レベル43
帝都での報告を終えて数日、アルフレッドたちは黒槍亭での休息を終え、新たな情報を受け取った。
王立魔術院からの密命――
「商都レオーヴェに潜伏するセイセス=セイセスの資金供給網を断て」
レオーヴェは帝国南部の港湾都市。
古くから交易で栄え、各国の商人や冒険者が集う場所だが、今は表と裏の経済が入り混じる混沌の街となっていた。
街道を進む馬車の中で、セレナが依頼書を読み上げる。
「資金源は表の顔を持つ大商会。その裏で、セイセス=セイセスが動いているらしいわ」
「大商会ってだけで厄介だな。金で口を塞がれた護衛も、相当な腕だろう」
バルトが腕を組むと、クレアが淡々と続ける。
「今回の目的は討伐ではなく、資金の流れを止めること。そのために証拠の確保と関係者の特定が必要です」
アルフレッドは窓の外の景色を眺めながら、小さく頷いた。
「……金の流れを断てば、次に奴らが何を狙うのか見えてくるはずだ」
商都レオーヴェ。
港からは帆船の帆が林立し、潮の匂いが風に混ざる。
表通りは絹や宝石の店が並び、裏路地では香辛料と武器が同じ市場で売られていた。
ギルドの分室で現地協力者と接触すると、第一の標的が浮かび上がる。
青蛇商会――表向きは海産物と香料を扱う貿易商だが、その裏で異国の武具や魔導品を密輸している。
ミリアは商会の帳簿を解析しながら言う。
「夜の倉庫街で大口の取引があるわ。そこで証拠を押さえる」
バルトは短く笑った。
「証拠だけじゃなく、積み荷ごと消してやるのも手だな」
クレアが制止する。
「今回は隠密が重要です。派手な破壊は二次被害を招きます」
アルフレッドは剣の柄に手を置き、低く告げた。
「隠密……できる範囲でな」
月は雲に隠れ、海風が鉄錆の匂いを運んでいた。
商都レオーヴェ南端、港湾区の裏手にある倉庫街――昼間は荷車と船員で賑わう場所も、今は灯りの少ない闇に沈んでいる。
波止場近くの屋根に、黒い影が静かに身を伏せた。
アルフレッドだ。闇に紛れ、視線を倉庫群へ滑らせる。
「巡回は三人一組、間隔は八十歩……」
囁くように報告を受け取るのは、隣に身を潜めたミリア。
彼女の左手の指先には微光が宿り、倉庫の出入口を結界視で探っていた。
「魔導封印が三カ所……それと、海側の搬入口に強めの結界。何か隠してるわね」
一方、通りの陰で、セレナが外套の裾を押さえながら微笑む。
「バルト、合図はいつでもいいわ。あなたのやり方で」
「じゃあ……少し派手にいくか」
バルトは短弓に短い矢をつがえ、矢先に淡い光をまとわせた。
放たれた矢は倉庫の外灯の台座に命中し、ぱっと火花を散らす。
巡回兵がそちらに駆け寄った瞬間、背後の通路をクレアが疾駆する。
港の波音をかき消すように、内部から低い金属音。
クレアが魔法で鍵を開け、ミリアとセレナが続く。
アルフレッドは背後を警戒しつつ、剣の柄から手を離さない。
倉庫内は海水と香辛料の匂いが混じって重く、奥には木箱が山のように積まれていた。
その一角――青く光る布に覆われた長方形の箱が、異質な存在感を放っている。
ミリアが布をめくると、中から黒鉄の小型魔導砲が現れた。
「……これが香料ね」
だがその時、倉庫外から合図が走った。
バルトの短笛が二度鳴る――敵接近の合図だ。
アルフレッドが短く言う。
「全員、迎撃配置だ。証拠は確保する」
次の瞬間、倉庫の扉が外から蹴破られ、黒衣の影が雪崩れ込む。
胸元には、あの双蛇の紋章――セイセス=セイセス。
港の夜が、鋼と魔力の閃光で裂けた。
轟音とともに、石造りの地下回廊の扉が吹き飛んだ。
黒衣の襲撃者たちが闇の波のように押し寄せる。
その先頭に立ったのは、魔剣を構えたアルフレッドだった。
アルフレッドは一歩前へ踏み込み、刃を大きく薙ぐ。
