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レベル41

 帝都ミハノルティ、冒険者ギルド《黒槍亭》


 早朝。陽の差し込むギルドの掲示板に、一通の書状が新たに掲げられた。


 アルフレッドが目を細めてそれを読み上げる。


「『帝国西方・サリオス地方の忘却の渓谷にて、魔力異常と幻視の報告あり。周辺住民の避難が進むも、調査隊との連絡途絶。対象地域には古代の封印遺跡の存在が記録されており、可能性として……未確認の封印存在または時空の歪曲を含む魔導障害の発生が疑われる』」


「……また、封印か」

 ミリアが低く呟いた。


 セレナが眉を寄せて問いかける。


「サリオス地方って、たしか……古代帝国時代に月の門と呼ばれた転移陣があった場所じゃなかった?」


 クレアは胸元の聖印を静かに握りしめた。


「《幻視》というのが気になるわ。何かが語りかけている可能性もある。今の私たちには、それを理解する力があるはず」


「幻視があるってことは……何かが呼んでるってことかもしれないな」


 バルトが立ち上がり、武具の点検を始める。


 アルフレッドは静かに仲間を見渡し、頷いた。


「……行こう。忘却の渓谷。その名が示す通り、失われた何かが待っている。封印を継いだ俺たちが、見過ごすわけにはいかない」



 帝都を出て、三日。険しい山脈を越えた先、濃い霧に包まれた谷――そこが忘却の渓谷だった。


 周囲に民家はなく、草木は静かに風に揺れていたが、空気は重く、魔力がねじれた気配が漂っていた。


「見ろ、あれ……崖に刻まれた紋様。完全に古代式だ」


 ミリアが指差す先、断崖の奥には、半ば崩れかけた石造りの門と、かつての神殿のような構造物が姿を見せていた。


「これは……扉? いや、違う。これ自体が封印陣の一部か……?」


 アルフレッドがそっと手を触れると、封印陣の一部が淡く光り、震えるように脈動を始めた。


「……また、何かが目覚めようとしている」



 濃霧に包まれた忘却の渓谷は、時折木々の間から差し込む日差しすら歪ませるほど、濃密な魔力を帯びていた。


 その中心に、かつて神殿だったとおぼしき崩れた石造りの遺構が口を開けている。


「気をつけて。この谷、普通の結界の効き方じゃない」

 セレナが魔力の流れを読み取り、周囲に警告を飛ばした。


「魔力がねじれてる……時間軸に干渉するタイプかも」

 ミリアは掌に浮かべた魔法球を通じて気流の異常を検出しながら、周囲を睨んだ。


「なあ、見ろよ」

 バルトが低く唸るように言い、倒れた柱の根元を指差した。


 そこには、風化した石の表面に浮かぶ、古代語の封印文字が見えた。だがその一部は擦れており、誰かの手によって無理やり剥がされた痕跡があった。


「……誰かが封印を解こうとした?」

 クレアが眉をひそめ、聖印を掲げて祈りを捧げる。


「いや。もう、部分的に開いたのかもしれないな」


 アルフレッドが言うと、遺構の奥から――低く、唸るような音が響いてきた。


「……今の音、何かが動いたな」

 セレナは剣を抜いた。


「俺が前に出る」

 バルトが盾を構え、一行の先頭に立つ。


 アルフレッドが封印文字の断片に指を添えると、その瞬間、文字が淡く光を放ち、彼の意識の中に幻視が流れ込んできた。


 ――暗黒の空。崩壊する神殿。歪んだ影の王が、空から降りてくる――

 それを封じる者たちがいた。だがその記録は断片で、名も顔も識別できない。


「見せられてるな……記憶か、忠告か、それとも――」

 アルフレッドが額に手をやり、幻視から覚める。


