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レベル58

 天空帝都崩壊から三日後。

 マデル郊外に設けられた臨時指令区画は、昼夜を問わず動き続けていた。


 王国軍の伝令が駆け、冒険者ギルドの調査員が帳簿と地図を抱えて行き交う。勝利の余韻など、どこにもない。そこにあるのは、生き残った世界をどう維持するかという現実だけだった。


 アルフレッドたちは、区画の奥――魔術院とギルドが共同で設けた調査室に集められていた。


 石卓の上には、回収された資料が並んでいる。

 破砕した魔導結晶、天空帝都の断面図、歪んだ地脈測定図。そして――


「これが、ザカリー・グラッドストンに関する“公式記録”のすべてだ」


 ギルド調査官の低い声が響いた。


 薄い書類束だった。

 驚くほどに。


 ミリアは一枚目を手に取り、目を走らせてから、静かに息を呑んだ。


「……ほとんど、空白ね」


 名前、推定年齢、出身不明。

 魔術系統、未登録。

 過去の所属、該当なし。


「王国の魔術院、他国の学塔、禁呪記録……どこにも痕跡がない。まるで、最初から存在しなかったかのようだ」


 セレナが腕を組み、低く言った。


「そんなはずはない。あれだけの術式を扱って、帝都を浮かせて、軍勢を統率して……無名で済むわけがない」


 バルトは地図を指で叩いた。

 帝都が出現していた空域、その直下に広がる地脈の流れ。


「帝都はここに“降りてきた”だけだ。建造された場所は別だろう」


 クレアが顔を上げる。


「……“祈り”が、薄いんです。この一帯。帝都があった場所ではなく、その前段階で、多くの命が削られている」


 その言葉に、調査室の空気が一段冷えた。


 ミリアは、例の魔導結晶片を卓上に置いた。

 中枢から切り離された、あの欠けた核。


「この結晶、帝都の主核とは“位相”がずれている。でも……完全に独立しているわけじゃない」


 彼女は指先に魔力を灯し、結晶に触れた。


 空気が、わずかに歪む。


「リンク先が、残っている」


 アルフレッドは即座に反応した。


「追えるのか」


「断定はできない。でも――この核は“撤退用”じゃない。ザカリーは、完全に切るつもりはなかった」


 セレナが目を細める。


「観測されることを、前提にしている……?」


 ミリアは頷いた。


「ええ。これは“痕跡”じゃない。“誘導”よ」


 沈黙が落ちた。


 ザカリー・グラッドストンは逃げたのではない。

 追わせる道を残して、姿を消したのだ。


 ギルド調査官が、声を低くする。


「もう一つ、気になる報告がある。天空帝都崩壊とほぼ同時刻、複数の地域で“異常な魔力低下”が観測された」


 地図上に、印が打たれていく。


 国境線の外。

 荒廃した旧王国領。

 そして――名を抹消された古代都市跡。


 アルフレッドは、その一つに目を留めた。


「……列石だ」


 ミリアが小さく笑う。

 それは、喜びとは無縁の笑みだった。


「ええ。しかも、今までのものとは“役割”が違う。封印じゃない。制御でもない」


 彼女は、静かに告げた。


「世界そのものを、段階的に書き換えるための節点」


 クレアは祈りを捧げるように胸の前で手を組む。


「なら……ザカリーの目的は、まだ“途中”」


 アルフレッドは立ち上がった。

 魔剣の重みが、現実として腕に伝わる。


「調査は、俺たちが行く」


 誰も反対しなかった。


 ザカリー・グラッドストン。

 その名は、すでに“一人の魔導士”を超えている。


 彼は今や、世界に仕掛けられた意思そのものだ。


 そしてアルフレッドたちは、その意思の痕を追い、再び歩き出す。


 次なる舞台が、どこであろうとも。



 マデルを発って七日目。

 アルフレッド一行は、王国地図から半ば消された地域へと足を踏み入れていた。


 かつて《エル=カナーン》と呼ばれた王国の旧領。

 今では、正式な国名も残されていない。交易路は途絶え、国境標識は風化し、地図にはただ――空白がある。


「……空気が、変ね」


 ミリアが低く呟く。


