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レベル48

 朝。まだ陽が昇りきらぬうちに、《紅玉の旗亭》の扉が乱暴に開け放たれた。

 息を切らせた伝令が駆け込み、受付嬢に封蝋付きの文書を差し出す。

 その空気に冒険者たちのざわめきが静まり、緊張が走った。


「アルフレッド殿たちに……至急お伝えしたきことがございます!」

 伝令は声を張り上げ、ギルドの受付カウンターに駆け寄る。

 ギルドのスタッフがその封書を確認すると、アルフレッド達を呼んだ。


「来たか」

 アルフレッドが文書を受け取り封を解くと、中には王立魔術院の紋章が刻まれた書簡があった。


「……南方荒野に位置する第二の環状列石にて、大規模な魔力異常が観測された。封印のゆらぎは王都で確認されたものより強く、早急な調査を要す。セイセス=セイセスの介入が疑われ、武力と知識を兼ね備えた者が必要である……」


 ミリアが読み上げると、場はどよめいた。

 クレアの顔色が変わる。

「つまり……私たちに来い、ということですね」


「異常が拡大する前に動くしかない。南方荒野か……地形的にも、戦いやすいとは言えんな」

 セレナが鋭い眼差しで地図を睨んだ。


「ふん。荒野だろうが何だろうが、敵を叩き潰すだけだ」

 バルトが豪快に笑ったが、その眼は真剣だった。


 アルフレッドは書簡を畳み、腰の魔剣にそっと手を添えた。

「……休息はここまでだ。次の戦いが俺たちを待っている」


 その声に、仲間たちはそれぞれ頷いた。

 再び背負う荷は重い。だが、選ばれた者として歩みを止めることは許されない。



 ロムルストの城門を後にしたのは、まだ朝靄の残る時刻だった。

 王都の喧騒は遠ざかり、代わりに乾いた風が吹き抜ける草原が広がっていく。南へ進むにつれて土色は濃くなり、空気に漂う熱気が肌を刺した。


「……この先は水場が少ない。補給を怠れば、一瞬で足を取られるぞ」

 バルトが地図を広げながら言った。戦斧を担ぐ彼の声には、幾多の荒野を踏破してきた者の経験が滲んでいる。


「熱と乾きは敵ね。魔物と戦う前に体力を削られるのは御免だわ」

 セレナが肩をすくめ、背の剣を軽く叩いた。



 三日目の夕暮れ。

 荒野に差しかかった一行の眼前に、不気味な光景が広がった。

 地平線の先に、ひときわ赤黒い雲が渦を巻いているのだ。


「……あれが、列石のある場所だな」

 アルフレッドが呟く。


「ただの気象現象じゃない。魔力が空気を歪めているのが分かる」

 ミリアは掌をかざし、震えるように漂う魔素の波を感じ取っていた。


「封印が……悲鳴を上げてる」

 クレアの声はかすれていた。彼女の聖印にまで、かすかな熱が伝わってきている。



 その夜、一行が小さな岩陰で野営を張ったときだった。

 焚き火の周囲に広がる闇の中から、低い唸り声が響いた。

 次の瞬間、土煙を巻き上げながら、影の獣たちが現れた。


「来やがったか……!」

 バルトが斧を構え、立ち上がる。


 アルフレッドは素早く剣を抜き、仲間に合図した。

「……全員、準備はいいな!」


 南方荒野への旅路は、早くも戦いの匂いに満ちていた。



 荒野の夜。焚き火の灯りを揺らす風が、一瞬で血の匂いを含んだ。

 砂塵を割って姿を現したのは、黒い皮膜に覆われた異形の獣たち――四足とも二足ともつかぬ姿で、瘴気を纏い、眼孔からは赤黒い光が漏れている。


「こいつら……やっぱり封印のゆらぎに引き寄せられてやがる!」

 バルトが吠え、戦斧を高々と掲げた。


 群れの先頭を突き破るように、巨体の異形が飛びかかる。

 バルトは盾を前に突き出し、火花を散らして衝撃を受け止めると、そのまま反動で戦斧を振り抜いた。

「オラァッ!」

 黒い獣の首が宙を舞い、瘴気が弾ける。


「こっちも押さえるわ!」

 ミリアが杖を掲げ、詠唱を重ねる。

「《フレイム・バースト》!」

 紅蓮の火弾が夜空を裂き、群れの一角に炸裂。異形たちが悲鳴を上げ、燃え落ちる。


「数が多すぎる……! なら一匹ずつ斬り伏せるまで!」