魔剣の刃から黒い稲光が奔り、突進してきた二人の胸甲を一息に裂き、血飛沫と火花を撒き散らした。
「下がるな! ここで止める!」
剣圧だけで敵の間合いを制し、仲間たちが動くための隙を作る。
その隙間を縫うように、ミリアの詠唱が響く。
雷槍が空気を裂き、敵列の奥へと突き抜けた。
青白い閃光が連鎖的に爆ぜ、三人が床に倒れ込む。
「遠距離は私が叩く!」
彼女は杖を掲げ、次の魔力を編み始める。
左翼では、セレナが魔剣を低く構えて滑り込む。
刃が床石をかすめて火花を散らし、敵兵の膝裏を断ち切る。
体勢を崩した相手の喉元へ、逆袈裟の一閃。
「遅い!」
短く吐き捨てると、そのまま連続して二人目へ斬撃を浴びせた。
正面では、バルトが魔法の戦斧を振るい、迫る一撃を盾で受け止めた。
鉄と鉄がぶつかる重い音が響く。
「俺が前を押さえる!」
盾に仕込まれた魔術刻印が光を放ち、衝撃波が敵を弾き返す。
その間に戦斧が弧を描き、敵兵の鎧を叩き割った。
後方では、クレアが両手を胸の前で組み、神聖魔法を解き放つ。
聖光が戦場を満たし、仲間たちの身体を温かな光が包む。
切り傷が瞬時に塞がり、疲労がわずかに和らいだ。
「まだいけます!」
同時に敵の動きが一瞬鈍る。神聖の光が闇の力を蝕んでいた。
石床の上に、倒れた敵の影が幾重にも重なっていく。
だが――奥の回廊から、さらに多くの足音と呪詛の声が響き始めた。
アルフレッドは魔剣を構え直し、低く呟く。
「本番は……ここからだ」
地下回廊の奥から、ひときわ重い足音が響いた。
闇を纏う黒甲冑の巨躯――セイセス=セイセス幹部、骸将ドルガ=ゼル。
頭部は仮面で覆われ、眼窩からは赤い光が灯っている。
背には禍々しい大剣、鎧の表面には古代の呪符が打ち込まれていた。
「この地を踏み荒らすとは……お前たち、我らの門を開く贄となれ」
アルフレッドが間髪入れず踏み込む。
魔剣の刃から黒雷が奔り、ドルガ=ゼルの胸甲へ叩き込まれる。
だが、鈍い火花と共に弾かれた。
「チッ……鎧ごと呪文で強化してやがるな」
ドルガ=ゼルの大剣が逆に振り下ろされ、床石を粉砕する。
アルフレッドは紙一重でかわし、反撃の構えを取った。
後衛のミリアが詠唱を完了。
氷鎖が幹部の足を絡め取り、動きを止める。
さらに間髪入れず雷槍を叩き込む。
鎧に雷光が走り、一瞬動きが鈍る。
「今よ、畳みかけて!」
その隙を突き、セレナが低く滑り込む。
魔剣の刃が氷の鎖ごと装甲を削ぎ、火花と霜片が飛び散った。
ドルガ=ゼルが腕を振り払い、重い衝撃波が通路を薙ぐ。
セレナは壁を蹴って後方に着地し、距離を取った。
「硬い……けど、切れないわけじゃない!」
正面から突撃してきた部下たちを、バルトが盾で弾き飛ばす。
戦斧を振り上げ、ドルガ=ゼルの側頭部を狙うが、幹部は片腕で受け止める。
「ぬぅ……!」
だがその力比べの間に、アルフレッドとセレナが再び側面へ回り込む時間を稼ぐ。
クレアは祈りを捧げ、聖印を展開。
黄金の紋章が敵の足元に浮かび、ドルガ=ゼルの動きを鈍らせる。
同時に仲間たちへ祝福が降り注ぎ、攻撃と防御の両面を底上げした。
「この光で、奴の力を削ぎます!」
五人の動きが完全に噛み合った。
氷鎖と聖印で動きを封じ、盾が衝撃を受け止め、二本の魔剣と魔法の連撃が装甲を切り裂く。
ドルガ=ゼルの赤い眼光が揺らぎ、低い唸り声が響く。
「……面白い。では、我が真の力を見せてやろう」
鎧全体が禍々しい光を放ち、周囲の空気が軋む。
床に刻まれた魔法陣が、闇の門の形を描き始めた。
黒甲冑の巨躯――骸将ドルガ=ゼルの足元に広がった魔法陣が、地の奥深くから不気味な鼓動を響かせた。
やがて陣は闇色の炎を噴き上げ、回廊全体を包む重圧となる。
「来い……門よ。冥府の軍勢を我が刃に!」
背後の虚空が裂け、巨大な闇の門が現れる。
