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レベル62

 天空帝都の正体。


 ――「場所」ではないという理解。


 まず、冒険者たちは一つの結論に至る。


 ザカリーは、どこにも“居ない”。


 天空帝都は存在する。

 だがそれは――

 地図に載る座標でも、空に浮かぶ城でもない。


 神殿の古文書、王国の極秘記録、ラグナ回廊の観測残滓。

 すべてを突き合わせて、ミリアが言葉にする。


「これ……帝都は“上”にあるんじゃない。世界が確定する前の層にある」


 王国の魔導士は理解できず、神殿の司祭は沈黙する。


 だが、冒険者たちは分かる。


 これまでの試練。

 配置された危機。

 失敗しても崩れない戦場。


 すべて――

 結果が確定する直前で、書き換えられていた。


 天空帝都とは、「世界が“こうなった”と決まる、その直前に介入できる場所」。


 つまり。


 因果の決裁室。


 見破る鍵。


 ――「観測されない行動」。


 ザカリーは全てを観測する。

 だが、それは「意味のある行動」だけだ。


 戦う。

 逃げる。

 守る。

 犠牲を選ぶ。


 それらはすべて、試験項目として“定義可能”。


 アルフレッドは、ここで断言する。


「なら、やることは一つだ」


 彼は、作戦を“作らない”ことを選ぶ。


 勝利条件を定めない。

 侵入経路を固定しない。

 誰が先頭に立つかも決めない。


 王国軍は使わない。

 神殿の加護も断る。


 冒険者だけで行く。

 理由は単純だ。


 冒険者は、結果を保証しない存在だから。


 彼らは成功するかもしれないし、全滅するかもしれない。


 その“揺らぎ”こそが、ザカリーの観測を遅らせる。


 侵入条件。


 ――天空帝都に「招かれる」方法。


 ミリアが、ラグナ回廊の変質ログを解析して気づく。


「……帝都に直接行く道はない。でも、“例外処理”ならある」


 それは、試験が成立しなかった時に発生する処理。


・想定外の行動

・評価不能な選択

・成功でも失敗でもない結果


それが一定量、同時多発的に起きた時。


 ザカリーは、直接観測しなければならなくなる。


 つまり――

 帝都は、防衛のために自ら開く。


 同時発生する「逸脱」。


 ここで、冒険者たちは散る。


一組は、

勝つ気のない戦いを始める

→ 目的も理由も不明、撤退も成功も拒否


一組は、

救えないはずの場所を救わない

→ だが、壊滅もさせない


一組は、

試練を無視して、無関係な行動を取る

→ 世界にとって“意味がない”行為


 そしてアルフレッドは。


 アルフレッドの役割。


 ――「観測を引き受ける」


 アルフレッドは、ただ一人で行動する。


 彼は、世界に干渉しない。

 戦果を挙げない。

 英雄的な行動もしない。


 代わりに。


 ザカリーが“見たい”と思う選択だけを、先回りで捨てる。


 助けると予測される場面で、助けない。

 切り捨てると予測される場面で、留まる。

 合理を外し、感情も使わない。


 それは、軸が自らを不安定化させる行為だった。


 天空帝都、露呈。


 観測ログが破裂する。


試験不成立

評価不能

収束失敗


 ザカリーは、初めて――

 世界の外へ出る必要に迫られる。


 空が割れるのではない。

 転移でもない。


 ただ、「世界が決まる前の静寂」が、冒険者たちの前に降りてくる。


 そこにあるのが――天空帝都。


 都市であり、装置であり、思考そのもの。


 アルフレッドは、剣を抜かない。


「やっと、同じ場所に立てたな」


 これが、最終決戦の入口だ。



 天空帝都内部構造。


 ――都市/神殿/実験装置の融合体


 侵入という言葉は正しくない。

 冒険者たちは「入った」のではなく、世界の確定処理から外れたのだ。


 足元に地面はある。

 だが、それは岩でも金属でもない。


“意味が固まる前の物質”。


 踏みしめるたび、素材が変わる。

 石になり、硝子になり、骨になり、光になる。

 冒険者の「認識」に合わせて、最適化される。


 ここが都市である理由は、人が生きることを前提に設計されているからだ。


 第一層:都市区画


 ――生活の痕跡を模した虚構


 建物は並んでいる。

 通りもある。

 広場、階段、塔、回廊。


 だが――人はいない。


 窓は開き、扉もある。

 市場の屋台には商品が並び、

 水路には澄んだ水が流れている。


 すべてが、「人が居るはずだった形」で止まっている。


 ミリアが気づく。


「これ……生活の再現じゃない。生活が“発生しなかった結果”を保存してる」


 帝都は、文明を否定していない。

 ただ、こう判断しただけだ。


 人は、居なくてもいい。


 都市は、「人がいない方が安定する」ことを示すための標本。


