宿屋の灯火と芽生える確信
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ルークが宿で魔法の訓練を行い、同時発動を意図的に試み、違和感が確信に近づくシーン。
魔狼討伐の報酬である銅貨30枚を手に、ルークは宿屋「月影の灯」に戻った。夕暮れ時の街は、市場の喧騒が静まり、遠くで馬車の車輪が石畳を軋ませる音が響く。ルークは疲れた体を引きずりながら、狭い部屋のドアを開けた。藁のベッド、木製の小さなテーブル、窓際に揺れる蝋燭。質素な部屋だが、ルークにとっては魔法を磨くための大切な場所だ。
彼は荷袋を床に下ろし、魔狼の戦いを思い出す。重力で動きを封じ、空間で攻撃を逸らし、火と雷でトドメを刺した。あの戦闘中、魔法がまるで一つの流れのように繋がった瞬間があった。胸に残る小さな違和感――魔法を同時に使っているような感覚。それが、ルークの好奇心を掻き立てていた。
「本当に、複数の魔法を一緒に使ったのか……？」
ルークは古びたノートを取り出し、ベッドに腰を下ろす。魔法学校では、魔法は一度に一つしか発動できないと教わった。この世界では、召喚術が主流で、陽属性や陰属性の魔法を深く探求する者はいない。だが、ルークは違う。召喚術を持たない彼にとって、陽属性と陰属性の魔法が全てだ。
「試してみよう。もし、魔法を同時に使えたら……俺の戦い方が、もっと強くなる」
ルークは蝋燭の灯火を見つめ、決意を固める。ノートを開き、ゴブリン戦と魔狼戦の記録を読み返す。そこには、重力と雷、火と風、空間と時間の魔法が、まるで一瞬で重なったような記述があった。
「あの感覚、偶然じゃなかったかもしれない」
魔法の訓練：同時発動への挑戦
ルークはテーブルの上にコップを置き、訓練の準備を整える。部屋は狭いが、簡単な魔法なら試せる。まずは、基本の陽属性から。
「火よ、燃えろ」
ルークは掌を向け、小さな火の玉を浮かべる。リンゴほどの大きさで、蝋燭の炎より少し強い。
「よし、次は……風よ、吹け！」
火の玉を維持したまま、風の魔法を放つ。突風がコップを揺らし、火の玉が一瞬ふらつくが、なんとか消えずに保つ。
「おっ、できた……のか？」
ルークは目を細める。火と風を別々に発動しただけだが、タイミングを合わせれば、まるで同時に動いているように見える。
「でも、魔狼戦の感覚は、もっとスムーズだった。もっと重ねてみるか」
今度は陰属性を試す。
「重力よ、押さえつけろ」
コップがガタッと震え、テーブルに押し付けられるように固定される。
「よし、維持したまま……雷よ、走れ！」
指先からバチッと火花が散り、コップの縁に小さな焦げ跡をつける。重力の魔法は途切れず、コップはまだ動かない。
「ん……？ なんか、変だ」
ルークは首を傾げる。重力と雷を続けて使ったが、魔狼戦のような「一つの流れ」の感覚はない。だが、確かに両方の魔法が同時に効いている瞬間があった気がする。
「いや、まさか。魔法は一つずつしか使えないって、先生が……」
ルークはノートに目を落とす。魔法学校のメモには、「魔法は魔力の集中を必要とし、同時発動は理論上不可能」と書かれている。だが、ルークの胸には、違和感が確信に変わりつつあった。
「もし、俺がその常識を破ってるなら……試してみなきゃ」
彼は深呼吸し、意図的に複数の魔法を重ねることを意識する。
「火よ、燃えろ！ 重力よ、押さえつけろ！」
火の玉が掌に浮かび、同時にコップがテーブルに押し付けられる。ルークはさらに続ける。
「風よ、吹け！」
突風がコップを揺らし、火の玉が一瞬大きく揺れる。
「うわ、魔力の消耗がキツい！」
ルークは額に汗を浮かべる。だが、驚くべきことに、火の玉は消えず、重力はコップを固定し、風が部屋を満たしていた。三つの魔法が、ほんの一瞬、確かに同時に動いていた。
「ま、マジか……？」
ルークは息を切らし、ベッドに倒れ込む。心臓がドキドキと高鳴る。
「今、絶対、火と重力と風が一緒に……いや、でも、気のせいか？ 魔法って、そんなことできるはずないよな」
彼はノートにペンを走らせる。
「訓練：火＋重力＋風を同時発動？ 感覚はあったが、魔力消耗が激しい。もっと練習が必要」と書き込む。確証には至らないが、魔狼戦の違和感が、ただの偶然ではないかもしれないという思いが強まっていた。
さらなる試み：陰属性の可能性
ルークは少し休憩し、水筒の水を飲んで魔力を回復させる。次は、陰属性の魔法を中心に試す
。「陰属性は、誰も使わないから、同時発動の鍵があるかもしれない」
「空間よ、開け」ルークは掌を向け、コップを空間魔法で別の空間に収納する。コップが消え、ルークはすぐに次の魔法を重ねる。
「時間よ、遅らせろ！」
部屋の空気が一瞬、ゆったりと流れるような感覚。蝋燭の炎がスローモーションのように揺れる。
「おっ、効いてる！ じゃあ、空間から戻す！」
コップが再びテーブルに現れる。
「うわ、なんか、時間と空間が一緒に動いた気が……」
ルークは興奮する。時間魔法の効果で、コップの出現がわずかに遅れたように感じた。これは、単なる連続発動ではなく、魔法が重なり合った結果かもしれない。
最後に、無属性を試す。
「無属性よ、打ち消せ」
ルークは火の魔法を放ち、すぐに無属性で打ち消す。火の玉が消滅し、同時に「重力よ！」と唱える。コップが再び固定される。
「よし、無属性と重力もいける！」
ルークはノートに書き込む。「無属性＋重力、時間＋空間、どちらも同時発動っぽい感覚。戦闘で使えば、敵を完全に封じられるかも」
確信への第一歩
蝋燭の灯火が揺れ、部屋に長い影を落とす。ルークはノートを閉じ、ベッドに横になる。魔力の消耗で体は重いが、胸は熱い興奮で満たされていた。
「もし、俺が本当に複数の魔法を同時に使えてるなら……召喚獣なんかいらない。俺だけの戦い方で、どこまででも行ける！」
だが、確証はまだない。魔法学校の常識、召喚術が支配するこの世界のルール。それらを覆すには、もっと証拠が必要だ。
「明日、ギルドで新しい依頼を受けて、戦闘で試してみよう。もし、同時発動が本物なら、俺の魔法はもっと強くなる」
ルークは目を閉じ、魔狼戦の感覚を思い出す。重力と雷、火と風が一瞬で繋がったあの瞬間。あれを意図的に再現できれば、彼の冒険は新たな段階に進むだろう。
窓の外、夜の街が静かに眠る。ルークの胸に芽生えた小さな確信は、まだ誰も知らない彼の才能の片鱗だった。