 セレナは身を低く構え、疾風のように駆け抜ける。

 双剣が閃光となり、次々と異形の四肢を断ち落としていった。

「《双牙閃》!」

 斬撃が交差し、三体の異形が同時に崩れ落ちた。


「光よ、仲間を守れ!」

 クレアが聖印を掲げ、聖なる結界が展開される。

 襲いかかる瘴気の波を遮断し、仲間の背を支える光が戦場を覆った。

「これで少しは持ちこたえられるはず……!」


 群れの奥、より大きな異形が姿を現した。背中に棘を生やし、口腔からは黒炎を吹き出す。

 アルフレッドは仲間を一瞥し、魔剣を構えた。

「……ここを抜けなきゃ、列石には辿り着けない!」

 魔剣に蒼炎が宿り、一閃が夜闇を切り裂いた。黒炎を吹いた異形は、その光に呑まれて沈黙する。


 やがて群れは散り、瘴気だけを残して消え去った。

 荒野には再び夜の静けさが戻ったが、仲間たちの胸には確信が残った。


「……やはり列石の異常は拡大している」

 ミリアが低く呟き、炎の消えかけた杖を握りしめた。


「これで前哨戦ってのが恐ろしいな」

 バルトは額の汗を拭い、仲間を見渡した。


 そしてアルフレッドは、遠くに渦巻く赤黒い雲を睨みつける。

「確かに影響は広がっているようだな……」



 黒い瘴気が風に散り、荒野に再び夜の静けさが戻った。

 焚き火の火は消えかけていたが、その赤い残り火を囲みながら、一行は腰を下ろした。


「ふぅ……まったく、あいつら、群れで来るとさすがに骨が折れるな」

 バルトは戦斧を地面に突き立て、額の汗を拭った。

「だが、盾役の甲斐はあったろ。お前らが無事なら、それで十分だ」

 豪放な笑みを浮かべつつも、その声には疲労が滲んでいた。


「問題は、この程度で済むのかってことよ」

 ミリアは魔導書を閉じ、赤黒い雲が渦巻く遠方をじっと見据えていた。

「これはほんの予兆に過ぎない。列石そのものに近づけば、もっと強い何かが待っているはず」

 その瞳に浮かぶのは、知識への探求と、避けられぬ戦いへの覚悟だった。


「それにしても……あの化け物たち、どこまで増えるのかしら」

 セレナは剣を拭いながら、落ち着かぬ声を洩らした。

「怖いのか?」とバルトが問うと、彼女はふっと笑った。

「当たり前でしょ。でも、それを斬り伏せるのが私の役目よ」

 恐怖を隠さぬまま、それを力に変える彼女の強さが垣間見えた。


「……聖印がまだ熱を帯びています。封印の痛みが続いている証拠です」

 クレアは小さな祈りを捧げ、仲間に安らぎの光を分け与えた。

「どうか、列石が完全に崩れる前に、私たちの力で止められますように……」

 彼女の声は柔らかく、それでいて揺るぎない。


 仲間たちの声を聞きながら、アルフレッドは静かに剣を見つめた。

 刀身に宿る淡い光が、まるで答えるように瞬いた。

「恐れるな。俺たちはこれまでも幾度となく、闇を退けてきた」

 彼の言葉は短く、それでいて確かな重みを持っていた。


 夜は再び深まり、焚き火の火だけが辺りを照らす。

 空に広がる赤黒い雲は消えることなく、むしろ濃さを増していく。

 彼らの心に宿る安らぎは一時のものに過ぎなかった。



 東の地平が白み始めた頃、アルフレッドたちは焚き火を消し、再び歩を進めた。

 夜の静寂を裂くように、朝の風が荒野を渡り、乾いた大地を震わせていく。

 疲労は残っていたが、夜明けの光が彼らの背を押した。


「……行こう。あの雲の下が目的地だ」

 アルフレッドが前を見据えると、仲間たちも無言で頷いた。


 やがて視界の先に、列石が見え始めた。

 環状に並ぶ石柱は黒く焦げたようにひび割れ、表面を走る古代文字は脈打つように赤黒い光を放っていた。

 大地には亀裂が走り、そこから淡い瘴気が立ち上っている。


「……完全に病んでいるわね」

 ミリアが震える声で言った。

 聖なる気配に敏感なクレアは胸元の聖印を押さえ、祈りを込める。

「これは……ただの封印の緩みじゃない。誰かが触っているのよ」


 周囲に魔物の気配はない。

 だが、それがかえって異様だった。

