レベル42
――解かれてはならぬ封印、蠢く闇の企み――
帝都ミハノルティの夜は深く、重く、静かであった。
星も月も雲に覆われ、夜の帳の下に息を潜めるようにして、都市の明かりだけがかすかに地上を照らしていた。
その闇の奥――かつての帝国魔導院地下、第九魔力格納庫跡地にて。
禁忌とされた魔術理論と、封印呪文の基盤が眠る旧記録層が、密かにこじ開けられようとしていた。
「……これより、作業第七段階へ移行する。封印術式、展開開始」
闇に囁くような声。
幾重にも設けられた魔術防壁が淡く鳴り、ひとつ、またひとつと強制的に解放されていく。
そこに立つ者たちは、深紅の法衣に身を包み、顔を仮面で覆っていた。
その中心には、瘦身の黒衣を纏った一人の魔導士――秘匿結社セイセス=セイセスの高位術士がいた。
「時は来た。七つの楔のうち、二つは既に我らの手中にある。残る北方封域・ヴァルマ砦の楔――それも近い。封印は、もはや神の意志ではない。我らの理によって塗り替えられるべきだ……!」
彼の言葉に、結社の構成員たちは沈黙で応えた。
その場の空間がわずかに軋む。
魔力が震え、床に刻まれた魔方陣が紅黒に明滅する。
――何かが目覚めようとしていた。
かつて、帝国が総力を挙げて封じた何かが。
そしてその頃。
帝都ミハノルティ、冒険者ギルド《黒槍亭》の一角では、アルフレッドたち五人が、新たな依頼書を囲んでいた。
「……封印施設の再調査? しかも解かれてはならぬ楔の存在が、何者かに知られている……?」
セレナが眉をひそめ、報告書を見つめた。
それは帝国魔導局からの正式依頼――封印区域に異常が感知されたため、急ぎ調査を求めるというものだった。
「セイセス=セイセスの動き、再びってところか。ドリスコルを討っただけじゃ、奴らは終わらないってわけだな」
バルトが拳を握り、目を細める。
「このままじゃ、いつか封印が解かれてしまうかもしれない。……今度こそ、止めなきゃ」
ミリアの声には緊張がにじんでいた。
「聖印が警告を発しているわ……あれが動き出している」
クレアが静かに告げた。
その声は、戦いに備える聖職者のものとして、確固たる決意に満ちていた。
アルフレッドは黙って仲間を見渡すと、剣の柄に手を添え、短く言った。
「……行こう。今度は解かれぬよう守る戦いだ。その覚悟があるなら、ついてきてくれ」
仲間たちの目に、一点の迷いもなかった。
彼らは立ち上がり、再び世界の深奥へと歩を進める。
――それは、開けてはならぬ扉を守る戦いの始まり。
闇の結社と、封印の真実を巡る、《封印戦争》の第一歩であった。
――封印区域への道、集められる断片――
翌朝。
帝都ミハノルティは霧雨に煙っていた。濡れた石畳を踏みしめ、アルフレッドたちは街の一角にある古文書館――帝国中央書庫へと足を運んでいた。
重厚な扉の向こう、古の記録が眠るその場所には、かつて封印の研究に携わった学者たちの記録が収められているという。
「七つの楔。これが公式文献に現れるのは、約一世紀前……帝国と神聖王国の間で交わされた魔封協定以降だね」
ミリアが開いた羊皮紙の束を繰りながら、呟くように言った。
「魔封協定……各国の強大な魔導士たちが結託して、存在してはならないものを封じた、とされる儀式か」
アルフレッドがその名に聞き覚えを思い出す。
「記録には門の存在が断片的にしか書かれていない。第六封域・ミダス山系深層、第五封域・サリオス湖底……いずれも危険領域指定済み」
クレアが冷静に読み上げる。
だが、今異常が発生しているという第四封域――帝都直下の封印施設だけは、なぜか記録からごっそりと抜け落ちていた。
「わざと、消されたんだろうな」
バルトの短い言葉が、室内の空気を冷やした。
その後、彼らは市街の情報屋を回り、帝国魔導局の古参職員に話を聞き、かつて第四封域の封印術式を維持していた魔導士の名に辿り着いた。
――ユーベル・ランクス。
老年の帝国魔導官であり、現在は郊外の療養院に身を寄せているとのことだった。
その日の夕刻、アルフレッドたちは帝都の外れ、モルディエ療養院を訪ねていた。
病室にいた老人は、目に静かな光を宿しながらも、戦乱の記憶を引きずるように重い沈黙の中で口を開いた。
「……第四封域……あれは……決して、誰の記憶にも残してはならなかった。あれを封じるために……我々は、ひとつの街を犠牲にしたのだ」
「街……?」
セレナが問い返す。