 魔力の流れが、淀んでいる。

 瘴気ではない。呪いでもない。

“使い尽くされた後”の気配だった。


 クレアは祈りの印を結びながら周囲を見渡す。


「ここでは……神に祈っても、返ってきません。拒絶されている、というより――もう、聞く耳がない」


 セレナが剣の柄に手をかける。


「戦場跡だ。しかも、勝敗がついた後の」


 地平線の向こう、崩れた城壁が見えた。

 城というより、都市そのものが、内側から砕け散ったような構造をしている。


 バルトが唸る。


「攻め落とされたんじゃねぇ。……中で“何かをやった”痕だ」


 遺跡へ近づくにつれ、奇妙な光景が増えていく。


 家屋の残骸はある。

 道もある。

 だが――人の痕跡だけが、決定的に欠けている。


 白骨もない。

 墓標もない。

 争った形跡すら、ほとんど残っていない。


 まるで、人という存在だけが、切り取られたかのようだった。


 都市の中央部。

 円形広場の跡に、それはあった。


 環状列石。


 しかし、アルフレッドたちが知る列石とは、明らかに違っていた。


 石は低く、半ば地中に沈み、表面は磨耗している。

 だが刻まれた紋様は、異様なほど“新しい”。


 ミリアが息を呑む。


「……修復されている。しかも、最近」


「誰が?」

 セレナの問いに、答えはなかった。


 クレアは列石の前で膝をつく。


「……祈りの痕が、残っています。でも、これは神へのものじゃない」


 アルフレッドが近づく。


「何に、向けた祈りだ?」


 クレアは、震える声で言った。


「世界そのものです」


 その瞬間。

 列石が、かすかに鳴動した。


 音ではない。

 記憶のざわめきだ。


 アルフレッドの視界が、歪む。


《回想/列石に刻まれた記録》


 かつて、この地には王がいた。

 賢王でも、暴君でもない。


 ただ、“選び続けた”王だった。


 列石は、封印でも門でもなかった。

 それは――世界の不具合を、人の手で調整するための装置。


 地脈が乱れれば、列石を用いて流れを変える。

 魔力が過剰になれば、王国全体で“消費”する。

 疫病、飢饉、戦乱――その裏で、列石は常に稼働していた。


 だが、代償があった。


 列石は、“均衡”を取る。

 何かを与えれば、必ず何かを奪う。


 そしてある日――

 王は、選択を迫られた。


 世界規模の歪み。

 放置すれば、大陸が裂ける。


 列石は応えた。


「王国ひとつ分の“存在”を捧げよ」


 王は、拒まなかった。


 祈りではなく、決断として。


 その日、《エル=カナーン》は、歴史から消えた。


 アルフレッドは、はっとして現実に戻る。


 膝が、わずかに震えていた。


「……王が、選んだのか」


 ミリアの声は、乾いていた。


「ええ。神でも、装置でもなく。“人が世界を救った”例」


 セレナが歯を噛みしめる。


「救った? それで、この有様か」


 クレアは立ち上がり、静かに言う。


「……でも、世界は続いている」


 バルトが列石に触れようとして、手を止めた。


「じゃあ、ザカリーは――」


 ミリアが、答えた。


「同じことを、もっと大きな規模でやろうとしている」


 列石が、再び淡く光る。


 そして、その中心に――

 欠けた紋章が浮かび上がった。


 見覚えがある。


 天空帝都の未完成核と、同じ位相。


 アルフレッドは、確信した。


「……ここは、ザカリーの“始点”だ」


 この王国の選択。

 この犠牲。


 それを、彼は見た。

 学び、肯定し、拡張した。


 そして今――

 世界全体に適用しようとしている。


 ミリアは言う。


「列石は、まだ“生きている”。ただし……次に使えば、ここは完全に消える」


 セレナが剣を抜き、地面に突き立てた。


「なら、選択だな」


 アルフレッドは、列石を見つめる。


 この力を、使うか。

 使わないか。


 そして――

 ザカリーの思想を、拒絶するか、乗り越えるか。


 風が、遺跡を吹き抜けた。


 失われた王国は、何も語らない。

 だが、その沈黙こそが、最大の証言だった。