 まるで列石そのものが敵意を抱き、生き物を近づけさせぬかのような圧が、空気を支配していた。


「……気を抜くな。ここからが本番だ」

 アルフレッドが魔剣を抜き、仲間たちも武器を構える。


 次の瞬間、地面に走った裂け目から、赤黒い光が吹き上がった――



 環状列石の中心から立ち上る赤黒い光が渦を巻き、やがて大気を震わせた。

 石柱に刻まれた古代文字が一斉に脈打ち、次々と剥がれ落ちるように暗黒の力へと吸い込まれていく。


 その瞬間、大地を割って現れたのは、巨躯の影――

 人型をしていながらも輪郭は曖昧で、鎧を纏った戦士のように見える。だが、その顔は空洞であり、瞳の代わりに紅い炎が二つ揺れていた。


「……あれが、この列石に根を張っていた主か」

 アルフレッドが剣を握り直す。


「強い……ただの魔物じゃないわ」

 ミリアの声は震えていた。魔力の圧に、彼女の髪が逆立っている。


「なら斬るだけだろ!」

 バルトが盾を構え、戦斧を掲げた。


 影の主格存在が両腕を広げると、瘴気の奔流が荒野を飲み込んだ。

 無数の黒い触手が大地から伸び、一行に襲いかかる。


「《聖障壁》!」

 クレアが詠唱し、光の壁を展開する。触手の大半は弾かれたが、力は凄まじく、結界がきしんだ。


「持たないわよ、早く動いて!」

 クレアが叫ぶ。


「セレナ、俺と行く!」

 アルフレッドが叫ぶと同時に、蒼炎を纏った魔剣を振り抜いた。

「《斬閃連牙》!」


 セレナも続き、双剣を煌めかせて影の巨体に斬りかかる。

「《双牙連舞》!」


 火花のような斬撃が幾重にも重なり、影の鎧を裂いた。


「効いてる……! でも、深くまでは届いてない!」

 セレナが息を荒げる。


「なら、こっちで削る!」

 ミリアが杖を掲げ、魔力を収束させる。

「《星雨の連弾》!」

 蒼白い光弾が無数に降り注ぎ、影の鎧を打ち砕いた。


「今だ、バルト!」


「うおおおっ!」

 バルトが突進し、巨大な盾で影の腕を押し返した。

 戦斧を振り抜き、裂け目をさらに広げる。

「これでどうだぁ!」


 影は苦悶の咆哮を上げ、赤黒い光を撒き散らした。


 しかし――影の主はすぐに再生を始めた。

 裂けた鎧の隙間から瘴気が湧き出し、肉体が形を取り戻していく。


「まだ本気じゃない……!」

 アルフレッドは歯を食いしばった。


 戦いは、ここからが本番だった。



 影の巨体が咆哮を上げた。

 その声は大気を裂き、大地を震わせ、列石そのものを軋ませる。

 砕け散ったはずの鎧が再生し、輪郭がより鮮明に固まっていく。

 その姿はもはやただの幻影ではなく、異界から引きずり出された存在そのものだった。


「……くっ、これまでの攻撃じゃ削り切れない」

 ミリアが魔力の奔流に押されながら声を上げる。


「なら、全員の力を合わせるしかない!」

 アルフレッドが叫び、仲間たちは即座に陣を組み直した。


 アルフレッドの魔剣が蒼炎を纏い、セレナの双剣が月光を宿す。

 二人は同時に飛び出し、交差する斬撃を放った。

「《双連牙閃》!」

「《斬閃連舞》!」


 蒼と銀の斬光が影の胸を裂き、内部の赤黒い核を一瞬だけ露出させる。


「今よ! 私が叩き込む!」

 ミリアは全身の魔力を解放し、杖を天へ掲げた。

「《星炎の大落》――!」


 空を圧倒し、流星の如き炎が降り注いだ。

 爆炎が核に直撃し、轟音と共に影の身体を大きくえぐる。


「まだ立ってやがるか! なら俺が仕留める!」

 バルトが盾で瘴気の触手を薙ぎ払い、戦斧を高々と掲げる。

「《轟天裂斧》!」

 大地を揺らす一撃が影の片腕を粉砕した。


「皆……耐えて! 聖なる光よ、今こそ彼らに勝利を!」

 クレアの祈りが空へ届き、黄金の光柱が列石を貫いた。

 仲間たちの武器がその光を纏い、刃は神聖な力で強化される。


「これで終わりだ!」

 アルフレッドが魔剣を振り抜き、仲間の攻撃と同時に影の核を貫いた。



 影は絶叫と共に砕け散り、瘴気は霧散した。

 赤黒い雲は消え去り、列石のひび割れも徐々に静まりを取り戻していく。


 荒野に、再び夜明けの光が差し込んだ。


