第65話
静かで穏やかな朝、大介の家族 3 人は低いテーブルで楽しそうに朝食をとっていた。
「お兄ちゃん！お兄ちゃん！このごはん、超美味しい！」年齢の小さい陽葵はひよこ型のスプーンを振り上げ、喜びのあまり体を動かしていた。物事を理解できる陽翔は急いで妹を抱き止め、小さな顔に年齢外れの憂いを浮かべた。「お兄ちゃん、こんなに美味しいごはん、高いの？」
「安いよ。夜 7 時以降、30％OFF で買ったんだ。うちには負担できるから心配しないで。」大介は愛情をこめて弟の頭をなでた。この 2 人の子供が自分と一緒に苦しい日々を送っているのは、自分が兄としての役目を果たせていないからだ。
「お兄ちゃん、私たちはやっぱりおにぎりとパンでいいの。私、それら好きなの。」
「ダメよ。お前たちはまだ小さいから、新鮮な食べ物をたくさん食べなきゃ。おにぎりとパンは緊急事態用だから、正餐にはできない。悪いのは俺で、料理ができないから……」大介は重たいため息をついた。子供たちに対する罪悪感が募るばかりだ。
「陽翔、俺はもう悪いことはしないから。今は苦しいけど、きっと良くなるから。お前は自分の勉強と妹の世話だけ心配して、ほかのことは気にしないでいい？」
物知りな陽翔は、兄が彼らに栄養を摂りたいと思っていることを知っているし、兄が稼ぎ钱を苦労していることも理解している。そこで、もう言葉を続けず、茶碗を両手で持って大口に食べ始めた。「早く大人になって、兄の負担を減らさなきゃ」と心に誓った。
子供たちが楽しそうに食べている姿を見て、大介もうれしくなった。飽きていたサンドイッチも、今はその味が許せるようになった。
「ドン！ドン！ドン！」
「大介！大介！家にいる？早くドアを開けろ！」
突然、ドアが激しく叩かれた。外から焦った男の声が聞こえた。大介はかつての道仲間が尋ねてきたのではないかと思い、慌てて身の回りに手にするべき武器を探し始めた。
「兄、焦らないで。外の声は卓也兄ちゃんみたいだよ。」
「卓也？まさか。あいつは午後まで寝てるはずだ。」大介は弟を疑問のまなざしで見たが、それでも探し続けた。
「本当よ！ドアの外で途切れ途切れに話している声は、卓也兄ちゃんの口調に似てるわ。まずはドアの目覗き穴から見よう。」
「まあいいか。」
弟が自分より賢いことを知っている大介は、弟の言葉を聞くことにした。
目覗き穴から外をのぞくと、まず見入ったのはお馴染みの乱れた髪型。続いて、熊目の卓也の顔。そして、さらに下には、カラフルで複雑な柄のパジャマが見えた。
大介はドアを開け、言葉に尽くせない表情で来訪者を見た。「卓也、おはよう。何か用があるの？」
「ありがとう神様！大介、家にいたんだ！出かけたと思ったら駄目だった！来、このお金、受け取れ！」
卓也は言いながら大介の手に現金を押し付けた。2 人がドアの前で引き扯める様子に、この時間に出勤する近所の人々が相次いで注目した。
「俺にお金を渡すなんて、何のつもり？用事を言え。」
近所の人々の異様な視線に耐えかねた大介は、手を離して一歩後退し、卓也との距離を取った。
「親友、いい兄弟！俺の考えていること、お前にはわからない？」
「鬼がわかる！！」大介は目を見張り、初めて卓也をじっと見つめた。「この奴、ゲイなのか？そして、俺を狙っているのか？」
そう考えた大介は、さらに大きく後退した。卓也が獣性を発揮するのを恐れたのだ。
「何を考えてるの！」卓也は向かいの大きな子供と小さな子供の警戒した視線を感じ、急に気づいた。「俺、お前に聞きたいんだ！今夜、昨日パッケージしたレストランにまた行くの？」
「行くよ。どうした？」
「行くならいい！このお金、受け取って。俺にも 1 人分持ってきてくれ！」
お金を受け取った大介は、数えなくても卓也が多めに払ったことがわかった。「これじゃ多すぎるよ。」
必要な分を取り出して、残りを返そうとした。「これで十分だ。」
「いやいや！全部受け取れ。余った分はティップだ。」
