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第71話

大介は夜の街を歩いていた。正午の配達で少し稼ぎをした。立ち去る前に、隼人は彼を新たに作られたグループチャットに誘い込んだ。メンバーは全員、彼に弁当の代行購入を依頼する「金主(お金持ち)」たちだった。


皆はこれからグループ内で注文と支払いを行うことにした。大介にとって、統計も金銭の受け取りもスムーズになる。


今後毎日の正午に追加収入が見込めることを思うと、心から喜びが湧き上がった。そうだ、あの日間違って「福気」の扉を開けた以来、運勢が良くなったんだ!


住宅ローンの 3 階に上がると、廊下の入り口に長さ適度な行列が整然と並んでいた。前列に立っていたのは隼人と卓也だ。2 人は大介が上がってくるのを見て、急いで近づいて次々に良い知らせを伝えた。


「大介、お前の時来運転だ!見ろ、これらの住民たちは全員、お前に弁当を頼みに来たんだ!」


「大介、今日の昼ごはん超香かった!グループに新たに 5、6 人の同僚が入って、明日から注文するって言ってる!」


「何が何だ?」大介は頭を撫でながら理解できなかった。事が多いと、彼の頭脳は鈍くなるのだ。


「まあ、俺が説明する!」卓也は大介を隊列の前に押しやった。「ほら、これらの住民はお前が同僚の弁当を代行購入していることを知って、みんな依頼したいと言ってる。俺がグループチャットを作って、注文内容も統計したから、明日の正午は少し多くの場所を回ってもらうけど、よろしい?」


「隼人の所でも、同僚たちが今日の昼ごはんを大絶賛しているから、この仕事はしばらく続くだろう。」


一つの場所を回るのも、二つの場所を回るのも同じ労力だ。肉体労働に慣れている大介にとって、体の疲れは問題ではなかった。すぐに承諾した。待ち行列がなくなり、3 人だけになった時、大介はぼんやりと卓也に「なぜ夜の配達を受けないのか」を聞いた。


反正とにかく、彼は毎晩「福気」で弁当を買うから、何品目追加しても構わないのに……


「お前、本当に馬鹿だな。ここの住民は稼ぎが苦労人なのに、しかも住宅ローンから『福気』まで近いじゃない?なぜお前に配送料を払わせる必要がある?」


「なるほど!」


卓也は一瞬無言以対になった。この男に頭脳労働を期待するのは間違いだった…… と感じた。「いいから、そんな時間をかけるより、弁当箱を入れる袋のことや、最適な配送ルートを考えたほうがいい。俺の予感がするんだ、間もなく注文が急増するからな。」


誰もが予想しなかったが、卓也のつい言ったことが、まさに的中する形で実現することになる。


翌日の正午、隼人から配達中の大介に電話がかかってきた。彼の声は興奮であふれ、スマートフォンを通じても伝わってきた。


「大介!天よ!俺、今超興奮してる!知ってる?昨日、バカな小島が部長の舅にオフィスで中華料理を食べさせないように命令させたんだ!みんなが注文をやめそうになったところを、風間が小島の陰謀を暴き、『普通に食べろ』と勧めたんだ!そしたら、休憩室で堂々と食べたら…… 誰が知った!その光景を見た他社の社員たちが羨ましがって、新たな客が続々と来ることになったんだ!」


「早くお前にその場に残ってもらえばよかった!俺たちがゆっくりと食べているのを、周りの人たちが羨望の眼で見ているのを見ることができなかった!」


对了そうだ、明日から注文量が増えるから、『福気』に行って店主に『今後は食材の準備を増やして』と伝えておいてくれ!」


隼人の勤めるオフィスビルだけでなく、住宅ローンの新たな注文グループにも多くのメンバーが加わった。夜、再び「福気」に入ると、店内は以前よりもにぎわっていた。多くの住宅ローンの住民が、夜の 7 割引きを利用して美味しい料理を楽しんでいた。


大介が店に入ると、住民たちから声が掛けられた。


「おい!大介来た?ここに席があるぞ!」


「大介、早く座れ!正午の弁当、めちゃくちゃ美味しかった!午後ずっと恋してたぞ。見ろ、仕事が終わったら妻と子供を連れて来た!」


「そういえば、大介がこの高いコスパの店を見つけてくれたおかげだ。あ、僕の同僚も注文グループに入ったから、明日彼の分も持ってきてもらえる?」


「俺の同僚も入った!明日の正午はまた大介にお願いするね。」


近所の人たちの親しみやすい態度に、大介は不思議な情感を感じた。普段はごく表面的な挨拶程度の近所同士が、美食を通じて一堂に会し、和やかに食事をしながら話している。


そんな和気あいあいとした雰囲気に浸っていると、料理を運びに来た秋山長雪が客たちの「大介」という呼び声に気づき、動きを止めた。


この男か!


初めて会った時に「似ているな」と思ったのは正解だった!


格好のいいスーツを脱ぎ、地味なスポーツウェアに着替えたら、ならず者っぽいなガキンチョの雰囲気がまるでなくなった!


「あなた、大介?」秋山長雪が近づき、大介を上から睨むように問いかけた。


突然の鋭い声に全身を震わせ、硬直した表情で頭を上げた大介は、秋山の「怒っているのか?」とも思える表情を見つめ、説明しようとしても言葉が喉に詰まった。魚の骨が刺さったよりも苦しい思いだった。


大介にとって、「正体がバレる」ことが、これほど突然で簡単な形で訪れるとは夢にも思わなかった。


「私... 私... 私......」


「悪い道を改めたなら、これから真面目に生きて、そういうこと(悪事)はやめなさい」


秋山が怒らずに忠告するのを聞いて、大介は驚いた表情を浮かべた。


「私があなたを追い出すと思った?来る者は客。誰が来ても、『福気』の門をくぐれば『お客様』しかない」


大介の尊敬の眼差しを受けながら、秋山は落ち着いて台所に戻る。薄葉夕夏に会った瞬間にのぞまず息を吐き、友人の前でしゃべり続けた。


「まさかの因縁!夕夏、知ってる?知らないだろ?驚くから聞いて!