「……勝った、のか」

 バルトが重く息を吐いた。


「ええ。でも、これで終わりじゃない」

 ミリアが冷静に言った。

「封印の力は確かに戻った……けれど、誰かが意図的に開けようとした痕跡がある」


 アルフレッドは仲間を見渡し、剣を収めた。

「戦いはまだ続く。だが――今日も俺たちは守り切った」



 影の主格存在を打ち倒した後も、環状列石はなお不安定に脈動していた。

 柱に刻まれた古代文字は欠け、光が途切れている。そこをクレアが祈りの声で繋ぎ、ミリアが魔法陣を補強していく。


「文字列の一部が消えてる……古代語の契約を司る句よ」

 ミリアは石に触れながら呟いた。

「ここを修復しない限り、封印はまた揺らぐわ」


 クレアは祈りを強め、聖印を輝かせる。

「光の加護を……繋げて……!」


 二人の力が重なり、石柱に再び明滅が戻る。



 修復の間、アルフレッドとセレナ、バルトは列石の周囲を探索していた。

 倒壊した柱の根元から、いくつもの石盤が発見された。

 その表面には、星図のような図柄と、環状列石の位置を示す地図らしきものが刻まれている。


「……これは、列石がひとつじゃないことを示している」

 アルフレッドは石盤を撫でながら低く言った。


「予想はしてたが、こうして証拠を見ると……重いな」

 バルトが腕を組む。


「しかも……見ろ、この刻印。鎖環って言葉が繰り返し刻まれてる」

 セレナが指差す。

「列石同士が互いに繋がり合い、封印を保ってるのよ」



 さらに、石盤の一つには、結晶の破片が埋め込まれていた。

 ミリアはそれを慎重に抜き取り、光に透かして見つめる。


「……これは封印の鍵。帝国の遺構で見つけたものと同じ……いえ、それ以上に古いわ」


 クレアは聖印を添えて言った。

「これがあるなら、列石の封印を再構築できる。だけど逆に――」


「これを奪われれば、封印は完全に破られる」

 アルフレッドが言葉を継ぎ、剣を握る手に力を込めた。



 列石の修復はひとまず終わった。

 だが発見された石盤と結晶は、一行に新たな疑念を残した。


「この石盤、どう見ても全ての列石の位置を示してるわ」

 ミリアは地図を示しながら言う。

「私たちが動くより早く、セイセス=セイセスが動いている可能性がある」


「……黒幕が誰であれ、必ずまたここを狙ってくるだろうな。その時俺たちはどこにいるか……」

 アルフレッドの言葉に、仲間たちの表情は険しくなった。



 列石の封印を修復した後も、大地はなお浅く震えていた。

 石柱に宿った光は穏やかに脈動しているが、その明滅はどこか落ち着かず、まるで深奥からの干渉がまだ続いているかのようだった。


「……静まったように見えて、完全じゃないな」

 アルフレッドは剣を収めながら、裂け目を走る淡い光を見つめる。


「ええ。列石自体は応えてくれたけれど……外から手を伸ばしている者がいる」

 ミリアの声は硬かった。魔力の残滓を読む彼女の眉は険しく寄っている。


 その時、列石の外縁に立つバルトが周囲を睨んだ。

「……足跡がある。俺たち以外のな」


 石の隙間に刻まれた土の乱れ。人間のものに近いが、何かを引きずったような跡も混ざっている。


「セイセス=セイセスの連中……?」

 セレナが剣を握り直す。


「おそらく偵察ね。直接仕掛ける前に、ここを覗きに来ていたんだわ」

 ミリアが静かに答えた。


 クレアは膝をつき、地に残った瘴気の痕を見つめていた。

「……これは人の魂が削がれた痕跡です。

 誰かがここで犠牲にされ……門を開こうとした」


 その声に、一行は一瞬言葉を失った。


 アルフレッドが立ち上がり、仲間を見渡した。

「もう見過ごすことはできない。俺たちがここで止めなければ、次は列石そのものが飲み込まれる」


 焚き火の消えた夜明けの光が、仲間たちの背を照らす。

 その光は不安を払うものではなかったが、少なくとも進むべき道を示していた。



 封印の修復を終え、仲間たちが息を整えていたその時――

 列石の一角に走るひび割れから、黒い影が滲み出した。

