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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(アーワの森、ザワワ湖、そして王都)

元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(11)ハンドレッドナックルおかわりっ!

作者: 刻田みのり

「ふはははは、クソ女の分際で面白いことを抜かすな」


 ピンクケチャの群れから飛び出すようにネンチャーク男爵が現れた。


 背中にはコウモリみたいな翼を生やしている。着ている黒いローブには沢山の飾りと金糸の刺繍。


 ところで「メラニア様命」って刺繍があるのだがあれって何かの冗談か? 絶対に狙ってやってるよな?


 てかセンス最悪。息しないで欲しい。


「俺様は最強にして無敵。そんな俺様が死ぬ訳ないだろ? それに魂を滅するだと?」


 ネンチャーク男爵がまわりのピンクケチャに同意を求めるように言った。


「そんなの無理に決まってるよな? なぁ?」


 ピンクケチャが揃ってうなずき、汚らしい声で笑った。


 気を良くしたネンチャーク男爵が右腕を横に振る。


「俺様に勝てないってことをその身に叩き込んでやるよッ!」


 重低音とともに巨大な塊が悪魔たちを押し潰しながら出現した。高速で飛んできたからか空圧が凄い。


 あ、ファストが風の結界を張り直してる。そうか風の結界に影響する程強烈な空圧だったか。


「妾の結界に綻びを起こさせるとはな。ふむ、ただのゴーレムではないということか」


 それは巨大な人型のミスリルゴーレムだった。


 青みがかった銀色の巨体がゆっくりと両手を振り上げる。胸に刻まれた二つの魔方陣がぼんやりと赤く光っていた。


「……」


 何かやばい。


 俺はミスリルゴーレムの攻撃を警戒して防御結界を張ろうとした。もちろん無詠唱です。


 しかし、何も生じない。


 俺の結界魔法が打ち消されていた。


 それだけではない。イアナ嬢が張っていた防御結界も消えてしまった。


「えっ、ちょ」


 俺と同様に魔法を打ち消されたイアナ嬢が狼狽える。


「結界が消えるなんて。それに再展開できないッ!」

「あ、これ効果の範囲内の魔法を無効にする機能みたいですね。攻撃や防御を魔法に頼る人間にはきついかもしれません」


 リアさんがシャルロット姫をお姫様抱っこしながら宙に舞った。


「まあ私は能力で結界を展開できますが」


 リアさんを中心に闇の結界が張られて球形の闇となる。


 うっすらと中が見えるがほとんどシルエットだな。


 というかあれって魔法じゃなくて能力扱いなのか。


 さすが精霊王ってところだな。


 俺は感心したのだがネンチャーク男爵が嘲笑した。


「わははは、生意気なことをほざいた割に結界に逃げるか。無様だな。俺様の魂を滅するんじゃなかったのか」

「お望みなら滅してあげますよ」


 リアさんの声があたりに木霊した。


「この闇の結界はあくまでも姫様の身を守るためのもの。あなた程度に臆した訳ではありません」

「抜かせっ、そんな貧弱な結界くらいッ!」


 ミスリルゴーレムが闇の結界に突っ込んで殴りかかろうとした。


 だが、ミスリルゴーレムが結界に触れる直前ふっと結界そのものが消える。


 闇の精霊王であるリアさんの能力によって張られた結界だ。ミスリルゴーレムの強制無効化の機能で消えたのではない。


 次の瞬間。


 少し離れた位置に再び闇の結界が現れた。


「無駄ですよ。何人たりともシャーリーの生まれ変わりに傷つけることはできません」

「な、ふざけんなっ! 何で結界が消えないんだよっ!」

「聞いてなかったんですか? これは魔法ではなく私の能力です」

「こ、このクソ女ぁ、俺を馬鹿にしたような口を利くんじゃねぇ」

「そうでしたね、あなたそもそもの程度が低かったんですもの。理解力なんてありませんよね」

「ため息混じりに言うんじゃねぇ。俺様を憐れむ言い方は止めろっ!」

「あら、お気に障りました? でも哀れなのは事実ですよね」

「このクソ女ァッ! 絶対にぶっ殺すッ!」


 激高したネンチャーク男爵が怒鳴り散らすがリアさんに華麗にスルーされてしまう。


 ミスリルゴーレムの攻撃も激しくなるが瞬間移動で逃げられてしまうため一度として当たらない。


 あれもうネンチャーク男爵に勝ち目はないな。ルールがあるのでリアさんも攻撃できないから決着もつけづらいけど。