毎晩 7 割引きで来るお客さん、あの大介、本当の名前は大介なんだ!覚えてる?ヤクザのグループに属していて、金利貸しや回収の仕事をしていたやつ!


本当に洗心革面したの?人生は長ければ長いほど驚くことがあるわ!偽の金のチャームを外し、眼鏡をかけたら、まるで真面目な青年!昔のならず者の臭いがまったくないわ!何があったのかしら、こんなに改心したの?夕夏、聞いてる?どうして返事しないの?」


「聞いてるわ。同じことばかり繰り返しているから、聞き逃せないわよ」薄葉夕夏は通路の真ん中に立つ秋山を避けながら言った。


「驚かないの?あの人、大介なのよ!あなた、かつて脅されたじゃない!」


「何を驚くの?私、ずっと彼が大介だと知っていたわ。しかも、もうそんなこと(ヤクザの仕事)してないから、古い話ばかり言わないわ。今は大切なお客様なの。ここ 2 日の持ち帰り注文や、今夜の来店客は全員、彼のお陰だから。だから、彼に敬意を払って。過去のことは口に出さないで」


薄葉夕夏は秋山に念を押した。彼女はこの友人が、思い出した旧恨を理由に突進してトラブルを起こさないよう、心配していたのだ。


「私、バカじゃないわ!... え?待って!あなた、いつ彼が大介だと知ったの?」


「初めて来た時に気づいたわ。あなた、見分けられなかったの?」


大介はエコバッグを提げて近所の人たちに別れを告げ、自宅に向かった。この時、彼の気持ちは晴れやかだった。正体がバレたのは突然だったが、心に積もった重い石が下りたような気分だった。


2 人の店主が大介を知っても態度を変えなかったことに、感動と感謝がこみ上げた。「正午の配送をもっと真剣にやって、2 人にもっと稼ぎを手伝わないと」と固く決心した。


彼の考えに偶然一致していたのが卓也だった。


住宅ローンの住民が仕事や学校に出かける間、彼は家でのんびりしているわけではなかった。大企業で幹部を務めたことのある彼の目には、先見の明が宿っていた。大介が「福気」の弁当箱を提げている姿を目撃した夜から、彼は理想の未来像を見ていた。


その後起こった出来事は、すべて彼の予想通りだった。


家で過ごす時間を全て新しいプログラムの作成に費やしていた。彼は「利民的」な生活系アプリを開発しようと考えていた。そして、そのアイデアのきっかけとなったのは、「福気」と大介の存在だった。


階段の入り口で戻ってきた大介を待ち伏せした卓也は、飛び込んで彼の腕をつかみ、自宅に引っ張り込んだ。「隼人も俺の家にいるよ。君を待ってるんだ!今夜、重大な発表がある!」


大介はぼんやりと彼の後に続き、熱弁に満ちたスピーチを雲の上のように聞き流した。それを隼人が「わかりやすい日本語」に翻訳して説明した後、ようやく卓也の「重大な発表」の内容が理解できた。


「だから、あなたは配達専用のアプリを作るんですか?」


「『作る』ではなく、もう作ったんだ。」卓也は丁寧に訂正した。「もちろん、現在のアプリは非常に素朴な状態だ。市場投入するにはさらに細かな改良が必要だ。だから、僕らが今やるべきことは、繰り返しテストを重ねて改良していくことだ。」


「では、具体的にどうやってテストするんですか?」


「第 1 段階のテストは比較的簡単だ。僕ら 3 人と 1 軒の店をユーザーに設定して、注文→受注→配達までの流れを確認する。問題がなければ、近所の人や隼人の同僚に広げて第 2 段階のテストに進む。」


大介はようやく理解した。卓也は「福気」を自分の事業に巻き込みたいのだ。3 人の中で、2 人の店主と頻繁に接触しているのは自分だけだ。つまり、彼女たちを説得する任務は自分にかかっているということだ。


「彼女たちが必ず同意するとは断言できないけど、明日は週末で『福気』に食事に行くから、アプリについての説明はお前らに任せるよ。」


3 人はそれぞれ役割を受け取って家に戻り、翌日の正午に「福気」を目指した。


週末の「福気」は平日より 1 時間遅く開店する。その時間を利用して大掃除を行うのが慣例だった。


横目に店に入った人影を捕まえた秋山長雪は、机を拭きながら謝罪した。「すみません、まだ営業開始していないんです……」その人が勝手に店内に進み、止まる気配がないのを見て、秋山は腰を伸ばして頭を上げた。「お客様… え?冬木雲、なぜ来たの?」


「何日か会わなかったから、午後この近くで用事があるので、先に来て手伝おうと思ったんだ。」冬木雲はサインを脱ぎ、シャツの袖口を巻き上げると、健やかな腕を見せた。「床拭きをするから、夕夏は?声をかけに行くよ。」


「台所で忙しいわ。ちょうどクリーナーも台所にあるから、1 本持ってきてね。」

何日間連絡がなかった季雲惟が突然台所に現れたことに、薄葉夕夏は一瞬反応が遅れた。冬木雲が先に声をかけた。「夕夏、何日ぶりか… 元気?」


「元気?」という 4 文字には、言葉にできない優しさがこもっていた。


そして、言葉の裏に秘められた「会いたかった」という想いが、烟のように 2 人を包み込んだ。

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