「それはダメ。近所同士だから、お前のお金を稼ぐわけにはいかない。」
「お前に渡すのじゃない！余ったお金で陽翔と陽葵においしいものを買ってあげろ。」
卓也がそう言ったので、大介は 2 人の子供に「ありがとう」と言わせながら、やっと受け取った。卓也は恥ずかしくなり、逃げるように家に戻った。
店内にぐったりとした秋山長雪は、退屈そうにカウンターに伏せかかっていた。開店二日目の今、前日よりもさらに客足はさましく、彼女が精心して作成したツイートもまるで石を深海に投げたように、まったく反響がなかった。
「あー～」秋山長雪は長く溜息を吐き、後ろ向きに台所で忙しく動く薄葉夕夏を見た。
彼女が強制的にホームパーティの注文を受けて以来、決められた料理の練習に専念している。そのおかげで、毎日来る約束をしたブロガーのカップルが穴を埋めて、「福気」の専属フードドキュメンタリーを制作すると言いながら、薄葉夕夏の料理過程を楽しそうに撮影しながら、ご馳走を楽しんでいる。
「トーストは好きですか？次に作るのは、トーストをメインにしたデザートよ。」
「トースト？デザート？あなた、ベーキングもできるの？」ジェシカは驚きの声を上げた。彼女は司会者兼助手役を務め、ビデオに風趣を添える役割を担っている。
ブルーノはカメラを構え、慣れ親しんだレンズで美食の物語を描いていた。
「それほど詳しくはないわ。」薄葉夕夏は頭を振った。「私が作るデザートは、完成品のトーストを加工するだけなの。作り方はとても簡単で、家でも簡単にできるわ。」
「本当に？デザートって難しいと思ってたの！」
「いくつかは簡単なものもあるわよ。見ててね。」薄葉夕夏は冷蔵庫から四角いトーストを取り出した。「これは昨日買ったトーストで、一夜冷凍したわ。必要なのはバター、蜂蜜、アイスクリームよ。」
「アイス？？」ジェシカは薄葉夕夏を不可解に見つめ、トーストとアイスの組み合わせがどうなるのか、頭を巡らせても想像がつかなかった。
「じきにわかるわ。まず、トーストの端から中のパンの芯を掘り出すの。冷凍したトーストは切りやすいから、形が崩れにくいわ。」
「ほら、パンが取り出せたわ。」薄葉夕夏は手のひらに柔らかいパンの芯をのせて振った。ブルーノはすぐにカメラを近づけ、大きなクローズアップを撮影した。
「次に、平らに 3 等分の厚いスライスに切り、横に 2 切れ、縦に 2 切れすると、9 つの小さな角ができるわ。」
「小さな碗に蜂蜜とバターを入れ、熱水で溶かして液体にする。小さな刷毛で角に液を塗って、元のトーストの殻に戻す。残った液は隙間に流し込むだけ。あとはオーブンに入れるだけよ。」薄葉夕夏は手のすりガラを払い、トーストをオーブンに入れた。「オーブンは 180 度で予熱して、上下火で 15 分焼くの。」
「これで終わり？」ジェシカは目を見張り、薄葉夕夏の作業を全程見ていたが、焼く時間を含めて全部で 30 分もかからない。クッキーを作るよりもずっと簡単だった。
「最後の工程があるわ。焼き上がったらアイスクリームをのせるの。フルーツが好きならストロベリーやマンゴーをのせてもいいし、甘いのが好きならメープルシロップやチョコレートソースをかけたらさらに美味しいわよ。」
料理について語る薄葉夕夏は、自分でも気づかないほど自信に満ちた態度を取っていた。ブルーノはついカメラを彼女に向け、話している姿を撮影した。「これは公開せずに、小店長の記念に残そう」と考えたのだ。
3 人が台所でトーストが焼き上がるのを待っている間、秋山長雪はカウンターでスマホをいじっていた。彼女の指はテンポよく画面をスクロールし、システムがおすすめするビデオを見ながら文句を言っていた。「くそ、こんな料理ビデオ、クオリティが低いわ。夕夏がビデオを撮れば、間違いなく大きなインフルエンサーになれるのに…… こんなダメな動画が横行してるの、本当にウザい！」
「退屈死了！システム、もっと面白いビデオをおすすめしてくれないの！？」
