レベル30
ゼイドーアン王国王都セルゼリッカ、冒険者ギルド。
石造りの堂々たる建物は、昼夜を問わず多くの冒険者たちで賑わっている。
そこに現れたのは、一人の青年。
「……随分と賑わってるな」
漆黒の鎧に身を包み、長剣を腰に携えた戦士――魔戦士アルフレッドである。
彼の後ろには、長身の魔導士ミリア、屈強な戦士バルト、鋭い眼光を持つ剣士セレナ、そして温かな光をまとった僧侶クレアが並んでいた。
彼らは、今や王国の名を轟かせる中級冒険者。
レベルは三十に達し、その名はギルド内でも広く知れ渡るようになっていた。
「よう、またお前らか」
受付にいたのは、彼らをよく知るギルドの管理官、グレオルドだった。
渋い顔つきの壮年の男で、ギルドの古参職員だ。
「随分と忙しそうだな、グレオルドさん」
ミリアがギルド内を見渡しながら言う。
「そりゃそうだ。ここ最近、国境付近で物騒な事件が相次いでるからな」
「物騒な事件?」
アルフレッドが眉をひそめる。
「詳しくは掲示板を見てくれ」
グレオルドは無造作に指を掲示板の方へ向けた。
一行が掲示板を見上げると、そこには数多くの依頼が並んでいたが、その中でも異質な一件が目に入った。
【依頼】《黒影の森》の異変
依頼主:ゼイドーアン王国・辺境警備隊
依頼内容:王国北東部に位置する《黒影の森》にて、異常な魔力反応が観測された。森の周辺では住民の失踪事件も発生しており、魔物の巣窟となっている可能性がある。事態を調査し、必要に応じて討伐を行え。
報酬:2500ゴールド+特別報奨
難易度:Bランク(推奨レベル30以上)
「……また妙な話ね」
セレナが鋭い目で依頼書を見つめる。
「黒影の森って、確か前に通ったことがあったな」
バルトが腕を組む。
「ああ、あの時は通り抜けただけだったが、今は問題が起きているみたいだな」
アルフレッドが頷く。
「住民の失踪……ただの魔物被害じゃない気がするわね」
ミリアが冷静に分析する。
「この依頼、引き受けます」
クレアが真剣な表情で言うと、アルフレッドも頷いた。
「よし、決まりだな。グレオルドさん、この依頼、俺たちが受けます」
「お前らならそう言うと思ったよ。くれぐれも気をつけろよ」
グレオルドは苦笑しながら依頼書に判を押した。
森の調査となると、相応の準備が必要だった。
一行はまず、ギルドの装備屋を訪れた。
「《黒影の森》には霧が立ち込める場所も多いから。視界を確保できるアイテムを用意した方がいい」
ミリアがアドバイスする。
「そういうことなら、《幻視の水晶灯》が役に立つかもな」
バルトが店の棚に並ぶ魔道具を指差す。
「これなら、魔法の霧もある程度晴らせるわね」
セレナが手に取る。
「じゃあ、私は《聖光の護符》を持っていくわ。邪悪なものがいた場合、役立つかもしれない」
クレアが新しい聖具を手に取る。
「俺は追加のポーションを買っておくか」
アルフレッドが回復薬を補充する。
それぞれの装備を整えた一行は、準備を終え、ギルドを後にした。
王都セルゼリッカを出発し、馬車で北東へ向かうこと半日。
一行は、鬱蒼とした森林地帯《黒影の森》の入り口へとたどり着いた。
森の中は不気味な静寂に包まれ、霧が足元を這うように広がっている。
陽光は木々に遮られ、ほとんど届かない。
「……嫌な雰囲気ね」
セレナが周囲を見回す。
「こんなに静かなのもおかしいな」
バルトが警戒する。バルトは《幻視の水晶灯》に明かりを灯した。霧が後退する。
「普通の森なら、鳥の鳴き声や風の音がするはずよね」
ミリアが慎重に進む。
アルフレッドは剣の柄に手をかけた。
「警戒しろ……ここはもう、人の領域じゃないかもしれない」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに――
ザザザザッ……!
