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レベル44

 夏の終わり、帝都ミハノルティ上空を渡る風は、不穏な囁きを含んでいた。

 その日、冒険者ギルド《黒槍亭》の奥まった部屋に、魔戦士アルフレッド、魔法使いミリア、重戦士バルト、魔法戦士セレナ、僧侶クレアが呼び集められた。


 机上には、古ぼけた地図と、封蝋で閉じられた数通の文書。

 依頼主は帝国魔術院であり、その内容は簡潔にして重い――「大規模封印区域での異常調査」。


「封印は帝国史以前、古代文明の時代に築かれたものです。もし崩れれば、影響は帝国のみに留まらず、大陸全土に及ぶでしょう」

 ――魔術院特任官フェルディナント


 依頼書には、震源地が帝都南方の山岳地帯に存在する封印聖域と記されていた。

 かつて古代の戦争で呼び出された異界の災厄を封じたと伝わる場所で、近年、地下の魔力流が急激に乱れ、監視結界が軋む音を立て始めているという。


 アルフレッドは地図を見つめ、低く呟いた。


「この座標……帝国南方の山脈を抜けた先、竜喰らいの断層の真下か。あそこは、まともに人間が近づける土地じゃないはずだ」


 ミリアは眉を寄せた。


「単なる自然の魔力噴出じゃない……意図的に外から揺さぶられている。何者か……例えばセイセス=セイセスの仕業の可能性が高いわ」


 クレアは、聖印を握りしめた。


「もし封印が解かれれば……あらゆる町や村が、かつての災厄の再現に巻き込まれるでしょう。急がないと」


 バルトが斧の刃を確かめ、頷く。


「なら話は早い。叩いて、閉じて、帰るだけだ」


 セレナは剣の柄に手をかけ、目を細めた。


「……だけで済めばいいけどね」


 そうして一行は、帝都南方へと向かう準備に取りかかった。

 しかし、その道程はただの移動ではなく、幾つもの手掛かりと妨害が待ち受ける、封印を巡る最初の攻防の始まりだった。



 出立の朝、アルフレッドたちは帝都ミハノルティの南門へと向かった。門前には商隊や軍の補給部隊が行き来し、雑多な人々の声と蹄の音が入り混じる。

 その中で、彼らは封印聖域への道に詳しい者を探すことにした。


 ミリアは市場で薬草商と取引していた初老の商人に近づき、軽く礼をして問いかける。

「南方山脈……竜喰らいの断層まで行く商隊はありますか?」

 商人は目を細め、声を潜めた。

「……あの辺りは、ここ数月で急に物騒になった。夜になると谷の向こうから唸り声が聞こえるって話だ。魔物か、それとも……」


 セレナは帝国兵詰所へ足を運び、知り合いの下級士官に耳打ちする。

「封印区域周辺の巡回記録を見せて」

 士官は眉をひそめたが、やがて羊皮紙を差し出す。そこには、最近相次いで見えない壁に阻まれたという報告が記されていた。

「結界だな……しかも、帝国標準のものじゃない」セレナが呟く。


 一方、バルトとクレアは路地裏で行商人たちに話を聞いていた。

「谷の手前に新しい石碑が立ったらしい。それを越えた者は、必ず高熱を出すんだと」

 クレアは小さく十字を切る。

「封印の外縁部まで異常が広がっているのね……」


 情報の断片が繋がる


 夕刻、五人は《黒槍亭》の一角で情報を突き合わせた。

・夜間の唸り声と魔力の波動

・帝国式でない結界の存在

・体調を崩す者が続出する石碑と熱病

 それらは全て、封印の緩みと外部からの干渉を示していた。


「……やっぱりセイセス=セイセスが動いている可能性が高いな」アルフレッドが低く言う。

「封印区域に直接仕掛けをしたなら、長くはもたないわ」ミリアの声は鋭かった。


 バルトは戦斧の柄を叩き、笑みを浮かべる。

「だったら急ぐしかないな」


 クレアが頷く。

「私の結界術も、あの領域の中ではどれだけ持つか分からない……けど、やらなきゃ」



 翌朝、五人は馬を駆って帝都ミハノルティを出立した。