 列石の前に、沈黙が落ちていた。


 完全起動。

 それが何を意味するか――アルフレッドたちは、もう理解している。


 この遺跡は、次に動かした瞬間に終わる。

 《エル=カナーン》という名が、今度こそ完全に世界から削除される。


 ミリアが静かに言った。


「完全起動すれば、ザカリーが現在“位相的に拠点としている座標”を逆算できる。でも……列石は、この土地の“存在量”を燃料にする」


 バルトが眉をひそめる。


「要するに、ここが全部――消える?」


「ええ。石も、地脈も、記録も。この王国が“あった”という事実ごと」


 セレナは、列石から視線を逸らさなかった。


「……それでも、やる価値はある」


 クレアが一歩前に出る。


「私は、反対しません。ここは、もう“選択を終えた場所”です」


 アルフレッドは、魔剣を抜かなかった。

 ただ、列石の前に立つ。


「……ここで終わらせるか。それとも、無駄死ににするか」


 彼は、列石に手を置いた。


 冷たい。

 だが、拒絶はない。


「完全起動する」


 その言葉と同時に、列石が鳴いた。


 列石完全起動。


 地面が震える。


 だが、崩壊ではない。

 解体だ。


 列石を中心に、都市の残骸が淡く発光し始める。

 石畳が、建物が、土壌が――光の粒子へと分解されていく。


 ミリアが詠唱に入る。


「位相固定、座標抽出、逆照合――!」


 空間に、幾重もの魔法陣が展開される。


 それは、過去の《エル=カナーン》が行っていた“世界調整”と同型の術式。


 ただし今回は――

 世界を救うためではない。敵を追うため。


 クレアが祈りを捧げる。


「どうか……この選択が、誰かの無意味な死になりませんように」


 その瞬間。


 視界が、反転した。


《位相投影》


 アルフレッドの意識は、引きずり出されるように別の光景を見る。


 天空帝都。

 だが、マデル上空にあったものとは違う。


 それは、半ば存在していない。


 世界の“上”ではなく、

 世界の“横”にずれている。


 ――位相断層。


 ザカリー・グラッドストンは、現実と虚構の狭間に、帝都を係留していた。


 ミリアが震える声で言う。


「……なるほど。これなら、列石を使わない限り、誰も辿り着けない」


 映像の中で、黒衣の魔導士が振り返る。


 視線が、こちらを貫いた。


 ザカリーは、はっきりとアルフレッドを見る。


《――見ているよ》


 声はない。

 だが、確かに伝わった。


《君たちは、また“正しい選択”をした》


《一つの国を、未来のために燃やした》


 アルフレッドは、答えなかった。


 だが、魔剣が微かに鳴る。


《ならば次は――》


 映像が、急激に歪む。



 現実に戻った瞬間、爆風のような衝撃が襲った。


 列石が、崩れるのではなく、消えていく。


 光が収束し、最後に残ったのは――何もない空間。


 地面は平らだ。

 遺跡はない。

 かつて都市があった痕跡すら、残されていない。


《エル=カナーン》は、完全に終わった。


 だが、それだけではない。


「……っ!」


 ミリアが膝をつく。


「魔力回路が……一部、焼き切れた……」


 アルフレッドが駆け寄る。


「ミリア!」


 彼女は、首を振った。


「命に別状はない。でも……長距離・高精度の位相魔術は、もう使えない」


 それはつまり。


 列石を用いた追跡は、これが最後だったということ。


 さらに。


 クレアが、空を見上げて呟く。


「……世界が、少しだけ静かになりました」


 嫌な静かさだ。


 ミリアが理解する。


「地脈が一系統、完全に消えた。世界の“余裕”が、また削られたのよ」


 セレナが拳を握る。


「……私たちは、ザカリーと同じことをした?」


 アルフレッドは、否定しなかった。


「一部は、な」


 彼は、遠くを見る。


「だが――目的が違う」


 ザカリーは、世界を壊すために壊す。

 彼らは、壊さずに済む未来を選ぶために、壊した。


 その違いが、最後まで意味を持つかどうかは――

