レベル51
朝。
王都ロムルストの空は晴れていたが、まだ戦いの余韻を引きずるアルフレッドたちは、静かに《紅玉の旗亭》の食堂で朝食をとっていた。
温かなスープの香りとパンの焼ける匂いが漂う中、その穏やかさを打ち砕くように扉が乱暴に開け放たれる。
「緊急の報せだ!」
駆け込んできたのは若い伝令の兵士だった。汗に濡れた額を拭う暇もなく、彼は受付へ封書を差し出す。
その封蝋には、王立魔術院の紋章が刻まれていた。
受付嬢が手早く封を解き、内容を確かめると、すぐにアルフレッドたちを呼び寄せた。
「アルフレッド殿、至急。あなた方に届けとのことです」
渡された文書をミリアが読み上げる。
「……北方高原の列石にて、強い魔力異常を観測。周囲の村々では夜ごと影の獣が現れ、被害が拡大中。さらに――セイセス=セイセスの影と思しき一団が付近に潜伏しているとの報告あり」
その言葉に、酒場のざわめきが一瞬で静まり返った。
「やはり……奴らは次の列石へと動いている」
アルフレッドが剣の柄に手を添え、低く呟く。
「高原か……地形的に遮るものは少ないけど、逆に守るのは難しい場所ね」
セレナが地図を頭に思い浮かべるようにして言う。
「これ以上、封印を壊されれば大陸全体が危うい。待ってはいられないわ」
ミリアの声は冷静だったが、瞳の奥に決意が燃えていた。
「なら、俺たちが行くしかねえな」
バルトは拳を握りしめ、豪快に立ち上がった。
「……継承者としての役目を果たす時です」
クレアは聖印を胸に当て、静かに祈りを捧げた。
アルフレッドは仲間を見渡し、力強く頷いた。
「次の戦場は――北方高原の列石だ。俺たちで必ず守る」
その言葉に、仲間たちは迷いなく頷いた。
こうして再び、彼らの歩みは王都から外へと向かうこととなる。
列石を巡る戦いは終わらず、むしろ確実に、黒幕ザカリー・グラッドストンの影へと近づいていくのだった――。
王都ロムルストを出立したアルフレッドたちは、朝靄の中を北へと進んでいた。
石畳の街道を抜けると、やがて大地はゆるやかな丘陵に変わり、空気は次第に乾き、冷たさを帯びていく。
「……やっぱり南方荒野とは違うな」
バルトが肩に戦斧を担ぎ直しながら呟く。
「空気が薄い。呼吸が深くならねえ」
「高原の特徴よ。標高が上がるほど魔力の流れも乱れやすい」
ミリアが杖を支えに歩きながら、風に漂う粒子を観察する。
「今はまだ穏やかだけど……列石に近づけば違ってくるわ」
三日目の夕暮れ、道中の村に立ち寄ると、どの家も窓を固く閉ざし、家畜小屋には二重に鍵がかけられていた。
年老いた村人が震える声で語る。
「最近、夜になると黒い獣が現れるんです。目が赤く、光を嫌う……。若者が何人か狩りに出ましたが、戻ってこない……」
クレアは村人の手を握り、静かに祈りを捧げる。
「安心してください。私たちが必ず確かめます」
その言葉に、村人は深く頭を下げ、震える肩をようやく落ち着けた。
さらに進むにつれ、大地は荒々しく隆起し、岩肌がむき出しの地形が広がる。
ところどころに黒い亀裂が走り、そこから瘴気が淡く立ち上っていた。
「地脈が……呻いている」
セレナが剣の柄に手を置き、張り詰めた空気を感じ取る。
「列石の影響がここまで広がっているなんて……」
ミリアは険しい顔で足を止め、岩肌に手を触れた。
「魔力が逆流しているわ。このままじゃ土地そのものが死んでしまう」
アルフレッドは仲間を見渡し、前方の高地を睨んだ。
「ここからが本番だな。油断すれば、一瞬で呑まれる」
北方高原へと続く険しい岩道。風は鋭く、切り立った崖の間を吹き抜け、音を立てて唸っていた。
そのとき――。
「……止まれ」
アルフレッドが剣を抜き、前方を睨む。
岩陰から黒い影が滑り出た。四足の獣の形をしているが、その体は裂け目から瘴気を噴き出し、眼孔には赤黒い光が灯っていた。
やがて二体、三体と姿を現し、群れとなって包囲してくる。
「また影の獣か……!」
