表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/63

レベル55

 王都リョーデルを包んでいた炎と崩壊の光は、遠ざかるにつれてなおも夜空を赤く染めていた。

 アルフレッドたちが国王と王族、そして多数の避難民を伴って辿り着いたのは、ヘルデン公爵領――王国第二の都市、マデルであった。


 城門は夜明け前にもかかわらず開かれ、兵士たちが慌ただしく行き交う。公爵家は事態の深刻さを即座に理解し、都市への受け入れと同時に、郊外の平原へ大規模な避難キャンプを設営させていた。


 天幕が並び、焚き火が灯る。

 傷ついた者は治療を受け、疲弊した者は毛布に包まれて倒れ込む。泣き声、祈り、怒り、そして沈黙――それらが混ざり合い、敗北の夜の重さを物語っていた。


 国王は臨時に設けられた指揮幕舎で、ヘルデン公爵、将軍たちと向き合っていた。その表情は老いて見えたが、瞳の奥の光は失われていない。


「マデルを最後の砦とする。だが……天空帝都が健在である限り、いずれここも同じ運命を辿る」


 沈黙が落ちる。


 アルフレッドは一歩前に出た。魔剣を携えた姿は疲労に満ちていたが、その背は折れていなかった。


「問題は、どうやって“あそこ”へ辿り着くか、です」


 全員の視線が、夜空の彼方――雲を貫いて浮かぶ黒き巨大構造物、天空帝都へと向く。


 ミリアが思案するように腕を組んだ。


「通常の飛行魔術では不可能。高度、結界、魔力干渉……どれを取っても常識外よ。あれは単なる浮遊城じゃない。巨大な魔導儀式そのもの」


「梯子をかけるような話じゃねぇな……」

 バルトが低く唸る。


 セレナは剣を肩に担ぎ、静かに言った。

「正面から行けば、迎撃されて終わり。向こうは“降りてこない”のが最大の強みだ」


 その時、クレアが控えめに、しかし確信を帯びた声で口を開いた。


「……列石です」


 全員が彼女を見る。


「環状列石は、異界と現界を繋ぐ“門”でした。天空帝都もまた、巨大な位相構造体。もし――」


 ミリアが息を呑む。


「……地上側に“同調点”があれば、空間転移の橋を架けられる?」


「ええ。短時間でも、“引き寄せられる”はずです」


 アルフレッドは理解した。

 天空帝都そのものを落とすのではない。

 こちらから飛ぶのでもない。


「……帝都を、引きずり降ろす」


 ミリアが頷く。


「正確には、帝都の位相と地上の列石を共鳴させ、一時的な侵入口を作る。危険だけど……現実的な唯一の手段ね」


 バルトが歯を見せて笑った。


「上等だ。地獄に突っ込む覚悟なら、とっくに出来てる」


 セレナは夜空を睨みつける。


「問題は、どの列石を使うか、だね。向こうも必ず妨害してくる」


 沈黙の後、アルフレッドははっきりと言った。


「セイセス=セイセスは、必ず“最後の列石”を押さえている。

 そこが――天空帝都と繋がる鍵だ」


 王都を失い、世界は一度、闇に沈んだ。

 だが、マデルの野営地には確かに火が灯っていた。



 ――第二の王都、試される夜


 夜明け前の空は、不自然な色をしていた。

 星が見えない。雲もない。

 ただ、空そのものが黒く濁っている。


 マデルの城壁に立つ兵士たちは、誰もが同じ方向を見ていた。

 天空帝都――雲海の彼方に浮かぶ、黒い影。


 その下方から、何かが落ちてくる。


「来るぞ……!」


 見張りの叫びと同時に、空が裂けた。


 黒い裂け目から噴き出すように現れたのは、翼を持つ魔物の群れだった。

 骨と影を繋ぎ合わせたような異形。鳴き声は音ではなく、直接鼓膜を叩く魔力の震動だった。


「天空帝都からの投下部隊……!」

 ミリアが即座に判断する。


 マデル防衛軍の鐘が鳴り響き、城壁と市街地に展開していた兵が一斉に動いた。

 弓兵が構え、魔導士たちが詠唱に入る。


 アルフレッドは魔剣を抜いた。

 刃が淡く輝き、周囲の空気が変わる。


「ここは通さない。

 ――この街は、もう逃げ場じゃない」


 第一波が降下する。


 城外平原に設営された避難キャンプを狙い、魔物の群れが突撃した。


「バルト! 前に出る!」

「任せろ!」


 バルトは巨盾を構え、地面を踏みしめる。

 突進してきた魔物の塊が盾に叩きつけられ、衝撃波が土煙を上げた。


「《大地障壁》!」


 ミリアの魔法が地面を隆起させ、即席の防壁を形成する。

 その上を跳び越えようとした魔物を――


 セレナが迎え撃った。


 魔剣が一閃。

 剣身に宿る魔力が爆ぜ、空中の敵を真っ二つに裂く。


「近接は任せな。――後ろは見てる」


 アルフレッドは前に出た。


 魔剣に位相を乗せ、踏み込みと同時に斬撃を放つ。