「……」


 つーかリアさん。


 ここぞとばかりに煽ってるな。


 それとあれだ。


 リアさん、シャルロット姫のためかもしれないけどかなりやらかしてる。


 だって、ファストがすげぇ渋い顔して見てるし。


 あれ、ルール的にはまずいんだろうなぁ。よくは知らんけど。


 あと、あのミスリルゴーレム。


 どうやら強制無効化の有効範囲はそんなに広くはないようだな。


 その証拠に俺たちから離れたところで戦っているマルソー夫人は平気で魔法を連発してるし。


 一体、何発の広範囲殲滅魔法(ニュークリアブラスト)を撃ってるんだよ。


 ミスリルゴーレムがしつこくリアさんたちのいる闇の結界を追いかけている。


 ネンチャーク男爵が歯ぎしりしてるけど、まああの調子だとそう簡単には捕まえられないだろうな。


 なーんてちょい呑気に見ていたらファストが寄ってきた。


「お主、もっと銀玉が欲しくないか?」

「もっとって」


 俺はファストを一瞥してから言った。


「銀玉は俺に渡した分で最後なんだろ?」

「そうじゃが、素材があればすぐに作れるぞ。あの程度の魔道具なら一呼吸の間も要らぬ」

「……」


 ファスト。


 お前、すげーな。


 俺が驚いたからだろう、ファストがふふんと鼻を高くした。あ、これ何かムカつく。


「だが素材なんて俺は持ち合わせていないぞ」


 オールレンジ攻撃に用いる俺の銀玉やイアナ嬢の円盤は特殊な素材から作られる。オルハリコンまたはミスリルが必要だ。


 ミスリル自体なら持っていない訳ではない。


 マジンガの腕輪(L)はミスリル製だし、俺が腰に吊しているのはミスリルの剣だ。


 だが、それらを素材に回すつもりはない。


 どちらもお嬢様からいただいた物だからな。素材に回すだなんてとんでもない。


 しかし、ファストは俺の腕輪や剣には目もくれず。


「素材ならあそこにあるではないか」

「……」


 その視線の先にあるのはミスリルゴーレム。


「あれだけあれば足りぬ銀玉も余裕で補充できるのじゃ」

「……」


 俺の頭にあの中性的な声が聞こえてきた。



『女神プログラムによって定められた対象に触れることにより「分解」の能力を発動することができます』



 俺が意識するとぼんやりと赤い光がミスリルゴーレムを覆っているように見えた。


 直感的にあれが女神プログラムによって定められた対象を示しているのだとわかる。まあ違うのかもしれないがそのことは頭の隅にでも追いやっておこう。


 俺は自分の左拳に目を落とした。


 ぎゅっと握り直す。


「やってみるか」


 俺は跳躍してミスリルゴーレムに近づこうと身構えるが。


「まあ待つのじゃ」

「?」


 ファストに呼び止められ、そしてあの中性的な声がどこからか聞こえてくる。



『確認しました!』


『風の精霊王ファストによりジェイ・ハミルトンに能力「飛翔」が追加されました』

』自身の魔力を消費することにより空中移動が可能になります』

『なお、移動速度・持続時間は消費される魔力と熟練度により変動します。また空中移動中の空気抵抗や重力の影響は女神プログラムにより判定外となります』

『飛翔の能力の使用中は他に一つしか魔法を発動できません。ご注意ください』



「……」

「本来は風の精霊結晶を得ぬと獲得できぬ能力じゃが今回は特別じゃ。お主はあのお方のお気に入りじゃからのう。それに妾も興味深く思っておるぞ」


 俺が固まっているとファストが言った。何だか偉そうだがそれはいい。


 それはいいんだ。


 実際、精霊王な訳だし。


 うん、本当にそれはいいんだよ。


 ただ……。


「……」

「どうした? 妾からの贈り物がそんなに嬉しいか?」

「ま」

「ま?」


 俺が小さく漏らした言葉にファストが首を傾げた。こいつ、頭の上に疑問符なんて並べてやがる。


 まあそれもいい。めっちゃどうでもいいし。


 とにかく、これだけははっきりと言っておこう。つーか言わせてくれ。


 俺は避けんだ。


「ますます常人から離れていくぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」



 **



 ふう。


 思いっきり叫んだらすっきりしたよ。


 俺はぎゅっと両拳を握るとファストに告げた。


「じゃあ、素材を取ってくる」

「う、うむ」


 おや?