 道は次第に険しくなり、岩肌が露わな断崖と深い谷が交互に現れる。空気は薄く、風には乾いた金属の匂いが混じっていた。


 やがて、進路の先に淡く揺らめく光の幕が見えてくる。

「……これが、封印結界の外縁か」アルフレッドが馬を止め、魔剣の柄に手をかける。

 結界は陽炎のように波打ち、時折、淡い紋様が浮かび上がっては消えていく。その紋様は帝国式ではなく、古代の封印語に近かった。


 ミリアが杖を掲げ、魔力を流し込む。

「感知魔法の反応……結界の内側に二重層の魔力壁があるわ。外から見えないけど、進入者を判別して排除する仕組みよ」

「通れるのか?」バルトが問うと、ミリアは口元を引き結ぶ。

「普通なら無理。でも、古代語の認証印を偽装すれば……」


 セレナは腰の短剣で自らの手の平を軽く切り、数滴の血を結界に垂らす。

「反応は?」

 結界の表面が一瞬だけ波紋のように揺れ、彼女たちを通過可能と認識したかのように道を開く。


「……通れたわね。だが、これは外縁。内側はもっと厄介」クレアが聖印を握りしめる。

 外縁を越えた瞬間、全員の耳に低く響く脈動音が届いた。まるで地そのものが呼吸しているような、不気味な音。



 光の幕を越えて進むと、景色は一変した。外の山岳地帯とは異なり、空気は重く湿り、空は曇天のように暗い。

 地面には黒い苔のようなものが這い、ところどころから薄青い霧が立ち上っている。

「……結界の内側は、完全に別の環境だな」アルフレッドが警戒の声を低くする。


 ミリアは足元の苔を魔術で調べ、眉を寄せた。

「魔力を吸い取る性質がある……長時間留まれば、魔法の行使が困難になるわ」

 クレアは頷き、聖印から淡い光を放って仲間の周囲に薄い防護膜を展開した。

「これでしばらくは大丈夫。でも……中枢に近づくほど、この影響は強くなるでしょう」



 幾つもの曲がりくねった回廊を抜け、五人はやがて巨大な半球状の空間に足を踏み入れた。

 中央には、高さ十メートルを超える石造の門――古代の紋様と呪文がびっしりと刻まれ、その中心には深淵を思わせる漆黒の円が浮かんでいる。

「……あれが門か」セレナが低く呟く。


 門の周囲の空間は常に揺らめき、壁や床に浮かぶ影が現れては消える。

 ミリアが計測魔術を使うが、杖先の水晶が不規則に震え、正確な数値を出せない。

「魔力の流れが……逆転してる? 外界から門へ流れ込むはずの力が、逆に門の向こうから押し寄せてきてる」

 その言葉に、アルフレッドの視線が険しくなる。

「封印が、内側から破られようとしている……!」


 次の瞬間、門の紋様の一部が赤く輝き、低いうなり声のような音が空間全体に響き渡った。

 その波動は、まるで彼らを試すかのように、五人の心臓を直接叩く。



 門の黒い円がゆっくりと渦を巻き始めた。

 空間がきしむような音とともに、五人の視界は白く塗りつぶされる。

 気がつけば、全員は広大な灰色の荒野に立っていた。空には太陽も月もなく、風の音すら存在しない。

「……これは、幻覚?」ミリアが呟くが、足元の土は確かに感触を返す。


 正面に影が現れる。それは人の姿をしていたが、輪郭は揺らぎ、顔は闇に覆われている。

『侵入者よ――力を示せ』

 低く響く声が頭の中に直接届く。声と同時に、影は二振りの漆黒の剣を抜き放った。



 アルフレッドが前に出て、魔剣を一閃。黒い影の剣と激しく火花を散らす。

 バルトは盾で影の突進を受け止め、反撃の戦斧を振り下ろすが、霧のように掠り抜けてしまう。

「物理攻撃だけじゃ削れない!」セレナが叫び、魔剣から雷撃を放つ。

 雷光が影の体を貫き、初めて呻き声が漏れた。


 ミリアは詠唱を短く切り上げ、広範囲の氷槍を降らせる。

 地面に突き立つ氷の柱が影の動きを封じ、クレアがその隙に聖光を放つ。

「聖なる裁きよ、闇を砕け!」

 白金の光が影の一部を削り取る。



