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レベル47

《紅玉の旗亭》に響く報せ。


 その日の朝、《紅玉の旗亭》は冒険者たちの往来でいつにも増して騒がしかった。

 大広間には緊張が走り、掲示板の前には冒険者が群がっている。空気は酒と汗の匂いではなく、不穏なざわめきに満ちていた。


「様子が違うな」

 アルフレッドが眉をひそめる。


「ええ……ただ事じゃないわね」

 ミリアが周囲を見渡し、受付嬢のもとへ歩み寄った。


 受付嬢は彼らを認めると、即座に声を潜めて告げた。

「皆さま……北方山岳地帯の環状列石で、再び異常が確認されました。魔術院の観測によれば、昨夜から封印の力が急激に低下し、今も脈動が広がっているそうです」



「まさか……先日の修復が別の列石に波及したってことか」

 バルトが拳を握る。


「その可能性は高いわ」ミリアは即座に頷いた。「環状列石は連動している。ひとつを揺るがせば、残りもまた響き合うのよ」


「となると、奴ら――セイセス=セイセスの仕業ね」

 セレナの声は鋭く、迷いがなかった。


 クレアは胸元の聖印を握りしめ、小さく祈りを捧げる。

「……また、誰かが門をこじ開けようとしているのです」



「行こう。俺たちしか動けない」

 アルフレッドが短く言った。


 その言葉に、全員が即座に応じた。

 セレナは剣を背に収め、ミリアは羊皮紙と魔道具を詰め込み、バルトは戦斧と盾を確かめ、クレアは光のアミュレットを胸に抱いた。


「紅玉の旗亭を出るのも、随分と馴染んできたな」

 バルトが笑みを浮かべる。


「帰ってこられる保証はないけど、戻ってくるつもりでいましょう」

 セレナが淡々と応じた。


 受付嬢は深く頭を下げ、声を震わせながら告げた。

「どうか……ご無事で。皆さまの戦いに、王国の未来が懸かっています」



 一行は、再び王都を発った。

 目指すは北方山岳――そこに聳えるもう一つの環状列石。

 不穏な風が街道に吹き、空には薄く黒い雲が広がり始めていた。


 その足取りは重くはなかった。

 むしろ確信に満ちていた。


 なぜなら、彼らこそが封印の継承者であり、闇を退ける責務を背負った存在なのだから。



 野営の夜。


 その日の夜は、一行は王都を離れて進んだ丘陵地帯にて野営を張った。

 乾いた草地の上に火を起こし、焚火がぱちぱちと音を立てる。夜風は冷たく、星々が冴え渡っていた。


「……やっぱり火を見ると落ち着くな」

 大鍋をかき混ぜながら、バルトが呟いた。

 豪快な彼だが、仲間のために温かい食事を用意する手際は慣れたものだ。


「お前は戦場でも鍋を振るうつもりなのか?」

 アルフレッドが冗談めかすと、

「戦場こそ腹が減るもんだ。食えなきゃ戦えねぇからな」

 バルトは真顔で答え、皆を笑わせた。


 クレアは火の揺らめきを見つめ、小さな祈りを口にした。

「また封印の異変……今度はどれほどの人が巻き込まれるのでしょう」


「考えすぎだ、クレア。お前がいるから俺たちは守れる」

 バルトが安心させるように言うと、クレアは小さく微笑んだ。

「……ええ、私の光が仲間を照らせるのなら」


「しかし、列石が大陸全土に連なってるなんてね」

 セレナは磨いていた剣を見つめる。

「もし全部が連鎖したら……私たちの旅は終わらないわ」


「怖いか?」

 アルフレッドが問うと、

「いいえ、むしろ燃えるわね。敵がどれほど大きかろうと、私の刃は届く。それだけよ」