「この封印は、完全に破られる前に、俺たちが止めないといけない」


 遺構のさらに奥へ進む一行の前に、扉のような構造物が姿を現す。


 しかしそれは明確な形を持たず、霧の中でゆらめきながら脈動する門のような存在だった。


「これが……転移門? いや、違う……これは生きている」

 ミリアが一歩後ろに下がり、警戒する。


「まるで、意志を持つ観測者のようね」

 セレナが低くつぶやいた。


 そして――門は音もなく、一行に向かって、幻視の形で問いを投げかけてきた。



「汝ら、何のためにここへ来たか」

「封印を守る者か、解く者か」

「継ぐ覚悟はあるか――力を、代償を、命を背負う覚悟が」


 アルフレッドが一歩、前へ出た。


「俺たちは……守るために来た。ここに眠る何かが再び世界に災いをもたらすなら、それを止める。代償が必要なら、俺が背負う」


 門が揺れ、低い振動音が空間全体に広がった。


「答えは……試される」

 門が、静かに開きはじめた。



 ゆらめく霧の門が開かれた瞬間、空気が一変した。


 まるで世界そのものが裏返るような感覚に、一行の視界は白く染まり、足元の感覚すら失われる。時間も空間も、ここでは曖昧だった。


「……ここは……どこだ?」

 バルトが低く唸り、武器を構えるも、その足元には地面らしいものすらない。


「認識が、引き裂かれる……!」

 ミリアが頭を押さえ、魔力をもって周囲を視ようとするも、魔力の流れすら歪んでいる。


 アルフレッドは前を見つめた。そこには、無数の扉が浮いていた。どれも半透明で、それぞれに違う刻印、紋章、時に人の名前すらが刻まれている。


「これは――記憶の迷宮だ」

 セレナが呟く。「この門は、封印と記録の両方を保つための装置。継承者となる者は、ここを通らねばならないのよ」


「なら、通ろう」

 アルフレッドが前へと進む。迷宮は、それに応じて一つの扉を開いた。



 扉の先に現れたのは、かつての戦場だった。だがそれは、一行にとって見覚えのない――遥か昔の記憶。


「ここ……人間と魔族の戦争……か?」

 バルトが言う。


 戦っていたのは、太古の魔法剣士と、漆黒の鎧を纏った異形の騎士。その戦いの余波が、大地を裂き、天を焦がしていた。


「この戦い……俺たちの原型かもしれない」

 アルフレッドが言い、幻影の剣士の動きを追う。


「まるで、継承者の資質を見定めているようだな」

 セレナが静かに武器を構える。


 突然、その幻影たちがこちらを向いた――そして襲いかかってくる。



「バルト、前を頼む!」

「任せろ!」

 重戦士バルトが突進し、幻影の騎士と盾で激突。魔力を帯びた重斧が唸りを上げて振り下ろされ、幻影の鎧に亀裂を走らせる。


「援護する!」

 ミリアが詠唱を開始し、火と風の連撃魔法《紅蓮嵐》を放つ。幻影の魔族が蒸発するように霧へと変わった。


「この程度……!」

 セレナは剣を三連で振り抜き、残像のように飛びかかってきた剣士の一人を断ち切る。


「癒しを……光よ、我らに道を!」

 クレアが後方から癒しの聖光レメディアを放ち、傷を受けた仲間を支える。


「なら、俺も行く!」

 アルフレッドが魔剣を抜き放つ。闇と光の相反する力を宿したその刃が、幻影の騎士を貫いた――その瞬間、世界が再び揺れた。


 幻影は砕け、霧が引いていく。そしてその奥に、一つの巨大な機構が姿を現した。


 それはかつてこの封印の谷を造った古代文明の記憶の核――かつて存在した一族の記録装置だった。



 アルフレッドが手を伸ばすと、核がゆっくりと光を放ち、周囲に文字が浮かび上がる。