 冒険者たちは、自分たちが不要な存在だと突きつけられる。


 第二層:神殿構造


 ――祈りを数式に変換する場所


 都市区画の中心に、神殿がある。


 尖塔は天を突かず、逆に内部へと沈み込む形をしている。


 扉はない。

 境界線を越えた瞬間、内部にいる。


 壁一面に刻まれているのは――祈り。


 だが言葉ではない。

 感情を数値化した痕跡。


・恐怖

・希望

・赦し

・犠牲


 それらが、魔法陣として再構成されている。


 神とは呼ばれない。

 代わりに、こう定義されている。


「期待される結果を最も安定して出力する存在」


 セレナが唇を噛む。


「……これは、神殿じゃない。神を使うための制御室よ」


 ここでは祈りが力になるのではない。

 祈りは入力値でしかない。


 どれほど純粋な願いも、最終的には「成功率」に変換される。


 第三層:実験装置領域


 ――世界を書き換える中枢。


 神殿の最奥。

 空間が、上下左右を失う。


 柱が宙に浮き、階段が途中で消え、回廊が自分自身へと折り返す。


 中心にあるのは――核ではない。


 未完成核ですらない。


“未完成という状態を維持するための装置”。


 世界が一つに定まる瞬間、そこに割り込み、可能性を分岐させる。


 成功した世界。

 失敗した世界。

 誰かが死んだ世界。

 誰も死ななかった世界。


 それらを比較し、最も犠牲効率の良い世界だけを採用する。


 ここで、ザカリーは姿を見せない。


 代わりに聞こえるのは、

 記録音声のような思考ログ。


「英雄は不安定だ」

「信仰は誤差が大きい」

「冒険者は――想定外が多すぎる」


 都市は、人を排除するためにある。


 神殿は、祈りを無力化するためにある。


 実験装置は、選択という行為そのものを管理するためにある。


 融合の本質。


 ――これは「城」ではない


 アルフレッドは、ここで理解する。


 天空帝都は、支配の象徴でも、最終兵器でもない。


「世界を決めることを、世界から切り離した場所」


 だから、国家も、神も、軍も、意味を持たない。


 ここで有効なのは、定義できない存在だけだ。


 冒険者。

 偶然。

 失敗。

 矛盾。


 そして――自分が「軸」として扱われ始めた理由も。


 アルフレッドは、剣を握る。


「……なるほどな」


「ここは、壊す場所じゃない」


「選び直す場所だ」


 次に進めるのは――



 ――世界を「安定させる」ために焼かれるもの


 天空帝都には“地下”が存在しない。

 下へ向かうほど、空間は薄くなる。


 階段は途中で概念を失い、足を出せば、次の足場は「用意される」。


 それ自体が異常だ。

 落ちる可能性を、帝都が許していない。


 やがて辿り着くのは――音のない空間。


 いや、正確には、音が“発生する前”で止められている場所だ。


 回路の正体。


 ――燃料ではなく、条件。


 そこに広がっているのは巨大な環状構造。


 円環の内側に、無数の「光」が浮かんでいる。

 光は一定の間隔で、微かに明滅している。


 一つ一つが――人の形をしている。


 だが、肉体はない。

 魂ですらない。


「選択されなかった結果」そのもの。


・助からなかった未来

・救われなかった誰か

・選ばれなかった可能性


 それらが、情報として圧縮され、帝都の下で循環している。


 クレアが震える声で言う。


「……これ、死者じゃない」


「死なせる必要があった、と判断された“未来”よ」


 犠牲回路は、誰かを殺す装置ではない。


 誰かが死ぬ“世界”を、先に確定させる装置だ。


 なぜ必要なのか


 ――未完成核を成立させる条件。


 未完成核は、「世界を決めない」ために存在する。


 だが、世界が決まらないままでは、存在そのものが不安定になる。


 そこで犠牲回路が使われる。


・失敗した世界

・破綻した因果

・矛盾を含む未来


 それらを回路に流し込み、燃やす。


 結果として、未完成核は「選ばれなかった犠牲」を常に下に抱え込むことで成立している。


 つまり――


 この帝都は、崩れない代わりに、常に“誰かの可能性”を殺し続けている。


 冒険者への影響。


 ――君たちは、すでに回路に触れている


 回路に近づいた瞬間、冒険者たちは異変を感じる。


・既視感

・選ばなかった行動の記憶

・「もしあの時」という思考の侵入


 ミリアが膝をつく。


「……見えてる」


「私が違う詠唱を選んだ世界が……ここに、ある」


 セレナも気づく。


「回路が、私たちを測ってる」


「どの可能性を捨てれば、私たちが“安定するか”を」


 犠牲回路は、外部の人間をも利用できる。


 冒険者が強ければ強いほど、捨てられる可能性の質も高くなる。


 ザカリーの思想(記録断片)


