに乗って褒めたが、昇進と給料アップの話は一切持ち上げず、まさに「悪徳老板」の役割を十分に演じた。


秋山長雪は聞いて、ふりをして彼女の顔をひっぱこうとした。「いい加減だよ夕夏、いつも空気を描くだけ。私はその手は通用しないわ!昇進と給料アップしないなら、店を食い倒すぞ!」


「それは問題ないわ。食べたいなら食べて、必ず腹を満たしてもらうよ」


真凛は 2 人のやり取りを見て、思わず軽笑を漏らした。今の彼女は、目の前の楽しい雰囲気に包まれ、心の陰りがもう少し薄くなった。


薄葉夕夏は笑いながら話題を本題に戻した。「もういいわ、冗談はやめて、みんないるうちに相談しよう。今は夏休み中だから、私と小雪は店でサマー限定デザートを出す予定よ。販売するデザートは今日作ったものよ。前回美桜、晴英と優羽が店でバイトをしたいと言っていたので、今がチャンスよ。働く時間は昼から夕方までで、昼食は提供するわ。デザートを買いに来た客を応接するほか、デザートを作るのも担当するわ。給料はそれほど多くないけど、受け入れられる?」


「昼食まで提供するのに給料なんか要らないわ。私が決めて受け入れたわ。いつデザートを売り始めるの?その時は彼ら三人をまとめて送ってあげるわ」桃さんは手を大きく振って、まるでこの件がこれで決まったかのようだった。


薄葉夕夏は苦笑しながら急いで説明した。「桃さん、給料はやはり払わなければなりません。これは掟よ。少なくても、子供たちが受け取るに値するものよ。給料は彼らが頑張って仕事をした証明だわ」


「そうそう!給料は給料、昼食は従業員福利厚生だから、混同してはいけないわ」秋山長雪がそばで頷いて同意した。「私たちは良心的な老板だから、無償で労働者を使うなんてしないわ。しかも私たちが払う給料はただ彼らの小遣いを少しだけ増やす程度よ。桃さん、心配はいりませんよ」


晴英三人の渇望する顔を見て、それに薄葉夕夏と秋山長雪の説得を加え、桃さんはついに皆の期待の中で頷いた。「あなた二人がそう言うなら、給料を払ってあげるわ。

でも少なめにして!彼らが金を持ってむだ遣いをするのを防ぐため!」と言い終わってまた晴英三人に向かった。「店に着いたらよく仕事をして、夕夏と小雪に迷惑をかけるな!彼女たちが店を開くのは容易ではないから、昼食を提供するとは言え食べ過ぎるな。できれば自分で弁当を持って来るか、家で食べてから出勤するんだよ...」


桃おばさんの話がますますひどくなり、給料を払ってまで働かせるかのようになったので、薄葉夕夏は急いで声を出して中断した。「じゃあスケジュールを言いますね。最初の三日間は三人で一緒に簡単な研修を受けて、その後スケジュールを組んで、毎日二人が来るように。こうすれば皆が休む時間があって、毎日出勤する必要がなくなるわ。具体的なスケジュールは、三人で相談して私に言ってね」


美桜は聞いて、大きな目がまるで二つの星のように輝いた。「私たちで自分たちのスケジュールを組むの?じゃあ私は優羽と一緒にスケジュールを組んでもいい?」と言いながら、彼女は優羽を見て、彼女の腕を強く揺らした。「優羽、優羽、一緒にスケジュールを組んでいい?こうすれば一緒に通勤できるよ!」


「私......」優羽は答えたがっている一方で晴英を取り残したくなく、まだ答え方を考えているうちに秋山長雪が先に口を開いた。「あなた二人が一緒になったら、晴英はどうするの?彼一人でデザートを作りながら客を応接するの?順番にスケジュールを組むのがいいと思うわ。例えば今日が美桜と優羽が出勤し、明日が美桜と晴英がペアになり、明後日は美桜が休んで、優羽と晴英が出勤する。一人が二日働いて一日休むわ」


「これはいいと思うわ。美桜、どう?」優羽は秋山長雪のアレンジに大満足だったが、美桜が不満を持つのではないかと心配した。


「そういうの!雪姉ちゃんの言う通りにしよう!こうすればある日は晴英が自転車で私を送ってくれるよ!」


美桜は大きな目を転じて、優羽から晴英へと視線を移し、玩味おもみの笑みを浮かべた。


「あ?自転車で連れて行くの?お前は優羽ちゃんのように軽くないし、店に着く前に俺は疲れて卒倒するだろ」と晴英は顔をしかめ、自分の言葉と表情がどれほど腹立たしいかに気づかなかった。


さすがに美桜は聞いて即座に立ち上がり、晴英に向かって言葉の嵐を浴びせ始めた。


優羽が仲を調停しようとしても止められず、間近に巻き込まれそうになるほどだった。3 人が大いにざわめく中、薄葉夕夏たちは楽しくその場面を眺めていた —— 誰も真凛が 3 人を見る視線が、最初の無関心から羨望せんぼうへ、そして最後は決意に変わっていくのを気付かなかった。


「夕夏さん、長雪さん…… 私もこの店でお手伝いしてもいいですか?」


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