「当時、帝都地下にあった研究区画ノルヴァ。魔力実験の過剰投与により、異界の裂け目が生まれた。それを封じるため、魔導局は虚数術式を用いた――空間そのものを歪めて、存在を切り離したのだ……そして、あの門が生まれた。異界の干渉を受けた……本来の理ではありえぬ扉だ」
「セイセス=セイセスは、そこに眠る何かを開放しようとしている?」
アルフレッドの問いに、老人はかすかに頷いた。
「奴らは、あの時もいた……魔封協定の裏で蠢いていた存在だ。神の理に異を唱え、制御されざる自由を望んだ。今も、あの封印を破るために、楔をひとつずつ外していっているのだろう」
老人の指は、震えながらも確かに一つの図形を描いた。
七つの尖塔と、その中心に描かれる黒き門。それが、真に守られていたものの姿だった。
夜――《黒槍亭》に戻ったアルフレッドたちは、ギルドマスターより封印施設への正式な調査許可証を受け取った。
「第四封域――帝都地下、第九階層へ。君たちほどの実力者でなければ、送り出すこともできんが……気をつけろ。これは、単なる魔獣退治ではない。世界の根に触れる依頼だ」
静かに手渡された許可証と地図。
そこには、かつて誰も踏み入れたことのない禁域――忘却の楔への道が刻まれていた。
――封印区域への侵入と警戒された空間――
帝都の地中深く――かつてノルヴァ研究区画と呼ばれた封鎖区域の入口に、一行は立っていた。
そこは、帝都地下鉄網のさらに下層、地図にも記されぬ古い石造りの通路を抜けた先。
厚い金属扉が錆びつきながらも結界により封じられ、侵入を拒んでいた。
「……結界の構造、少なくとも五重。内側の層は虚数領域干渉かもしれない」
ミリアが慎重に魔力を探る。
セレナが後ろに立ち、剣の柄に手を添えたまま周囲を警戒している。
「敵がいるとすれば、この中……」
アルフレッドの声に、バルトが頷く。
「中途半端な探索者じゃ、ここで魂ごと消えるな」
クレアが封印に手を翳し、僅かに聖印を浮かべると、内側で眠っていた紋章が反応し、低い音を立てて震え出す。
「……いけるわ。これで……!」
封印の結界が、一層ずつ解除されていく。
金属の扉がきしみを上げて開かれた瞬間、重く淀んだ空気が一気に噴き出す。
異界の風のような冷気――そして、ほんの僅かに、焼けた魔力の匂いが漂っていた。
内部は、かつて人の手で造られたとは思えぬほど歪んでいた。
石造りの壁は波打ち、天井はところどころ崩れ、むき出しの魔導管が赤黒く脈動している。
「ここ、まるで……空間そのものがひしゃげてる……」
セレナが眉をひそめた。
「一度、異界の干渉を受けて崩壊しかけた空間を、術式でつなぎ止めてある。そんな印象だな」
ミリアが低く言う。
封印施設は第一区画から第七区画までに分かれており、現在いるのはその第一区画――門の前庭と呼ばれる監視領域。
「足元、注意しろ。重力が……場所によって違う」
アルフレッドの声に、バルトがうなずきながら進む。
そして、通路の先――広間の中心に、かすかに光る観測結界が残されていた。
「……生きてる」
クレアが言った。
「この結界は、いまも何かを監視してる。きっと、この先にある――門を」
その瞬間、結界が一閃する。
空間に圧力が走り、突如として天井から無数の魔力の触手が降り注いできた。
「来るぞ――ッ!」
アルフレッドが即座に剣を抜き、セレナが跳躍して前に出る。
魔力の触手は、探索者を排除せんと襲いかかってきた。
それは結界そのものが侵入者への迎撃装置として機能している証だった。
「――《雷裂閃》!」
セレナの一撃が、触手を数本まとめて切断する。
「クレア! 解析を急いで!」
ミリアが叫び、バルトは盾を掲げて仲間たちの前に立った。
「よし……防御陣、張るぞ。絶対に誰も通さねぇ!」
鉄壁の壁が築かれる中、クレアは術式の構造を読み解き、侵入許可の再構築を始めていた。
――ここは、封印を守る者の領域。
しかし、今はその守り手すらいなくなり、術式のみが自動で警戒を続けている。
「解除完了――っ!」
クレアの言葉と同時に、広間の空間がふっと静寂に包まれた。
闇に沈んだ回廊の先に、ひときわ異質な気配が漂っている。
そこにあるのは、次の区画――門の間と呼ばれる中枢空間。
アルフレッドたちは再び進み出す。
その背には、何かを見ていたかのような結界の視線が――未だに残っていた。
――中枢区画《門の間》への到達と異常現象の観測――
前庭と呼ばれる第一区画を突破し、一行はより深い領域へと進んだ。
通路は、歪んだ魔力に晒された影響でねじれ、壁や床は不自然な角度で繋がっている。
ミリアが結界の余波を視るように目を細めた。