 まだ分からない。


 ミリアが、かすれた声で言う。


「座標は、掴んだ。 次に天空帝都が“完全に現界”する地点……」


 彼女は、地図に印を打つ。


 そこは、どの王国にも属さない場所。


 世界の境界線だった。


 アルフレッドは、魔剣を握り直す。


「……追いついたな、ザカリー」


 だが同時に。


 彼らは、理解していた。


 もう、後戻りはできない。

 次に選ぶのは――


 世界を守るか、世界を書き換えるか。



 地図の端だった。


 どの王国にも属さず、どの歴史書にも詳述されない場所。

 人が定住するには不向きで、魔導師たちからは「不吉」として避けられてきた領域。


 ――世界の境界地帯。


 アルフレッドたちが踏み込んだ瞬間、空気が変わった。


 風は吹いているのに、音がない。

 足音は確かに地面を踏んでいるはずなのに、反響が戻ってこない。


「……ここ、現界じゃないわね」


 ミリアの声は低かった。


「正確には、“現界であり続けようとしている場所”。世界が、必死に形を保ってる」


 地面には奇妙な模様が走っていた。

 自然の地層ではない。

 まるで、世界そのものに縫い跡が残っているかのようだ。


 セレナが魔剣を握り直す。


「嫌な感触だ。剣が……何かを斬りたがってる」


 クレアは、胸元の聖印を押さえた。


「祈りが、届きにくい……。神々の視線が、ここだけ外れているみたいです」


 バルトが短く息を吐く。


「要するに、“戦うために作られた場所”ってことか」


 誰も否定しなかった。



 最初の異変は、影だった。


 彼らの足元から、影が剥がれる。


 人の形をしているが、立体感がない。

 厚みのない、切り取られた存在。


「来る!」


 アルフレッドが叫ぶより早く、影が跳ねた。


 ――速い。


 魔物ではない。

 意思も、感情も感じられない。


 迎撃専用の存在。


 セレナが前に出る。


 魔剣が、影を斬った。


 だが――


「っ、分裂!?」


 斬られた影は消えず、二つに増えた。


「位相反応型だ!」

 ミリアが叫ぶ。

「物理と魔力、両方で“斬る”必要がある!」


 アルフレッドが踏み込む。


 魔剣に、意識を集中させる。


「――重ねる」


 剣が、二重に輝いた。


 一太刀。


 今度は、影が音もなく消滅した。


「全員、単独で戦うな! 連携しろ!」


 バルトが盾を前に押し出す。


「来い……まとめて受ける!」


 影の群れが、彼に殺到する。


 衝撃が、盾越しに伝わる。


 人間なら即死だ。


 だが、魔力をまとったバルトは踏みとどまった。


「今だ!」


 ミリアの魔法が炸裂する。


 影の“接続点”を焼き切る、精密な魔力干渉。


 クレアの光が、それを固定する。


「――今です!」


 アルフレッドとセレナが同時に踏み込んだ。


 重ねた斬撃。


 影の迎撃部隊は、まとめて霧散した。



 沈黙。


 そして――拍手。


 どこからともなく、音が響いた。


「素晴らしい」


 空間が歪む。


 黒衣の魔導士の半身が、裂け目から現れる。


 幻影ではない。

 だが、完全な実体でもない。


 ザカリー・グラッドストン。


「列石を一つ、完全に燃やしてまで来た価値はあったようだ」


 アルフレッドは剣を下げない。


「迎撃部隊か。ずいぶん合理的だな」


 ザカリーは頷いた。


「犠牲を前提とした最適化。君たちも、もう理解しているはずだ」


 セレナが吐き捨てる。


「……だから、止める」


 ザカリーは笑わなかった。


「止める? いや、君たちは“追いついた”だけだ」


 彼は、境界地帯の奥を示す。


 そこには、巨大な裂け目があった。


 空間そのものが、縦に裂け、向こう側が見えない。


「ここから先は、完全な未完成領域だ。世界が、まだ“決断していない場所”」


 クレアが息を呑む。


「……そんな場所に、帝都を?」


「正確には」

 ザカリーは静かに言う。

「帝都を“完成させるため”に使っている」


 ミリアが理解する。


「未完成核……」