 斬られた魔物は傷が開く前に存在そのものが崩壊した。


「……位相干渉。やはり、帝都由来の個体ね」

 ミリアが歯噛みする。


 第二波が来た。


 今度は地上だ。

 城壁外の地面が割れ、黒い瘴が噴き出す。


「地下転移……!?」

「セイセス=セイセスだ!」


 黒衣の兵装を纏った人影が、瘴の中から姿を現す。

 人間だが、人間ではない。

 目には意志がなく、胸元には歪んだ紋章が刻まれていた。


「……洗脳か、傀儡か」

 アルフレッドの声が低くなる。


「生きている。だからこそ――救えない」

 クレアが祈りの印を結ぶ。


「《聖域展開》!」


 淡い光が避難民を包み、恐怖と混乱を遮断する。

 その中で、アルフレッドたちは戦うことを選んだ。


 セレナが敵陣に斬り込み、バルトがその背を守る。

 ミリアの広域魔法が魔物と瘴を焼き払い、

 クレアの回復と結界が前線を支え続ける。


 だが――


 空が、再び歪んだ。


 天空帝都の下部。

 あの巨大な開口部が、再び光を集め始めていた。


「……第二射、来るわ」

 ミリアが呟く。


 王都リョーデルを壊滅させた、あの一撃。


「この街は――」

 誰かが言いかけて、言葉を失う。


 アルフレッドは一歩前に出た。


「撃たせない」


 魔剣を地面に突き立てる。


「ミリア、あの光に位相を噛ませられるか」

「理論上は可能……でも、成功率は低い」

「十分だ」


 セレナが笑った。

「無茶を言う人、嫌いじゃない」


 バルトが盾を構える。

「まとめて受け止める覚悟はある」


 クレアは祈った。

「……どうか、世界を守る者たちに、力を」


 天空帝都の光が、放たれようとした――その瞬間。


 地上から、逆位相の魔力が立ち上がる。


 マデルの夜が、白く染まった。



 天空帝都の下部、巨大な開口部に集束した闇の光が、ついに臨界へ達した。


 空気が悲鳴を上げる。

 魔力の圧が、大地そのものを押し潰そうとしていた。


「――今よ!」


 ミリアの叫びと同時に、術式が完成する。


 彼女の魔法は“防ぐ”ものではなかった。

 世界の位相を一瞬だけ歪め、光線の進路そのものを書き換える――無謀にして、精密を極めた干渉。


 アルフレッドは魔剣を両手で握り締める。


「来るぞ……!」


 天空帝都から放たれた破壊光線は、夜空を裂く黒い槍となって落下した。


 直撃すれば、マデルは終わる。

 避難民も、王も、すべてが消える。


「バルト!」


「分かってる!」


 バルトは前に出た。

 盾を地面に叩きつけ、全身の筋力と闘気を注ぎ込む。


「――受け止める!」


 その瞬間、アルフレッドの魔剣が共鳴した。


 剣身から放たれた光が、ミリアの魔法陣と重なり合う。

 位相が噛み合った。


 破壊光線は、直進を拒まれた。


 光は歪み、ねじれ、軌道を変える。


 ――マデルを外れた。


 だが、完全ではない。


 逸れた光線は、都市の外縁を掠め、遠方の丘陵地帯へと突き刺さった。


 轟音。


 夜が昼に変わるほどの閃光。

 衝撃波が、遅れてマデルを襲う。


「伏せろ!!」


 城壁が軋み、建物の窓が一斉に砕け散る。

 避難キャンプの天幕が吹き飛び、人々が地面に叩きつけられた。


 クレアの結界が必死に衝撃を殺す。


「……っ、これ以上は……!」


 光が収まった後、街には生きている者の沈黙が落ちた。


 マデルは、残っていた。


 だが――


「丘陵地帯が……」

 見張りの兵が震える声で言う。


 遠く、かつて緑に覆われていた丘は、巨大なガラス状のクレーターと化していた。

 地脈は焼かれ、魔力の流れは断絶している。


「……地脈が死んだ」

 ミリアが呟く。

「この地域は、もう長くは保たない」


 そして、代償はそれだけではなかった。


「バルト!!」


 アルフレッドが駆け寄る。


 バルトは、膝をついていた。

 盾は無事だが、腕が震えている。


「……へへ。さすがに、重すぎたな」


 筋肉と骨に、深刻な魔力反動。

 即死を免れたのは奇跡だった。


 クレアが必死に治癒を施す。


「命は繋ぎ止めました……でも、前線には――」


「分かってる」

 バルトは静かに息を吐いた。

「しばらくは、後ろに回る」


 さらに。


 ミリアは立ったまま、動かなかった。


「……ミリア?」

 セレナが気づく。


 彼女の指先から、血が滴っていた。

 魔力過負荷による神経焼損。


「大丈夫よ」

 そう言ったが、声はかすれている。

「……ただ、長距離転移は……しばらく無理」


 それはつまり――

 天空帝都へ即座に向かう手段が、失われたということだ。