「時間軸が不安定ね……記憶を視ているような感覚が混じってくる」
セレナが剣を抜いたまま、慎重に足を進める。
「何かが近づいている……視線じゃない。音でもない……でも、確かに気配があるのよ」
その先にあったのは、巨大な扉だった。
石と金属が複雑に絡み合い、封印紋様が幾重にも重なっている。
だが、その中心にはひとつ――禍々しくも静謐な門が、確かに存在していた。
門は半分、開いていた。
裂け目の向こうからは、黒と蒼の霧が薄く流れ出ている。
風も音もないはずの空間に、確かに息づくものの気配があった。
「……これは、門の向こうとこちらがつながりかけてる」
クレアが呟く。
「扉の封印が緩んでいる……意図的に、か? それとも……」
バルトの言葉に、誰も応じなかった。
次の瞬間――門が反応した。
まるで一行の存在に応えるように、微かな光と音を放ち、門の縁が脈動を始める。
同時に、空間が揺らいだ。
床がなくなったかと思えば、遥か遠くの風景が垣間見える。
崩れかけた塔、黒い空、赤い海、そして逆さに浮かぶ都市の幻。
「幻視……いえ、これは門の向こう側の記憶……?」
ミリアが目を見開く。
「くっ……頭の中に、流れ込んでくる……!」
セレナが剣を突き立て、意識を強制的に現実へ引き戻した。
アルフレッドは前に進み、一歩、門へと手を伸ばす。
その瞬間、門の裂け目の中で、何かが蠢いた。
視えた。
目――人ではない、けれど確かに意識を持った存在の視線が、アルフレッドを見返していた。
そして、耳に響く声。
>「選ばれし者たちよ――ここは、まだ見てはならぬ場所」
>「汝らが望むならば、扉は応えよう。だが、その代償は、決して軽くはない」
門は――語りかけていた。
だが、それは言葉ではなく、精神と精神の干渉。
一種の精神体言語に近い形で、五人の脳内に刻まれるように届いた。
クレアが手を胸に当てる。
「……あれは、かつてこの門を造った古代の守り手……?」
バルトが拳を握る。
「どうする、アルフレッド。試すか? それとも、ここで引くか」
アルフレッドは、少しの沈黙の後、振り返って言った。
「――選ぼう。開けるために、来たんだ。だけど、俺たちが何を守るべきか、それも確かめる必要がある」
その言葉に、ミリアもセレナも、そしてクレアとバルトも頷いた。
門が再び微かに脈動する。
選択の時が――迫っていた。
門が揺れた。
その歪みに触れた瞬間、一行の意識は――落ちた。
視界が黒に塗り潰されたかと思えば、次の瞬間にはそれぞれが別の空間にいた。
アルフレッドの前に現れたのは、かつて滅んだ王国の焼け跡だった。
炎に包まれ、倒れ伏す兵士たち。叫びと怒号。
そして、彼自身の手が――黒い血に染まっていた。
「これは……俺の罪……?」
だが、その背後から声が届く。
>「汝は戦うことで何を守る。何を壊す。答えよ、戦士よ」
幻の中で現れた存在は、仮面をつけた剣士。
その剣がアルフレッドに向けて振り下ろされる。
「ならば――試せ!」
アルフレッドは剣を抜いた。《魔剣グラムノート》が応えるように光を発する。
「守るものがある限り、俺は剣を握る!」
一方、ミリアの前に現れたのは、広大な図書の迷宮だった。
書架が崩れ、文字が燃える。知識が失われていく。
「こんなの……こんな世界は、嫌!」
彼女の足元に、かつての師匠の幻影が現れる。
>「知識を得ることで、何を犠牲にした?」
>「汝の魔は、知を守るか。破滅を呼ぶか。選べ、魔法使いよ」
魔力が逆流し、暴走し始める。
ミリアは両手を掲げ、暴力的なエネルギーに抗いながら叫ぶ。
「私は、知識を使う! 失わせないために!」
バルトは、自らが一人残される戦場に立っていた。
仲間は消え、ただ敵だけが現れる。
>「お前は力に頼った。己が拳だけを信じた」
>「だが、それは孤独ではないか?」
巨大な影の騎士がバルトに迫る。
「……構わん。それでも俺は、前に出る。誰よりも先に敵を砕く。それが、俺の役目だ!」
戦斧を構え、叫びと共に突撃する。
セレナの前に現れたのは、少女の頃の自分自身だった。
剣を持たず、魔法も使えない、ただの村の娘。
>「あなたが選んだのは、強くなること。
でも、それは本当にあなたの望みだったの?」
幻の自分が問いかける。
セレナは静かに剣を構える。
「後悔はしていないわ。私は私の意志で進んだ。強さは、守るための翼。誰にも否定させない!」
クレアの前に広がっていたのは、祈りの届かない廃神殿。
祭壇は崩れ、聖なる光は失われていた。
>「信じる者がいなければ、祈りは意味を持たぬ」
