表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/94

第73話

大介たちを見送り、掃除を終えた薄葉夕夏と秋山長雪は、冬木雲の見守る中で沈アシスタントが手配した車に乗り込んだ。


車は静かな住宅街を抜けてにぎわう市中心部へと進み、さらに前方へと駆ける。両側の風景はガラス張りの超高層ビルから自然な田園風光へと変わり、最終的に古めかしい大門の前で止まった。


2 人が下車すると、大門は内側から左右に開かれ、曲がりくねった石畳の小道が現れた。道の両側には生い茂った植物が植えられ、風に吹かれて「さらさら」と軽い音を立てた。草むらに隠れた地灯が隙間からぼんやりと黄色い光を漏らし、前方へ続く道を照らしていた。


沈アシスタントが門の内側で待っていた。2 人が手を組んでやってくるのを見て、急いで迎えた。「2 人がやっと来てくれました!今日は重要なお客様がいなくて、陸社長だけですので、料理の分量を少なめにしてもよろしいでしょうか?無駄遣いを避けたいので。」


「はい、分かりました。」


分量を少なくすることはできるものの、ある料理は「少なくしすぎると作れない。」ものがあった。薄葉夕夏は後で沈アシスタントに聞いてみようと思った。「余った料理を持ち帰ってもいいか」と。ゴミ箱に捨てるよりはマシだろう。


石畳の小道を抜けると、視界が一気に開けた。


目に入ったのは古風な木造の家屋で、木材そのものに重厚な時間の流れが感じられた。


「どうぞこちらで履き替えください。キッチンは中の方です。」と沈アシスタントは玄関のところで止まり、靴箱から未開封のスリッパを 2 足取り出した。極薄い底で雪白色の靴面。ロゴがないだけで、ホテルの客室に常備されているワンタイムスリッパと間違いない。


スリッパに履き替えて室内に入ると、全体的な内装は中国風。装飾用の高価な書画や磁器が随所に飾られていた。家具はほとんどが木製で、上等なオウコンボクを使ったものだと分かる。テーブルや椅子にはつやがあり、日々丁寧に手入れされていることが伺えた。


各椅子には柄の異なる宋錦製のクッションが置かれており、近づいて見ると刺繍が施されていた。雲、湘竹、紅梅…… それぞれに美しさがあった。


家屋の素朴な外観と比べて、室内は「地味ながら豪華」と形容できるほどだ。たとえ簡単な小物でも、素材の選び方や配置の角度に至るまで、オーナーのこだわりが感じられた。


「冷たい印象の陸社長が、意外にも繊細な趣味を持っているなんて……」と秋山長雪は内側でツッコミを入れながら、表面は平然としていた。彼女の目は「こんな装飾が好き」と輝いていた。残念なことに、自分の父親はゴージャスなヨーロッパ風のマンションを「地味なミニマル風」に改装してしまった。


陸社長の家と同じ「内外のギャップ」はあるものの、陸社長の場合は「中に奥深さがある」のに対し、彼女の家は「見かけだけ華やかで中身がない」のだ。


沈アシスタントを従えて何度か曲がりくねった道を進むと、キッチンに到着した。


キッチンも中国風の内装だったが、ダークブラウンの木製キャビネットには同じ色調の西洋調理器具コーヒーメーカーやオーブンなどが並べられていた。奇妙なことに違和感がなく、むしろ「和洋折衷」のデザインに感心したくなるほどだった。


窓は庭園に面した位置にあり、開けると、池の流水と茂る緑が視界に広がった。せせらぐ水の音が風に乗ってやって来て、夏の暑さを払しょくした。聞いているうちに、自然と心が落ち着き、座禅を取りたくなるほどだった。


薄葉夕夏は沈アシスタントの助けを借りながら、自分の依頼通りに準備された食材を確認した。


さすが「神秘的な陸社長」だけあって、食材の鮮度と品質は予想を超えていた。


「金持ちはみな自宅用の農場を持っているらしい…… これらの食材は、市場で流通するものとは次元が違う」と彼女は感心した。


この時、薄葉夕夏は出発前に秋山長雪の勧めを聞いたことを幸いした。「時間を節約するために、予め包んだワンタンを持っていく」という案を却下したのだ。テーブルに山積みになった肉の質は、いつも使っているものとは比較にならないほどだった。