 空間に、淡々とした声が流れる。


「犠牲は避けられない」

「ならば、最も価値の低い犠牲を選ぶべきだ」

「可能性は無限にある。だが、世界は一つしか残らない」


「冒険者は優秀だ。だからこそ、犠牲としても優秀だ」


 これは悪意ではない。

 冷酷ですらない。


 最適化の結果だ。


 致命的な事実


 ――この回路は「壊せない」


 アルフレッドは理解する。


 この回路を破壊すれば、未完成核は制御を失う。


 帝都は即座に――全可能性を同時に解放し、暴走する。


 世界が耐えられない。


 だからザカリーは、

 ここを“最下層”に置いた。


 誰も、正義のままでは手を出せない場所に。


 だが、ひとつだけ誤算がある。


 犠牲回路は、「捨てられる可能性」を燃やす。


 だが――


 拒絶された可能性は、燃料にならない。


 アルフレッドが剣を構えた瞬間、回路がわずかに、軋む。


「選ばれなかった」のではない。「選ばせなかった可能性」


 それは、この装置の想定外だ。



 犠牲回路が唸りを上げた瞬間だった。


 最下層――天空帝都の重力と魔力を同時に支える巨大な輪状構造。その内壁を埋め尽くす符文が、脈動する心臓のように光を強め、回路の中心へ向けて“選別”を始める。

 魔力の流れが一本、また一本と束ねられ、供物を求めて伸びてきた。


「来る……!」


 ミリアが叫ぶより早く、魔力の潮流が人を捕らえようとした。

 セレナが咄嗟に前へ出るが、回路は防御も意志も無視する。重戦士バルトの巨体ですら、足元の符文が“重量”を奪い、身体を引きずり込もうとした。


 だが――。


 アルフレッドに触れかけた瞬間、回路が停止した。


 違和感は、静寂として現れた。

 轟音のはずの魔力循環が、音を失い、符文が一斉に白濁する。まるで回路そのものが思考を中断したかのように。


 次の瞬間、拒絶が起きた。


 アルフレッドへ向かっていた魔力の束が、弾かれる。

 衝撃は爆発ではなく、反発だった。見えない壁に打ち返されたように、魔力は回路の内側へ散り、犠牲回路の符文がひび割れる。


「……処理、対象外?」


 クレアの声が震えた。


 犠牲回路は、選別を誤らない。

 これまで無数の命を“最適化”の名のもとに飲み込んできた装置が、アルフレッドだけを拒んだ。


 アルフレッド自身も、はっきりと感じていた。

 身体の奥、核のさらに深いところで――何かが噛み合わなかった感触。回路が彼を“犠牲”として認識できず、定義できず、結果として排除するしかなかった。


「……俺は、ここに合わない」


 絞り出すような声だった。


 回路は再起動を試みる。符文が再び赤く染まり、今度は“代替”を探すように周囲へ魔力の触手を伸ばす。


「まずい、回路が――次を選ぶ!」


 バルトが盾を構え、セレナが魔剣に力を込める。ミリアは歯を食いしばり、術式の再構築を始めた。


 だが、その刹那――

 犠牲回路の中枢に、新たな記録が刻まれた。


《処理対象外:アルフレッド》

《定義不能/構造干渉因子》


 遠く、天空帝都のさらに上層。

 その情報を受信した存在が、初めて沈黙した。


 ザカリーは、ほんのわずかに思考を止めた。


 ――破壊でも、消去でもない。

 この存在は、回路そのものを“狂わせる”。


「……なるほど」


 冷たい声が、どこにも届かずに零れる。


 犠牲回路は、アルフレッドを拒んだ。

 だがそれは同時に――彼がこの帝都を壊し得る側に立ったことを、世界そのものが認めた瞬間でもあった。



 犠牲回路の拒絶が生んだ静寂は、長くは続かなかった。


 回路の符文が砕け散り、その奥に隠されていた本来の通路が姿を現す。