>「では問おう、僧侶よ。汝の信仰は誰のためにある?」
クレアはそっと目を閉じる。
「私は、神のために祈っているんじゃない。誰かの救いになると信じて祈ってる。だから、意味はある!」
杖を掲げると、崩れた空間に微かな光が射し込んだ。
そして、試練は終わった。
五人の意識は門の前へと戻ってきた。
彼らの前で、門は静かに震えていた。
それは、試練を受け入れた者たちへの応答だった。
微かに軋む音と共に、門の封印が一段階、緩んだ。
だが、門はまだすべてを開いたわけではない。
>「次に汝らが来た時、この境界は試される」
>「いずれ、向こう側が――汝らを試すだろう」
門は沈黙する。
アルフレッドたちは、深く息を吐いた。
何かを乗り越えた。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
門が静かに沈黙に包まれた後、アルフレッドは肩越しに仲間たちの顔を見た。
誰もが疲労の色を浮かべていたが、どこか充足した表情だった。あの幻視の試練は、彼らにとってただの幻ではなかった。
「……門の試練は終わった。だが、この場所にはまだ何かがある。深く、古く……眠ったままの何かが」
ミリアが小声で呟いたとき、魔力の気配に敏感な彼女の瞳が門の背後、崩れかけた石壁の向こうに何かを感じ取っていた。
「この奥、反応があるわ。魔力じゃなく、何か別の……封印された知識の気配」
アルフレッドが頷き、バルトが斧で慎重に瓦礫をどける。セレナとクレアも警戒しつつ援護し、やがて――朽ちた壁の向こうに現れたのは、半ば崩れかけた巨大なアーチ型の回廊だった。
その天井には、金属と石が混在した奇妙な素材で描かれた星図とおぼしきものが広がっている。
「これは……星の記録? いや、門の運行記録かも……」
ミリアが手元の魔力検出具をかざすと、壁面に浮かび上がったのは古代語のような文様群。
彼女が慎重にそれを訳し始める。
壁画に刻まれた記録(断片)
『かつて、我らは境界の門を通じて、遥かなる星より訪れた力に接した』
『だが、接触は祝福ではなかった。
力は我らを試し、滅ぼし、記憶さえ奪い去った』
『我らは選んだ。忘れることで、封じることを――』
『知る者よ、これを開く時、再び問い直されるであろう。
汝がそれを使うか、あるいは、封ずるかを』
「門は、ただの通路じゃない……あれは、他の世界か、次元をつなぐ端末だったのかもしれない」
ミリアが顔を青ざめさせながら言った。
「つまり、それを通じて何かが来た。そして、それにこの文明は負けた」
バルトが拳を握りしめる。
「……奴らが言っていた継承者ってのは、この文明の生き残りの意思を、今の時代の俺たちに託したってことか」
「でもそれは、危険すぎる選択肢かもしれないわ」
セレナが言葉を続けた。
「もしこの門が完全に開かれたとしたら、かつて滅んだ力が再び……」
重苦しい沈黙が落ちる。
だが、クレアはそっと祈りの言葉を唱え、光の粒を浮かべた。
「でも、選ぶのは私たち。だからこそ、守る責任がある」
回廊の奥には、さらにいくつかの記録媒体と思しき石盤や、封印石の残骸、そして魔力を帯びた封印の鍵と記された結晶のような物体が見つかった。
それらはすべて、《黒槍亭》を通じて王立魔術院へと移送されることになった。
だが、この遺産をめぐっては、必ず奴ら――セイセス=セイセスも黙ってはいまい。
門の封印は一部緩んだ。
次に起きるのは、開放か、破滅か。
今はまだ――その答えを、誰も知らない。
魔力の薄闇が揺らぐ空間にて、
幾重にも重ねられた魔術障壁の内側。
それは、帝都の地下深く、公式記録に存在しない《忘却の回廊》のさらに奥、
古の叡智すら忌避した領域――《沈黙の尖塔》。
その高座より、黒き装束を纏う影が立ち上がった。
「……動いたな、継承者たちが」
低く、冷たく響く声。
それに応じて、周囲にひれ伏す仮面の者たちが、無言のうちに一斉に頭を垂れる。
「門の欠片と記録を持ち出したか……だが、遅い」
男の掌には、既に封印の反動による揺らぎの痕跡が浮かび上がっていた。
それは、門の結界がほんの一瞬でも意志を持ちかけた証拠。
「開かれたがっているのだ、門は。次に起きるのは、我らの選定による啓示だ」
彼の名は――リル=セゼル。
結社セイセス=セイセスにおける七人の主柱の一人。
《門の観測者》を称し、千年以上前の記録をも操る魔導司祭。
「集え、我が縛鎖の徒よ。門の開放こそが、世界の再定義――我らの存在意義だ」
魔力の脈動が塔内を走り抜ける。