 セレナの目は炎のように強く輝いていた。


 ミリアは膝の上に羊皮紙を広げ、封印文字の写しを指でなぞっていた。

「黒き導き手……石盤に残されたこの言葉が気になるの」

「ザカリー・グラッドストンだろう」

 アルフレッドが短く答える。

「ええ、でも彼だけじゃないかもしれない。もっと大きな、背後の意志が……」

 ミリアの声は夜気に溶け、誰もが考え込んだ。


 やがてアルフレッドが焚火を見つめ、低く言った。

「俺たちはもう、ただの冒険者じゃない。封印を継ぐ者として、この戦いに立ち続ける運命を選んだんだ」


 沈黙が一瞬だけ落ちる。

 しかし次の瞬間、バルトが笑って立ち上がり、鍋を持ち上げた。

「なら腹ごしらえだ! 世界を救うにも体力が要る!」


 皆が笑い、夜の野営は少しだけ柔らかな空気に包まれた。


 星が瞬き、焚火が静かに燃え尽きていく。

 あと少しで北方山岳へ――そして新たな環状列石の異変と対峙することになる。

 その一瞬の安らぎを胸に、五人は眠りについた。



 夜明けと共に、アルフレッドたちは馬を進めた。

 北方高原へ向かう街道は、残暑にもかかわらず冷たい風が吹き抜け、山並みには黒雲が垂れ込めていた。


「……空気が重いな」

 バルトが肩をすくめる。


「環状列石の影響かもしれない。自然の流れが歪められているわ」

 ミリアが周囲を観察し、羊皮紙に記録を取る。


 街道の村々は不気味なほど静かで、人々は窓を閉ざし、顔を見せようとしなかった。噂はすでに広まっているのだ――北の山で、影がうごめいていると。



 道中、森を抜けると、地面に焦げ跡のような黒い染みが点々と残されていた。

 クレアが跪き、手をかざす。

「これは……瘴気。影の魔物が近くを通った痕跡です」


「すでに人里にまで迫っているってことか」

 セレナが剣に手をかける。


「油断するな。ここからが本番だ」

 アルフレッドが魔剣を抜き、前進を促した。



 やがて、岩場の裂け目から黒煙のようなものが立ち昇り、影の獣たちが這い出してきた。

 その姿は狼や熊に似ていたが、眼窩は空洞で、黒い靄が滲み出ていた。


「来るぞ!」

 アルフレッドの声に合わせて全員が陣形を整える。


 バルトが盾を構え、先陣を切る。衝撃で岩が砕け、影の爪が火花を散らす。

 その背後からミリアが炎の矢を連射し、セレナが素早く横合いを突いて一体の首を跳ね飛ばす。


「クレア!」

「《聖光の障壁》!」

 聖なる光の壁が仲間を包み、瘴気を弾き飛ばした。


 アルフレッドは魔剣を構え、影の核を狙い澄まして突撃する。

 蒼炎の一閃が走り、異形が悲鳴を上げて霧散した。



 群れを退けた後、残骸の中から小さな石片が見つかった。

 それは環状列石の破片に似ており、微かに赤黒い光を放っている。


「列石の封印が壊れて、魔物が漏れ出しているのね」

 ミリアが唇を噛む。


「つまり……急がなきゃいけないってことだ」

 アルフレッドの声には、確かな決意が宿っていた。


 一行は息を整え、再び北方山岳へと歩みを進めていった。

 その先には、より大きな異変が待ち受けているのは間違いなかった。



 旅路を重ね、山岳地帯の岩場を抜けた一行の目に、異様な光景が広がった。

 谷間にそびえ立つ巨石群――それこそが環状列石である。だが、かつて古代の祭祀や封印のために築かれたはずの石柱は、今や黒い瘴気に覆われ、赤黒い光脈がひびのように走っていた。