不気味な音が森の奥から響いた。
「何かが来る……!」
クレアが身構える。
霧の向こうから、赤い瞳が複数浮かび上がった。
それは――人の形をした異形の魔物たちだった。
「くそっ、来やがったか!」
バルトが斧を構える。
「迎え撃つしかない!」
アルフレッドが叫び、剣を抜いた。
黒影の森の異変――その真相へと、一行は踏み込んでいく。
霧の奥から、ゆらりと揺れる異形の影。
人の形をしているが、どこか歪んでいる。まるで闇そのものが形を成したような存在だった。
「……あれは、何?」
クレアが低く囁く。
ミリアが慎重に魔力を練りながら答えた。
「影の魔物……いや、もっと異質な存在かもしれない」
「言ってる場合か!来るぞ!」
バルトが戦斧を構えた瞬間――
シュンッ――!
霧の中から、一体の影が瞬間移動のような速さで突っ込んできた。
「速い!」
セレナが反応し、即座に剣を抜く。
カキンッ!
鋼がぶつかる音が響き、セレナの剣が影の腕を受け止めた。
しかし、手応えはない。まるで空気を切ったかのようだった。
「……っ、こいつ、実体がない!」
その言葉を聞くや否や、影が形を変え、まるで刃のように鋭利な腕を振り下ろした。
「クレア!」
アルフレッドが叫び、影の刃がクレアに向かうのを見た瞬間、素早く剣を構えて前に出た。
「はぁッ!!」
力強い一閃が影の刃とぶつかり合い、火花を散らす。
だが、影は怯むことなくアルフレッドの背後へと瞬間移動しようとした。
「そうはさせないわ!」
ミリアが素早く詠唱を完了させ、《エクスバースト》を放つ。
爆発的な閃光が影を包み込み、霧を一瞬払った。
「クソッ、効いてるのか……?」
バルトが警戒しながら身構える。
「効いてるわ! 影は光に弱いみたい!」
ミリアがすぐに追撃の魔法を唱えようとする。
しかし、霧の奥からさらに三体の影が音もなく現れ、一行を囲んだ。
「……っ、囲まれた」
セレナが周囲に目を配る。
「こういう時こそ、クレア!」
アルフレッドが指示を飛ばす。
「ええ! 聖なる光よ、我らに加護を!」
クレアが《ホーリーサークル》を発動。
眩い光が一行の周囲を包み、影たちの動きが鈍る。
「今のうちに叩く!」
アルフレッドが突進し、剣を突き立てる。
「オラァッ!」
バルトも勢いよく戦斧を振り下ろし、影の一体を粉砕した。
「セレナ、あとは頼んだ!」
「任せて!」
セレナが《シャドウスレイヤー》を発動し、影の魔物に斬りかかる。
影はしなやかに避けようとするが、セレナの剣はその軌道を予測したかのように影の本体を捉え、一直線に切り裂いた。
「くっ……! しぶとい……!」
影の魔物が悲鳴のような音を発し、霧の中へと消えていった。
戦いが終わると、周囲の霧が少しだけ晴れていた。
「……消えた?」
ミリアが慎重に周囲を見渡す。
「一時的に、ね。完全に消滅したわけじゃない」
クレアが言う。
「影の正体はまだ分からないが、こいつら……まるで、誰かの意志で動かされているみたいだった」
アルフレッドが剣を鞘に戻しながら言った。
「誰かの意志?」
バルトが眉をひそめる。
「つまり、この森に潜む何者かが、影を操っている……そういうこと?」
セレナが鋭く問いかける。
ミリアが頷いた。
「ええ、可能性は高いわ。それに、まだ『住民の失踪』の謎は解けていない」
「行こう。まだ先に何かあるはずだ」
アルフレッドが決意を固める。
霧深い黒影の森の奥へ――
一行は、さらなる真相を求めて進んでいった。
霧の中を進みながら、アルフレッドたちは慎重に足を運んだ。
「……どうもおかしい」
セレナが剣の柄を握りながら、周囲を警戒する。
「影の魔物がこれだけ強力なのに、何か目的を持って動いているように見えた」
ミリアが魔導書を開きながら分析する。
「確かに、ただの野生の魔物じゃない。何者かが統率しているような感じがするな」
バルトがうなずき、斧を肩に担ぐ。
「霊的な力が関係しているなら、悪霊や呪術の類かもしれません」
クレアが静かに祈りを捧げながら答える。
