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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者がほしい?相手が良いって言ってるならいいんじゃない?

作者: しゅんぎく

※この作品はフィクションです。作中の考え・思想はあくまでも登場人物のものであり、作者の意見ではありません。作中に暴力的な表現がありますが、犯罪行為、暴力行為を助長する意図はありません。暴力も犯罪も絶対にしてはいけない行為です。また、作中に出ている危険行為は絶対に真似しないでください。



「ねえ、ジルお姉さま。お願いがあるの」

 朝の中庭。私が鍛錬のために素振りしているといつもはまだ寝ているはずの腹違いの妹が話しかけてきた。

 湿度を伴ったねちっこい喋り方。体をくねらせて上目遣いで見つめてくる。

「…はあ。今度は何?」

 私が剣を置いて妹に向き合うと、彼女の顔がぱぁっと明るくなった。

「あのね、お姉さま。私、まだ婚約者がいないでしょ?それで考えたんだけど、ウィル様はどうかなって。昔から家族同士の付き合いで気安い間柄でしょ。それに、私、子供のころからウィル様に憧れていたの!」

 妹は顔を赤らめて可愛らしく微笑む。

「だからね、姉さま。ウィル様のこと私に譲ってくださらない?」

 妹は昔からこうだった。人のものをすぐに欲しがるのだ。絵本、ぬいぐるみ、ドレス、アクセサリー、果ては母の形見まで。

「お姉さまだけずるい!」

 と彼女は泣き叫んだ。ものを譲るまでは決して泣き止まず暴れるので、父はほとほと疲れ果て私に言った。

「お前は姉なのだから譲ってあげなさい」

 母の形見以外は妹が欲しがった物は譲ってきた。欲しがるくせにすぐ飽きるので、いらないなら返せと言って取り返したものもある。

 ちなみにいうと、母の形見は継母が妹にそれだけは欲しがってはいけないときつく言い聞かせたおかげで無事だった。あの時は本当に驚いた。普段は私に冷たい態度しかとらなかった人だった。あとからどうやら継母も母親を幼いころになくしているらしいと聞いた。

 とにかく妹は人のものを欲しがるのだ。私だけではない。メイドのものも。お茶会であった貴族令息令嬢のものも。すべて自分のものにしたいという強欲さというよりもいいものを持っている人に対しての妬みに近い感情なのだと思う。知らんけど。