遠く、帝都に残された封印媒体がその揺らぎに共鳴するように、かすかに光を放つ。
一方、《黒槍亭》地下の封印保管庫では、異変が始まっていた。
運び込まれたばかりの記録石盤が、夜半に奇妙な振動と微細な魔力流を放ち始めたのだ。
当直の魔術師が慌てて封印陣を再展開するも、魔力の共鳴は止まらない。
それはまるで、どこか遠くの何者かに呼応しているかのようだった。
「……おい、何かおかしい。結界が……熱を帯びてる?」
「魔力源が逆流している……!? いや、これは外部からの干渉だ!」
だが、すでに遅かった。
保管庫の天井から、黒い染みのような影が垂れ下がり、
無音のままに侵入が始まる。
それは、魔術による空間転移でもない。
どこか別の次元の亀裂を通じて這い出た、セイセス=セイセスの信者たち。
「記録も、鍵も……すべて頂戴する。これが次の導きだからな」
仮面の男の囁きとともに、封印陣が破裂した。
……その時、
アルフレッドたちは、ギルドの上階にて、簡易な報告と休息を終えたところだった。
だが、階下から響いた魔力の炸裂音と、誰かの悲鳴によって、すべてが断ち切られる。
「ッ……まさか、もう……来たのか!?」
セレナが剣を抜き、ミリアは既に詠唱を開始。
バルトは階段を飛び降りる勢いで、クレアは呪符と聖水を携えながら追従する。
アルフレッドは、ただ一言――
「行くぞ。今度こそ、守るために」
その言葉とともに、一行は封印保管庫へと駆け出した。
門が揺らぎを見せたその夜、
かつての災厄を繰り返させまいとする者たちと、
災厄を正しき進化と信じる者たちが、再び交差する――。
魔力の衝撃が階段の先から吹き上がる。
空気が歪み、封印陣の焦げた匂いが鼻をつく。
魔法使いミリアが咄嗟に詠唱を構築し、結界の破片から仲間を守る。
「《防魔障壁・シールドヴェール》――!」
瞬間、透明な魔力の膜が展開され、飛び散る破片がはじかれた。
保管庫内部には、すでに数体の黒装束の侵入者がいた。
顔を覆う仮面、闇色の外套、そして全身に纏う暗黒の魔力。
「……セイセス=セイセスだ」
アルフレッドが唸るように言い、魔剣を抜いた。
青白い光が刃に走り、彼の瞳もまた戦闘の意志に燃える。
アルフレッドの突撃――戦端を切り裂く
「行くぞ――《斬閃衝》!」
足を踏み込むと同時に、魔力を込めた斬撃が閃光のように走った。
迫る仮面の戦士の一人がその一撃を防ぐ間もなく吹き飛ばされ、壁に激突する。
「ふん、前座には充分だな……!」
ミリアの精密魔法――敵の封印術を無効化
その瞬間、背後から術式の構築が始まる。
「我らは記録の回収を命じられし者――《魔封の鎖》!」
黒装束の術者が詠唱するが、それをミリアが見逃さなかった。
「封じの呪文ね……無効化させてもらうわ。《干渉式破断・スルイン》!」
魔力がねじれ、相手の詠唱が中断される。
術者の杖が砕け、驚愕の表情を浮かべる男に、ミリアは静かに言った。
「魔法を教えてあげる余裕はないの。悪いけど――退場してもらうわ」
バルトの盾撃――敵の突破を許さない
反対側、突進してきたもう一体の仮面兵。
巨斧を振り下ろそうとしたその瞬間――
「《鉄壁の迎撃》!」
バルトの大盾がカウンター気味にぶつかり、鈍い音と共に仮面兵の身体が跳ね飛ぶ。
そのまま踏み込み、地面を踏み割るような一撃を打ち込む。
「てめぇらが来るってことは――ほんとに厄介な時代になってきやがったな!」
セレナの斬術と魔力波動――連携の閃き
セレナは敵二人に囲まれていたが、焦らない。
「《双刃旋華》!」
風のような動きで剣を回転させ、魔力の斬撃を撒き散らす。
一人の仮面戦士の脚を切り払い、もう一人の突き出す槍を魔力で逸らす。
「隙あり――!」
踏み込みながらもう一振り、剣に魔力を纏わせて一閃。
仮面が砕け、敵は呻きながら沈んだ。
クレアの聖印と守護――戦場を支える光
「皆、下がって! 《聖光円環・ルクス=オラ》!」
クレアが印を結ぶと、保管庫の空間に柔らかな聖なる光が広がる。
それは味方を癒し、敵の魔力を鈍らせる聖域となる。
「貴様、癒し手か……ならば、真っ先に潰す!」
仮面の刺客が跳びかかってくるが――
「そう簡単にはいかないわよ」
彼女の聖印が反応し、敵の動きが一瞬止まる。そこへバルトの盾が飛ぶ。
「クレアには、誰も触らせねぇ」
敵の数は減りつつあったが、最後の一人――
指揮官格と思われる仮面の男が、何かを取り出す。
「回収は失敗か……だが、次は門のその奥だ。封印など無意味だと証明される」