セレナが低く構え、双剣を抜き払った。
最初に飛びかかった一体を、バルトが盾で正面から受け止める。
鈍い衝撃が響き、獣の牙が盾を軋ませた。
「ぐっ……だが、通さん!」
そのまま戦斧を振り下ろし、獣の頭蓋を粉砕する。
「炎よ――焼き払え!」
ミリアが詠唱し、炎弾が二体目を直撃。黒い皮膜が裂け、断末魔のような咆哮をあげて崩れ落ちた。
「まだ来るわよ!」
セレナが風のように舞い、双剣で三体目の脚を断ち切る。獣はよろめくが、瘴気の霧がすぐに傷口を塞ごうとする。
「光よ、奴らの影を縫い止めて!」
クレアの聖印が輝き、結界の槍が獣の身体を貫いた。動きが一瞬止まり、その隙をアルフレッドが逃さない。
「――斬り伏せる!」
蒼炎を纏った魔剣が閃き、獣の心臓部を正確に貫いた。
やがて残りの影の獣も散り、瘴気の霧とともに霧散した。
辺りに残るのは、焦げた岩肌と冷たい風だけだった。
「……小規模な群れでも、油断すれば危なかったな」
バルトが息を吐き、盾を地面に突き立てる。
「列石の影響で生み出されてるんでしょう。近づけば近づくほど、もっと強いのが出てくるはず」
ミリアの声は緊張に満ちていた。
アルフレッドは剣を払って鞘に収め、前を見据える。
「ここで立ち止まるわけにはいかない。進むぞ――目的地はもう近い」
仲間たちは頷き合い、再び足を進めた。
高原の風はなお冷たく、まるで彼らの行く先に待つ異変を警告しているかのようだった。
幾日もの行軍を経て、アルフレッドたちはついに北方高原の奥へと辿り着いた。
広がるのは、草一本すら生えない荒涼とした台地。
大地はひび割れ、そこから淡い瘴気が立ち上り、空は赤黒く渦を巻いていた。
「……ここが、高原の列石」
ミリアが低く呟く。
環状に並ぶ石柱は黒く焦げたようにひび割れ、刻まれた古代文字は赤黒い光に脈動している。
風は絶え間なく逆巻き、列石の中心には、禍々しい影が凝縮したような瘴気の渦が立ち上っていた。
「人影が……あるぞ」
セレナが鋭い眼差しで指し示した。
列石の外縁部、倒壊した石柱の影に、数人の黒衣の影が佇んでいた。
その姿は不明瞭で、まるで影そのものが人の形をとっているようだった。
「セイセス=セイセス……!」
クレアが聖印を握りしめる。
「だが、様子が妙だな」
バルトが低く唸る。
「奴ら、動かねぇ……まるで、俺たちを待ってたみたいだ」
仲間たちは互いに視線を交わし、剣や杖を構えた。
だが黒衣の影は動かず、ただ列石の中心――瘴気の渦の奥を指し示すように立ち尽くしていた。
アルフレッドは一歩、前へ進み出る。
「……俺たちを呼んでいるのか。それとも、誘い込んでいるのか」
「どちらにせよ、進むしかない」
ミリアが険しい声で答える。
やがて一行は列石の中心へと踏み込んだ。
石柱の間を抜けた瞬間、空気は一変し、全身に重く圧し掛かる瘴気が襲う。
「……ここが、異変の中心」
アルフレッドは魔剣を抜き放ち、仲間たちに声を投げた。
「気を抜くな――ここからが本当の戦いだ」
列石の中心に踏み込んだ瞬間、瘴気の渦が揺らぎ、人影がひとつ――いや、複数に分かれて現れた。
それは黒衣を纏いながらも輪郭が曖昧で、風に溶ける煙のようでもあった。
「……待っていたぞ、継承者たち」
耳に直接響くような声。
男とも女ともつかぬ声色は、冷たい笑みを帯びていた。
「封印を守るために命を捨てるか。愚かしい。列石はただの楔にすぎぬ。やがてすべて朽ち、世界は門を開くだろう」
影の声に、クレアが一歩踏み出す。
「それでも――人々を守るために封印は必要です。あなたたちの好きにはさせません!」
「守る? ……哀れなものだ。いずれお前たち自身が鍵として裂かれ、血で封印を繋ぐ日が来る」
その言葉に、ミリアの瞳が鋭く光った。
「……やはり知っているのね。継承者が封印を強める仕組みを」
影は笑った。
「知るどころか、我らこそがその理を解き明かした者。血が鎖となるならば、その鎖を断ち切る術もまた……我らの手にある」