 ザカリーは、アルフレッドを見た。


「次に来る時、君たちは選ばされる」


「拒絶か、共鳴か」


「どちらを選んでも、世界は変わる」


 そして、彼の姿が崩れる。


「――生きて辿り着けたら、の話だがね」


 黒衣は、裂け目の向こうへ消えた。



 境界の裂け目が、脈動を始める。


 外から、何かが“這い出そう”としている。


 バルトが盾を構える。


「……まだ終わりじゃねぇな」


 アルフレッドは、一歩前に出た。


「ここで止まる理由はない」


 セレナが並ぶ。


「迎撃上等」


 ミリアは、わずかに笑った。


「もう後戻りできない、って顔ね」


 クレアが祈りを結ぶ。


「……それでも、進みましょう」


 裂け目の向こうは、光も闇もない。


 世界が生まれる前の、余白。


 アルフレッドたちは、そこへ踏み込んだ。


 迎撃必至。


 撤退不能。


 ここから先は――

 世界の設計図そのものとの戦いだった。



 裂け目を越えた瞬間、重力が遅れて追いついた。


 落下でも浮遊でもない。

 身体の内側だけが引き延ばされ、魂が一拍遅れて肉体に収まるような感覚。


 アルフレッドは歯を食いしばり、踏みとどまった。


 視界が安定したとき、そこにあったのは――建築物ではなかった。


 円環。


 だが、石でも金属でもない。

 無数の魔法陣が絡み合い、互いを否定しながら成立している巨大構造。


 未完成核の外郭部。


 世界を作りかけで放置したような、歪な胎動の場。


「……核に近い」


 ミリアの声が、かすかに震える。


「ここ、魔力が循環していない。“生成”と“拒絶”が同時に起きてる」


 バルトが周囲を見渡す。


 足場はある。

 だが、どこもかしこも不安定だ。


「長居は無用、って顔してやがるな」


 その言葉を待っていたかのように――


 外郭の魔法陣が、一斉に反転した。



 空間が裂け、敵が“湧いた”。


 形は人型。

 だが、表情がない。


 胸部には、未完成核と同じ紋様が刻まれている。


「迎撃構成体……数が多い!」


 セレナが即座に判断する。


 群れが、押し寄せる。


 アルフレッドは前に出た。


 魔剣が唸り、位相を纏う。


「――まとめて来い!」


 斬撃。


 一直線に、十体以上が消し飛ぶ。


 だが、隙間が即座に埋まる。


「再生成、早すぎる!」

 ミリアが叫ぶ。

「数で押すつもりよ!」


 バルトが盾を叩きつける。


「なら、止める!」


 地面に衝撃が走る。


 迎撃体の動きが、一瞬止まった。


 その刹那。


 セレナが突っ込む。


 魔剣が閃き、関節、魔力節点、再生成の起点を正確に斬り裂く。


「……雑魚じゃない。でも――」


 クレアの祈りが重なる。


「《聖刻固定》!」


 斬られた敵の残滓が、光に縫い止められ、再生成を拒否される。


 アルフレッドは理解した。


「“倒す”だけじゃ足りない。生成回路ごと潰すぞ!」


 五人は陣形を組み直す。


 前にバルト、左右にアルフレッドとセレナ。

 後方からミリアが制御し、クレアが固定する。


 連携が噛み合った。


 迎撃体の数が、目に見えて減っていく。


 だが――


 外郭全体が、震えた。



 空間が、再構築される。


 今度は、単体。


 だが――圧が違う。


 巨大な“何か”が、外郭中央に出現した。


 人型だが、輪郭が曖昧。

 複数の存在が重なり合っている。


「……統合型」


 ミリアが息を呑む。


「犠牲回路を束ねた個体……!」


 それは動かなかった。


 代わりに――空間が歪む。


 次の瞬間、アルフレッドの背後が消えた。


「――っ!」


 振り向いた瞬間、拳が飛んでくる。


 間一髪で受け止める。


 衝撃が、魔剣越しに伝わった。


「重い……!」


 セレナが横から斬りかかる。


 だが、刃は途中で止められた。


 空間そのものが、剣を掴んだ。


「空間制御型……!」


 バルトが突進する。


 盾を構え、全力の体当たり。


 直撃。


 だが、敵は動かない。