「……これは、前に見た列石よりもひどい」

 ミリアが険しい顔で呟く。


「石そのものが、まるで生きているみたいだな」

 バルトが低く唸る。石柱の表面は脈打つように鼓動し、黒い靄を吐き出していた。



 列石の周囲には、崩れた拝殿の跡や、石畳に刻まれた古代文字が散見された。

 セレナが剣を突き立てながら覗き込み、眉をひそめる。

「……この模様、ただの装飾じゃない。陣式の一部みたい」


 ミリアが膝をつき、指でなぞる。

「古代の封印術式よ。けれど一部が書き換えられている……誰かが意図的に改竄した痕跡があるわ」


 その言葉に場が凍り付いた。

 セイセス=セイセス――奴らが列石を操ろうとした証に他ならなかった。



 突如、足元の地面が脈動し、ひび割れから赤黒い光が漏れ出した。

 クレアが反射的に聖印を掲げる。

「封印が……泣いています。誰かが、無理やりこじ開けようとしている」


 アルフレッドは魔剣を抜き、仲間を振り返った。

「……来るぞ。ここからが本当の戦いだ」



 環状列石の中心部から、裂け目を穿つように黒炎が噴き上がった。次の瞬間、地面の亀裂から這い出してきたのは数十体に及ぶ異形の魔物たちだった。


 その姿は狼や熊に似ていたが、骨格はねじれ、眼窩には赤黒い光が宿っている。肉体は瘴気を帯びた靄に包まれ、斬っても焼いても容易には消えぬ気配を漂わせていた。


「数が……多い!」

 セレナが低く息を呑む。


「だが、ここを突破しなければ封印には辿り着けねえ!」

 バルトが盾を突き出し、前列に立つ。



 最前線に立ったバルトが戦斧を振るう。

「どけぇッ!」

 一撃で三体の異形を薙ぎ払い、盾で別の一体を弾き飛ばす。


 その横でアルフレッドの魔剣が青白い閃光を放ち、異形の胸を貫いた。瘴気が焼かれ、断末魔が辺りに響き渡る。


「バルト、俺が右を抑える!」

「任せろ、背中は預ける!」


 二人の連携が、前線を押し留めていた。



 セレナは素早く敵陣を駆け抜け、両手の双剣で次々と弱点を切り裂く。

「一体ずつ削っていくわよ!」

 その声と同時に、彼女の剣閃が異形の首を断ち切り、黒煙が噴き上がった。


 背後からはミリアが詠唱を終える。

「《火炎連弾》!」

 炎の矢が無数に降り注ぎ、敵陣の中心を爆ぜさせた。

「まだ足りない……! 数を減らすのに全力を尽くすわ!」



 クレアは両手を掲げ、仲間を覆うように聖なる障壁を展開する。

「光よ、仲間を守れ!」

 黄金の光が盾となり、瘴気を弾く。バルトの肩に迫った爪撃ちが、光の壁に阻まれ砕け散った。


 さらに彼女の祈りは力を与えた。

「勇気を、力を……!」

 聖光が仲間の武器に宿り、斬撃と魔法がより深く敵を削り取っていく。



 斧の轟音、剣閃の煌めき、魔法の轟き、聖光の輝き――。

 それらが絡み合い、黒き大群と五人の戦士が激突した戦場は、もはや混沌そのものだった。


「押し返せ!封印を守るんだ!」

 アルフレッドの叫びが、戦場に響き渡った。



 大群を押し返したその瞬間、環状列石全体が低い唸りを上げた。

 石柱の表面に刻まれた古代文字が赤黒く染まり、ひときわ大きな裂け目が光を放つ。


「……来るぞ!」

 アルフレッドが魔剣を構える。


 次の瞬間、裂け目から這い出てきたのは、先の異形とは比べ物にならぬ存在――。

 四足の獣のような巨体を持ちながら、背には無数の腕と眼を備えた影の主格存在だった。

 その一歩ごとに大地が揺れ、瘴気の波が周囲を覆い尽くす。



 巨影が咆哮すると、衝撃波が一行を襲った。

 バルトの盾が火花を散らし、アルフレッドとセレナは地面に踏みとどまる。

「くそっ……! 重すぎる!」

「まだ本気を出してすらいない……!」


 ミリアが素早く詠唱を行い、炎の矢を放つ。だが瘴気の壁に弾かれ、火花となって霧散した。


「魔力そのものを喰っている……!」

 ミリアの顔が蒼白になる。



「クレア!」

 アルフレッドの呼びかけに、クレアは即座に祈りを捧げる。

「《聖浄の結界》!」

 聖光の壁が瘴気を押し返し、仲間の呼吸が一瞬だけ整う。


「俺が前に出る! アルフレッド、合わせろ!」

 バルトが盾を突き出し、巨影の前脚を受け止める。大地が砕け、砂塵が舞う。


 その隙を狙い、アルフレッドが魔剣を閃かせる。蒼炎の刃が影の肉を裂き、黒い血が飛び散った。


「セレナ!」

「任せなさい!」

 セレナが斬撃を連ね、バルトの盾で開かれた隙を正確に穿つ。


 