 成長してからは他の貴族相手に欲しい欲しいと泣きわめくことは無くなったが、家では相変わらずだ。

 そして残念なことに成長したからこその問題を最近起こし始めている。   

「私は別にいいけど、相手がいることだし家同士の婚約だから、私がどうこうってことはできないかな。お父様に言ってみなよ。」

 グローブを外して汗を拭き、一息つきながら答える。

「じゃ、じゃあ、お姉さまもお父様にお願いしてくれる?」

 庇護欲を誘うようにうるんだ目で見つめてくる妹に私は素気無く返す。

「え、いやだよ。めんどくさい。自分のことなんだから自分で頼みな」

 やる気もそがれたのでさっさと退散することにした。

 後ろ手に手を振って家の中に入ると後ろから妹の「お姉さまのばかぁ!」という声が聞こえた。

「お嬢様。どうなさいましたか」

 屋敷へ入るといつもよりも早く切り上げたからか執事がそう話しかけてきた。

「何でもないよ。いつものこと。今度はウィルが欲しいってさ。お、ありがと」

 メイドが持ってきた水をぐっと一息に飲み干して、固まった執事の横を通り過ぎる。

「早いけどさっさとご飯食べて出勤しますか」

 声に出して気持ちを切り替える。妹のわがままは日常茶飯事だ。いつものことに構ってはいられない。


   〇


 仕事場につくと同僚が声をかけてくる。

「ごきげんよう。ジル様」

「ごきげんよう。ミリア様」

「今日はいつもよりお早いのですね。」

「ええ、まあ。ミリア様はいつもこの時間に来ていらっしゃるのですか?」

「ええ、そうですわ。わたくし夜はすぐに眠くなってしまいますの。ですから朝も早く起きてしまいますのよ」

 ミリア様はそう言って朗らかに笑った。

 癒される。妹の無理難題を聞いてからミリア様と話すと余計に癒される。ミリア様のような人こそが真の貴族令嬢なのだろう。懐が深く余裕があって誰に対しても優しい。

 私はミリア様としばしの歓談を済ませた後、更衣室で制服に着替えた。制服は家に持って帰れないので少し面倒だ。

 更衣室から出て今度は隣の部屋の保管庫に向かう。衛兵に通してもらい、私の愛剣を持ち出した。剣を腰に下げるとズシリと慣れた重さを感じ、ほっとする。私が帯剣できるのは仕事中と家の敷地内だけだ。

「ジル様。少し早いですけれど始めてしまいましょうか」

「はい。ミリア様。」

 私とミリア様は連れ立って歩き、寝ず番の二人と交代した。後宮の中をゆっくりと巡回する。

 途中、洗い場の下女たちと目が合うときゃぁという黄色い声が聞こえた。

「まあ、ジル様は本当に人気者ですわね」

 ミリア様は微笑む。

「後宮の中では男性的なほうだからでしょうね」

 私はそこまで男っぽいわけではない。

 彼女たちよりも高い背。制服で胸のふくらみが隠れている。長い髪を帽子にしまっている。仕事柄、彼女たちよりは筋肉がある。歩き方が楚々としていない。そういう少しの男っぽい要素を彼女たちはかき集めてみているのかもしれない。

 女だけの世界に閉じ込められると、自然とそうなるのだろうか。


   〇


 数日後。我が家では久しぶりに家族そろっての夕食会が行われていた。早い話、家族会議である。妹がついに父親に婚約者のことを伝えたのだろう。

「ジル。話はすでにリリアから聞いているな」

「ウィルのことなら」

「それでリリアからはジルも応援していると聞いているが…」

 リリア、また適当なことを。この妹は欲しいもののためならどんな嘘でもつく。

「応援なんかしていませんよ。ただ、私にはどうにもならない問題だからお父様に言えと言っただけです」

「そんなぁ!ウィル様のことはあきらめると言ったじゃない!」

「あきらめるも何も私はそもそもウィルには執着していないから」

「なら私がウィルの婚約者でもいいじゃない!」

「だから、両家が良いって言えばいいんじゃないって最初から言っているでしょ。面倒だな」

 つい父の前で本音が出てしまったが口から出てしまったものは仕方がない。とりあえず目の前にあるスープを飲もう。

「う、うむ。そういうことであるならば、侯爵家に相談してみよう」

「ほんとう!お父様、ありがとう!」

 リリアは大げさに喜んで父に抱き着いた。父は困ったようにこめかみをポリポリと掻いている。

 お義母さまはすました顔をして食事をしている。リリアのわがままはいつものことなのでそこまで気にしていないのかもしれない。もしかするとウィルとの婚約が決まることでリリアの悪癖が治ることを期待しているのかも。

  

   〇


 翌日。私が久しぶりの休日をゆっくりしている時に、何の先ぶれもなくお客様は現れた。

「ジル!お前、俺を売ったな!」

 開口一番、険しい顔で大声を上げたのは私の婚約者ウィリアム・オーリットだった。

「良かったじゃない。かわいい女の子に好かれて。前から憧れていたってさ」

 私はおどけたように肩をすくませてそう言った。

 本来序列が上のウィルに対してこのような態度は許されないのだが、亡き母と彼の母が親友で子供のころから親しくしており非公式の場ではこうやって軽口をたたくことも許されている。