そこから溢れ出したのは、甲冑を着た亡者兵と、影だけで構成された異形の騎士たち。
五人の視界が一瞬にして闇に沈む。
「このまま押し込ませるか!」
アルフレッドが魔剣を握り直し、黒雷を纏わせた突進を仕掛ける。
刃は前列の亡者兵を一閃で切り裂き、背後の門の縁に火花を散らした。
しかし門そのものが脈動し、切り口を闇が修復していく。
「……門ごと叩き壊すしかねぇな!」
ミリアが高位詠唱を開始。
「氷よ、万の刃となりて舞え――氷嵐斬!」
冷気の竜巻が広間を覆い、亡者兵たちを氷像へ変える。
その隙に後衛から雷撃を重ね、氷像を粉砕。
「通路、空けたわ! 次!」
セレナが魔剣を振るい、氷嵐の余波を受けた影の騎士を切り伏せる。
魔剣の刃が紅蓮に輝き、切り裂かれた影は煙のように消えた。
「アルフレッド、門の右側は任せて!」
足場を駆け上がり、ドルガ=ゼルの右脇から斬撃を浴びせる。
門から飛び出した巨斧を持つ亡者を、バルトが盾で迎え撃つ。
「通させるか!」
盾の衝撃波で敵を弾き飛ばし、戦斧を返す一撃で門の支柱部分にひびを入れる。
「ひびが入ったぞ! 今だ!」
クレアが前へ進み、聖印を刻む。
「神よ、この門を縛りたまえ――聖光破陣!」
門全体を覆う光が走り、闇の炎が一瞬だけ消えた。
その瞬間、五人の攻撃が同時に叩き込まれる。
轟音と共に闇の門が爆ぜ、亡者兵たちは塵と化して消えた。
だが、その爆煙の中心に、まだドルガ=ゼルは立っていた。
鎧は半壊し、仮面の奥の赤い光がさらに鋭くなる。
「……見事だ。ならば、次はお前たちをこの手で屠る!」
幹部自らが全力で斬りかかる。
この一撃は、受け止められる者しか生き残れない。
闇の門を失ったはずのドルガ=ゼルが、なおも一歩を踏み出すたびに、床石が沈み、亀裂が走る。
片手の大剣を肩に担ぎ、もう片方の手には闇の残滓を纏った短槍。
「貴様ら、戦場の終わりがどう訪れるか……その身で知れ!」
「来るぞ!」
アルフレッドは魔剣を正眼に構え、疾風のように踏み込み、大剣と短槍の同時攻撃を斜めに弾き流す。
返す刃でドルガ=ゼルの左肩口を斬るが、鎧の奥から放たれる闇の衝撃波がアルフレッドを押し返す。
「……こいつ、力が落ちてないか!」
「足を止めるわ!」
ミリアは杖を振り、氷と雷を組み合わせた高速魔法――
雷氷連鎖を放つ。
鎧の隙間に走る氷結と雷撃が、わずかな痺れと硬直を生む。
「今のうちに!」
「任せて!」
セレナは魔剣を逆手に持ち、背後から跳躍。
空中で刃に紅蓮のオーラを纏わせ、ドルガ=ゼルの背中へ連撃を叩き込む。
鎧片が飛び散り、露わになった黒い骸骨が火花を散らした。
怒号とともに、ドルガ=ゼルの大剣がセレナを狙う。
その一撃を、バルトが前に躍り出て盾で受け止めた。
「がっ……ぬおおおおっ!」
火花が弾け、盾面がめり込むほどの衝撃を押し返す。
続けざまに戦斧を振り抜き、相手の右膝に亀裂を走らせた。
「膝を割ったぞ!」
「全員、下がって!」
クレアが両手を広げ、聖盾結界を展開。
その内側に光の槍が幾重にも形成される。
「――撃ち抜け!」
無数の光槍が飛翔し、膝をついた骸将の全身を貫く。
闇の炎が断末魔のように噴き上がった。
最後の一瞬、アルフレッドが仲間たちの背を駆け抜け、魔剣を振り下ろす。
「これで終わりだ――!」
刃は骸将の首を断ち、赤い光は完全に消滅した。
重々しい鎧が床に崩れ落ち、静寂が戻る。
だが、その場にはまだ、門の残骸から立ち上る黒い霧が残っていた。
轟音とともに、ドルガ=ゼルの巨躯が石床に崩れ落ちた。
黒煙を吐き出すその骸は、まるで役目を終えたかのように徐々に砂のように崩れていく。
魔剣を肩に担ぎ、アルフレッドは息を吐いた。
「……終わったな」
ミリアが杖を収めながら、周囲に漂う残滓を魔力で押し払う。