 何故かファストが引いてるぞ。


 ま、いいや。


 俺は飛翔を発動して宙を舞った。


 飛行魔法自体はこの世界に存在する。


 重力や姿勢維持、空気抵抗、その他の要因を魔力で制御するやり方と精霊の力に頼るやり方とに分けられるがいずれも容易には修得できない。


 呪文だととても長い詠唱を必要とするし契約者を飛ばせるようにできる精霊は精霊そのものが高位だったりする。


 高位精霊との契約なんてそこらの魔導師には無理だ。自然、飛行魔法を使える魔導師は数が限られてくる。


 ああ、そういやワルツも空を飛べたな。


 もっともあいつはメラニア付きの宮廷魔導師だし飛行魔法ができたとしてもおかしくはないのだろう。普通に考えても宮廷魔導師なんてエリート職だしな。


 呪文か精霊の力に頼ったかは不明だが。


 俺の「飛翔」は魔法ではなく能力だがその能力による空中移動は想像していたより難しくなかった。


 これならハンドレッドナックルで銀玉を複数操る方が難易度が高い。


 とか思いながら向かってきたグレーターリザーティコアの急所を銀玉で撃ち抜いた。


 ミスリルゴーレムはリアさんたちを追いかけていてこちらには見向きもしない。


 悪魔の大群はマルソー夫人を脅威と見做したのか攻撃を彼女に集中させていた。たまに群れから離れた悪魔が俺たちを狙って来るがそういうのはあくまでも例外だろう。


 マルソー夫人はかなり悪魔たちのヘイトを稼いだようだ。


 あ、この言い回し(?)は以前お嬢様から教わったものです。


 ミスリルゴーレムから離れていた間はハンドレッドナックルでピンクケチャやグレーターリザーティコアに対処していたが距離を詰めると銀玉の動きが鈍りだした。


 強制無効化の機能のせいで銀玉をコントロールするために付与された魔法に支障が出たようだ。


 ハンドレッドナックルは能力だが銀玉は魔道具だからな。魔法が込められているからどうしても強制無効化の影響は避けられない。


 だが、強制無効化の効果範囲に入らなければミスリルを得ることはできない。というか分解の能力を使うためには俺がミスリルゴーレムに接触する必要がある。


 イアナ嬢が円盤を飛ばしてミスリルゴーレムの背後から斬りつけた。


 金属音を鳴らしながら円盤が弾かれる。やはり威力が落ちていた。あの斬撃力では相手がミスリルゴーレムでなくても傷をつけられないかもしれない。


「ふはははは、何だその貧弱な攻撃は」


 ネンチャーク男爵の嘲笑が響き渡る。


「そんな程度の攻撃で俺様のミスリルゴーレムは倒せぬぞッ! ふはははは、俺様最強ッ!」

「……」


 ネンチャーク男爵。


 強いのはミスリルゴーレムであってお前じゃないぞ。


 俺はミスリルゴーレムに銀玉をぶつけてみるがやはり弾き返されてしまう。威力が全く足りない。


 ミスリルゴーレムは俺たちを相手にしようともしない。円盤で斬り込んでも銀玉をぶち当てても完全無視だ。躱そうとも防ごうともしない。ほぼ盲目的にリアさんたちのいる闇の結界を追っている。距離を詰めては殴り潰そうとし、瞬間移動で逃げられていた。


 その度に方向転換をしてミスリルゴーレムを追跡しないといけない俺としてはかなり面倒でならない。


 闇の結界に最接近したミスリルゴーレムが拳を振るう。


 闇の結界が消えた。


 その転移先が俺とミスリルゴーレムのいる位置との中間あたりになる。


 俺は消費する魔力の量を許容できる限界まで増やした。


 飛翔の能力による空中移動の速度は消費する魔力と熟練度によって変化する。もちろん魔力の消費量が多ければ多いほど飛行速度は速い。


 ただ、ここまで良い位置関係でなければこんな無茶はしないんだよなぁ。闇の結界に瞬間移動されてミスリルゴーレムが方向転換したらせっかく無理をしても無駄になるだけだし。


 でも今なら無理もできる。


 加速する俺の中で「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 飛翔の能力を発動中の俺はあと一つしか魔法を使えない。