 それは人型を模したかと思えば瞬時に獣の形へと変じ、無数の腕と牙を備えた異形の幻獣と化す。


「……まだ残ってやがったか!」

 バルトが盾を構え、前へ躍り出る。


「封印に引きずられて顕現してる……残滓じゃない」

 ミリアは獣を見返し、魔法陣を展開した。


 異形が咆哮を上げ、触手のような腕を振り下ろす。

 バルトが受け止めた隙に、セレナが刃を閃かせてその影腕を切断する。


「斬れる……けど、霧みたいに再生してる!」


 クレアは即座に聖なる光を放ち、幻獣の輪郭を固定する。

「今です、攻撃を!」


「任せろ!」

 アルフレッドの魔剣が蒼炎を纏い、ミリアの雷撃と共に交差する。


 轟音と閃光。異形は苦悶の叫びを上げ、霧散した。


 しかしその瞬間、一行の視界に異様な映像が流れ込んできた。

 崩れた石柱の奥、封印の裂け目から、淡く光る幻視が広がる。


 そこには――かつて列石を築いた古代の人々が立っていた。

 彼らは祈りの言葉を捧げ、星空を仰ぎ、環状の石を鎖のように結び合わせていた。


「これが……列石を造った文明の記憶?」

 ミリアが息を呑む。


 だが映像はすぐに黒く染まり、同じ石環の中央で黒衣の影が立ち上がる姿へと変わった。

 その輪郭は曖昧だったが、明らかに人の姿をしていた。


「……セイセス=セイセスか、それとも……」

 アルフレッドは剣を強く握りしめる。


 幻視は霧のように消えた。

 列石は静けさを取り戻したものの、一行の胸中には新たな疑念と恐怖が芽生えていた。


「これは……偶然じゃない。誰かが意図的に過去を引きずり出している」

 クレアが祈りの後、低く言葉を洩らす。


 列石の石肌はまだ熱を帯び、淡い震えを続けていた。

 戦いは終わった。しかし、闇は確かにここで息をしていた。



 戦場と化した環状列石の外縁部を調べるうちに、セレナが崩れた柱の根元から光を放つ物体を見つけた。

 それは掌に収まるほどの石片で、淡い蒼光を帯びていた。

「これは……ただの石じゃないわ。古代文明が記録のために使った媒体ね」


 ミリアが慎重に魔力を流し込むと、光は文字列を描き出した。

 だがその内容は断片的で、ところどころに欠落がある。


 記されていたのは、列石を築いた古代人の「目的」の一部だった。


 列石は鎖として機能する。

 各地の列石は互いに共鳴し合い、巨大な網のように世界を覆っている。


 門を閉ざす楔である。

 列石は異界の力を拒む役割を持ち、封印の破壊はすなわち世界規模の崩壊を意味する。


 継承者の存在。

 封印は人の意志と血を媒介として強化される。継承者なくして列石は長く保てない。


「やっぱり……私たちが封印に選ばれたのも偶然じゃなかった」

 クレアは小さく呟き、聖印を胸に当てる。



 バルトは瓦礫の下から、金属製の輪のようなものを引き上げた。

 そこには古代文字で「封印の楔」と刻まれている。


「これは……列石を安定させるための鍵の一部だな」

 アルフレッドが感嘆の声を漏らす。

「でも欠けてる……完全な形じゃない」


「なら、どこかに残りがあるはずよ」

 ミリアが目を細めた。

「セイセス=セイセスも、それを狙って動いている可能性が高いわ」



 その時、遺物に残された魔力が突如として揺らぎ、一行の視界に幻視が広がった。

 列石の中央に立つ黒衣の男――輪郭はぼやけていたが、纏う威圧感は紛れもなく黒幕のそれだった。


「……こいつは……黒衣の魔導士、ザカリー・グラッドストン……!」

 セレナが思わず剣を握りしめる。


 幻影は言葉を発することはなかったが、その存在だけで十分だった。

 列石の封印が狙われている――それはもう疑いようがなかった。



 かくして王都への帰還。


 高原の風を背に、アルフレッドたちはロムルストの城門をくぐった。

 王都の喧騒はいつもと変わらぬように見えたが、彼らの心には列石での戦いの余韻がまだ濃く残っていた。

 仲間たちは互いに言葉少なに歩を進め、《紅玉の旗亭》の重厚な扉を押し開けた。