 それは道というよりも、都市・神殿・実験装置が溶け合った天空帝都そのものの“背骨”だった。


「……進めるぞ」


 アルフレッドの声は低いが、迷いはない。

 回路が彼を弾いた瞬間、この帝都の内部構造が――どこか彼に譲歩したのを、全員が感じ取っていた。


 ラストダンジョン――天空帝都・深層構造


 通路を進むごとに、景色は歪んでいく。


・石造都市の街路が、いつの間にか神殿の回廊へと変質し

・回廊の天井には、無数の観測符が浮遊し

・床下では、魔力炉と生体回路が鼓動を刻む


「……これ、街でも城でもないわね」


 ミリアが呟く。

 魔導士としての直感が、ここが人のために作られた場所ではないと告げていた。


「ザカリーは、この全部を“一つの装置”として扱っている」


 クレアが胸元の聖印を握る。

 祈りが通じないわけではないが、世界法則そのものが薄くなっている。


 ここでは、信仰も国家も意味を持たない。


 第一層:都市機能層 ――「維持と選別」


 最初の迎撃は、魔物ではなかった。


 無人の街路に、突如として“住民の影”が浮かび上がる。

 かつてこの帝都に取り込まれた人々の残滓――人格を失い、機能だけを残された存在。


「来るぞ!」


 バルトが盾を前に出した瞬間、影たちは一斉に最適行動を開始する。

 回避、牽制、同時攻撃。

 まるで“攻略データ”をなぞるかのような動きだった。


「……試されてるわね」


 セレナが魔剣を振るう。

 剣閃が走るたび、影は崩れるが、すぐに別の配置で再構成される。


 だが――

 アルフレッドが前に出た瞬間、配置が乱れた。


 影たちの動きが、ほんの一拍、遅れる。


「俺を……避けてる?」


 それは錯覚ではなかった。

 帝都のシステムが、彼を“攻略不能要素”として扱い、行動予測から除外している。


「なら、その隙を突く!」


 ミリアの広域術式が街路を焼き、クレアの祝福が仲間を支える。

 バルトが正面を押さえ、セレナが側面を断つ。


 連携は、人の判断だった。

 最適化ではない、選択の積み重ね。


 影の街は、やがて沈黙した。


 第二層:神殿実験層 ――「信仰の解体」


 次に現れたのは、巨大な神殿。

 だが祭壇に祀られているのは神ではなく、演算核だった。


 祈りを捧げる構造、奇跡を発動する構造、そのすべてが「再現可能な現象」として分解・保存されている。


「……神を、理解したつもりでいるのね」


 クレアの声が、怒りよりも悲しみを帯びる。


 ここでは、信仰は“変数”にすぎない。

 だが同時に――この層は、クレアの祈りにだけ、微かな誤差を生んだ。


 神殿が軋み、演算核にノイズが走る。


「進める。ザカリーは……この先よ」


 最上層への扉。


 最後に辿り着いたのは、扉と呼ぶにはあまりに抽象的な“境界”。


 そこには文字も紋章もない。

 ただ、観測する意思だけが、通過条件として存在していた。


 アルフレッドが一歩踏み出す。


 扉は、抵抗しない。


「……やはり、来たか」


 その声は、空間そのものから響いた。


 ザカリーは、待っている。

 破壊対象でも、実験体でもない。


 対抗軸としての冒険者を迎え入れるために。


 天空帝都攻略は、もはや“道を進むこと”ではない。

 世界の設計者に――否定と選択を突きつける戦いが、始まろうとしていた。



 最上層:ザカリーの観測領域


 扉を越えた瞬間、上下の感覚が消えた。


 落ちているのか、浮いているのかすら分からない。

 足裏に伝わるはずの床の感触も、風も、温度も存在しない。


 それでも――「空間」は、確かにあった。


 無限に広がる黒い虚空。その中に、無数の光点が浮かんでいる。