 ダーティワークもスプラッシュも、ハンドレッドナックルも能力だが魔法を一つ発動したのと同じ扱いになる。


 そして、分解の能力も魔法の発動一つ分の扱いだ。


 俺の中の「それ」がいくら騒ごうと今は構っていられなかった。優先するのは分解の能力だ。他は使えない。


 俺は全速力で闇の結界の脇を通り抜け、向かってくるミスリルゴーレムを見据える。


 ミスリルゴーレムとの距離が狭まる。


 あと少し……。


 ピンクケチャが一体、群れからはぐれて俺の目前に立ち塞がる。ニヤリと笑う顔はケチャそっくりだが全く可愛げがない。


 サソリの尻尾が空間から襲ってくる。


「このケチャもどきがジェイの邪魔すんなぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 どす。


 真横から飛んできた円盤がピンクケチャに命中する。倒すには至らないがそれで十分だった。


 よろめくピンクケチャを突進するミスリルゴーレムが圧壊。あーあ、前に出て来なければ死なずに済んだのに。お馬鹿さんだね。


 おっと、このままだと俺も押し潰されかねないか。


 俺は急いでコースを開けた。ミスリルゴーレムが俺の脇を通り抜けようとした一瞬加速させた飛翔の能力でその巨体に迫る。


 魔法の発動と同じ扱いだが、俺の飛翔は能力だ。魔法じゃない。


 ミスリルゴーレムが強制的に無効化できるのはあくまでも魔法。


 リアさんの闇の結界を無効にできないように俺の飛翔も無効にできない。


 俺は左手でミスリルゴーレムの背中に触れた。


 ひんやりとした触感。そこに絡みつくような魔力の流れ。数種類の術式が組まれているからか相当に複雑な魔法が一つの魔法として練り上げられているのだとわかる。


 これは確かに普通の人間には手に余る代物だ。


 うん、俺にも無理だな。こんなの操れない。


 まあ、どっちにしろゴーレムなんて要らないし。


 さっさと素材にしよう。


「分解」


 俺が発動させるとミスリルゴーレムが真っ赤な光に包まればらばらになった。おいおい、瞬殺かよ。


 おまけにえらい速度で飛んでいたのに止まっちゃったよ。何だかよくわからんが色々すげぇな。


 素材として分解されたミスリルはインゴットの形をしていた。サイズに多少のばらつきはあるがまあ細かいことはどうでもいい。


 さて、ミスリル以外の素材はっと……。


 ファストに必要量のミスリルを放った後、残りをポイポイと自分の収納に放り込みつつ俺は落下もせずに空中に浮遊する赤い魔石を見遣る。拳大の魔石は鈍く発光しておりちょっとだけ禍々しい感じがした。できればあんまり触りたくない。


 てか、これ壊すべき?


 あのゴーレム、俺の分解がなければやばかったかもしれないしなぁ。


「……」


 ま、ここは拾っておくか。収納しているだけなら邪魔にはならんだろう。後で何かに使えるかもしれないしな。


 なお、宮廷魔導師に返すつもりはありません。そんなつもりがあったらミスリルを銀玉の素材にしたりなんてしないしね。


「あ、パクる気満々だぁ。いーけないんだぁ、いけないんだぁ♪」

「……」


 ケチャの声が聞こえたような気もするけどきっと空耳。


 精霊王公認の素材ゲットなんだから気にしない気にしない。


「……」


 て。


 あれ?


 ケチャだと?