 アルフレッドは歯を食いしばった。


 守れた。

 だが、敵は健在。

 こちらは確実に削られている。


 そのとき――空に、声が響いた。


 音ではない。

 思考に直接触れる声。


『見事だ、地上の守り手たち』


 空の彼方、天空帝都の影がわずかに脈動する。


『だが理解せよ。それは“拒絶”ではなく、“猶予”だ』


 ザカリー・グラッドストン。


 姿は見えない。

 だが、確かに“そこにいる”。


『次は、避けられぬ場所へ撃つ』


 声は笑っていた。


『選べ。守る街を。守れぬものを』


 そして、沈黙。


 マデルの夜に残ったのは、

 生き残った者たちの息遣いと、

 迫り来る絶望の輪郭だけだった。


 アルフレッドは、魔剣を握り直す。


「……時間を稼いだだけだな」


 セレナが頷く。

「でも、その時間で――やるしかない」


 クレアが立ち上がる。

「人々は、まだ希望を失っていません」


 ミリアは血を拭い、空を見上げた。

「……天空帝都に乗り込む“別の方法”が必要ね」


 マデル防衛戦は、第一局面を終えた。


 だが、戦争は――

 ここからが本番だった。



 ――黒衣の魔導士ザカリー・グラッドストン


 天空帝都のさらに奥。

 歯車も柱も存在しない、純粋な魔力だけで構成された空間。


 そこに、黒衣の魔導士は立っていた。


 ザカリー・グラッドストン。


 痩身の身体に纏う黒は、影ではない。

 世界から切り取られた“夜”そのものだった。


「……やはり、逸らしたか」


 彼は水面のように揺れる虚空を見下ろす。

 そこには、マデルとその周辺の光景が歪んで映っていた。


 背後で、闇が人の形を成す。

 セイセス=セイセスの上位構成体――だが、名はない。


「想定内だ。彼らは“拒絶”する力を持つ」


 ザカリーの声は静かだった。

 勝利の高揚も、敗北の苛立ちもない。


「だが、拒絶は常に遅れる。世界は、もう臨界を越えている」


 闇の存在が、低く問いかける。


「――なぜ、王都を落とした。支配ではなく、破壊を選んだ理由は?」


 ザカリーは、ほんのわずかに笑った。


「支配は“続けなければならない”。だが破壊は、一度で済む」


 彼は指を鳴らす。


 虚空に、幾つもの映像が浮かび上がった。


 歪んだ環状列石。

 瘴に侵された土地。

 暴走した古代魔術。

 そして、王胎――かつて討たれた“修正装置”。


「この世界は、最初から間違っていた」


 ザカリーは語る。


「均衡を保つために、世界は“意思なき装置”を必要とした」


「列石も、王胎も、神々ですら――世界を延命させるための補修材に過ぎない」


 闇がざわめく。


「だが、補修は限界を迎えた。ならば、どうする?」


 ザカリーは歩みを進める。

 虚界に、円環状の魔法陣が浮かぶ。


「一度、壊す」


 その言葉には、狂気はなかった。

 むしろ、医師のような冷静さがあった。


「壊れた世界を、騙し騙し使い続けるのは罪だ。選ばれるべきは、“再構築”だろう?」


 闇の存在が、声を潜める。


「再構築とは……?」


 ザカリーは振り返る。


 その瞳には、炎も憎しみもない。

 あるのは、断定だけだった。


「“人の意思が、世界の修正を行う構造”」


 彼は言う。


「神でもなく、装置でもなく。選択し、過ち、責任を負う存在――人間だ」


 虚空に、アルフレッドたちの姿が映る。


「だから彼らは重要だ」


 ザカリーは続ける。


「環状列石の異常を修復し、王胎を拒絶し、それでも世界を選び取ろうとする」


 わずかに、声が柔らいだ。


「……彼らは、新しい世界の“耐久試験”だ」


 闇の存在が、低く笑う。


「ならば、なぜ殺さぬ?」


 ザカリーは即答した。


「殺す価値すら、まだない」


 冷酷な言葉だった。

 だが、その裏にあるのは、敵意ではない。


「彼らが絶望し、それでも立ち上がるなら――」


 彼は空を仰ぐ。


「その時こそ、この世界は“再構築に値する”」


 虚界が、静かに脈動する。


「天空帝都は、そのための装置だ。恐怖を与え、選択を迫り、世界に“意思”を生じさせる」


 ザカリーは、再びマデルの映像を見る。


「守れるか。捨てるか。抗うか。従うか」


 その問いは、誰に向けたものでもあり、

 同時に、自分自身にも向けられていた。


「……さあ、示せ」


 黒衣の魔導士は、呟く。


「君たちが、“壊れた世界を引き継ぐ資格”を持つかどうかを」


 天空帝都が、再びゆっくりと回転を始める。


 次なる一撃のために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