男が手のひらの小型魔導装置に魔力を注ぐ。瞬間、空間が歪み――転移の兆候。
「逃がすか! アルフレッド!」
ミリアが叫び、アルフレッドが踏み込む。
「《斬光連迅》――!」
だが、男は仮面越しに嘲笑を漏らすと、消失していった。
残されたのは、歪みきった魔力の余韻と、彼が落としていった欠片のような魔導結晶。
静寂が訪れる。
破壊された保管庫の中で、仲間たちは息を整えていた。
「まさかギルドの中にまで……」
クレアの声に、ミリアが頷く。
「封印は狙われてる。次も、もっと大きな動きが来るわね」
アルフレッドは、仮面の男が残した魔導結晶を拾い上げ、静かに言った。
「これは……門の座標を記す、導きの鍵かもしれない」
その言葉に、仲間たちの間に緊張が走る。
《黒槍亭》の地下から戻った一行は、応急の修復が進むギルドの集会室へと向かっていた。
戦いの痕跡はあまりにも生々しく、封印保管庫の一部は崩壊し、いくつかの遺物が損壊していた。
だが、最も重要な封印核と門の記録媒体は、かろうじて守られていた。
「……これが、あの男の残していった魔導結晶か」
ギルド長代理の女魔導士が、光を帯びた結晶体をアルフレッドから受け取る。
細密な文様が刻まれたその結晶は、微かに門と同種の反応を示していた。
「確かにこれ、魔力座標系を変換する鍵の一部みたいだわ。これを使えば、別の門か……あるいは封印空間への転送が可能かもしれない」
ミリアが眉をひそめ、隣でバルトが呟いた。
「奴らの狙いは、やっぱり門の開放そのものだったってことか」
「でも、なぜ?」とクレア。「門の奥にあるものって……開けてはいけないものじゃないの?」
セレナが剣の柄を握りながら、静かに答える。
「それを求める狂人には、開けてはならないという警告こそが、最大の誘惑になるのよ」
その夜、特別招集された《黒槍亭》の幹部陣が集い、事態の緊急性を協議していた。
「門の封印状態は一部緩んでいます。魔導結晶が触媒として使用された痕跡も……次、同様の襲撃が起きれば、封印は破られる可能性が高い」
王立魔術院から派遣された研究官の言葉に、部屋の空気が重くなる。
アルフレッドは、ゆっくりと立ち上がった。
「俺たちが出よう。今ここで止めなければ、次に奴らが狙うのは――開放の儀そのものだ」
ギルド長代理はしばし黙し――そして、深く頷いた。
「……わかった。正式に《黒槍亭》の探索隊として、君たちに新たな調査任務を託す。封印空間への接続地点――通称《月喰の谷》の奥地に、新たな門が確認された。そこに向かってほしい」
ミリアが息を呑んだ。
「月喰の谷……古代文明が遺した最深の封印地よ。何かが目覚めようとしてるわ」
夜遅く、ギルドの屋上。
星明りの下、アルフレッドは一人で剣を磨いていた。
「……黙ってると、らしくないわよ」
セレナが静かに隣へ座る。
彼は少し肩をすくめ、空を見上げた。
「また門に触れることになる。あの時みたいに、何かが心に入り込んでくるかもしれない」
「……でも、今回は一人じゃないわ。ミリアも、バルトも、クレアも。私も、あなたの隣にいる」
アルフレッドは短く笑った。
「ありがとう。――さて、次もきっと荒れるぞ」
「それが、私たちの日常でしょう?」
二人は視線を交わし、夜の静けさの中、戦士たちの誓いを新たにした。
ダウニシア帝国の首都ミハノルティから南へ数日。
瘴気混じりの風が吹き抜ける峻険な山々の谷間に、かつて封印術の粋を尽くして造られた隔離領域が存在する。
その名は――《月喰の谷》。
古代、魔力異常災害が発生したこの地を封じるため、封印術士たちが門と楔を配して異界との接続を断ち、以後千年もの間、封印区として立ち入りが禁じられていたという。
だが、いまその結界が揺らぎ、侵入者――すなわち《セイセス=セイセス》の暗躍が始まっていた。
隊商の護衛を装って出発したアルフレッドたちは、谷へと至る古道を慎重に進んでいた。
「道標が……消されている」
バルトが斧を背負い、木々を観察しながら呟く。
「故意ね。誰かがこの谷の場所を隠そうとしてる。あるいは――自分たち以外の侵入を防ぐため」
ミリアは地図と魔力探知器を照合し、方角を確認した。
セレナは、軽やかな動きで周囲を索敵していたが、不意に立ち止まった。
「……足跡。複数。重装備の者と、軽装の者が混じってる。かなり最近のものね」
「結社か」
アルフレッドは頷き、剣の柄を握る。
「奴らが先に入ってるとなると――封印の破壊工作が目的だろう。急ぐぞ」
三日後、一行はついに《月喰の谷》の外縁に到達する。