 俺は声のした方を見た。


 白髪に血色の悪い顔の子供がいる。着ているローブは緑色。両手で赤い魔石を持っていた。たまにピンク色に変化する明らかに普通じゃない感じの魔石だ。


「やっほー、お兄さん元気だった?」


 ピンクケチャではない本物(?)のケチャがにいっと笑った。



 **



≪《》≫ ふわふわと宙に浮いているケチャがにいっと笑っている。


 白髪に血色の悪い顔、それに緑色のローブ。


 両手で赤い魔石を持っていた。たまにピンク色に変色する何だかあからさまに普通じゃない魔石だ。


「お兄さん、ミスリルゴーレムを撃破したのは凄いけど素材パクるのはどうなの? それ本来は宮廷魔導師のだよ」

「いや、あれだ。魔物だって倒したらその倒した本人が毛皮なり肉なり牙なりを持ち帰る権利を得るだろ。それと一緒だ」

「ふーん」


 ケチャが含みのある相槌を打ち、それからさっきの問いかけなどもう興味もないといったふうに話を変えた。


「あのさ、悪魔はね、自分の核さえあれば何度でも復活するんだよ」

「?」

「だからね、はいこれあげる」


 ケチャが両手で持っていた魔石を差し出してきた。


「待て待て待てぇぇぇぇぇッ!」


 酷く慌てた様子でネンチャーク男爵がこちらに飛んで来るが空間から伸びたゲルズナーの爪が行く手を阻む。


「コサックが自分好みの負のエネルギーを放つ人間を煽ってより強い負のエネルギーを放つようにさせたりそのエネルギーを食べ飽きた後で眷属の悪魔をそいつとその兄に受肉させたりしたのはまあいいんだよ。そうやってこの世界を悪魔にとって良い環境にするのは楽しいからね。でも想定以上にその人間たちと悪魔の相性が良かったのはちょっとねぇ。同化し過ぎて元の人間の性質が色濃くなっちゃったよ」


「おい、俺様の核を返せッ! なーんでそれを持ってるんだ。誰にも見つからないように隠してあったはずだぞッ!」

「あーあ、嫌だね。コサックもよくもこんな品性のない奴らに眷属を受肉させたもんだ。ケチャ、がっかりだよ」

「ええっ、でもおいらちゃんとあいつらを受肉させる時に許しを得ていたんだよぉ。あの方だってモブだから放っておいていいって仰ってたしぃ。モブが何かは知らないけどさぁ」


 コサックが俺たちに近づいて言い訳しだした。


 てか、こいつ責任の一端どころかこいつのせいで今回のことが起こったんじゃないか?


 何だか元凶に見えてきたよ。


 俺がじと目で睨むとコサックが目を逸らした。おい。


「さらに悪いのは」


 と、ケチャがネンチャーク男爵を指差し。


「こいつがこの国の第三王女をグレーターリザーティコアの呪毒で病気にしたこと。これ最悪だよ。どうしてそんな要らないことするかなぁ? いくら宰相になってふんぞり返っていたもう一人が庇ったって完全にアウトでしょ」

「あーうん、そうだねぇ。お陰でおいら責任感じてクースー草を探しに行っちゃったよぉ。あの方も採取依頼を出したみたいだけどぉ」

「おいっ、俺様を放置するな……て、ぐわぁッ!」


 ネンチャーク男爵が文句を言うとさらに数本の爪が彼を取り囲んだ。ほとんど檻状態である。


 ケチャが続ける。


「それでも始末しなかったのはあの方の温情。マイムマイム様はかなりお冠だったけど。ただ、こいつら馬鹿だからそのあたり理解できなかったんだろうね」

「今夜の襲撃はまずかったかぁ。騎士団の詰め所を滅茶苦茶にしたすぐ後だしねぇ。しかも今夜は王城と離宮。うん、怒るよねぇ、やむなしぃ」

「でさ、こいつの兄である宰相に受肉したルンバとかいうクズの方は悪魔が宰相に取り憑いてこの国を害そうとしたってことでカール王子にやっつけてもらったから。あの方はそのサポートに回ってたよ。目的のエンディングのためにはそれが一番だとかでさ。ケチャ、目的のエンディングが何なのかよくわかんないけどね」

「ありゃあ」


 コサックが額に手を当てた。


「ルンバが殺られちゃったかぁ。まあ、仕方ないねぇ」

「うん」


 ケチャがうなずいた。


 そして、俺に向き直る。


「でさ、さっきも言ったけど悪魔は自分の核さえあれば何度でも復活できるの」

「あ、ああ、そうなのか」


 俺はケチャから受け取った魔石を見た。


 赤い色からピンク色へと代わり少しするとまた赤くなる奇妙な魔石だ。しかも、何となく持ってるだけで心がざわつくような気分になる。


 とはいえそんな気がするだけだろうが。


 俺、メンタルバリアがあるから精神攻撃的なものは効かないはずだし。


 とか思ってたら魔力が回復してきた。体温も上がったし。


「魔力回復・精神」が働いちゃってるよ。


 うわぁ、この魔石やばいじゃん。


 呪われてるんじゃね?


