【連載1】圏外
2月も入った頃、正月ぶりに母の携帯に電話をかけた。昭和10年生まれの母にはスマホを使いこなせず、ガラケーのような高齢者向けの『かんたん携帯』を使っていた。
私は電話をしてすぐに異変に気づいた。なぜなら、母の携帯が圏外になっていたからだ。私は不安が一気に押し寄せ、母の住んでいるふたつ隣町の近くまで出勤している夫の啓之に電話をかけていた。自宅から車でお母さんの家に向かうと50分。啓之の職場からの方が早く辿りつけるので、一刻も早くと思ったからだ。
「今大丈夫?お母さんの携帯が圏外で繋がらないよ。やばいかも。私もすぐにお母さんの家に向かうけど、啓之もすぐにお母さんの家に向かえるかな?(私より先に着けると思うし)」
その内容と私の慌てた様子から察した啓之は、
「わかった。直ぐ向かうわ。」
といって、すぐに電話を切った。
私は、心臓がバクバクして気が動転していた。どうしよう、まさかだよね。なぜ私が母の携帯が圏外でこんなにも慌てたかというと、母の携帯電話には、私からの電話以外でかかってくることが無いといっても過言ではないが、母は携帯電話の電池残量を気にする人だということを知っていたからだ。とはいえ、高齢になればなるほど、あまり鳴らない携帯電話の存在を忘れることもあった。これまでも今回のように充電切れで圏外になっていたこともあるから、その度に私はヒヤッとしてきた。母の携帯電話は生存確認のツールのようなものであった。
でも、今回は違うと感じていた。そう思う理由があった。急いで車に乗り込み、私は家を出た。母の家へ向かう途中、啓之から電話が鳴った。車のハンズフリーで啓之からの電話を受けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙があった。えっ。
「お母さんは?」
「・・・・・・・・もう亡くなってる。」
「えっ・・・」
「これから警察が来るから、このまま待ってるよ。」
私は途中から涙声になっていた。
「私も今向かっているから。」
といって電話を切った。今回の嫌な予感は気のせいでは済まなかった。
その直後に、北海道に住む父からの電話が鳴った。なぜこのタイミングでとも一瞬思ったが、まだ母の家にたどり着けていない私はハンズフリーで電話を受けた。なぜ父が北海道なのかって話だが、両親は私が3歳の時に離婚している。今、父は北海道で一人暮らしをしているのだ。ときどき電話で話したりしているが、電話を受けた私の様子が違うのを察したのか、父はすぐに聞いてきた。
「どうした?」
「・・・・・・・・お母さん、亡くなったかも。」
「そうか・・・・・・・・なんかあるって気がして電話したんだ。」
「いま向かってるから、一旦切るね。また後で連絡する。」
このときは、北海道にいる父が胸騒ぎがして私に電話かけたようだ。虫の知らせでもあったかな。