 ギルドの石造りの広間では、すでに複数の依頼帰りの冒険者が杯を傾けていた。

 受付に立つギルド員は、アルフレッドたちを認めると小さく頷いた。


「お帰りなさい。……やはり列石の件でしたね」


 アルフレッドは深く頷き、簡潔に報告をまとめた。

 封印の揺らぎ、影の主格存在との戦闘、修復の過程で得られた遺物と幻視――

 その全てを、ギルドの記録官が重々しく筆に写し取っていく。


「……なるほど。つまり、列石は単体で機能しているわけではなく、各地に存在する石環が鎖環として連動している、と」

 記録官は唸るように言葉をこぼした。


「そして封印の鍵と呼ばれる遺物があれば、それを解くことも、補強することも可能よ」

 ミリアが付け加えると、場の空気は一層緊張を帯びた。



 報告を終えた後、アルフレッドは仲間たちと席についた。

 酒場の片隅に腰を下ろすと、ようやく緊張が解け、杯に注がれた葡萄酒が喉を潤した。


「俺たちが見たあの幻視……黒衣の影、あれは間違いなく奴らの首魁に繋がっている」

 アルフレッドが低く言うと、バルトは拳を固めて唸った。


「セイセス=セイセスの背後にいる本当の黒幕……か」


「きっと、次の列石でも何か仕掛けてくるわ」

 セレナが剣の柄に無意識に触れる。


「ええ。でも、列石は人々の生を守る鎖環。……私たちが退くことはできません」

 クレアが静かに答え、胸元の聖印を握りしめた。



 報告を記録し終えたギルド員が、彼らのもとへやって来た。

「王国も事態を重く見ています。新たな列石の異変が確認され次第、最優先であなた方へ依頼が下されるでしょう」


 アルフレッドは仲間たちの顔を見渡し、短く頷いた。

「なら、次の戦いに備えて休むだけだな」


 その夜、《紅玉の旗亭》にはいつもより早く静寂が訪れた。

 だが、その静けさは嵐の前触れに過ぎない。


 ――セイセス=セイセスは動いている。

 そして、その影の向こうに待つ黒衣の魔導士ザカリー・グラッドストンの気配もまた、確かに迫っていた。



 報告を終えた後、喧噪に包まれる広間から離れ、アルフレッドたちはギルドに併設された宿の一角へ戻った。

 外はすでに夜。王都の灯りが窓越しに揺れ、長い戦いを終えた疲労を穏やかに包んでいた。



「ふぅ……久しぶりに背中が痛ぇな。あの列石の戦いは、骨身に堪えたぜ」

 鎧を外したバルトがベッドに腰を下ろし、肩を鳴らす。


「でも……あなたが前に出てくれたから、私たちは守られたんです」

 クレアは柔らかく微笑んで言った。

「私の光だけじゃ足りなかったと思います」


「はは、褒めすぎだ。お前の祈りがあったから俺は立てたんだよ」

 不器用に笑い合う二人のやりとりは、互いの信頼を確かめ合うものだった。



 窓辺では、セレナが磨き上げた剣を鞘に収めていた。

「剣の切れ味はまだ問題なし。でも……相手が人の形をしてたの、正直、嫌だった」


 その言葉に、隣で巻物を広げていたミリアが顔を上げる。

「あなたらしいわね。でも、そういう違和感を覚えている限り、あなたは剣に呑まれない」


 セレナは短く笑みを浮かべ、ミリアを見やった。

「ありがと。……あんたが冷静でいてくれると助かる」


 ミリアは首を横に振る。

「冷静に見えるだけよ。心の中は、きっとあなたと同じくらい荒れているの」



 一方、アルフレッドは仲間から少し離れ、静かに剣を抱えていた。

 列石の幻視に映った黒衣の影――ザカリー・グラッドストンの気配を思い出している。


「……俺たちは、どこまで抗えるんだろうな」

 その独白に答える声はなかったが、背後からセレナがそっと近寄り、短く言葉を投げた。


「でも、あなたがいる限り、私たちは進める」


 その一言で、アルフレッドはわずかに肩の力を抜いた。



 夜の終わり。


 やがて灯火が静かに揺れ、仲間たちはそれぞれ眠りについた。

 嵐のような戦いの後、ようやく訪れた束の間の安らぎ。

 だが誰もが理解していた。次なる戦いはすでに迫っているのだと。

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