「それ、ジルバの核だから。あっ、ジルバっていうのはあのカスの名前ね」


 と、ケチャがネンチャーク男爵を再び指差す。


「この腐れガキ、俺様に気安く指差すんじゃねぇ。それにカスだと? 口の利き方も知らねぇのか? 俺様を誰だと思ってやがる」

「やれやれ、受肉した人間に影響されまくった悪魔は不憫だね。自分より位の高い悪魔すら見分けがつかなくなるだなんて。ケチャ、八つ裂きにしてあげたいくらい哀れに思えてきたよ」

「……」


 ケチャ、。


 哀れに思うなら八つ裂きは止めてやれよ。


 その感覚が怖いよ。


 さすが悪魔……悪魔なんだよな、こいつ。


 一応確認。


「お前も悪魔なんだよな?」

「そだよ♪」


 ケチャがあっさりと認めにたぁっと笑んだ。


「もしかしてお兄さん怖い?」

「まあ怖くないと言ったら嘘になるな」


 俺は首肯した。


「だが、前に会った時ほど脅威とは思ってないぞ」

「へぇ」


 何故かケチャが嬉しそうだ。


「それはあれ? 前より強くなってるから? お兄さんただでさえ君主級の悪魔に匹敵する強さだったのにさらにパワーアップしてるよね?」

「まあ強くはなってるな。ただ、それだけじゃない」

「うん?」


 ケチャが首を傾げた。


「お前、ここに戦うために来たんじゃないんだろ? 戦意がない奴にビビったりはしないぞ」

「……いいね、そういうのすごーくいい」


 笑みを広げたケチャが何度もうなずいた。


 コサックが少し不満そうに口を尖らせる。


「ちぇっ、いいなぁ。二人で仲良くしてるなんて羨ましい。おいらなんてジェイに攻撃されかかったのにぃ」

「それはお前が悪いからだ」


 俺は言った。


「コサックは胡散臭いからね」


 ケチャが追い打ちをかける。こいつも容赦ないな。


「……おいら、泣いてもいい?」

「だぁっ! お前らもう許さんぞぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 ネンチャーク男爵が喚き、激しくその身体を炎で包む。