「良くない。あいつ、社交界での評判最悪だぞ。そのくせに何故か第三王子には気に入られている。正直言うと関わりたくないんだよ」

 ウィルはソファにドガッと勢いよく腰かけると私のために用意されていたお茶を飲み、お菓子をつまんだ。勝手知ったる他人の家。遠慮というものが一つも感じられない。

 確かに彼の言う通り、妹の社交界の評判は最悪だ。デビューしたての一年前は妾腹の子ということで敬遠されていたのだが、今は彼女自身の行動によって嫌厭されている。

 その理由は簡単で、どういうわけか妹は我が家では到底かなわない高貴な相手にばかりすり寄っていくのだ。妹が興味を示したのは恐れ多くも王太子殿下、第二王子殿下、第三王子殿下、宰相の息子。もちろん彼らには婚約者がいる。初めはただの思い過ごしだろうと思われていた。たまたま妹のお眼鏡にかなった美少年が彼らだったのだと。この時点で父が手を回していなければお家取り潰しもあり得た。父の交友関係の広さに乾杯。

 閑話休題。

 何故か容姿家柄がともに優れている条件の良い男がダンスに誘っても妹は興味を抱かなかったのだ。それで、彼ら高貴なるものたちにすり寄っているのはわざとだろうという話になった。

 そういえば妹はダンスの誘いを断った後いつも不思議なことを言っていた。あなたのルートはないから、と。それはどういう意味かと尋ねたこともあったが、お姉さまにはわからないことだと言われてしまってそれ以上は口を開かなかった。

 誰にも相手にされずに終わればよかったのだが、彼女が積極的に誘惑した男性たちの中で唯一、第三王子が何故かリリアを気に入ったため、調子づいたリリアはパーティに行くたびに婚約者の令嬢を押しのけるようにして第三王子と腕を組み、取り巻きに囲まれながら我が物顔でふるまっていた。彼女は王族を味方につけて自分まで偉くなったようだった。この時私たち家族は何度も注意したのだが彼女の態度は変わることがなかった。

 しかし、女王様気取りも長くは続かなかった。第三王子の婚約者の家から抗議文が我が家に届けられたのだ。それはそうだろう。当たり前の話でむしろ遅いくらいだ。その抗議文で父は婚約者のご令嬢の家、つまり侯爵家に正式に謝罪し、リリアにお灸をすえた。リリアもようやく理解したのかそれ以来第三王子の取り巻きの一人という立ち位置で落ち着いている。しかし他の取り巻きと仲が悪いらしく、リリアは社交界全体から嫌われてしまったというわけだ。

 たしかその時もおかしなことを言っていた。言っていたというか言われた。こんなはずじゃなかった、お姉さまがいじめないからダンザイイベントが起きないのよ、と。何だったのだろうか。

「おい。俺の話聞いてるか」

「ごめん。聞いてなかった」

「おい。」

 ウィルは眉根を寄せて不快感をあらわした。

「まあ、要するにリリアと結婚したくないというお話でしょ」

「そうだよ」

 ウィルは勝手に人の家のメイドを手で呼んでお茶のお替りを頼んでいる。

「そんなに心配しなくても大丈夫じゃない?結局は家の問題でしょう。ウィルのご両親が首を縦に振るとは思えない。」

「そうだけどな。万が一ってことがあるだろ。それに俺が気に入らないのはな、お前だよ!別に構わないって言ったそうじゃないか。俺が嫌がるのはわかっていただろ。なのにそれはひどいんじゃないか」

「正直私たち、友情はあるかもしれないけど恋愛はないじゃない?それならまあ、ウィルのことが好きなリリアのほうがよさそうな気もしてさ。好かれている方と結婚したほうがいいでしょ?」