 それは古代語だったが、ミリアが即座に翻訳魔法を展開した。


 >【記録より抜粋】

 >「我ら《フォリスの民》は、終わらぬ戦いより退き、この地に門を残す」

 >「それは厄災を封じると同時に、いつか来る継承者に託すため」

 >「選ばれし者よ、汝が真に護る者であるならば、門の封印を継げ」

 >「さもなくば、この地は再び呪われるだろう――」


「……選ばれし者、か」

 アルフレッドは静かに目を閉じた。



 古代文明《フォリスの民》が遺した封印装置に触れたアルフレッドの胸元が、淡く光った。


 それは、継承の証――紋章のような魔印であり、この地の封印管理権限を象徴するものだった。


「これで……この場所は、再び誰かに悪用されることはないだろう」


 そう呟いたアルフレッドに、クレアが寄り添うように微笑んだ。


「でも、封印っていうのは、壊されるためにあるのよ。守ることが終わりじゃなくて、始まりなのよね」


「それが、冒険者ってやつだろ?」

 バルトが肩をすくめ、いつも通りの豪快な笑みを見せる。


「……この封印装置、しばらくの間は安定して動作を続けるわ」

 ミリアが解析結果を確認しながら言う。「ただ、一定期間ごとに更新が必要みたい。魔力供給の再設定が必要になる」


「その役割は……ギルドに預けるとしよう」

 セレナが静かに言った。「私たちは、次に進む。だけど、この地には守る者が必要だものね」



 数日後――


 冒険者ギルド《黒槍亭》の執務室では、アルフレッドたちが今回の探索と封印継承に関する報告を終えていた。


 受付嬢のリシャが、ため息交じりに頭を振る。


「あなたたち……まるで国家の特務機関か何かみたいじゃない。帝国中枢の地下で、古代文明の封印を引き継いできたって、本気なの?」


「ギルドに記録は残した。信じないなら、それでもいい」

 アルフレッドが苦笑しながら応じる。


「ただし、あの門は、何者かに狙われる可能性があるわ」

 ミリアが真剣な眼差しで続けた。「王国のときも、セイセス=セイセスの連中が動いた。今後も同様の動きはあるはずよ」


「ふーん……じゃあ、あなたたちはその火種を潰すつもり?」

 リシャがやや冗談めかして聞く。


「当たり前だろ」

 バルトが笑った。「誰かがやらなきゃ、また世界がヤバいことになる」


「世界を救う……なんて、柄じゃないけど」

 セレナが壁際でそっと言った。「守りたいものがある。それで充分でしょ?」


 クレアは静かに祈りの姿勢をとる。


「どうか、この小さな継承が、未来を照らしますように……」


 その夜。ギルドの一角のテラスからは、帝都ミハノルティの灯りが静かに瞬いていた。


 街は何事もなかったかのように眠りにつき、だが地下には今も――


 忘却されざるものが脈打ち続けていた。


 そして、新たな依頼が届く。

 【王立魔術院より極秘通達】


 >件名:王立監視塔より空間歪曲の観測報告

 >対象:西方山岳地帯、《オルデラ断層》における異次魔力干渉

 >要請:実地調査および魔力因子の収集、必要に応じた封印・撃滅作戦


 ミリアが一読し、目を細める。


「これって……また、門と同じ系統の事象じゃない?」


 アルフレッドが頷く。


「行こう。今度は、オルデラの地だ」


 こうして、次なる冒険の地へと、彼らの歩みは続く――



 アルフレッドたちは、《黒槍亭》を出立し、西方へと向かっていた。目指すは帝国領西端に連なる断層地帯、《オルデラ》の山岳帯である。かつて古代の大陥没によって形成されたその地は、いまや廃村と石塔が点在する、荒れ果てた静寂の谷となっている。