 影は膝をつき、しかし完全には消えずに問う。

『なぜ、この門を越えようとする?』

 アルフレッドは剣を下ろし、短く息を吐いた。

「この門の向こうにあるものが、世界を脅かそうとしている。それを止めるためだ」

『守るためか……それとも奪うためか……』

「守るためだ。だが、必要ならその力も封じる」クレアが毅然と告げる。


 影はしばらく沈黙し、やがて頷くような仕草をした。

『ならば進め。ただし――門の向こうにあるのは試練ではない、現実だ』

 その声とともに、灰色の荒野は崩れ去り、五人は再び門の間に立っていた。



 幻視の終わりとともに、門の周囲に漂っていた圧迫感がわずかに薄れた。

 だが、床や壁面に刻まれた古代文字はなおも微かな光を放ち、どこか生き物のように脈動している。


「……見ろ、あそこ」セレナが指差す。

 門の傍ら、半ば崩れた石台座に、数枚の平たい石盤が重ねられていた。表面には螺旋模様と古代文字が混じり合い、ところどころに金属片が嵌め込まれている。


 ミリアがそっと触れると、石盤は淡く輝き、空中に立体的な図形が浮かび上がった。

「これ……封印構造の図だわ。門の外周に配置された鍵の位置まで記されている」

 クレアが眉をひそめる。「でも、この印……いくつか欠けているわ。つまり、もう失われた鍵があるってこと」


 バルトは別の台座を調べ、金属枠に嵌め込まれた透明な結晶を見つけた。

 結晶の中では微細な光が、まるで星々の軌跡のように動いている。

「封印の鍵ってやつか……だがこれはひび割れてるな」


 アルフレッドは、門の背後の壁に目を留めた。そこには巨大な壁画が描かれており、古代の戦士たちが闇の巨獣と戦う光景が刻まれている。

「……これが、この門の向こうにいる存在か」

 戦士たちの足元には、五つの輝く紋章が描かれ、その中心に門が据えられていた。



 石盤と結晶を収めた収納箱を閉じた瞬間、周囲の空気がひやりと冷えた。

「……来るぞ」アルフレッドが魔剣を握り直す。


 回廊の奥、影が幾重にも重なってせり上がるように現れる。

 黒衣に身を包み、仮面で顔を覆った戦士と魔導士――セイセス=セイセスの一団だ。

 その中央に立つ長身の男が、低く笑った。

「門の鍵を我らが手に入れる。帝国の未来など、知ったことか」


 バルトが盾を構えて一歩前へ。「ここは通さねぇ……通すくらいなら、この場で砕く!」

「砕かせるか!」魔導士たちが詠唱を開始し、赤黒い魔法陣が床に浮かび上がる。



 アルフレッドは最前線で黒衣の戦士と斬り結び、鋭い火花を散らす。

 セレナは彼の側面から切り込み、雷撃を纏った魔剣で二人目を吹き飛ばした。

 後方では、ミリアが石盤の保護結界を張りながら、火球と氷槍で敵魔導士を牽制する。

「前衛を崩せば後ろも落ちるわ!」


 バルトは盾で突進を受け止め、戦斧を薙ぎ払って二人まとめて弾き飛ばす。

 その間、クレアが聖光を放ち、仲間の傷を瞬時に癒やすと同時に、闇の呪詛を打ち消していった。



 戦況が一瞬の静寂を迎えたその時――

 背後の回廊から、新たな足音が響いた。

 黒衣の精鋭六名、全員が銀縁の仮面と漆黒の鎧を纏い、魔力を全身に巡らせている。

「……本隊か」アルフレッドが低く呟く。


 先頭の二人が同時に突撃し、バルトの盾に激しい衝撃を叩き込んだ。

「っぐ……! 重い!」

 衝撃で床石が砕け、バルトは一歩後退するが、すかさず戦斧で反撃を浴びせる。


 その隙を狙って別の精鋭がミリアへ突進。

「させない!」セレナが横合いから割り込み、魔剣《雷閃》を振り抜き、雷光の壁を生む。

 稲妻が敵を焼き、剣戟の音が金属音と混じり合った。



 ミリアは後退しながら詠唱を終え、広範囲の氷柱魔法を放つ。

「《フロスト・ランス》!」

 精鋭の動きを一瞬止め、アルフレッドがその間に前線へ切り込む。

 魔剣が蒼光を帯び、敵の鎧を貫く。