3 分脂 7 分肉の前腿肉を細かく切り、挽肉機にかけた。さらに見た目が最も良いレンコンとシイタケを秋山長雪に細かく刻んでもらい、挽肉と混ぜ合わせた。自分はワンタンの皮を作り始めた。


2 人は協力してテーブル一面にワンタンを包み、後で茹でる 20 個を分け取った。残りは包み込んで冷蔵庫に入れた。


続いて美龄粥の食材を処理する。大豆で豆乳を搾り、山芋を蒸し器にかけ、浸した米ともち米を砂鍋に入れてゆっくり煮込む。パンの誘惑は最も簡単なので顧長雪に任せる —— トーストの中身をこぼし、芯を角切りしてバターと蜂蜜の混合液に漬けた後、オーブンに入れ、時間がきたらスイッチを入れるだけだ。


次にビールダックを作る。


アヒルの肉を大きく切り、下茹では不要。フライパンに生姜・ネギ・にんにく・唐辛子、月桂葉、八角、桂皮などの香辛料を入れ、香りが出るまで炒める。続いてアヒルの肉を加え、じっと炒め続けると、アヒルの皮が収縮し、肉が白くなったら弱火にして油を炒り出す。この時に長ネギを加え、肉をフライパンの端に寄せ、ピアンタンジャンを加えて赤油を出した後、肉と混ぜ合わせる。しばらく炒めたら、ライトコーンスープで色付けし、生コーンスープで味を整え、砂糖と塩を加え、調味料が完全に溶けるまで炒め続ける。


その後、ビールを 1 缶入れ、肉が覆われる程度にする。蓋をして、中小火で 30 分煮込む。時間が来たら強火にして汁をとり、最後に赤・青唐辛子の輪切り、ネギの刻み、パクチーを撒いて出来上がり。


ビールダックが煮込まれている間、林相旪は大根を洗い、2 ミリほどの薄切りにし、水鉢に塩を入れて柔らかくなるまで浸す。大根が折れずに簡単に握れる程度に柔らかくなったら、塩水を流し、水分を拭き取る。


普通なら大根に肉の具を入れるが、彼女は 16 枚作って皿に 1 周させることを考え、仏教の寓意(仏教の 16 種の修行方法や、白度母の手にある 16 弁のウバラの花)を連想した。そのため、肉の具ではなく豆腐、椎茸、大根、でんぷん、卵、パクチーを混ぜた素の具に替えた。大根を手のひらにのせ、具をのせて平たくし、指で中央に力を入れて握ると、花びらのような形ができ上がる。


皿の中心の空き部分に大根の薄切りを敷き、残った素の具を 4 つの丸い形にして積み上げ、福禄寿喜の四つの幸せを表す。その後、10 分蒸し、皿の汁を鍋に戻し、片栗粉水でとろみをつけ、再び具にかけ、出汁前にネギの刻みを撒く。


この料理には「花開富貴」という年越しにぴったりの名前があるが、周囲の清雅な内装を見て、もっと仏教的な名前を付け直した。


続いて顧長雪にサヤインゲンとラーチャンの処理を任せ、林相旪はゴールデンサンド豆腐エビを作る準備を始める。


塩卵黄を 15 分蒸した後、細かく砕くと粒感がなくなる。エビの殻と砂の筋を取り除き、でんぷん、塩、こしょう、酒で漬ける。豆腐を一口大に切って準備する。


フライパンに油を熱し、まずエビを炒めて取り出す。次に塩卵黄の砕きを入れ、中火で炒め続けて泡が立つまでする。この時にお湯を加え弱火にし、豆腐とサヤインゲンを入れ、塩、砂糖、こしょうで味を整える。蓋をして 3 分強火に煮込んだ後、エビと片栗粉水を加え、じっとかき混ぜて汁をとろみにし、すべての食材に味汁が絡むまで炒める。