 だが、その静寂の奥に、何かが目覚めつつあった。



「……この霧、異常だな」

 バルトが先頭に立ち、重装備を揺らしながら呟いた。空は晴れているはずなのに、山道には濃い白霧が立ち込め、視界は数メートル先さえも霞んでいた。


「魔力濃度が変動してるわ。しかも、断層の揺れ方が……自然じゃない」

 ミリアが魔導器を片手に睨む。「これは、結界か、空間干渉の前兆……」


「ねえ、見て」

 クレアが道端の岩壁に刻まれた紋様を指差した。「これ……王国の北端で見た門の封印機構と、似てる気がする」


 セレナが小声で呟いた。


「つまり、ここにも……門があるってことよ」



 探索を進めた一行は、かつて王立魔術院が観測のために建てたという古い塔の地下へと辿り着いた。


 そこには、風化した石板、割れた魔法陣、そして中央にぽっかりと開いた空間の歪み――漆黒の穴が存在していた。


「……これは、穴じゃない」

 ミリアが唇を噛みしめるように言う。「これは、向こう側へと通じる口よ。断層の魔力がこの一点に集中してる」


 アルフレッドが一歩、歪みに近づいた。


 その瞬間、耳の奥に囁きが響いた。


 ――アルフレッド……来タレ……継ギシ者ヨ……


「ッ……!」

 彼は反射的に魔剣の柄に手をかけたが、それは敵意ではなく、呼び声だった。


「これは……門のときと同じだ。誰かが、向こうから繋がろうとしている」



 そして、その時だった。


 突如、歪みの中から黒き瘴気が溢れ出し、空間が音を立てて裂けた。


 現れたのは、人の形を模した影の存在。背丈は二メートルを超え、顔のない頭部からは蒼白い光が漏れている。四肢は長く、動きは液体のように滑らかだった。


「……あれは、セイセス=セイセスが言っていた……彼方の従僕……」

 ミリアが声を震わせた。


 アルフレッドは魔剣を抜くと、低く構えた。


「全員、構えろ――! こいつは、試してきてる」


 セレナは剣と魔法を同時に構え、バルトが盾を前面に突き出す。クレアが後衛で光の加護を編み上げる。


「これが、虚空の向こうから来た兆しか……!」



 蒼白く発光する仮面のような頭部と、異様に伸びた四肢――

 虚空の従僕は、常識の外にある存在だった。


 その黒き肉体は、物理法則に逆らうように空間を滑り、地に足をつけず移動する。魔力を凝縮したような光条が背から尾のように揺らめき、見ているだけで精神を削られる。


「来るぞ――!」

 アルフレッドが咆哮のように叫んだ。


 次の瞬間、影の従僕が音もなく滑り込む。



「《蒼牙閃》――!」


 アルフレッドの魔剣が青い刃光を纏って一閃。だが、影は刃の軌道を見切るかのようにその身を液状化し、通り抜ける。


「くっ……抜けた――!?」


 振り返り様、すでに影は背後へと回っていた。だが――


「甘いな……!」


 バルトが立ちはだかる。全身を旋回させて盾で殴りつけるようにぶつけた。


「《砕盾衝》ッ!!」


 轟音と共に、影の体が空中に弾き飛ばされる。空間が軋み、霧が吹き飛ぶように流れた。


「……聖光よ、我らを照らして――《防護結界:四の環》!」


 クレアの詠唱が完了し、地面に四重の光円が浮かび上がる。仲間を守る防壁が張り巡らされ、魔力干渉を遮断する。


「油断しないで! あれ、単独行動じゃない……まだいるわ」


 歪みが脈動し、さらに二体の影が出現する。異なる形態を持ち、それぞれが力場を歪める存在であることが明白だった。


 ミリアが魔力を練り上げる。


「数で来るつもりね……なら、こっちも――!」


「《火翔陣・改》、展開!」


 空中に魔法陣が六重に重なり、そこから炎の槍が次々に放たれる。赤金の光が闇を焼き、従僕たちの仮面を打ち砕いてゆく。


「効いてる……けど、完全には消えてない!」


 魔法の直撃を受けた影は、身体の半分を失いながらもなお、崩壊せず再構成しようとしていた。


 セレナは飛び出し、刃と呪文を繋げるように走る。


速撃シュナイト――《剣封陣・雷刃》!」


 雷を纏った斬撃が、残された二体目の従僕の動きを封じるように打ち込まれ、地を這う稲光が空間を裂く。


 セレナの眼が鋭く光った。


「動きは読めた。あと一手……!」


「今だ、合わせるぞ――!」