 影の主格存在は苦痛の咆哮を上げると、背の無数の腕を振り下ろした。

 岩を砕く一撃が四方八方から降り注ぎ、一行は散開を余儀なくされる。


 ミリアは息を切らしながら叫ぶ。

「核を探さなきゃ! あれの中心に必ずあるはずよ!」


「なら、全員で道を切り開くぞ!」

 アルフレッドの声が、戦場に響いた。



 巨影は咆哮を轟かせ、背の無数の腕を振り下ろした。大地が割れ、岩が飛び散る。

 だが、仲間たちは怯まなかった。



「食らえッ!」

 バルトの戦斧が盾と連携し、巨影の腕を受け止める。全身に衝撃が走ったが、彼は踏みとどまった。


「隙は作ったぞ、アルフレッド!」

「行く!」

 アルフレッドが魔剣を振り抜き、蒼炎の刃で巨影の胸を切り裂く。

 一瞬、黒煙の奥に、淡く赤黒く輝く核が覗いた。



「今よ、セレナ!」

 ミリアが詠唱を終え、雷撃を走らせる。

 雷光が核を包む瘴気を裂き、その瞬間、セレナが跳び込む。


「《双牙閃》!」

 二振りの剣が交差し、核に深々と刻みを入れる。巨影が悲鳴を上げ、瘴気を噴き散らした。



「まだ崩れません……! 皆さん、光を受け取って!」

 クレアがアミュレットを掲げ、聖光の奔流を放つ。

 その光は仲間の武器に宿り、炎も雷も剣も、より深く巨影を裂く力へと変わった。



 巨影は狂乱し、無数の腕を暴風のように振り回す。

 しかし、バルトが盾で受け止め、セレナが腕を切り払い、ミリアが瘴気を焼き尽くし、クレアが皆を支え続けた。


「今だ、決める!」

 アルフレッドが魔剣を高く掲げ、全員の力を背負って突き込む。魔剣は光りに輝いた。


 蒼炎の斬撃が核を貫き、轟音と共に光が爆ぜた。

 巨影は断末魔を残し、黒煙となって崩れ去った。



 瘴気は消え、環状列石は静まりを取り戻した。だが、その表面には新たなひびが刻まれていた。


「……核を砕いても、列石の封印そのものは揺らいでいるわね」

 ミリアが額の汗を拭い、険しい表情を見せる。


「つまり、まだ終わっちゃいないってことか」

 バルトが深く息をついた。


「次が来る。必ず」

 アルフレッドは魔剣を収めながら、列石の暗い輝きを見据えた。



 戦いが終わり、静まり返った環状列石に冷たい風が吹き込んだ。

 石柱は裂け目から微かな瘴気を滲ませていたが、完全に崩壊には至っていない。


「……今なら、まだ修復できる」

 ミリアがひび割れた石面に触れ、魔力の流れを探る。


「聖なる力を流し込んで、術式を補強するのね」

 クレアが頷き、アミュレットを掲げる。聖光が石柱を包み、滲んでいた瘴気を押し返した。


 アルフレッドとセレナは周囲を警戒しつつ、封印の結晶片を並べ直す。バルトは砕けた石片を持ち上げて配置を整え、陣式が再び環を描くように調整した。


「《再結の紋》!」

 ミリアの詠唱に応じて光の紋様が走り、石柱のひびが静かに閉じていった。



 修復が終わると同時に、列石の奥に隠されていた石盤がひとりでにせり出した。

 そこには、これまでに見たどの碑文よりも鮮明な古代文字が刻まれていた。


「……封じられし環は七つ、継ぐべき者は連なりて輪を守る」

 ミリアが読み上げる。


「七つ……つまり、大陸各地にある環状列石は、ひとつながりの大封印なんだな」

 アルフレッドが険しい声で言った。


「もしそのうち一つでも崩れれば……全体が連鎖的に解ける可能性があるわ」

 セレナが剣を握り締める。