 後方ではクレアが聖光を放ち、味方全員に防御障壁を展開。

「これで少しは持ちこたえられます!」

 聖なる光が戦場を包み、闇の瘴気を押し返す。



 精鋭たちはなおも陣形を崩さず、波のように押し寄せる。

「……だったら一気にいくぞ!」アルフレッドが声を張る。

 魔剣に蒼炎を纏わせ、突撃。正面の二人を強引に押し込み、隙を作る。


 その瞬間、ミリアの詠唱が完成する。

「《メテオ・フレア》!」

 頭上から落ちた炎塊が爆ぜ、衝撃波が敵陣を吹き飛ばす。熱風に包まれた中、セレナが雷速で駆け抜け、残った一人の仮面を粉砕した。


 バルトは最後まで前線に立ち、戦斧で突進を阻みつつ、盾で仲間を守る。

「下がるな! 今だ、押し返すぞ!」

 クレアが彼の背後から《セイクリッド・バースト》を放ち、闇の瘴気を一掃。聖なる閃光に怯んだ敵が足を止める。



 アルフレッドとセレナが左右から同時に踏み込み、二人の剣が交差する。

「《連牙断》――!」

「《雷閃断罪》――!」

 斬撃が重なり、最後の精鋭が仰け反る。そこへミリアの火球が直撃し、黒衣の一団は退却を余儀なくされた。


 荒い呼吸を整えながら、アルフレッドは仲間を見渡す。

「……鍵は守り切ったな」

 クレアが頷き、結晶を胸に抱く。「ええ、でも……これで終わりではありません」



 戦場の残滓がまだ漂う中、クレアが両手で抱えた結晶は、淡く青い光を脈打たせていた。

「……揺らぎはない。今のところ、安定しています」

 その報告に、アルフレッドは小さく頷く。


《黒槍亭》から派遣された帝都警備兵と魔術師団が合流し、厳重な護送隊が編成された。

 鍵は魔封じの箱に収められ、二重三重の封印を施された上で、王立魔術院の地下保管庫へ送られる。

 ミリアが歩きながら呟く。「……でも、この力を狙う連中は必ずまた動くわ」



 帰還した一行は、《黒槍亭》の地下作戦室で今回の一部始終を報告した。

 地図上に新たな印が打たれる――「次はここか……」と、ギルド長は低く唸る。

 それは帝国東部、巨大山脈の麓に広がる古代遺構群。その中でもひときわ異質な場所――

《終焉を刻む環状列石》。


 セレナが地図に視線を落とす。「大規模封印の震源……間違いないの?」

「魔術院の解析じゃ、鍵が反応している。あそこに主封印がある可能性が高い」ギルド長が答える。



 バルトは斧を肩に担ぎ、「また厄介そうな場所だな」と笑う。

 クレアは真剣な面持ちで告げる。「放っておけば、あの封印は必ず破られます……私たちで止めないと」


 アルフレッドは全員を見渡し、短く言った。「決まりだな。準備を整えて、向かう」


 こうして、一行は帝国東部の山脈地帯へ――世界の均衡を左右する大封印の調査と防衛に挑むこととなる。



 帝都ミハノルティを発って五日目。

 一行は帝国東部の辺境、霧深き山脈の谷へと足を踏み入れていた。


 雲は低く垂れ込め、風は鋭く肌を切る。岩肌のあちこちに、古びた刻印が残る巨石が並び立っていた。それらはまるで何かを拒む壁のように、環状列石の中央を取り囲んでいる。


「……ここが封印の地か」アルフレッドが低く呟く。

 ミリアは魔力探知の術を展開し、眉をひそめた。「結界が……不安定になってる。波長が揺れてるわ」

「つまり、誰かが触ったってことか」バルトが斧の柄を握り直す。



 列石の中央――封印柱と呼ばれる黒曜石の巨塔が、低く唸るように振動していた。

 クレアは聖印を胸に当て、震える声で言う。「これは……封印の一部が解かれかけています」

 セレナが剣を抜き、周囲を警戒する。「近くに、間違いなくそれがいる」


 その瞬間、地面が低く鳴動し、列石の隙間から黒い霧が噴き出した。

 霧は風に逆らうように渦を巻き、人影とも獣ともつかぬ形を成していく。



「来るぞ!」アルフレッドの号令と同時に、漆黒の触手が地面を這い、列石を乗り越えて襲いかかる。