「黙れ!」
バルトが大盾を鳴らし、前に出る。
「脅し文句は聞き飽きた! 俺たちは立ち止まらねぇ!」
「そうよ。あなたたちに語らせる未来なんて、ここで斬り捨てる!」
セレナが双剣を構え、疾風のような気配をまとった。
アルフレッドは魔剣を抜き、仲間たちの前に立つ。
「言葉で心を揺さぶるつもりか……だが俺たちの答えは決まっている。
封印を守り、闇を退ける――それだけだ!」
その声に呼応するように、列石の石柱が軋みを上げ、影が戦士の姿を取った。
鎧を纏い、剣を握る漆黒の兵士たちが、音もなく列を成す。
「ならば証明してみせよ……お前たちの覚悟とやらを」
列石の空気がさらに重く沈み込み、影の戦士たちが剣を抜いた。
その刃は金属の輝きではなく、光を吸い込む闇そのもの。
振り下ろす度に空気がざらつき、瘴気の波が押し寄せる。
「来るぞ――構えろ!」
アルフレッドが声を張り上げ、魔剣を構える。
最初に突進してきた影の戦士の一撃を、バルトが盾で受け止めた。
ガンッと耳を劈く衝撃音。盾の表面に黒い亀裂が走る。
「くっ……重いな! だが止める!」
反撃の戦斧がうなりを上げ、敵の胸甲を叩き割った。
「炎の槍――穿て!」
ミリアの魔術が炸裂し、二体の戦士を吹き飛ばす。だが焼かれた影は一瞬で形を再構築し、再び立ち上がる。
「やっぱり……普通の魔獣とは違う! 消滅させるには核心を斬らなきゃ!」
「それなら……私が道を作る!」
セレナが風のように駆け抜け、双剣で連撃を放つ。
刃が影の戦士の関節を裂き、わずかな隙を生んだ。
「光よ、闇を縫え!」
クレアが聖印を掲げ、光の鎖を放つ。
絡みついた鎖が影を拘束し、その身を一瞬だけ地に縫い止めた。
「今だ、アルフレッド!」
「――応ッ!」
アルフレッドが前へ踏み込み、蒼炎を纏った魔剣を振り抜いた。
炎は影の身体を裂き、その奥に潜む黒い核を露出させる。
核は異様な鼓動を打ち、瘴気を撒き散らしたが、魔剣の刃が深々と突き刺さると、甲高い悲鳴と共に爆ぜ散った。
だが、まだ終わらない。
列石の周囲にはなお十数体の影の戦士が立ち並び、空気を震わせていた。
「核を斬れば倒せる……! けど数が多いわ!」
ミリアが焦りを隠せずに叫ぶ。
「一体ずつ確実に沈めろ! 耐えきれば突破口は開ける!」
アルフレッドの声が仲間たちを奮い立たせる。
戦場は炎と光と闇が交錯し、列石全体を覆うような轟音と咆哮が響き渡った。
だが、これはまだ第一段階にすぎなかった――。
影の戦士たちが一体、また一体と核を斬られ、瘴気となって崩れ落ちていく。
だがその瘴気は消えず、列石の中心に集まり、渦を巻き始めた。
「……っ、見ろ!」
バルトが声を上げる。
環状列石の中心――ひび割れた石床から、黒い塊が脈動しながら隆起した。
それは心臓のように鼓動を刻み、赤黒い光を放つたびに大地が震える。
影の戦士たちの残滓がそこに吸い込まれ、やがて巨大な瘴気の核となった。
「これが……影の心臓」
クレアが聖印を握りしめ、声を震わせる。
その瞬間、環状に立つ石柱が轟音を発した。
石に刻まれた古代文字が赤黒く輝き、地面を走る亀裂から瘴気が噴き上がる。
まるで列石そのものが巨大な獣の体躯であり、心臓を得て今まさに目を覚ましたかのようだった。
「動いてる……!? 石柱が……!」
セレナが後退しながら叫ぶ。
石柱は軋みを上げて揺れ動き、互いに振動し合いながら、不気味な共鳴音を響かせる。
その音は耳を刺し、意識を侵食するかのように仲間たちの心を蝕んでいく。
「ぐっ……頭が……!」
ミリアが額を押さえ、膝をつきかける。
影の心臓が高く鼓動を打つと、その周囲に新たな影の膜が張り巡らされた。
それは戦士の姿ではなく、液状の影が渦巻く壁。
触れれば即座に肉体と精神を蝕む呪詛の障壁であった。
「下手に突っ込めば呑まれるぞ!」
アルフレッドが仲間を制する。
だが、その障壁の奥に、心臓は確かに脈打っている。