 私がそれらしいことを話すとウィルは大きなため息をついた。

「はあ。嘘だな。お前、たいして考えなかっただろ。自分は別に困らないしどっちでもいいかなってくらい適当な考えに決まっている。お前は昔からそういうやつだよ。」

 私は思わず拍手をした。

「おお、さすが。ご明察」

「お前は本当に薄情なやつだな」

 まあ、いいや、帰るかとウィルは立ち上がった。今日はただ私に文句を言いに来ただけの様だ。

「近いうちにまた来る。お前の妹にはこの際だからはっきり言っておかないとな」

「了解。でもその前に夜会かな。一応まだ婚約者だからエスコートよろしく」

「お前、ほんと人の心がないよ」

 一応外に出るまでお見送りをして、私は部屋に戻った。魔物図鑑の続きを読もう。魔物のことを詳しく知ればおのずと弱点や戦い方が見えてくるのだ。


  〇


「ミリア様。ごきげんよう」

「あら、ジル様。ごきげんよう。夜会で会うなんて珍しいですわね」

「確かにそうですね。いつもどちらかは勤務中でしたから」

 今日のミリア様もとてもすてきだ。あえて流行を外し、肌を見せないドレスを着ることでかえって色っぽい大人の女性という雰囲気がありつつも、ミリア様の良さであるふんわりとした優しい雰囲気を損なわないデザイン、色使い。さすがミリア様だ。

「ジル様はどなたにエスコートを?実は私は父ですの。婚約者の都合がつかなくて…。」

「それは残念でしたね。私は婚約者に――…ふっ」

「あら、どうなさいました?何か面白いことでもありまして?」

「申し訳ありません。ミリア様のことではないのです。私の婚約者のことで少し」

 実は今日来る前、性懲りもなくウィルに今日が最後になるかもしれないけどよろしくと言ってみたのだ。あのときのウィルと言ったら。子供のように口をツンと尖らせて拗ねてしまって。そのことを思い出してつい笑ってしまった。

「…仲がよろしいのですね。」

 ミリア様の笑顔に少し陰りが見えた気がした。もしかして婚約者とはうまくいってないのだろうか。こんなに素敵な人なのに相手の男は何をやっているのか。ミリア様を悲しませる男は私がとっちめてやる。

「ミリア様…」

 だが、おいそれと人様の婚約者事情になど踏み込めず、私はただ名前を呼ぶだけにとどまった。

「――っ。ジル様。何か料理をいただきに行きませんこと?わたくし、お昼をいただいておりませんの。恥ずかしながらお腹が空いてしまいましたわ」

「ええ、そうしましょう」

 私たちは料理が並ぶテーブルの前に移動した。ミリア様は皿を手に取り料理を乗せていく。お肉料理がお好みのようだ。

 私は夜会に来る前に少しつまんできたので、軽いものを選ぶ。

「ジル様はそういったお料理がお好きなのですわね」

「特にこれと言って味の好みはないのですが、食べやすいものが好きですね」

 これは本当だ。何かをしながら食べられる料理が好ましい。

「ミリア様はお肉料理がお好きなのですか?」

「うふふ、まあ、わたくしったら、本当ね。お肉ばかり選んでいるわ。お腹がすいているからかしら。お野菜もいただかなくてはなりませんわね」

 ミリア様は朗らかに笑って、野菜のテリーヌを皿に乗せた。

 そういえば、とミリア様は私におっしゃった。

「ジル様は今年の試験は受けるご予定ですの?」

「はい。そのつもりです。そのために私は聖オーキッド騎士団に入団したのです」

 試験とはこの王国の魔物討伐専門部隊ヤークト騎士団の加入試験である。本来女は試験を受けられないのだが、実力を保証されるものは受験資格を得ることができる。実力を保証されるとは具体的に言えば、国からの上級討伐依頼の成功経験か既存の騎士団での二年以上の勤務だ。余談だが既存の騎士団の中で女性が入団できるのは王妃様直属の女性騎士団聖オーキッド騎士団のみだ。