 ミリアが即座に《フレイム・バースト》を放ち、霧を一部焼き払うが、すぐに別の形が生まれた。

 バルトは盾で触手を受け止め、クレアが後方から《セイクリッド・ランス》で切り裂く。

 セレナは流れるような連撃で二つの影を一瞬で霧散させたが、すぐに新たな影が列石の奥から溢れ出す。


 環状列石の奥、封印柱の根元で、不気味な光がまたたく。

 ミリアが息を呑む。「……あれが封印の中枢。でも、何者かがすでに干渉してる!」


 戦いは避けられない――。



 列石の隙間から次々と湧き出す漆黒の触手と霧の獣が、まるで意思を持つかのように包囲網を形成してくる。

 アルフレッドは一歩前へ踏み込み、魔剣を逆手に構えると、鋭い光刃を横薙ぎに放った。漆黒の触手が一瞬で四散し、霧が切り裂かれて消える。


「まだ来るぞ、構えろ!」


 背後からミリアの詠唱が響く。《ライトニング・スパイラル》――雷光の渦が列石の隙間を埋め尽くし、次の波を焼き払う。その一撃で一瞬の間を作り、セレナがすかさず前へと滑り込み、双魔剣で二体の霧獣を斬り裂いた。


「バルト、左の列を抑えろ!」

「任せろッ!」


 バルトは巨盾を前に押し出し、触手の突進を受け止めた。魔法の戦斧が盾の脇から閃き、押し寄せる影を薙ぎ払う。防壁のようなその動きに、クレアが合わせて《サンクチュアリ》を展開。淡い金色の光が仲間全員を包み込み、影の干渉を押し返す。


「クレア、そのまま維持して! アルフ、突破口を!」

「了解だ!」


 アルフレッドは魔剣に炎を纏わせ、地面を滑るように突進。セレナと左右から交差しながら斬撃を浴びせ、ミリアの炎弾がその間隙を撃ち抜く。バルトの盾打ちで影が弾き飛び、クレアの光槍が霧獣の核を貫く。


 次第に敵の数は減っていくが、封印柱の黒い輝きはなお強まり、霧の門のような裂け目が地表に現れ始めていた――。



 列石の中央にそびえる封印柱が、低く不気味な脈動を始めた。

 黒い亀裂が地表に走り、そこから吹き出す冷たい瘴気が周囲の空気を一変させる。まるで大地そのものが門となり、何かを呼び寄せようとしているかのようだった。


「……活性化してる!」ミリアが水晶を握りしめ、震える声で告げる。

「このままだと、完全に開くぞ!」セレナが魔剣を構え直す。


 次の瞬間、裂け目から巨躯の影が姿を現す。角のような骨が生え、全身が瘴気の鎧に包まれた異形――門の番犬と呼ぶべき存在だった。

「来るぞッ!」アルフレッドの叫びと同時に、戦闘が再開される。



 バルトが盾を突き出して巨腕を受け止める。衝撃で足元の石が砕けたが、踏みとどまり、反撃の戦斧を叩き込む。

「まだ効かねえか……なら、もっとだ!」


 その背後でクレアが祈りを紡ぎ、《セラフィック・ウォール》が展開される。金色の障壁が、門から吹き出す魔力の乱流を遮断した。

「これで少しは持ちこたえられます!」


 その間、ミリアが長詠唱に入る。アルフレッドとセレナは左右から走り込み、巨体の足を切り裂き、動きを鈍らせる。

「ミリア、今だ!」

「《アーク・インフェルノ》!」


 紅蓮の火柱が門の番犬を包み込み、咆哮が天を突いた。炎の中からなおも立ち上がる影に、バルトが再び盾で押し返す。



「クレア、門の魔力を抑えろ!」

「――《ホーリーバインド》!」


 聖なる鎖が門と影を繋ぎ、動きを束縛する。その隙に、アルフレッドが魔剣を振り抜き、セレナの雷撃と合わせて一撃を叩き込む。

 裂けた瘴気の鎧から黒い血が溢れ、番犬は膝をついた。


「行け! 中枢だ!」

 五人は列石中央の亀裂へ飛び込み、門の心臓部へと突入した――。



 中枢へと飛び込んだ瞬間、五人は異様な静寂に包まれた。

 そこは広大な空間で、天井も壁も存在せず、代わりに渦巻く虚空と光の輪が果てしなく広がっていた。中央には巨大な黒水晶の柱――門の心臓部が脈打ち、亀裂から無数の影が漏れ出している。