「この魔物……ただの番人じゃないわね。何かを守っていた」
クレアは神聖魔法の残光を弱め、仲間たちの傷を改めて癒しつつ首を傾げる。
「守る何かが、ここにある……そんな気がします」
バルトが戦斧を杖代わりにしながら、奥の暗がりを指差した。
「……見ろ。奥に部屋がある」
セレナが警戒の目を向け、アルフレッドとともに奥の扉を押し開ける。
そこには――古びた石造りの回廊の先、巨大な精製炉と貯蔵庫が広がっていた。
ミリアが目を見開く。
「……これは、古代文明の精製装置? 魔力鉱石を加工するものよ。しかも、状態が保たれている」
床のあちこちには、淡く光る鉱石の塊が積まれていた。それらは希少な魔導触媒ルメルシャード。
市場に出せば莫大な金額になる代物だ。
クレアが眉を寄せる。
「こんなもの……何に使うつもりだったのでしょう?」
アルフレッドは目を細める。
「セイセス=セイセスだ。奴らはこの鉱石を密売して資金を得ていた。しかもこの施設は、門の遺構と一体化してる……表向きは廃坑として隠されていたんだ」
バルトが低く唸る。
「つまり……ここの破壊で、奴らの資金の一部を断てるってことか」
セレナが魔剣を抜き直す。
「やるなら徹底的に。残してもまた使われる」
こうして彼らは、貯蔵庫の鉱石をすべて回収し、精製炉の魔導心核を叩き壊した。
爆発的な魔力の放出が通路を駆け抜け、石壁が震える。
ミリアが防御結界を展開し、クレアが後方支援の光壁を重ねることで、全員は爆発をやり過ごすことに成功した。
破壊された炉は完全に沈黙し、残ったのは瓦礫と粉々になった鉱石の欠片だけだった。
この瞬間、セイセス=セイセスの資金網のひとつが確実に潰えた。
アルフレッドは瓦礫の山を見下ろし、小さく呟いた。
「……一歩前進だな。だが、奴らはこれくらいじゃ止まらない」
セレナが肩越しに笑みを見せる。
「そのときは、また斬ればいい」
そして一行は、押収した鉱石を黒槍亭経由で王立魔術院へ送るため、地下から地上へと向かうのだった。
帝都ミハノルティ――冒険者ギルド黒槍亭。
昼下がりの大広間は、他の冒険者たちのざわめきと食器の音で賑わっていた。
奥の個室に、アルフレッドたち五人は腰を下ろしている。
バルトが戦斧を壁に立て掛け、手にした封筒を机に置いた。
「依頼主――王立魔術院への報告は、これで送れる。鉱石の押収リストも添えておいた」
クレアが頷きながら、紅茶を注ぐ。
「今回の件で、セイセス=セイセスは相当痛手を受けるはずです。ただ……」
言葉を切り、静かに視線を落とす。
「資金源は一つじゃない。必ず次の動きを見せるでしょう」
ミリアが薄く笑い、椅子にもたれた。
「いいじゃない。どうせ相手が動けば、私たちの出番が来るってことでしょ」
セレナはカップを持ち上げながら、アルフレッドを横目で見る。
「あなたはどう思ってるの? 資金源を断った感想は」
魔剣士は少しだけ間を置いて答えた。
「……敵の根を一本切っただけだ。けど、それが奴らの首に近い方の根なら、意味はある」
静かな空気が流れたが、バルトが豪快に笑って打ち破った。
「まあ、ともかくだ。無事に戻ってきたんだ、今は飲もうじゃないか!」
ギルドの給仕が運んできた料理と酒がテーブルを彩る。
香ばしい焼き肉、香草を練り込んだパン、そしてミハノルティ特産の濃いエール。
ミリアは手早く肉を切り分け、バルトの皿に置いた。
「盾役のお礼。前に出てくれたから、私たちは安全に魔法を撃てた」
「ほう、それは嬉しい褒め言葉だな」
クレアは祈りの言葉を短く捧げ、仲間たちの無事を神に感謝する。
セレナは黙って杯を傾けたが、その口元にはわずかな満足の笑みがあった。
アルフレッドは酒を口にし、仲間たちの笑顔を見渡した。
――この戦いはまだ続く。
だが、今夜だけは、剣を置いてもいい。