 アルフレッドが叫び、仲間全員が瞬時に反応する。


 バルトが正面から抑え、セレナが封じ、ミリアが魔法で足止めし、クレアが支援を重ねる。


 そして、アルフレッドが魔剣を両手に握り、力を込める。


「《連牙断・零式》――ッ!!」


 青白く発光する魔剣が影の胸部を貫き、封じられていた魔力が炸裂する。


 空間に音なき振動が走り、影は崩壊し――空間の歪みは、わずかに静かになった。


 静寂の中に、僅かに残る、低い声のような震え。


「……これで終わりじゃない」


 アルフレッドが剣を収めながら言った。


「向こう側は、まだ見ている。次がある……必ず」



 従僕たちを退けた後、遺構に漂っていた魔力の渦が静まり――

 やがて、門の表面に刻まれていた封印文字が淡く輝きを増していく。


「……応えてる。さっきの戦いで、何かが認めたのかもしれない」


 ミリアが静かに呟いた。


 魔法陣のように精密な紋様が、門の中心から螺旋を描くように展開し、空間にゆらぎが走る。


「これは……転移か? いや、空間そのものの構造が反転している……!」


 クレアが眉をひそめた。



 門の奥から、風のような――だが音も匂いも持たない気配が漏れ出ている。


 アルフレッドは仲間たちに頷き、一歩、扉の中へと踏み込んだ。


 ――その瞬間、視界が白で満たされ、

 重力の感覚が、消えた。



 気づけば彼らは、現実ではない空間に立っていた。


 足元には淡く発光する光の回廊、周囲には無限に続く書架と、浮遊する魔法式の立方体。

 空には星々のような知識の結晶が漂い、中央には巨大な虚ろな球体――それが《門の核》と思われた。


「これは……一種の精神界か、それとも……門自体が記録装置?」


 セレナが周囲を警戒しながらも、圧倒的な景色に目を奪われていた。



 ふいに、虚ろな球体の中心に、人影が現れる。


 黒きローブに銀の仮面――

 だが、それは個人ではない。記録を語る者という存在だ。


「ようこそ。選ばれし探索者たちよ。お前たちは試練を超え、この地に至った……我らが遺した封印を、再び問う者たち」


 その声は言語ではなかった。だが、理解できる。


「この門は、かつて『〈セイクリア年代〉の終焉』と共に閉ざされた。侵入者ではなく、継承者か、問われているのだ」



 影のような存在が語る。


「汝らが知識を得る資格を持つか――それは知り、なお進む者か、忘れ、ただ力を求める者かによって決まる」


 アルフレッドが進み出た。


「知るために来た。失われた文明も、今を脅かす闇も、そのすべてを……否応なく、背負わなければならないからだ」


 しばしの沈黙の後、光の結晶が一つ、アルフレッドの前に落ちてきた。


 それは選択の印――遺構の奥に進む者への鍵であり、責任であった。



 巨大な球体が割れ、その内部へと通じる階梯が出現する。


「……進むべき道は開かれた。だが、帰る道は、保証されぬ」


「それでも行くわよ。今さら、引く理由なんてないわ」


 セレナが、迷いなく続く。



 アルフレッドたちが門の内環を越えて進んだ先。

 そこは、文明の終焉を封じたとされる中枢封印領域。かつての古代魔導文明が最後に遺した、防壁と鍵の最奥――


 階梯を進み、光と闇が交錯する回廊を越えたその先、空間は突如として広がった。


 四方を囲む柱には、言語化不能な呪文式が脈動しており、

 天井も壁もすべて、魔力を喰らい、再構築する生きた金属で構成されている。


 中央には、巨大な水晶核――

 それが封印核、《コア・レリクス》だった。


 その脇に、黒く焼け焦げた装置群が散乱している。明らかに何者かがこじ開けようとした痕跡があった。


「……遅かったか」


 ミリアの声が静かに響く。


「この形状……間違いない。魔導構造の歪みがあるわ。封印核の一部が……外部から干渉されてる」


 クレアは周囲に残る残滓に気づいた。


「祈りの気配がない。むしろ喰らい尽くすような魔力……セイセス=セイセスだわ。あいつら、この遺構の機能を――」


「奪おうとした、か」


 アルフレッドが歯を噛み締め、剣の柄を握り締める。



 その時、空間が震えた。


 封印核の周囲に、淡い結界が浮かび、音もなく像が現れた。


