第二十九話:本当は
義涼さんが墜落していくのを見た。
「これで、終わったんだな」
「ええ、そう……、ね……」
隣でパタリっという音がした。
見るとさっきまで浮いていた愛歌が床で倒れていた。
「愛歌っ?!」
すぐに愛歌を抱きかかえた。
まるで空気に溶けていくように、身体がキラキラと美しく輝いている。
「ごめんね。ずっとあなたの隣にいるって約束したのに、守れなくて」
「なんで……? 病気は治ったんだろ?!」
「あはは、これが神から貰った身体を勝手に弄った代償。人の身の限界、かな……」
「はぁ……?!」
「私もお父様と同じよ。私は神や超人にしか許されない進化の領域に踏み込んだ……。その変化に私の身体は耐えきれない……、病気で弱っていた体には余計にね。だから、私の人生はこれで、おしまい」
つまり……。
「バカヤロウ! それじゃあお前、……そんな薬使わなきゃ、もう少し生きられたんじゃねぇかよっ!」
「うん」
一度深呼吸してまた話し始めた。
「そりゃあね、私だって人間だもん、もっと生きていたかったよ。知りたいこと、やってみたいことがたくさんあった。でもね、私はこれでいいんだ。病気と戦って苦しむよりも、あなたの顔すら思い出せないほど衰弱してしまうよりも、ここであなたの、大好きな人の腕の死ねることの方が嬉しい。それに……」
愛歌は俺の胸に顔の体重をかけるように寄りかかる。
「私の人生が終わっても、私の物語が終わるわけじゃない。あなたというヒーローを生んだ私の人生は決して無駄じゃなかった。だから、ね? あなたはこれからもあなたでいてね。私の、ううん、皆の理想のヒーローで……」
泣きたかった。
愛歌が死ぬことなんて、本当は否定したかった。
それでも、愛歌が選んだ選択なら……、それなら俺はちゃんと肯定しないと。
「そっか……。ありがとう。これで愛歌を、こうなることで愛歌を救えたなら、俺は愛歌がいなくても大丈夫だ……。愛歌が幸せだったなら俺も幸せだから」
奥歯をかみながらそう絞り出した。
「俺は……、これからも頑張ってみるから……、頑張ってくから……!」
一生懸命笑顔を作ろうとしている俺はきっと、酷い顔をしているだろうなと思った。
「愛歌はもうゆっくり……、休んでくれ。あっちで、俺を見ててくれ。俺はそれだけで嬉しいよ」
「うん……、ありがとう。あなたと出会ってからの人生は、それまでのどの瞬間より、幸せだった。だから、ありがとう。それと最後に、これだけ……」
そういって愛歌は最後の力を使って、数秒俺の唇に自分の唇を押し付けた。
「ごめんね、愛してる」
そういって、愛歌の身体はキラキラとした光の粒になって、朝焼けの空に消えていった。
その光景は残酷にも、今までに見たどんな光景よりも美しいと思ってしまった。
消えてしまった愛歌の身体を抱くように強く腕を組む。二の腕を痛いほど強くつかんでいた。
「ごめん愛歌……、俺、最後の最後でお前に噓ついたみたいだ……」
一人、ぽつりとつぶやく。
「本当はもっと……、一緒にいたかった……」
視界がにじむ。
朝日が入り込みキラキラと輝いていた。
「本当はもっと、生きていてほしかった……! 本当はもっと話したいことがあった! これからもずっと一緒にいたかったっ!! 本当は愛歌が生きていてくれるなら、 本当は! 本当はっ!! 本当はっっ!!」
言葉にならない何かが目からあふれ出る。
「ああああああああああっっっ!!!」
それに気づいた時、感情が決壊した。その叫びだけが辺りに響き渡った。
「……」
そして涙を流しきり、顔を上げると愛歌と救ったこの街が、夜を破る朝の光に照らされて輝いていた。
「あぁ、また……、独りになったよ……」
その空も、雲も、太陽も、鳥も、コンクリートも、ガラスも、人も……、愛歌が愛したものは全て、どこまでも残酷に美しく見えた。