「そう。オーリット侯爵子息様はお寂しいでしょうね。結婚してもそばにいられないなんて…」

「ご心配には及びません。ウィリアム様にはかねてから私の希望は伝えております。応援していると言ってくださいました。」

「いいご関係ですわね。」

「幼少からの付き合いですので。…ミリア様はお受けになりますか?」

「ジル様が異動なさるなら私も受けてみようかしら。お父様にお話ししてみますわ」

「本当ですか?ミリア様が一緒に入ってくださればこんなに心強いことはありません」

 あの男だらけでむさくるしい場所にミリア様がいるだけでどんなに心の支えとなってくれるか。

 その後ダンスの時間となり、ウィルがこちらに寄ってきたのでミリア様とはそこでお別れとなった。


   〇


 ついにこの日がやってきた。両家が集まってあの問題について話し合う日だ。

 問題児リリアはテーブルをはさんで向かい側にいるウィルに精一杯自身の魅力を伝えようとしている。ウィルは不機嫌そうに目を瞑って話し合いの場に全員がそろうのを待っていた。

 仕事で遅れた父二人が席について初めに口を開いたのはウィルの母親であった。

「私は反対です。この婚約は私の亡き友人と交わしたもの。その娘であるジル以外とは息子との婚約を許しません」

 その言葉にウィルはほっと胸をなでおろしたようだ。万が一を考えていたのだろう。

「ひどいですわ!お義母さま。わたくしはウィル様を愛しているのですよ。愛し合う二人を引き裂くおつもりですか!?」

 相変わらずの虚言癖。目的のためならば嘘をいくらでもつく女。バレバレだけどその度胸に拍手。

「お前のことを愛した覚えなどない!」

 これにはウィルもびっくり仰天だ。怒りよりも驚きが勝っているようで目を大きく見開いている。

「ウソ!だって、お姉さまには人の心がないとおっしゃっていたではありませんか?人の情がわからないお姉さまよりも私の方が何倍も良いに決まっておりますわ!」

 あの時の話を聞いていたのか。それに微妙にかみ合っていない返しだな。

「ジルに人の心がないからと言ってお前を好きになる理由にはならないだろ!」

 私のことをいい様に言われている気がするがしょうがない。

「ウィル様は人々がお姉さまのことをなんて言っているか知っていて?魔物退治に取りつかれた狂戦士ですわよ!」

 バーサーカーって心外すぎる。そんなにおかしい言動をした覚えはないけれど。

「ジルが狂戦士ならお前は性悪女だ!次から次へと王族ばかりにすり寄っていきやがってお前の評判は地の底だぞ!」

 ウィルが立ち上がりびしっとリリアに指を突き付けて言った。

 リリアはショックのあまり口を開けたまま呆けている。自覚してなかったのかとこちらも驚いていると小さい声で何かをつぶやいた。なんと言ったのかはわからない。

「まあまあ、性悪はちょっと言いすぎじゃない?そこまで悪い子じゃないって」

 私が間にはいってウィルをなだめる。

「お姉さま!」

 リリアは感動しているようで目を潤ませた。

「だた、ちょっと…頭が弱いだけで――」

「お姉さま!?」

「その頭の弱さが問題なのだろうが!」

「ウィル様!?」

「とにかく俺は絶対にこんな女とは結婚しないからな!」

 その言葉にリリアはわあっとテーブルに伏せて泣き始めた。

「……っう、…ぇぐ、…ちゃ…と……通りに……たのに…」

 うわーん、と幼い子供のように泣き始める。

「だ、大丈夫?そんなに傷ついちゃった?ごめん」

 私が謝るとリリアは少し顔を上げてぽかすかと私の肩をたたき始めた。

「おねえさまのばかあ!りりあはしやわせになりなかっただけなのにぃ」

「なんかわからないけどごめん」

 幼いころのようにハンカチで涙を拭き鼻をかんでやる。

「ほら、ちーん、てしなさい」

 素直に鼻をかんだリリアは私の肩に顔を寄せてくっついて来た。

「この通り、リリアはまだ精神的に幼いのです。恥ずかしながら我が家の教育不足のようですね。私も夫もリリアには甘くしすぎました。この度の無礼を謝罪いたします。」

 継母が立ち上がり胸に手を当てて目をふせた。父もまた立ち上がり謝罪する。父は母がいなくなってから腑抜けてしまっていて、その時に出会ったのがこの継母だ。平民の身分だったため愛人として囲っていたが娘が生まれた時に屋敷にやってきて責任を取れと父に迫った。今では後妻に納まった継母に父が惹かれたのはこういうところなのだろう。