「外国人も中華料理が好き？この外国のカップルがガツガツ食べる様子を見れば、中華料理への愛がわかる……」
「何のクソなマーケティングアカウントなの！クオリティのない内容ばかり発信して、まったく！」秋山長雪は、マーケティングアカウントが雑然と編集したビデオを見つけて怒鳴り散らした。指で画面をスクロールし、別のビデオを開いた途端、急に動作を止めた。「等一下…… この外国人、なんか見覚えがある！ウソ！ジェシカとブルーノじゃない！？どうして中華のマーケティングアカウントに出てるの！？」
「くそ野郎！他人のビデオを盗んで、めちゃくちゃに編集するなんて！クソ野郎ども！」
秋山長雪はすぐに事情を理解した。このマーケティングアカウントは、ブルーノが YouTube に投稿したビデオのクリップを盗み、故意に出所を明記せずに、他の外国人フードブロガーのビデオと編集して、AI ボイスを使用して「オリジナルビデオ」に混成していたのだ。
なんて卑劣な手法なの！
さらに詳細に見ると、盗まれたクリップは、ブルーノが昨日新たに投稿した旅行バラエティ番組の中で、「福気」で食事をしているシーンだった。テーブルには、明らかに彼らが注文した激辛のマラボンに幅広い麺、そして激辛のポテトマッシュの麺が並んでいた。
秋山長雪は画面いっぱいに流れる「彼らの食い様子が醜い」というネットユーザーの悪意のあるコメントを見て、さらに怒りを募らせた。
「あなたたちは彼らを知らないのに、なぜ勝手に悪口を言うの！？」
腹立たしさを抑えきれない秋山長雪は、すぐにコメント欄を開き、ガチャガチャとキーボードを叩いた。
【卑劣なマーケティングアカウントが YouTube の大ブロガーのビデオを盗んでいます！前半のビデオは、YouTube の著名な旅行ブロガー ——J&B が昨日投稿した新ビデオの一部です。このクリップは、彼らが滞在していた民宿の近くにある「福気」という中華料理店で撮影されました。このレストランは地元で非常に評判が良く、マーケティングアカウントが言う「雑魚店」ではありません！また、ブロガーは非常にフレンドリーで、中華料理と文化を深く愛していますので、勝手に攻撃しないでください！可能であれば、ブロガーのアカウントで完全版のビデオをご覧ください。ありがとうございます！】
文字を打ち終えると、秋山長雪は直接送信ボタンを押した。この件をジェシカとブルーノに伝えるつもりはなかった。彼らが中国人そして中国に対するネガティブな印象を持つのを恐れたからだ。
「わあ！小店長！アイスクリームをのせたら、もっと美味しそうに見える！こんなトーストの加工方法、どうやって思いついたの？本当に天才じゃない？」
台所からジェシカの喜びにあふれた声が響き、彼女は興奮してカウンターに飛び込み、秋山長雪の腕をつかんで台所に引っ張り込んだ。「小雪店長、早く見て！」
「ほら！ほら！トーストがこんなにも美味しく食べられるなんて！サンドイッチしか作れないと思ってたの！中華料理って本当に凄い！西洋の食材でも自由自在に使える！感心！」
「へへ！それだけじゃないわよ。中華料理にはまだまだたくさんあるの。私たちでさえ、まだ全部理解していないのよ。」
「もういいわよ、ブルーノがクローズアップ撮影終わったから、早く食器を取って味見しなさい！アイスが溶けちゃうわよ！」
薄葉夕夏は場にいる者それぞれに箸を渡し、自分で 1 切れのトーストを挟んでアイスクリームにつけた。
サクサク焼き上がったトーストが、甘くて冷たいミルクアイスクリームに包まれ、甘味が爆発する。一冷一熱の極端な対比が口腔内でふれ合い、中毒性のある味わいだ。
「OMG！美味しい！超美味しい！止まらない！小店長、もう 1 つ作ってもらえる？」
「小店長、あなたは間違いなく料理の天才！このデザートは、5 ツ星レストランでも売り切れ続けるくらい！私が思う存分食べられるなんて！神に感謝！」