 星ではない。

 それぞれが世界の局所記録――都市、戦場、列石、祈り、絶望、選択の瞬間。


「……観測ログ」


 ミリアが息を呑む。

 光点の一つが近づき、映像として展開される。


 そこには、かつて滅びた王国があった。

 別の光点には、救われなかった村。

 さらに別のものには、彼ら自身が戦った場面すら含まれている。


「私たち……ずっと見られてたのね」


 セレナが吐き捨てるように言う。


 否定は、なかった。


 虚空の中央。

 光点が渦を巻くその中心に、一人の人影が立っている。


 ザカリー・グラッドストン。


 玉座も、魔法陣もない。

 彼はただ、観測者として立っている。


「ようこそ、最上層へ」


 声は穏やかだった。

 敵意も、歓迎もない。


「ここは天空帝都の中枢ではない。

 正確には――“結果を判断する場所”だ」


 アルフレッドが一歩前に出る。


「世界を壊すための場所か?」


「いいや」


 ザカリーは首を振る。


「壊すか、続けるか、変えるか。それを決める前の領域だ」


 彼が指を鳴らすと、光点の一部が強く輝く。

 それは、冒険者たちが越えてきた試験場の記録だった。


《ラグナ回廊》

犠牲回路

最適化迎撃

排除試験

排除失敗――赤字の記録


「……お前」


 バルトが歯を食いしばる。


「最初から全部、“試験”だったのか」


「そうだ」


 即答だった。


「国家も、神殿も、戦争も。それらは世界の“定常要素”だ。変数になり得るのは、枷を持たない者だけ」


 ザカリーの視線が、アルフレッドへと向く。


「だから君たちを観測対象に選んだ」


 クレアが一歩踏み出す。


「人の命を使ってまで?」


 ザカリーは、初めてほんのわずかに沈黙した。


「……犠牲は、発生した」


 否定しない。

 正当化もしない。


「だが、それは“前提条件”だ。世界が存続してきた理由そのものでもある」


 虚空に、新たな映像が浮かぶ。


 神々による修正

 王胎による補正

 列石による位相固定


 すべてが、人知を超えた装置によって行われてきた歴史。


「私はそれを、人の手に戻そうとしている」


 ザカリーは続ける。


「選択し、失敗し、責任を負う存在へと」


 アルフレッドは、静かに問いかけた。


「だから俺を弾いたのか。犠牲回路が」


「そうだ」


 ザカリーは、はっきりと告げる。


「君は“処理できない”。最適化の前提を破壊する存在だ」


 光点の一つが、異様な輝きを放つ。

 そこに映るのは――アルフレッドが介入した瞬間に崩れた試験構造。


「排除失敗。想定外。再定義――“対抗軸”」


 それは、記録だった。

 感情のない内部ログ。


 だが、ザカリーの声には、確かな熱が宿っていた。


「君は、世界を書き換える力を持たない。だが――世界の書き換えを拒否できる」


 空間が、わずかに震える。


「それは危険だ。だが、必要でもある」


 ザカリーは、冒険者全員を見渡した。


「ここから先は、試験ではない」


 光点が次々と消え、虚空が収束していく。


「選択だ」


 最上層の奥に、もう一つの境界が現れる。

 そこは、未完成核と直結した――世界干渉領域。


「拒絶するか」

「共鳴するか」

「あるいは――第三の答えを示すか」


 ザカリーは、微かに笑った。


「さあ、冒険者たち。君たちが“観測対象”を終える時だ」


 最終決戦の舞台は、整った。

 ここから先は――

 誰にも記録されていない領域だ。



 虚空は静まり返っていた。

 最上層の光点はすべて消え、残されたのは二つの存在だけ。


 アルフレッドと、ザカリー・グラッドストン。