林相旪がゴールデンサンド豆腐エビを作っている間、顧長雪は美龄粥に残りの材料(豆乳、潰した山芋、氷砂糖)を加え、均一に混ぜた後、煮込んで小碗に盛り、枸杞 2 粒を飾った。パンの誘惑はオーブンで焼き上がった後、上端にアイスクリームと各種のフルーツを載せ、チョコレートソースをかけ、沈アシスタントがレストランに運ぶところだ。


最後の料理の食材はすでに処理されているので、林相旪は炒めるだけでよい。サヤインゲンを鍋に入れ、油と塩を加えて 1 分ゆで、冷水でさましてサクサクした食感を保つ。別の鍋に油を熱し、にんにくのスライスを香ばしく炒めた後、ラーチャンを加え、最後にサヤインゲンを加え、塩と砂糖で味を整え、全体に炒め合わせて完成。


数々の料理が次々にテーブルに運ばれたが、仕事を終えた林相旪はまだ帰ることができなかった。彼女はお客様のフィードバックを待たなければならなかった。


5分ほど経つと、沈アシスタントがキッチンにやって来た。これまでと同じ丁寧な態度だが、礼儀の中には気づきにくいほどの敬意が増していた。「陸社長が 2 人にレストランに移動するようおっしゃいました。」


薄葉夕夏と秋山長雪は互いに視線を交わし、同じ驚きを眼に写した。ただ、秋山の驚きの裏にはわずかな不安が滲んでいた。薄葉は「トラブルに巻き込まれる。」とは思わず、「お客様が料理の説明を聞きたい。」だけだと考えた。


ドラマでよくあるパターンだ。「ある料理が大変美味しい」と評価され、シェフを呼び出して説明を求める —— そんな「主役的な立ち位置」を想像していた。


沈アシスタントに従ってレストランへと向かうと、そこの佇まいにさらに驚かされた。


中心には丸い実木のテーブルが置かれ、正面のガラス窓から庭園の景色が一望でき、裏手の引き戸を開けると直接庭に出られる。1 メートル以上の高さの青花瓷の壺が壁の角に控えめに飾られ、中には何の鳥の羽か分からない鮮やかな羽根が挿され、光線を受けて輝いていた。


壁際のサイドボードには同じサイズの刺繍作品が 2 点展示されていた。一方は壮麗な山河図、もう一方は優雅な四君子(梅・竹・蘭・菊)。その中央には丁寧に手入れされたしだれ茉莉が置かれ、白い花びらから清らかな香りが漂っていた。


テーブルの前にはすでに男が座っていた。身丈に合わせて縫製された黒のスーツ、無表情な顔立ち、温度のない視線がこちらをなぞる —— これが今回の家宴の依頼主、神秘的な陸社長だった。


「陸社長、こんにちは」と薄葉夕夏と秋山長雪が丁寧に挨拶をすると、陸社長はただ軽く目を動かし、手で席を指した。「どうぞ座ってください。」


薄葉が断るつもりで口を開こうとした瞬間、秋山が彼女の袖を引き止め、小さく頭を振った。そしてテーブルに近づき、陸社長から遠近適当な位置に座った。仕方なく薄葉も彼女の横に座ることにした。


2 人が順応して座ると、陸社長は沈アシスタントに向けて「2 人用の食器を用意」と命じた。


これは「一緒に食事をする。」という招待だった。


薄葉夕夏は「ヒヤッ」と背筋を凍らせた。「仕事の報告が終わったら、余った料理を持って家に帰りたい」だけなのに……


レストランはゴクドンという時計の音以外に静まり返り、3 人は誰も声を出さなかった。


薄葉には圧迫感のある視線が自分と秋山の身上を行き来するのが明確に感じられた。


観察か、探究か……。プレッシャーに負けて彼女はゆっくり頭を下げ、「災いを招かないように」必死にしていた。


ところが隣の秋山長雪はまったく逆の行動を取った。陸社長の鋭い視線に怯えるどころか、正面から真っ直ぐ見つめ返した。いつもの「水玉眼」は今では警戒色を帯び、まるで向かい合う野生動物のように鋭い眼差しでテーブル向こうをにらみつけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