「もし、黒影の森の異変がそうした呪術的な力によるものだとしたら……その中心がどこかにあるはずよ」
ミリアが地図を確認しながら推測を口にした。
「中心……つまり、この異変の発生源か」
アルフレッドが地図を覗き込みながら言った。
地図によれば、この森の最奥には「黒影の祭壇」と呼ばれる場所がある。
そこは、かつて古代王国の儀式場だったという。
「祭壇……何かしらの儀式が行われた場所ということね」
セレナが考え込む。
「間違いなく、あそこが異変の原因だろう。行くしかないな」
バルトが力強く言う。
「でも、森の霧が濃くなっている……このまま進むのは危険かもしれません」
クレアが慎重に提案する。
「なら、どこかで休憩を取るか?」
バルトが周囲を見渡す。
「いや、この霧の中で立ち止まるのは危険だ。むしろ、急いで祭壇まで向かった方がいい」
アルフレッドが判断する。
誰も異論を挟まなかった。
こうして、一行は「黒影の祭壇」を目指し、さらに奥へと足を踏み入れた。
森を進むにつれ、空気が変わった。
霧がさらに濃くなり、耳鳴りのような低い音が響く。
「何かいる……!」
セレナが剣を抜いた瞬間、前方の霧が渦を巻くように動き出した。
ゴゴゴゴゴ……
「霧が……動いてる?」
ミリアが眉をひそめる。
次の瞬間――
「出た!」
バルトが叫んだ。
霧の中から現れたのは、一体の巨大な影の魔物。
それは先ほどの影の魔物とは異なり、まるで漆黒の鎧を纏った騎士のような姿をしていた。
しかし、頭部はなく、胴体から異形の光が脈打っている。
「……影の王、か」
アルフレッドが剣を構える。
魔物はゆっくりと腕を振り上げ、巨大な影の剣を生み出した。
――ズン……!!
その場にいるだけで、尋常ではない魔力が周囲を包む。
「強敵ね……!」
セレナが身構える。
「ここで倒さないと、先に進めない!」
アルフレッドが前へと出る。
影の王が動いた。
――ズバァァッ!!!
影の剣が一閃し、アルフレッドを狙う。
「くっ……!」
アルフレッドが剣を交差させて受け止めるが、重圧に押され、後方へと弾かれる。
「アルフレッド!!」
クレアが叫び、回復魔法を放つ。
だが、その隙を突いて、影の王がバルトに向かって突進した。
「オラァッ!」
バルトが斧を振るうが、影の王の剣がそれを弾く。
強烈な衝撃が響き、バルトが後退する。
「硬い……! こいつ、普通の攻撃じゃ通らねえぞ!」
「なら、魔法で攻めるしかないわ!」
ミリアが詠唱を開始する。
「《フレイム・ランス》!!」
炎の槍が影の王を貫く――かと思いきや、黒い霧がまとわりつき、炎をかき消した。
「……魔法無効化!?」
ミリアが驚愕する。
「そんな……! じゃあ、どうすれば!?」
クレアが焦る。
「魔法が効かないなら、物理攻撃で削るしかない!」
アルフレッドが剣を強く握る。
影の王が再び剣を振るい、今度はセレナへと迫る。
「――甘い!」
セレナは素早く回避し、影の王の懐に滑り込む。
「この距離なら!」
セレナが剣を突き出すと、影の王の胴体に命中した。
――が、手応えはない。
「……やっぱり、影そのものが本体なのね」
「なら、どうやって倒せば……?」
その時、ミリアは看破の魔術で影の王を探査していた。
「待って! あの胸の光……!」
影の王の胴体にある脈打つ光。
「あれが核よ! あそこを狙えば倒せる!」
「……そういうことか!」
アルフレッドが納得し、仲間たちに指示を出す。
「バルト、正面から引きつけろ! ミリア、クレアはサポート! セレナは俺と一緒に突っ込む!」
「任せろ!」
バルトが咆哮し、影の王に正面から挑む。
「これで終わらせる!」
アルフレッドとセレナが、影の王の核を狙って突撃する――!
バルトが影の王の真正面に立ち、戦斧を構えた。
「お前の相手はこの俺だ、かかってこい!」
影の王は黒い霧を纏わせた剣を振り上げると、凄まじい速度でバルトに斬りかかる。
――ズバァァァッ!!!
バルトは足を踏ん張りながら、戦斧を盾のように構えて受け止めた。
ギィィィンッ!!!