 代わりに、バルトが吹き飛ばされた。


「バルト!」


 クレアの治癒が即座に飛ぶ。


「まだ動けますか!」


「……問題ねぇ」


 そう言いながら、立ち上がるのに一瞬遅れた。


 アルフレッドは歯を噛み締める。


「正面からじゃ、押し切られる」


 ミリアが叫ぶ。


「核の外郭と直結してる! 破壊しても、再構成されるわ!」


 その瞬間。


 アルフレッドの魔剣が、異様な振動を始めた。


 剣身に、見慣れない文様が浮かぶ。


「……反応してる?」


 セレナが気づく。


「未完成核に、共鳴しかけてる……!」


 アルフレッドは理解した。


「拒絶じゃ足りない。――“割り込む”」


 彼は、剣を地面に突き立てた。


 魔剣を通して、自身の魔力を流し込む。


「位相、重ねる……!」


 外郭の魔法陣が、軋む。


 敵の動きが、鈍った。


「今です!」


 ミリアが全力で魔力制御に入る。


「外郭の演算を乱す!」


 セレナが斬る。


 クレアが固定する。


 バルトが、最後の一撃を叩き込む。


 統合型迎撃体が、崩壊した。



 だが――


 外郭は、止まらない。


 新たな魔法陣が浮かび上がる。


 第三層、第四層の準備。


 ミリアが、唇を噛んだ。


「……これ、無限迎撃よ」


 クレアが静かに言う。


「犠牲を前提にした構造……侵入者が尽きるまで、止まらない」


 アルフレッドは、外郭の奥を見据えた。


 そこに――未完成核が、鼓動しているのが分かる。


「なら、答えは一つだ」


 魔剣を握り直す。


「迎撃を止めるんじゃない。“迎撃する理由”を壊す」


 セレナが並ぶ。


「核に、触れる」


 バルトが笑う。


「上等だ」


 ミリアは息を整えた。


「……次は、戻れないわ」


 クレアが頷く。


「それでも、行きましょう」


 未完成核が、脈動を強める。


 迎撃は、まだ終わらない。


 だが――

 選択の時は、確実に近づいていた。



 外郭を越えた瞬間、音が消えた。


 剣の擦れる音も、鎧の軋みも、呼吸の気配すらない。

 世界が、観測されるのを拒んでいる。


 足元は“床”と呼ぶにはあまりに曖昧だった。

 半透明の層が幾重にも重なり、下に何があるのか分からない。


 中心には、核があった。


 未完成核――

 それは巨大な結晶体でも、炉でもなかった。


 都市の断片だった。


 崩れた王宮の柱。

 折れた聖堂の尖塔。

 焼け落ちた街路の敷石。


 それらが、空中で絡み合い、魔法陣に縫い留められている。


「……街、だ」


 アルフレッドの声が、虚空に吸い込まれる。


 ミリアは震える指で、核に刻まれた古文をなぞった。


「これは……座標じゃない。記録よ。しかも、複数……」


 クレアが祈りを止め、静かに言った。


「亡びた都市の、記憶……」


 その瞬間。


 核が、応答した。



 光が走る。


 視界が反転し、五人は“過去”の中に立っていた。


 そこは、かつての王都リョーデルに酷似していた。

 だが、時代が違う。


 空を飛ぶ浮遊塔。

 街路を走る魔導機関。

 人々の装いも、魔力の密度も、明らかに異質だった。


「古代文明……?」


 バルトが呟く。


 ミリアは即座に否定した。


「違う。これは、ゲルマーシア王国の“前身”」


 場面が進む。


 議場。

 王と貴族、魔導士たちが集っている。


 中央に立つのは、一人の男。


 黒衣。

 だが、今のザカリーとは違う。


 若く、疲弊し、目だけが異様に澄んでいる。


「……ザカリー?」


 アルフレッドが息を呑む。


 幻影のザカリーが語る。


『このままでは、王国は滅びる』


 地図が浮かぶ。


 外敵ではない。

 魔力枯渇。


 王国全土の魔力循環が、限界を迎えていた。


『我々は、繁栄しすぎた』

『だが、方法はある』


 魔導士たちがざわめく。


『都市そのものを、循環装置に変える』


 議場が静まり返る。


 天空帝都計画。


 ――救済の名を借りた選別


 次の場面。


 巨大な魔法陣。