 仲間たちは少し離れた位置で、干渉できない結界の外にいる。

 声は届くが、力は届かない――意図的に切り分けられた対話領域。


 ザカリーが先に口を開いた。


「ここまで来るとは、正直に言おう。――期待以上だ、アルフレッド」


「観測者に褒められても、嬉しくはないな」


 アルフレッドは魔剣を鞘に収めたまま、構えない。

 それ自体が、意思表示だった。


「戦う前に話す気はある。だが、納得できなければ――拒む」


 ザカリーは小さく頷く。


「それでいい。“対抗軸”とは、そうあるべきだ」


 彼は虚空に指を伸ばす。

 光の残滓が集まり、世界の断面が浮かび上がる。


「私は長い時間、世界を観測してきた。文明は繰り返す。栄え、歪み、延命し、そして破綻する」


「だから壊す、と?」


「違う」


 ザカリーは否定する。


「だから“委ねる”」


 アルフレッドは眉をひそめる。


「破壊光線で王都を消し飛ばすのが、“委ねる”ことか」


「極端な刺激がなければ、選択は生まれない」


 淡々とした声だった。


「人は、緩やかな滅びを“現状維持”と誤認する。恐怖だけが、思考を強制的に前に進める」


 アルフレッドは一歩、踏み出した。


「……じゃあ聞く。その先にある世界で、犠牲になった連中は何だ?」


「記録だ」


 即答だった。


「意味を持つ記録。無意味に消えたのではない」


「それを決めるのは、お前じゃない」


 その言葉に、ザカリーは初めて視線を逸らした。


「……そうだな」


 沈黙が落ちる。


 それは敗北ではなく、認識の更新だった。


「だから君がいる」


 ザカリーは、再びアルフレッドを見る。


「私は、世界を“正しく再構築する方法”を探している。だが、正しさは観測者だけでは定義できない」


「俺を、ブレーキ役にしたいのか」


「否」


 はっきりと否定された。


「君はブレーキではない。反例だ」


 虚空に、未完成核の輪郭が浮かぶ。


「私の構想が正しいなら、君はここで折れる。拒絶は淘汰されるべきノイズだからだ」


「もし折れなければ?」


 ザカリーは、ほんのわずかに笑った。


「その時は――私の思想が、世界に適さなかったということだ」


 アルフレッドは、驚いたように目を細める。


「……随分と潔いな」


「観測者は、結果を受け入れねばならない」


 ザカリーの声に、初めて迷いに近いものが滲んだ。


「私は神ではない。長い時を生きた人間だ。人間が世界を裁くなら、人間に裁かれる覚悟も要る」


 アルフレッドは、魔剣の柄に手を置く。


「だったら、答えは一つだ」


「聞こう」


「俺は、拒絶する」


 静かな宣言だった。


「犠牲を前提にした世界も、恐怖で選択を強いるやり方も」


 彼は仲間たちの方を一瞬だけ振り返る。


「……それでも立ち向かう連中がいるなら、世界は“書き換え”じゃなく、“続いていける”」


 ザカリーは、目を閉じた。


 数秒。

 あるいは、永遠。


「……いい答えだ」


 目を開いた時、その瞳にあったのは――満足だった。


「では始めよう、アルフレッド」


 虚空が震える。

 未完成核が、完全に姿を現す。


「これは、試験ではない」


 ザカリーは告げる。


「私と君たち、どちらの世界が生き残るかだ」


 結界が解け、仲間たちの気配が戻る。


 アルフレッドは、魔剣を抜いた。


「観測は終わりだ、ザカリー」


 剣先が、世界干渉領域を指し示す。

 

「――ここから先は、冒険者の番だ」


 最終戦が、始まろうとしていた。


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