第三十話:少し遅めの墓参り(前編)
8月9日。
―――続いては、大阪に現れた新たな二人組ヒーローについてのニュースです
ナディアとサージスの二人は―――
ニュースを音だけで流し聞きながら、柄杓の入った手桶に水を汲む。手桶を片手に、墓石の迷路を歩いて行く。
そして一角に作られた少し広めの敷地が取られた墓の前にきた。
日本でも珍しいと思われる、神道式の墓だった。
「ったく……。日本人でも大抵、仏教式だろ」
日本人として死にたいから、という愛歌の要望だ。どこかずれているのが愛歌らしい。
持ってきた水で墓を流していく。
「結局、一度も祝えなかったな、誕生日」
そんな風に呟いた。今日は愛歌の誕生日だ。
……愛歌の葬式には行かなかった。
そういうので気持ちに整理をつけることができる人はいい。俺はそれではどうにもできない人間だから。
けれどもう数ヶ月経つ。そろそろ行っておこうと思い、今日は墓参りに来ていたのだ。
榊を供え蠟燭に火をつけ、形式的に手を合わせ参拝する。
「聞こえてるか? 蝉、よく鳴いてるよ」
脱獄事件から春までは、今では"東京最悪の冬"と呼ばれるようになった。
最悪の雪は溶け、世界は前と変わらず回っている。
ただ1つ変わったことがあるとすれば……。
―――東京のヒーローはどこへ消えてしまったのでしょうか?
彼が消えてからのこの数ヶ月で彼を支持する声が、彼の帰還を待ち望む声が、世間では増えています―――
気づいた時にはもう、スーツを着なくなっていたことだ。
…………。
……。
…。
墓参りを終え愛歌から離れると、初老の男性に話しかけられた。
「やはりおいででしたか、白様」
永久さん。愛歌の執事だったはずだ、お互いに会えば挨拶する程度の関係だった。
「やはりって?」
「これほどの時間が経てば現れるであろうと、愛歌様がおっしゃっていたものでして」
ああ。葬式に出ないことも、今日来ることも全部お見通しだったってわけか。
これだから天才って……。
「少々、お付き合いくださいませんか?」
そういって永久さんが缶コーヒーを差し出してきた。