 侯爵一家が帰っていき、家には相変わらず私にくっつくリリアとどうしようか戸惑っている父とすました顔の継母が玄関に立っていた。

「ジル」

「へ」

 継母に久しぶりに話しかけられた私は思わず気の抜けた返事をしてしまった。

「リリアが迷惑を掛けました」

「はあ…まあ…いつものことですから」

「ではいつもついでにその子を頼みます。私は今後について旦那様と話してまいります」

「ああ、はい」

 継母が父を連れて執務室に行ったので私はリリアを肩口に張り付けたまま自分の部屋に帰った。

「まあ、座りなよ。今、温かいお茶を淹れてもらうから」

「……うん」

 リリアは素直にソファに座った。お茶が来るとちびちびと飲み始める。

 お腹が温かくなって落ち着いて来たのかリリアは語り始めた。

「あのね、お姉さまは悪役令嬢なの」

「悪役令嬢?」

「うん。リリアのことが気に入らなくていじめるの。」

 そんなことしたことないけど。

「そしたらね、ウィル様が守ってくれて、リリアのこと好きになってくれる」

 妄想がすごいな。

「王太子様も。他の貴族令嬢とは違うリリアに興味をもってくれて仲良くしてくれて、お姉さまはそんなリリアが気に入らなくてライバル令嬢と一緒になってリリアに嫌がらせしてくるの」

「ほうほう」

 さらに膨らむのか。

「それに王太子様は気づいてくれて、リリアを好きになってくれて、リリアをいじめたお姉さまは国外追放だって、ライバルとも婚約破棄だって」

「私の処分重くない?」

「第二王子もそう、第三王子もそう、皆リリアを好きになってくれて、守ってくれて、婚約破棄してくれて、お姉さまは処刑されて…」

「え?私殺されるの?」

「それでね。リリアは一番好きな人と結婚して幸せになるの」

「一人としか結婚できないのに皆婚約破棄したら大変なことになるよ」

 リリアは少しの間口を閉じた。そして何かに耐えるように唇を震わせてさらに続けた。

「本当はね。最初からわかっていたの。お姉さまは私がどんなわがままを言っても私をいじめたりしなかった。ウィル様も王太子殿下も第二王子殿下も公爵子息様も私を相手にしなかった。」

 でも、とリリアは言った。

「でも、もしかしたらって思ったの。ただのルートの違いで他に攻略方法があるのかもって」

「るーと?攻略?」

「でも、もうやめるね。この世界がゲームの世界じゃないって、ちゃんと受け止めるね。今まで、迷惑かけてごめんなさい」

 リリアはぽろぽろと涙を流した。私はまたハンカチを差し出す。

「ほら」

「ありがとう。お姉さま」

「よくわからないけどさ。リリアの幸せって結局のところ何なの?さっき言っていたみたいに好きな人と結婚すること自体?何不自由ない生活?結婚によって得られる地位権力財産?それとも皆からちやほやされること?」

「……え」

「リリアがウィルのことを本当に好きで結婚したいなら今までのことを反省してウィルに好かれるように正攻法で努力する。ウィルに限らず好きな人と結婚したいならってことね。何不自由のない生活ならそれをもたらしてくれる人と結婚するか自分で自立するしかない。地位権力財産は責任も一緒に伴うもの、その責任をしっかりと背負えるようにお勉強しなくてはね。みんなからちやほやされたいなら今社交界で人気のあるご令嬢を観察してできるところから真似してみるのもいいかもね」

「…え?」

「つまり、リリアはリリアの幸せをちゃんと考えてそれに向かっていけばいいんじゃない?ってこと。大丈夫。生きている限り何でも目指せる。自分がどんな人になりたいかしっかり考えて。お父様もお義母様も私も、リリアがちゃんとやりたいことを話してくれたら協力するよ。あ、わがまま以外ね。さすがにそれはもうやめて」