それを破壊しなければ、この異変は止まらない。
列石の地は完全に敵の領域と化していた。
地面は裂け、赤黒い光を放つ紋様が浮かび上がり、天空は影に覆われて昼であることすら分からない。
影の心臓は次なる鼓動を打ち、大地を揺るがす衝撃波を放つ。
「ここからが本当の地獄ってわけか……!」
バルトが歯を食いしばり盾を構える。
アルフレッドは魔剣を握り直し、仲間たちを見渡した。
「怯むな――ここを超えるしか、未来はない!」
影の心臓が轟くたび、列石は巨人のように軋み、瘴気の波を放って仲間たちを押し退ける。
影の壁はなおも揺らめき、突入を拒む黒き障壁となっていた。
「このままじゃ近づけない……!」
セレナが双剣で斬り込み、火花を散らすが、刃は呪詛の膜に弾かれる。
「ならば――光で穿つ!」
クレアが祈りの言葉を叫び、聖印からまばゆい光を放った。
光が影の壁を焼き裂き、一瞬の亀裂を生む。
「今だ!」
アルフレッドが疾駆し、魔剣を高く掲げる。
蒼炎が刃を包み、鼓動する心臓を狙って振り下ろした。
しかし、心臓はまるで生き物のように跳ね、巨大な触手の影を生み出して反撃する。
「甘いわね!」
ミリアが呪文を重ね、雷撃を放つ。
雷が触手を焼き切り、道を切り開いた。
「アルフレッド、行け!」
バルトが盾で瘴気の波を押し返し、最後の後押しをする。
アルフレッドは仲間の声に背を押され、渾身の力で魔剣を突き立てた。
蒼炎の刃が影の心臓に深々と突き刺さり、灼けるような断末魔が響く。
「――ッォォオオオオオッ!!!」
鼓動が止まり、心臓は砕け散った。
瞬間、列石全体を覆っていた赤黒い光が霧散し、石柱の震動が静まっていく。
荒れ狂っていた空は晴れ、重苦しい瘴気が消え去った。
石柱はひび割れながらも、静かに元の佇まいを取り戻す。
かすかに残る古代文字の輝きが、まだ封印の力が生きていることを示していた。
「……終わったのか?」
セレナが息を整え、剣を収める。
「あぁ。列石は、ひとまず守られた」
アルフレッドは魔剣を納め、深く息を吐いた。
仲間たちも順に武器を下ろし、それぞれの顔に疲労と安堵が入り混じる。
「けれど……奴らの言葉、気になるわね」
ミリアが眉を寄せ、視線を石柱に向ける。
「封印を繋ぐ血の鎖……あれは本当に、ただの脅しだったのか」
静けさを取り戻した列石の地に、不気味な余韻だけが残されていた。
列石の異変を鎮めた一行は、疲労を抱えつつも北方高原を後にした。
だが帰路に選んだ荒野の道は、不自然な静けさに包まれていた。
風は弱く、草も生えない赤土の大地が延々と広がる。
「……やけに静かだな」
バルトが呟く。
普段なら魔獣の吠え声や渡り鳥の影が見えるはずの荒野に、生き物の気配がなかった。
やがて道の脇に、黒く焼け焦げた痕跡を仲間たちは見つけた。
地面は円形に抉られ、中央には赤黒い瘴気の残滓が漂っている。
その形はまるで、先ほど戦った「影の心臓」が小規模に再現されたかのようであった。
「……ここにも核が?」
セレナが剣に手を伸ばす。
ミリアはしゃがみ込み、地面を観察した。
「いいえ、これは……模倣ね。誰かが心臓の力を試していた痕跡よ」
「つまり、セイセス=セイセスが列石の外でも……?」
クレアの声が震える。
「……あぁ。あの連中、もう封印の周囲だけを狙ってはいない」
アルフレッドは険しい表情で言った。
「影の力を持ち歩き、好きな場所に核を植え付けられるのなら……世界中が戦場になる」
その時、風に混じって声がした。
聞こえるか聞こえないかの囁き。
『……いずれすべては繋がる……血も、石も、門も……』
仲間たちは一斉に武器を構えた。
だが周囲には誰の姿もなく、声は風に溶けるように消えていった。
「……今の、聞いたか?」
バルトが眉をひそめる。
「ええ。けれど……人の声ではなかったわ」
ミリアが小さく首を振った。
不穏さを残したまま、一行は荒野を後にし、王都への道を急いだ。