 炎と一体化し、ゲルズナーの爪の檻からスルリと抜け出すと一直線に俺へと伸びて魔石を奪った。


「あっ」

「あらら」

「こりゃ、まずいねぇ」


 俺、ケチャ、コサックが揃って奪われた魔石を目で追う。


 俺たちから少し離れたところでネンチャーク男爵が元のローブ姿に戻った。


 その手にはもう魔石がない。恐らく体内に取り込んだのだろう。


「ふはははは、お前らもうお終いだぞ。俺様は真の力を全力で食らわせてやるんだからなッ! 泣いたって許してやらないからなッ!」


 高笑いするネンチャーク男爵。


 しかし……。


 斬。


 大盾ほどのサイズの大円盤が背後から急襲し、ネンチャーク男爵の首を切り落とした。


 イアナ嬢だ。


 どうやらこいつもファストに新しい円盤を作ってもらったようだ。


 つーか、こいつ円盤の数を増やすんじゃなくサイズをデカくしやがったよ。


「あんたもううっさいんだから消えろっ! 二度と復活すんなっ」

「……」


 ところでイアナ嬢。


 その戦法、そろそろ見飽きたんだが。


 とか思っていたらこっちにも大円盤が飛んできたよ。危うく真っ二つにされるところだったよ。怖いよ。


 俺のいたあたりで急旋回すると大円盤はネンチャーク男爵の首の付け根を切断した。


「ぐばぁっ」


 ネンチャーク男爵が断末魔の悲鳴を上げ……なかった。


「ぎゃははははははははっ」


 ネンチャーク男爵の頭が宙に浮いたまま爆笑する。


 笑いながらネンチャーク男爵は斬られた部位を接合した。傷痕が嘘のように消えていく。


 ネンチャーク男爵の嘲笑がやけに耳障りだ。ムカつきでつい、拳に力が入ってしまう。


 空間から無数の火線が放たれイアナ嬢の大円盤が飲み込まれる。溶かすでも炭化させるでもなく炎は大円盤を消失させた。


「俺様が本気になればこの程度の武器なんて余裕で無に還せるんだよ。ふはははは、俺様無敵ぃぃぃぃぃッ!」



 **



「ファスト」


 俺はふわふわと横になってこちらを見ているファストに声をかけた。


「銀玉の準備はいいか?」

「とっくに終わっとるのじゃ」


 ファストの傍で空間が開く。


 その奥で光る無数の銀色。


「お主のタイミングでいつでも射出できるのじゃ」

「わかった」


 俺はハンドレッドナックルを発動させた。


 ファストによって俺の制御下になるよう調整された90個の銀玉が一斉にファストの空間から飛び出してくる。


 俺は収納していた10個の銀玉を取り出して投げた。


 合計100個の銀玉が俺の周囲に滞空する。


「わぁ、お兄さんすごーい」


 ケチャが大興奮で目を輝かせた。


 コサックが苦笑する。


「ああこれ終わったねぇ。逆にジルバが可哀想になってきたよぉ」

「な、何なんだこいつは……おい腐れガキ、こいつは何なん」


 ケチャに向きながら俺を指差すネンチャーク男爵の右手人差し指に銀玉を一つぶつけてやる。


 鈍い音を立てて銀玉は右手人差し指を折った。


「ぎゃあああっ」


 ネンチャーク男爵が負傷した指を庇いながら叫ぶ。


 おやおや、首を斬られても平気だった癖にこの程度で騒ぐのか?


 とんだ無敵様だな。


「お兄さん」


 さて、始末するかと腕輪に魔力を流しているとケチャが言った。


「メラニア様のためにもしっかり片をつけてね。これはちゃんとした依頼だよ」

「はぁ?」


 いきなり何だ、と俺が驚いているとあの中性的な声が聞こえてきた。



『確認しました!』


『メラニアさんの代理人ケチャちゃんにより悪魔ジルバの討伐クエストが提示されました』

『なお、本件は女神プログラムの特別ルールにより拒否できません。受諾扱いとなります』

『ストーリー都合とか言っちゃ駄目です』


『ジェイ、頑張ってくださいね♪』



「……」


 き、拒否できないだと? 受諾扱いとなるってどういうことだ?


 それに最後のあの声。


 お嬢様、お嬢様なのか?


 いやいやいやいや。


 落ち着け俺、いくら何でもそれはない。


 よ、よし、一度深呼吸だ。


 すーはー。


「な、何かわからんがチャーンス! くたばれこの虫ケラがあぁッ!」


 俺が深呼吸しているとネンチャーク男爵が叫んだ。あちこちから空間が開いて炎が吹き出す。


 火線が俺を狙う。


 だが。


「ウダァッ!」


 気合いの一声とともに俺のまわりで銀玉が群れのように動き火線を防ぐ。全ての火線は銀玉によって防御された。


 わぁーっとケチャが拍手する。


 コサックも手を叩いているが……おい、顔が引きつって居るぞ。大丈夫か?


「ジェイよ」


 ファスト。


「誰からの依頼じゃろうと気にするでない。お主はお主の思うがままに戦うのじゃ。あのお方もそれを望んでおるぞ」

「ポゥ」


 ポゥが「一発かましたれ兄ちゃん」て言った気がする。違うかもだけど、まあいいや。


「そいつは姫様の敵です。完全に滅してください。討ち漏らしは許しませんからね」

「……」


 リアさん。


 闇の結界から出て来たのはいいんですけど身体から黒いオーラが漂ってますよ。


 めっちゃ怖いんですけど。


 それとこれ、ネンチャーク男爵を滅ぼせなかったら俺まで恨まれるんじゃね?


 あの人やばいよ。


 人じゃなくて精霊王だけど。


「ジェイ」


 イアナ嬢がネンチャーク男爵を睨みつけた。


 自分の右手親指を下に向け、突き下ろす。


「やっちゃって」

「お、おう」


 こいつはこいつで次代の聖女らしさがなさすぎだな。どこの荒くれ者だよ。


 とか思ってたら小さい方の円盤が頭の横を掠めていった。マジ怖いよ。


「こ、この俺様は最強なんだ。選ばれし者なんだぞ。俺様は誰よりも優れているし強いんだっ」


 ネンチャーク男爵がだだをこねる子供のように騒ぐがまわりの視線は冷たい。温度差がすごいよ。


 コサックが告げた。


「別に優れているとか強いとかで選んだ訳じゃないよぉ。単に君の執着とか欲望とかといった負のエネルギーがおいらの好みだったってだけ。眷属の悪魔を受肉させたのだってその方がおいらにとって都合が良かったからに過ぎないよぉ。この世界に悪魔が増えればそれだけおいらたちにとって楽しい環境が整うからねぇ」