 さらに別の部分には「黒衣の導き手」との文言が刻まれていた。

 それは、セイセス=セイセスの背後で糸を引く人物――ザカリー・グラッドストンの存在を示唆していた。



「俺たちは封印の継承者として選ばれた……もう後戻りはできない」

 アルフレッドが静かに告げる。


「ええ。けれど同時に、この秘密を解き明かす者でもあるわ」

 ミリアの目は揺るぎなかった。


「なら腹をくくるしかねえな」

 バルトが斧を担ぎ上げ、苦笑した。


「次は、もっと強大な影が来るでしょう」

 クレアが聖印を胸に押し当てる。


「それでも勝つ。封印を守り抜くために」

 セレナが応じ、剣を掲げた。


 石盤の文字は再び光を失い、列石は沈黙を取り戻した。

 だがそれは、終わりではなく始まりに過ぎなかった。

 大陸全土を覆う封印の連鎖――その真の全貌に、彼らはようやく手をかけたのだ。



 戦闘の熱気が冷めた後、五人は再び環状列石の周囲を慎重に歩き回った。

 瘴気は薄れつつあったが、大地には赤黒いひびが残り、柱の影は不気味に伸びている。


「……見て。ここにも刻まれてるわ」

 ミリアが指差したのは、石柱と石柱の間に埋もれていた小さな石盤だった。

 そこには崩れかけの古代文字が連なり、解読の困難なものだったが、いくつかは辛うじて読めた。


「大環を成すは七柱、繋ぎし輪を破るは黒衣の影……そう刻まれている」

 彼女は低く読み上げる。



 さらに探索を進めると、柱の根元に土に埋もれた金属製の器具が発見された。

 複数の歯車が組み込まれ、魔力を動力とする仕掛けのようだ。


「……これは封印維持の補助機構だな」

 アルフレッドが観察し、眉をひそめる。

「ただの石と術式じゃなかった。古代人は魔術と技術を融合させて、この列石を維持していたんだ」


「だが、ほとんど錆びて壊れかけている……長くは保たないな」

 バルトが部品を手に取り、重く息を吐いた。



 やがて、列石の外縁でセレナが声を上げた。

「……こっちに、剣戟の痕跡があるわ」


 岩肌には新しい切り傷が走っていた。瘴気を帯びた刃で刻まれたように黒く焦げている。

「……セイセス=セイセスが、既にここで作業を始めていたんだな」

 アルフレッドが魔剣の柄を強く握りしめた。



 クレアが最後に見つけたのは、祈祷台と思しき石の台座だった。

 そこには祈りの言葉が刻まれており、その一節は今も微かに輝きを放っていた。


「環を守りし者よ、その力を受け継ぎて未来を守れ……」

 クレアが読み上げる声に、仲間たちは静かに耳を傾けた。


「やっぱり、俺たちは選ばれてしまったんだな」

 アルフレッドが呟き、仲間たちの視線が一つに集まった。



 探索の成果を確認し、一行は列石を後にする。

 だが振り返れば、石柱はなおも不気味に影を伸ばし、赤黒いひびの奥からは低い脈動が響いていた。


「これは終わりじゃない。始まりにすぎない」

 ミリアの言葉が、重く夜風に溶けていった。



 山道を下りる一行の足取りは、戦いの直後らしく重かった。だが吹き抜ける夜風は涼やかで、緊張に強張った身体を少しずつ解きほぐしていく。


「……ふぅ、やっと静かになったな」

 バルトが大きく息を吐き、戦斧を肩に担いだ。


「まだ油断できないわよ。封印は修復したけど、あれが完全に安定したとは言い切れない」

 ミリアが険しい顔のまま、古代文字の写しを巻物に残していた。



 途中、広い岩場で野営を取ることになった。