谷を覆う霧は異様に濃く、光が届かぬほどに沈鬱な魔力が滞留していた。
「……この感じ、ただの瘴気じゃない。結界が内側から侵食されてる」
クレアの言葉に、全員の顔が引き締まる。
そして、眼前に現れたのは――巨大な石造の門と、それを包む六重の魔法障壁。
かつて封印を守るために設けられた防壁のうち、すでに三重が破壊されていた。
「間に合わなかったか……!」
アルフレッドが走り出そうとした瞬間――
「侵入者を確認――排除する」
結界の裂け目から、魔力で強化された鎧の戦士たちが現れる。
その胸には、かの結社――《セイセス=セイセス》の双頭蛇の紋章が刻まれていた。
「来るぞ! 全員、迎撃陣形だ!」
アルフレッドの号令とともに、五人は瞬時に散開。
セレナが敵の術士へと接近し、剣撃で術式詠唱を阻む。
ミリアは《雷鎖陣》を展開し、突撃してきた兵士たちを電撃で足止め。
バルトは前衛の要として盾を構え、斧を振るって敵の攻勢を受け止める。
クレアは回復と防壁支援をこなしつつ、聖なるオーラで味方の士気を高めた。
そして――
「《魔剣技・裂閃牙》――!」
アルフレッドの一閃が、敵の魔装兵を一体撃破する。
「奴らは門の前哨に過ぎないはず。ここで押し返すぞ!」
谷を震わせる戦闘の咆哮。
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
セイセス=セイセスの前哨部隊を撃退したアルフレッドたちは、ひとまず封印結界の残存機構を解析すべく、門の前に集結していた。
「第三結界層までが崩壊……残るは三つ。だが、内部からの侵食が進んでいるとなれば、時間の問題かもしれない」
ミリアが展開した魔力波解析図は、まるで炎に蝕まれる布のように、封印の魔方陣が破断しつつある様を示していた。
「こいつを無理に壊せば、内部の何かが暴れ出す。あくまで慎重にいこう」
バルトが警戒しつつ門の前に立つ。すると――
ゴォォ……ン……
低く、重たい響きと共に、門の内側から魔力の脈動が放たれた。
それは呼応のようでもあり、歓迎でも拒絶でもない認識の合図だった。
「……開いた?」
いや違う。クレアが首を振る。
「門は――招き入れたのよ。選別の儀式もなしに、強引に」
セレナがすかさず剣を抜く。
「なら、罠ってことね」
だが、進まねばならない。それが彼らの役目であり、任務だった。
門の向こうは、歪んだ石造りの回廊。
天井に吊るされた古代の浮遊灯は、紫がかった微光を放ち、どこか現実とは異なる空気を醸し出している。
「見て、壁の文様……浮遊都市ノルア=ヴェルの記録と一致してる。まさか、ここがその一部なの?」
ミリアの声が震える。
浮遊都市――それは、かつて空を統べた魔術文明の極致。失われたはずの技術の一端が、ここに眠っているというのか。
「そして、奴らがここを狙った理由も……これで確定だな」
アルフレッドが前を見据える。
通路の奥、ひときわ強い魔力の渦が生じている場所――
そこに立つのは、漆黒のローブを纏い、蛇の面を被った集団。セイセス=セイセスの中核と見られる術士たちだった。
「ようこそ、選ばれし者たちよ」
彼らの中心に立つ男が、面を外す。目深に隠された顔から、ぞっとするほど冷たい微笑が浮かんだ。
「門を開く最後の鍵が、貴様らにあるとはな。まったく、因果というのは面白い」
「お前たちの目的は――この旧き封印を解き放つことか?」
アルフレッドが問いかけると、男は頷いた。
「その通り。我らは過去に葬られし真なる叡智を解き放つ。そして、神の欺瞞を終わらせる」
「終わらせるだと……!」
怒気を帯びた声と共に、セレナが踏み込む。
「ならば、私たちは止める! 世界を破滅させるだけの叡智になど、意味はない!」
セイセス=セイセスの術士たちが構えを取る。
アルフレッドも、仲間に静かに指示を送った。
「全員、ここが正念場だ。奴らを止めて、門を守る」
――戦端、再び開かれる。
戦端が切って落とされると同時に、回廊全体が軋むような重低音を放った。
「魔力波、急激な上昇……! これは――!」
ミリアが叫ぶより早く、封印空間の奥、封印の柱の背後に格納されていた古代兵器――《魔機兵》が姿を現す。
全高三メートルを超える巨体。魔石を動力源とし、幾重にも刻まれた術式回路が身体全体を光らせる。
「浮遊都市時代の戦闘兵器か……!」
バルトが唸りながら斧を構える。
セイセス=セイセスの術士が、恍惚とした笑みを浮かべる。
「目覚めよ、眠りし従者よ……我らが供物と血の誓約に応え、主の門を護れ!」