「これ以上開けば……世界が呑まれる!」ミリアが悲鳴混じりに叫ぶ。

「なら、ここで止めるしかねえ!」バルトが戦斧を構えた。


 しかしその瞬間、影が形を取り、一体の巨人の姿となった。鎧のような骨格と燃える双眸を持つ、門の守護者――〈虚界の執行者〉。

「侵入者……排除」低く響く声とともに、虚空そのものが波打った。



 執行者の腕が振り下ろされ、虚空の床が砕け、仲間たちは四方に飛び散る。

 アルフレッドが魔剣を握り、影の装甲を切り裂くが、その傷はすぐに再生する。

「再生が速すぎる……!」


 セレナが雷を纏わせた魔剣で背後から斬り込み、同時にバルトが盾で押さえ込む。

「今だ、ミリア!」

「《ヘヴンフレア》!」

 白と紅の混じった光柱が執行者を焼き、装甲に亀裂が走る。



 その隙にクレアが門の心臓部へ駆け寄り、聖印を押し当てた。

「《サンクティファイ》……封印を強制再起動します!」

 だが門から放たれる魔力の奔流がクレアを弾き飛ばす。


「まだ……足りない! みんな、門の力を削って!」

 アルフレッドは頷き、再び前に出る。

「全力で行くぞ! これで決める!」


 五人は円を描くように配置し、それぞれの最大火力を一点に集中させた。

 雷と炎、剣と斧、聖なる光が一斉に迸り、執行者と門の心臓部を同時に貫く。



 轟音とともに光が爆ぜ、執行者の巨体は崩れ落ち、黒水晶の柱は亀裂から光を放ちながらゆっくりと閉じていく。

 虚空の輪は縮み、やがて完全に消え去った。


 残ったのは静寂と、五人の荒い息遣いだけだった。

「……終わった、のか?」セレナが剣を下ろす。

「少なくとも、今はな」アルフレッドが周囲を見渡し、低く答えた。



 光が完全に消え、ただ虚ろな空間に石床だけが残った。

 アルフレッドはゆっくりと魔剣を収め、息を吐く。

 仲間たちの衣は裂け、鎧には深い傷が走っている。それでも――誰一人欠けることなく立っていた。


 クレアが最後の治癒魔法を仲間に施す。彼女の掌から流れる温かな光が、疲弊しきった身体と心を包み込む。

「……無事で良かった。本当に」


 ミリアは黒水晶の残骸を拾い上げ、眉を寄せた。

「完全に砕けたわけじゃない……封印は保たれたけれど、これは終わりじゃないわ」


 バルトはうなずき、戦斧を肩に担ぎ上げた。

「だからこそ、俺たちは戻って報告しなきゃならねえな」



 数日後、一行は帝都ミハノルティの冒険者ギルド《黒槍亭》に姿を現した。

 広間には昼間にもかかわらず、酒と香草の匂いが漂っている。受付嬢が彼らの姿を見るなり、奥の部屋へ案内した。そこには帝国軍の高官と王立魔術院の研究員たちが待ち構えている。


「……門は閉じました。ただし封印は損耗し、維持には定期的な監視が必要です」

 アルフレッドの報告に、部屋の空気が一層張り詰める。


 魔術院の長は深くうなずき、慎重な口調で答えた。

「この件は帝国評議会に即時上申し、監視部隊を配置しましょう。ただ……我々が恐れていた兆候が既に別の場所でも観測されています」



 テーブルに広げられた地図には、帝国西部、ベラルテ王国の数か所に赤い印が打たれていた。

「これは……」ミリアが息を呑む。

「《終焉を刻む環状列石》。大規模封印のひとつだ。そこからも異常な魔力波が検出された。王国側の魔術院とは確認済みだ」


 セレナが剣の柄を握りしめる。

「つまり、ベラルテ王国にも門と同じ危機が迫っているってことね」


 バルトは大きく頷いた。

「だったら、行くしかねえ。俺たちで終わらせる」


 アルフレッドの視線は鋭く、しかしどこか遠くを見つめていた。

「……この戦いは、もう帝国や王国の枠を越えている。世界全体を巻き込む戦になる」


 こうして、彼らは新たな戦場――《終焉を刻む環状列石》への旅路を決意した。

 その地で何が待つのか、誰も知らない。ただ、行かねばならなかった。

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