 都市全域を覆う、前代未聞の規模。


 ザカリーは説明している。


『都市を浮上させ、世界から切り離す』

『自律循環型の魔力炉とし、永続的に維持する』


 王が問う。


『代償は?』


 ザカリーは、答えなかった。


 代わりに――

 魔法陣が起動する。


 悲鳴。


 街路に倒れる人々。


 魔力が、人から引き剥がされていく。


「……これは……」


 クレアが顔を覆う。


 ミリアが震えた声で言う。


「最初から……全員を救う気なんて、なかった」


 記録が続く。


 選別。


 魔力耐性の高い者は生存。

 低い者は、燃料として吸い上げられる。


 ザカリーは止めようとする者たちを、制御魔法で封じる。


『必要な犠牲だ』

『この都市が生き残れば、文明は続く』


 アルフレッドは拳を握り締めた。


「……それで、“帝都”が生まれたのか」



 ――未完成という名の呪い


 だが、計画は破綻する。


 魔力循環が、想定を超えて不安定化。


 都市が、制御不能に陥る。


 魔導士たちが叫ぶ。


『核が耐えきれない!』


 ザカリーは中央制御室に立ち尽くす。


『……まだだ』

『未完成だが……止めれば、全てが無に帰す』


 王が叫ぶ。


『止めろ! これは救済ではない!』


 ザカリーは、振り返らない。


『救済とは、選別だ』


 その言葉と共に――

 都市は、次元の彼方へ引き上げられた。


 未完成のまま。


 世界から切り離され、

 犠牲を燃料にし続ける構造として。



 光が消え、五人は中枢に戻る。


 核は、静かに脈動している。


 ミリアが絞り出すように言った。


「だから……防衛機構が、犠牲を前提に最適化されてる」


 バルトが低く唸る。


「都市そのものが、呪いだ」


 クレアは涙を拭い、顔を上げた。


「……それでも、彼は“正しい”と思っている」


 アルフレッドは、核を見据えた。


 そこには、無数の人の声が、重なっている。


 救われなかった者。

 選別された者。

 そして、選別を行った者。


「ザカリーは――

 この未完成核を、完成させようとしている」


 セレナが頷く。


「完成すれば、世界そのものが“燃料”になる」


 核が、ひときわ強く脈動した。


 まるで――

 干渉を待っているかのように。



 未完成核は、脈動を強めていた。


 都市の断片が軋み、魔法陣が悲鳴を上げる。

 そこに宿る声――救われなかった無数の意思が、アルフレッドの意識に触れようとしていた。


 共鳴すれば、理解できるだろう。

 ザカリーの論理も、彼が辿った絶望も。


 だが――


 アルフレッドは、一歩踏み出した。


 魔剣を、核の正面に構える。


「……俺は選ばない」


 静かな声だったが、確かな拒絶だった。


「誰かを救うために、誰かを切り捨てる。それを“合理”だと言うなら――俺は、そこに立たない」


 核が、反応を変えた。


 共鳴を求める柔らかな振動が、拒絶に触れて歪む。

 魔法陣の色が反転し、安定を保っていた循環が、意図的に断ち切られていく。


 ミリアが叫んだ。


「アルフレッド、完全遮断を始めてる! このままじゃ核は――」


「分かってる」


 アルフレッドは視線を逸らさない。


「完成させない。利用もしない。――終わらせる」


 セレナが、魔剣を抜いた。


「なら、最後まで付き合う。この都市の“意志”が暴れるなら、斬り伏せるまでだ」


 バルトは盾を前に出し、重く息を吐く。


「崩壊は避けられん。だが、道は俺が開く」


 クレアは膝をつき、祈りを捧げた。


「ここに縛られた魂たちよ……あなたたちは、燃やされるために在ったのではない」


 光が、彼女の周囲に広がる。


 それは鎮魂ではない。

 解放の祈りだった。



 未完成核が、悲鳴を上げた。


 都市の断片が崩れ落ち、魔法陣が次々と断線する。

 防衛機構が起動するが、目的を失った最適化は、矛盾を抱えて暴走する。


《犠牲供給、未達》

《代替資源、要求》

《最優先目標――生存》


 無機質な声が、空間に響く。