 ――それは、かつての古代王。


 朽ち果て、記憶の断片と化しながらも、王冠と杖を携えた記憶体が語る。


「汝らが封を解きし者か……それとも、破壊者か……」

「この核は、時を超えて災厄を封じた器。崩せば、かつての終焉が甦る。だが――今、破られようとしている」


 像はアルフレッドたちの存在を継承者として認識しつつも、重大な警告を伝える。


「一つ、汝らに問う。

この封印核を守りし役目を、継ぐ覚悟はあるか?」



 静まり返る空間の中、アルフレッドは一歩、核の前に立った。


「ここにあるのは、かつての終焉――だが、それを見捨てれば、次の世代がまた滅びる」


 セレナが隣に立つ。


「だったら私たちが、その橋になる。剣でも、魔でも、祈りでもいい。繋げることができるなら」


 バルト、クレア、ミリアも、無言でそれに頷いた。


 記憶体は静かに頷き――封印核は淡く光を放ち始める。


 その輝きは、ただの魔力ではない。意思と契約が宿る神聖な光。



 彼らは、古代より続く封印の鍵を新たに定義し、自らの魔力と誓いをもって再封印の儀式を行う。


 アルフレッドの剣は、その中心に立ち、

 クレアの祈りは結界を補い、

 ミリアとセレナの魔術が補強する。


 バルトは、周囲を守り、干渉を試みようとする外部の力を打ち払う。


 そして、封印は再び、未来のために沈黙した。



 全てが静まり返った後、天蓋に浮かぶ紋章が崩れ、穏やかな光が降り注いだ。


 探索者たちは、使命を果たし、そして新たな責務を抱えて地上へと戻る。


 ――帝都ミハノルティ、冒険者ギルド《黒槍亭》への帰還。

 報告の後に待ち受けるのは、さらなる異変、そして新たな依頼の予兆――


 その全ては、次なる冒険の幕開けとなる。



 黄昏の陽光が、帝都の高層建築の狭間から差し込み、石畳の道を淡く照らしていた。

《黒槍亭》の厚い木扉が軋む音を立てて開かれ、冒険者たちがゆっくりと中へ入ってくる。


 重戦士バルトが静かにため息をついた。


「……やれやれ、封印核の守護者になるとはな。背中が重くなるばかりだぜ」


 魔法使いミリアは横目で笑った。


「そう言いながら、ずっと周囲を守ってくれてたじゃない。頼もしかったわよ」


「当然だろう。お前らの細腕じゃあ、古代封印を抑えるのも一苦労だからな」


 セレナは椅子に腰を下ろし、濃い葡萄酒を一杯煽った。


「封印、継承、災厄の残響。やることが次から次へと増えていくわね。……でも嫌いじゃない。この世界の奥に触れる感覚」


 クレアは静かに祈りを捧げるように手を組んでいた。


「封印核の中にあった記憶……滅びの風景を、私は忘れない。あれが現実となれば、この大陸は……」


 その言葉に、全員の空気が少しだけ引き締まる。


 カウンター奥から、ギルドの受け付け嬢レティシアが近づいてきた。


「皆さん、帰還お疲れ様でした。《封印核の維持と監視》という記録には、前例がありませんが……王国軍とも連携して、正式な報告書にまとめさせていただきますね」


「報酬は?」とバルトが問いかける。


 レティシアは笑みを浮かべて帳簿をめくる。


「帝国直轄の特例報酬が下りる予定です。ただし、今回の件については秘匿案件扱いです。情報の取り扱いにご注意を」


 ミリアが顎に手を当てた。


「つまり、私たちが封印の継承者になったという事実は、表には出ない……と」


「そうですね。少なくとも今のところは」


 アルフレッドはギルドの壁に掛けられた掲示板を、ぼんやりと眺めていた。

 何枚もの依頼書、報告書、行方不明者の告知、そして――新たな探索指令の仮登録。


「まだ終わっていないんだろうな」


 その独り言に、セレナが笑みを浮かべて肩を並べた。


「終わるはずないじゃない。この世界に、平穏って言葉があるなら、きっとまだ見たことないわよ」


 アルフレッドは小さく笑った。


「……なら、その平穏ってやつ、少しでも形にしてみるか」


 その言葉に、仲間たちの視線が自然と集まり――


 一行は再び、掲示板を囲むように歩み寄った。


 次なる冒険は、すでに始まりの扉の前にある。

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