「……うん。…うん!ありがとう、お姉さま!わたし、この世界でちゃんと生きてみる!」

 うわーんとまた泣き始めたリリアはまたしても抱き着いてきて私の肩口を濡らした。しばらく泣いて疲れたのか静かに寝息を立て始めたので、リリアをベッドに運び、メイドに寝支度を頼んだ。

「こどもか」



 それからリリアは少しずつ変わってきている。第三王子とは距離を取り、今は父を通して今まで迷惑をかけた相手に謝罪をして回っているようだ。他にも、私の知り合いに妹が反省している旨を伝えてお茶会に招待してもらい健全な交友関係を作れるように努力している。

 評価は依然として低いままだが、父と継母が手を回して大事にならないようにしていたこともあり、多くの貴族たちがデビューしたての若気の至りだったと解釈してくれて大きくこじれることはなかった。これから彼女が社交界で羽ばたけるかどうかは彼女次第だろう。

 腹違いとはいえ一緒に育った仲だ。彼女の幸せを願っている。


   〇


 今日はなんだか早く起きてしまったので、早く出勤することにした。ミリア様はいらっしゃるだろうかとウキウキしながら団室へ入る。

 誰もいない。さすがに早すぎたか。着替えてしまおう。その間にミリア様も来るかもしれない。

 私は更衣室のドアを開き、すぐに閉じた。ドアに背を向けてその場にしゃがみ込む。

 あまりのことに頭が真っ白になる。ミリア様だ。ミリア様が着替えていた。カギがかかっていなかったからてっきり空いていると思っていた。

 単純にミリア様の素肌を見てしまったからこんなに動揺しているわけではない。ミリア様の秘密を知ってしまったのだ

 背後からギィとドアのきしむ音が聞こえた。

「ジル様」

「み、ミリア様ご機嫌よう。申し訳ありません!カギが開いていたので誰もいないかと思っていてわざとではないのです!本当にわざとでは!」

「みましたか?」

「もうしわけありません。お背中を見てしまいました!」

「背中?」

「はい!こんなことを言ってご気分を悪くされたら本当に申し訳ないのですが言わせてください!ミリア様はきっと背中の開いたドレスでもよくお似合いになるかと思います!と

てもきれいでしたので!」

「きれい」

「はい!いつもミリア様は露出の少ないドレスを好まれていると思いますが時には気分を変えて大胆にお背中を見せてみるのもよいのではと。最近は暑くなってまいりましたし、少しでも涼しいほうが過ごしやすいでしょう」

「…そ、そう。それは、ありがとう存じますわ」

 ミリア様が多少引き気味だがしょうがない。わたしはにこにこと笑いながら平静を装った。

「ジル様。お着替えにいらしたのでしょう?わたくしはもう済みましたのでどうぞお使いくださいな」

「ありがとうございます。ミリア様!それでは着替えてまいります」

 バタンと更衣室のドアをしてカギをかける。そして私はその場に座り込んだ。

 頭がまだ混乱している。どんな理由でそうなったのかは知らないが、とにかくミリア様に気づかれないほうがいい。

 私が彼女、……いや、()の秘密を知ってしまったことを…!


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― 新着の感想 ―
[一言] ジルさん、一難去ってまた一難? 義妹改心させたと思ったら、更衣室でまさかの展開て。 あーめんどー、作者さん何してくれてんだよー、てジルの呟きが聞こえてきそうです。でもドライ風に見えてなんだか…
[良い点] 最後に爆弾落とされて思わずくぅぅ〜と声が出ました [一言] 上から目線のコメ欄?が多くて引きました ただ書きたいだけなのに作家さんは大変だなと同情しました... 説教臭い人多いですね..…
[良い点] 妹がきちんと改心した。 (というか前世中学生か小学生の高学年辺りやろ?と感じる精神年齢だよね) [気になる点] 最後のミリア様の秘密の部分があると短編に見えない。 せっかく綺麗に起承転結し…
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