数日をかけて荒野と山道を越え、アルフレッドたちはようやく王都ロムルストの城門をくぐった。
城壁に囲まれた街並みは、戦乱を感じさせぬほどの活気を取り戻していたが、どこかで「列石異変」の噂が広がっているのか、人々の表情には不安の影が差していた。
「やはり民は敏感ね。まだ直接は被害を受けていないはずなのに」
ミリアが低く言う。
「瘴気が広がる前に止められたのは大きい。だが……隠し通せる話でもないだろう」
アルフレッドは腕を組み、ため息をついた。
冒険者ギルド《紅玉の旗亭》は、いつもよりも賑わいが抑えられていた。
酒場のざわめきはあるが、どこか重苦しい。
彼らの帰還を見た受付嬢が小走りで近寄り、安堵の笑みを浮かべる。
「お帰りなさい! ……無事で本当に良かった。ギルド長もお待ちです」
案内された奥の部屋では、ギルド長が地図と書状を前にしていた。
彼は深い皺を刻んだ顔で一行を迎え、静かに問いかける。
「北方高原の列石は、どうなった?」
アルフレッドが前に出て答える。
「異変の中心に影の心臓が出現しました。
列石そのものが動き出す事態にまで発展しましたが、心臓を破壊し、鎮めることに成功しました」
ギルド長は深く頷きながらも表情を曇らせる。
「やはり……心臓か。報告があった通り、奴らは封印そのものを崩す術を学びつつある……」
ミリアが続けた。
「しかも、列石の外で模倣を試みた痕跡もありました。セイセス=セイセスは封印の力を拡散させようとしているようです」
「ふむ……」
ギルド長は腕を組み、長い沈黙の後に低く呟いた。
「この脅威は、いずれ王国全土を巻き込む。……いや、大陸規模で広がる可能性すらある」
「私たちはどう動けばいいの?」
セレナが問いかける。
「列石の守りを続けるしかない。だが数は多く、我らだけでは到底及ばん」
ギルド長の目が鋭さを増す。
「ゆえに、諸国のギルドや王家に報せを広める準備を始めている。お前たちには、次なる調査を託すことになるだろう」
アルフレッドは仲間たちに目を向け、短く頷いた。
「……覚悟はできてる。俺たちは進むしかない」
その言葉に、仲間たちもそれぞれ静かに頷いた。
報告を終えたアルフレッドたちは、夜の《紅玉の旗亭》の一角に腰を下ろしていた。
大きな窓の外には、王都の街灯が淡く灯り、酒場のざわめきが心地よい背景となって響いている。
「ふぅ……ようやく肩の力が抜けるわ」
セレナがカップを傾け、安堵の息をついた。
「それにしても、あんな巨大な石が動き出すなんて。夢に出そうよ」
「悪夢なら、私が浄化してあげます」
クレアが微笑みを浮かべる。その声音には、戦いの緊張から解き放たれた柔らかさがあった。
「しかし、あの心臓の衝撃は……正直、盾ごと押し潰されるかと思ったぞ」
バルトが自分の大盾を見やりながら苦笑した。
「でも、最後まで踏ん張ったのはあなたのおかげよ」
ミリアが静かに礼を告げると、彼は耳まで赤くし、咳払いでごまかした。
「はは、バルトが照れてる!」
セレナがからかい、場が和やかな笑いに包まれる。
アルフレッドは杯を置き、仲間たちを見渡した。
「……こうして皆で無事に戻れるのは、当たり前じゃない。お前たちが、それぞれ自分の役目を果たしたからだ」
その真剣な言葉に、場が少し静まる。
クレアが柔らかな声で答えた。
「でも、私たちがここまで来られるのは……アルフレッドが前に立ってくれるからです」
しばし視線が交わされ、互いの信頼が言葉以上に伝わる。
やがてミリアが口を開き、空気を和ませるように言った。
「……さて、次はどんな列石が待っているのかしらね。覚悟しておかないと」
「おい、もう戦いの話はやめろ。今くらいは飲もうぜ!」
バルトの声に、再び笑いが弾けた。
杯を交わし合い、静かな夜を過ごす彼ら。
その絆は戦場を超えて確かさを増し、次なる戦いへの力となっていった。
だが、彼らの知らぬところで、すでに新たな環状列石の異変は動き出していた――。