 焚き火がぱちぱちと音を立て、橙の光が皆の顔を照らす。


「ねえアルフレッド、もし……もし封印がすべて壊れたら、どうなるのかしら」

 セレナが薪をくべながら問いかける。


「……想像したくもないな。ただ、俺たちが選ばれたのは、それを防ぐためなんだろう」

 アルフレッドの声は静かだったが、焚き火の炎よりも強い決意が滲んでいた。


「そうね。だからこそ、わたしたちは怯むわけにはいかない」

 クレアが祈りを捧げ、光を焚き火に重ねるようにそっとかざした。



 その夜、セレナは見張りの最中に、焚き火の周囲を飛ぶ蛍の群れに気づいた。

 闇に揺れる淡い光は、先ほどまでの死闘の痕跡を覆い隠すかのように幻想的だった。


「……不思議ね。あんなに荒れ果てた土地だったのに」

 彼女が呟くと、見張りを交代したバルトが頷いた。

「自然ってやつは、どんなに傷を負っても、自分で癒そうとするんだ。人間も、同じだろ」


 セレナは少しだけ笑みを浮かべた。



 しかし夜明け前、地平線の向こうで一瞬だけ赤黒い閃光が走った。

 ミリアが眠りから目を覚まし、険しい声で言う。

「……やっぱり、これは終わりじゃない。別の列石でも、同じことが起きている」


 その言葉に、仲間たちは再び沈黙を共有した。

 朝日が昇る頃には、彼らの表情には新たな覚悟が刻まれていた。



 夜明けの光に包まれた街道を、一行は歩を進めていった。

 北部高原での死闘と封印修復の記憶はまだ鮮烈だったが、遠くに見えるロムルストの城壁が、確かな安堵をもたらしていた。


 王都の喧騒に戻ると、行き交う人々の姿や市場の声が、まるで夢のように賑やかに感じられた。

 戦場と日常、その隔たりが際立つほど、彼らの肩に背負うものの重さが浮き彫りとなる。



 冒険者ギルド《紅玉の旗亭》。

 重厚な木扉を押し開けて中へ入ると、既に幾組もの冒険者たちが依頼報告や準備に動いていた。


「お帰りなさい。……どうやら無事に戻ってこられたようですね」

 受付嬢が微笑むが、その目は緊張を帯びていた。


 アルフレッドたちは高原の列石での戦闘と修復の一部始終を簡潔に報告した。

 セイセス=セイセスの影響、封印の危うさ、古代文字に刻まれた七柱の示唆――その全てが、冒険者ギルドと王立魔術院にとって看過できぬ情報だった。


「……つまり、大陸全土に広がる封印の連鎖が揺らぎ始めている、と」

 受付嬢は眉をひそめ、記録係へと報告書を回した。



 報告を終えた後、一行はようやく一息をついた。

 紅玉の旗亭の広間では、木製の大卓に座り、温かい食事と酒を口にする。


「やっぱり王都の飯は格別だな……」

 バルトが豪快に肉を頬張り、仲間たちが苦笑する。


「けど、私たちの戦いはこれからよ」

 ミリアが盃を置き、静かに言った。


「次の列石が呼んでる。そんな気がするの」

 クレアが聖印に触れながら頷くと、セレナは軽く剣の柄に手を置いた。


「なら、備えておくまでだわ。どんな影が来ようと、斬り伏せる」



 その夜、ギルドには新たな報せが届いた。

 ベラルテ王国の別の地方――南方の荒野にある環状列石で、再び異常な魔力反応が観測されたという。


「……やはり動き出したか」

 アルフレッドが低く呟く。


 戦いは終わっていない。むしろ、これからが真の始まりだった。

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