魔機兵《ヴァル=ガロム》、起動。
両腕が唸りを上げて変形し、片方は巨大なブレードに、もう片方は衝撃波を発する打撃砲に変貌した。
バルトは正面から突撃。斧と巨体をぶつけ合う重戦闘。
「おらぁああああッ!」
地響きを上げる正面衝突。魔機兵の剛腕を斧で受け止め、仲間のために足止めを請け負う。
ミリアは後方から魔術陣を展開。
「魔力干渉領域……展開! 重力束縛、第二階梯!」
魔機兵の動きが鈍化し、関節部が軋む。仲間の攻撃の通りがよくなるよう、支援術式を連続展開。
セレナは素早く側面へ回り込む。
「今よ――隙間を穿つ!」
手の魔剣を回転させながら《スパイラル・レイヴン》を放ち、魔機兵の関節部へ高速連撃を叩き込む。装甲の隙間から火花が散る。
クレアは仲間の体力を維持しながら、神聖術を付与。
「アルフレッド、貴方に《剣精の加護》を! どうか突破口を!」
聖なる光が剣を包む。
「……これが、過去の遺産ってわけか」
重みある言葉と共に、魔剣を構える。
彼は敵の行動パターンを読んでいた。
「次の振り下ろしの後、上半身が一瞬開く……その瞬間に、貫く!」
バルトがタックルで魔機兵の体勢を崩す。
セレナとミリアが火力と拘束で連携し、動きを封じる。
そして――
「《断空穿牙》――ッ!!」
放たれたのは、剣と魔力の融合斬撃。魔機兵の胸部コアへと一直線に突き刺さる。
ズギャァァァン!!
蒼白い爆裂光と共に、魔機兵《ヴァル=ガロム》が膝を折り、動きを停止した。
戦場に、静寂が訪れる。
魔機兵の残骸は、まるで自身の存在意義を全うしたかのように、静かに崩れ落ちていった。
「ふぅ……何とかなったな」
バルトが重々しく斧を肩に戻す。
「でも、まだ終わりじゃないわ。術士たちは退いてない」
セレナの指摘に、皆が再び構える。
だが、セイセス=セイセスの術士たちは、魔機兵の崩壊を見届けると、言葉もなくその場から姿を消していった。
まるでそれだけが目的だったかのように――
古代兵器《ヴァル=ガロム》との激戦を終えた一行は、改めて封印の門の前に立っていた。
大気は重く、周囲の魔力は不安定に揺れている。
中央に聳える門――黒曜石と白銀が織り成す古代の造形は、まるで異界との接点そのものであった。
扉の隙間からは、淡くも異様な光が漏れ出している。
その奥にあるものは、まだ誰も知らない。
「……一部の封印は、戦闘中に崩れてるわ。放っておけば、向こうから開く可能性すらある」
ミリアが術式の崩壊を分析しながら呟く。
「こじ開けるより、向こうが扉を叩いてるって感じか」
バルトが低く唸るように言った。
「もしこのまま放置すれば、セイセス=セイセスはまたここを狙う。今度はもっと、厄介なモノを連れてな」
セレナは剣を鞘に収め、静かに視線を門へ向けた。
「……選択の時ね。閉じるのか。開くのか。それとも、見極めるのか」
その場にいる誰もが、門に対して何かしらの畏れを抱いていた。
それでも、アルフレッドは一歩前へ出る。
「まだ、俺たちは……知らなすぎる。ここを閉じても、別の場所で何かが起きるだけかもしれない」
門に手をかざし、閉ざされた文字と文様を静かに読む。
封印術式の核心に、ひとつの問いが浮かび上がっていた。
>《継承者よ、汝、門の向こうにある責務を受け入れる覚悟はあるか》
彼は、躊躇わず応えた。
「――ある」
その瞬間、門の文様が光を放ち、穏やかに脈動を始める。
クレアが祈りを捧げる。
「この地が、再び悪しき者たちに穢されぬよう。ここにいる私たちが、守人となる」
門の封印が、再び静かに組み上がっていく。
だが、それは閉ざされたままの封印ではない。
それは――
「必要な時に開くための封印」
そして、「継承者のみが干渉できる封印」。
数日後。
帝都ミハノルティの冒険者ギルド《黒槍亭》へと帰還した一行は、詳細な報告と共に回収物を提出。
王立魔術院への引き渡し手続きと、門の再封印報告が完了する。
夜――
ギルドのラウンジにて、セレナがワインを傾けながらぽつりと漏らす。
「なあ、私たち……少しずつ、世界の縁に触れてきてる気がするのよね」
「縁って?」
「うん。普段見えない、裏側。普通の冒険じゃ出会わないような、もう一歩先の世界」
誰も否定しなかった。
確かに、かつてのような依頼解決だけの日々では、もはやない。
ギルドの地下室。
保管されていた封印の鍵の結晶が、微かに震えていた。
誰の目にも触れぬその空間で――
何者かの気配が、遠くで笑っていた。
>「継承者……か。ようやく、面白くなってきたな」