「ふ、ふざけんな。そんな戯言誰が信じるもんかっ」

「信じようと信じまいとどの道あなたはお終いです」


 リアさん。


 彼女はお姫様抱っこしていたシャルロット姫に微笑み、そして厳しい顔でネンチャーク男爵を睨んだ。


 黒いオーラのようなものがその量を増す。


「滅びなさい」

「黙れ、このクソ女がッ!」


 ネンチャーク男爵が吠え、俺からリアさんへと標的を変えた。


 飛びかかる。


「滅びるのはお前らの方だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺はハンドレッドナックルを使ってネンチャーク男爵とリアさんたちとの間に立ち塞がった。


 無言で全ての銀玉をネンチャーク男爵にぶつける。


 ネンチャーク男爵が怒声を発しながら蜂の巣にされる。それでも核を守っているのか身体が崩壊したりはしなかった。しぶとい。


 とはいえ。


「おかわり、いっとくか?」


 100発の銀玉を食らってなお存在していられるネンチャーク男爵をちょいすげぇと思いつつ、俺は腕輪に魔力を流し続けた。


 煽るように「それ」が囁く。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 俺の中の「それ」に呼応するように滞空する100個の銀玉が黒い光に包まれる。


 俺の魔力を消費して動かしているから「それ」の影響を受けているのかもしれない。


 一つだけはっきりしているのはハンドレッドナックルが強化されたということだ。


 ネンチャーク男爵の顔が青ざめる。


「な、何なんだ。本当に何なんだよてめーは」

「……」


 俺が答えずにいるとネンチャーク男爵は気色悪いくらいの媚びた声で俺に言ってきた。


「わ、わかった。もう止める。あのクソ女も離宮の女どもももう狙わない。それでいいだろ、なぁ、それでいいよな?」

「……」


 俺が黙っているとネンチャーク男爵の口調がさらに早くなった。


「100発も俺様にぶち当てたんだ、お前……じゃなくてあんたもスッキリしたよな? それで終わりにしようぜ。なっ、俺様もいいように騙されてこんな目に遭ったんだし。あんたも俺様のこと可哀想とか思ったよな?」

「いや」


 俺はゆっくりと首を振った。


「全く可哀想だとは思えないな」


 俺は黒光りする銀玉を操ってネンチャーク男爵を取り囲んだ。


 ネンチャーク男爵が早口で捲し立てる。


「こ、降参。降参だッ! だからもう止めろ。それともズタボロになって戦えなくなった奴にまだ攻撃するっていうのか?」

「……」

「そ、そうだ、俺様を見逃してくれたら金をやるよ。たっぷりと礼金を弾んでやる。い、幾ら欲しい? 金貨100枚か? 200枚? よ、よし500枚でどうだ?」

「……」


 俺は内心嘆息した。


 やれやれ、こいつ心底クズだな。


 とてもじゃないがこれ以上付き合っていられねぇ。


「ハンドレッドナックル」


 拳のラッシュのような100個の黒光りする銀玉があらゆる方向からネンチャーク男爵に襲いかかる。


「ウダダダダダダダダダダダダダダダダッ!」


 100個の銀玉の打撃音とネンチャーク男爵の断末魔の叫びがあたりに響き渡った。


 *



『お知らせします』


『王都エリア・臨時クエストボス「ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)」が冒険者によって討伐されました』

『なお、この情報の詳細は一部秘匿されます』


『ジェイ・ハミルトンに称号「デーモンスレイヤー」が授与されました』

『以降、対悪魔戦での攻撃力が20%・クリティカル率が15%アップします』


『イアナ・グランデに称号「ぶった斬り聖女」が授与されました』

『以降、斬撃による攻撃力とクリティカル率が15%アップします』



「ちょっと!」


 イアナ嬢が叫んだ。


「どうしてジェイがデーモンスレイヤーなのにあたしはぶった斬り聖女なのよ。あたしだって悪魔討伐に貢献したでしょうに。あとまだ聖女じゃないし」

「……」


 イアナ嬢。


 お前、円盤を使って背後から斬首していた印象しかないぞ。


 てか、お前って次代の聖女だよな? 処刑人じゃなくて次代の聖女なんだよな?


 とか無言でつっこんでいたらすげぇ目つきで睨まれた。


 人間ってあんな目つきができるんだな。ちょい吃驚したよ。

 

 

 


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