 アルフレッドは魔剣を振り下ろした。


「拒絶する」


 刃が、核の表層に刻まれた“選別回路”を断ち切る。


 瞬間、映像が奔流のように溢れ出した。


 笑っていた人々。

 逃げ惑った子ども。

 魔力を吸われ、静かに倒れた老人。


 ザカリーの声が、重なって聞こえる。


『必要だった……あれしか、方法がなかった』


 アルフレッドは答えない。


 代わりに、もう一度、剣を振るう。


 選別回路が、完全に崩壊した。



 核の脈動が乱れ、急速に弱まっていく。


 ミリアが歯を食いしばる。


「……魔力循環、崩壊開始。でも、完全消滅じゃない。これは……」


「未完成のまま、終わる」


 アルフレッドが言った。


「世界を燃やす装置には、ならない」


 クレアの祈りが、核に届く。


 封じられていた声が、ひとつ、またひとつと解けていく。


 感謝も、憎しみもない。

 ただ、終わりを受け入れる安堵だけが残る。


 セレナが、静かに呟いた。


「……これで、ザカリーの“正しさ”は否定された」


 バルトが頷く。


「だが、奴自身は否定されちゃいない。生きている限り、また別の答えを探すだろう」


 核が、最後の光を放つ。


 それは爆発ではない。

 収縮だった。


 都市の断片が、静かに折り畳まれていく。



 ミリアが叫ぶ。


「空間安定、限界! 今すぐ離脱しないと、巻き込まれる!」


 アルフレッドは一度だけ、核を振り返った。


「……終わったな」


 それは勝利ではなかった。

 だが、選ばなかったことだけは、確かだった。


 五人は走り出す。


 未完成核が、完全に沈黙する、その瞬間へ向かって――。



 天空帝都の残骸が、静かに崩れ落ちていく。


 だがその崩壊は、どこかで“観測”されていた。


 暗い虚空。

 座標も、方位も存在しない、境界の外側。


 宙に浮かぶ魔導円の群れが、ひとつ、ふたつと消えていく。

 それらは、未完成核と繋がっていた“観測点”だった。


 黒衣の魔導士――

 ザカリー・グラッドストンは、沈黙したまま、その光景を見つめていた。


「……拒絶、か」


 低い声が、虚空に落ちる。


 怒りはない。

 驚きも、ない。


 あるのは、予測が外れた事実だけだった。


「共鳴は起きない……完成を選ばなかった。合理性よりも、選択の否定を優先したか」


 指先が、わずかに震えた。


 それは怒りではない。

 計算に含まれていなかった感情だった。


 ザカリーの背後に、半透明の都市模型が浮かぶ。

 完成しなかった帝都の、理想形。


「理解できる。君たちの選択は、正しいとさえ言える」


 彼は、そう言った。


 だが、その声には、どこか噛み合わない響きがあった。


「だが――それでは救えない数が、確実に存在する」


 都市模型が、静かに崩れ、消える。


「拒絶は、答えではない。ただの“停止”だ」


 魔導円の最後の一つが、光を失った。


 それは、未完成核の完全沈黙を意味していた。


 しばしの沈黙の後、ザカリーは小さく息を吐いた。


「……否定されたのは、装置か。それとも、私の思想か」


 自嘲とも取れる笑みが、浮かぶ。


「いや……違うな」


 彼は、空間の奥を見据える。


「彼らは、選ばなかった。それだけだ」



 虚空の奥に、新たな魔導円が展開される。


 それは帝都ではない。

 列石でもない。


 人の営みが密集する場所――

 国家でも、都市でも、宗教でもない。


「……なるほど」


 ザカリーの声が、ほんのわずかに柔らいだ。


「拒絶が、どこまで世界を守れるのか。

 見届ける価値はある」


 黒衣が、闇に溶ける。


 その消失と同時に、ひとつの“情報断片”が、現世へと落ちた。



 後日、解析された残留魔力から、ミリアは気づくことになる。


 ザカリーは、敗北していない。

 だが、勝利を目的にしていない。


 彼は観測者であり、試行者だ。


 そして――


「拒絶」は、彼の計算を初めて狂わせた変数だった。

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