斬撃の衝撃波が周囲の地面を削り取り、木々を吹き飛ばすほどの威力だった。
「ぐっ……! 重い……が、止めたぞ!」
バルトが歯を食いしばって影の王の動きを封じる。
「今だ! ミリア、援護を!」
アルフレッドの合図に応じ、ミリアが魔力を練る。
「《聖炎の矢》!!」
彼女の指先から無数の光の矢が放たれ、影の王の体に突き刺さった。
影の王は身をよじらせ、黒い霧を振り払うようにして抵抗するが――
「このまま押し切る!」
セレナが地を蹴り、影の王の懐に飛び込んだ。
「――これでどう!?」
彼女の剣が鮮やかな光を放ち、影の王の胸部に一直線に突き刺さった。
――ズバァァァン!!!
影の王が低い唸り声を上げる。
「核に傷をつけたわ!」
「あと一撃……!」
アルフレッドが剣を高く掲げ、魔力を集中させる。
剣に光の奔流が集まり、圧倒的な輝きを放つ。
「――聖なる刃よ、影を断て!」
アルフレッドが跳躍し、一直線に剣を振り下ろした。
――ドォォォォォン!!!
光が奔り、影の王の核を貫く。
その瞬間――
「グォォォォォォォ……!!!」
影の王が絶叫を上げ、体が霧散していった。
闇の霧が渦を巻きながら空へと昇っていき、ついに影の王は消滅した。
「やったか……?」
バルトが息を切らしながら斧を構えたまま確認する。
影の王はもういない。
しかし、まだこの場には不穏な空気が漂っていた。
「封印が……まだ完全に閉じてない……」
クレアが神聖な力を宿しながら、祭壇へと近づく。
そこには古びた石碑があり、表面には無数の文字が刻まれていた。
「これは……封印の儀式の一部?」
ミリアが目を細めて石碑の文字を読む。
「どうやら、封印を完成させるには聖職者による“聖なる言葉”を唱える必要があるみたいね」
「聖なる言葉か……」
クレアが石碑に《聖光の護符》を置いて手をかざし、ゆっくりと祈るように呟く。
「……神よ、この地の影を鎮め、光をもたらしたまえ……」
すると、石碑が淡く輝き始めた。
そして――
ズゥゥゥン……!
地響きとともに、黒影の祭壇が静かに閉じられていく。
しばらくして、祭壇の奥から黒い霧が完全に消え去り、あたりの空気が澄み渡った。
「……封印が完成したみたいね」
セレナが剣を納めながら呟く。
「これで、黒影の森の異変も収まるはずだ」
アルフレッドが剣を鞘に収め、静かに頷く。
王都セルゼリッカへと戻ったアルフレッドたちは、冒険者ギルドへ向かい、依頼の完了報告を行った。
「影の王を討伐し、黒影の祭壇の封印を修復しました」
ギルドの受付嬢が記録を確認しながら頷く。
「ご苦労さまでした。この依頼はBランクの中でも特に危険視されていましたが、無事達成されましたね」
「それで、報酬は?」
バルトが腕を組んで尋ねる。
「報酬金として3000ゴールド、加えて王国より特別な報奨がございます」
「特別な報奨?」
ミリアが興味を持つ。
受付嬢は奥の部屋から、二つの装備品を持ってきた。
「これは、今回の功績を称え、王国より贈られるものです」
一つは、大きな戦斧。
「《黒影断ちの戦斧》――影を断つ特性を持つ、特別な戦斧です」
「ほう……!」
バルトが目を輝かせ、戦斧を手に取る。
「手に馴染むな……いい武器だ」
もう一つは、神聖な力を帯びた杖。
「《月光の祈杖》――回復魔法の効果を高める特別な杖です」
「これは……すごい……!」
クレアが感動しながら、杖を両手で抱えた。
「これがあれば、もっと強い回復魔法を使えるかもしれません……!」
パーティの装備が強化され、さらなる冒険への準備が整った。
「さて、次は何をする?」
バルトが斧を肩に担ぎながら尋ねる。
「そろそろAランクの依頼に挑戦してもいい頃かもしれないわね」
ミリアが笑う。
「確かに……俺たちの実力なら、上位の依頼にも対応できるはずだ」
アルフレッドが頷く。
「じゃあ、ギルドで新しい依頼を探してみましょう!」
セレナが意気込む。
「ええ、でもその前に……少し休みましょう?」
クレアが微笑みながら言った。
こうして、アルフレッドたちは新たな冒険へと向かう準備を整えていった。




