第二十六話:愛歌だったから
この人の、義涼の言い分は正しいとは思った。
超人として、人類の発展を見守る使命を与えられたものとして、少量の犠牲でこれから生きる多くの人間の利のため、愛歌の命を助ける。それは確かに正しいかもしれない。
けど義涼の主張には何かが足りていなかった。
その主張には、俺が、俺たちが、最も大切にすべき物が、勘定に含まれていない、とそう思った。
だから……。
「断る」
そう言った。
「何故だ?! 愛歌を救いたくはないのか?!」
「救いたいからこそだ。その方法じゃ、愛歌の命は"助け"られても、愛歌を"救う"ことはできない」
「訳が分からない。命を助ける事こそ救う事だろう」
「俺だってっ! ……愛歌を救えるなら、何十万人だって殺してやる!」
この言葉は……、本心だ。
「なら」
「でもっ!」
義涼の声を遮る。
「それじゃ、ダメなんだ……、それじゃあ……っ!」
愛歌はどこまでも優しい人だから。
「……愛歌は救えない……っ」
「愛歌の病気を治せるんだぞ!」
「だから言ってんだろ! それは助けてるだけだ! それで本当に救われるのはお前だけなんじゃないのか?! 親の子供への愛が、助けたいという"エゴ"が、必ずしも子供を救っているとは限らない!」
きっとこれら一連の事件で世間的に罰を受けるのは世利長義涼だけだろう。
でも罪悪感に押しつぶされそうになっても生きていかなければならなくなるのは、他ならぬ愛歌だ。
あいつは愛歌は優しいから、きっと罪を背負ってしまう。それでも、誰かに生かしてもらったのなら、自ら死ぬこともできない。
それが、そんな人生をプレゼントすることが、なんになる……。
「っ、親になったこともないガキが、知ったような口を……」
「だからこそ、見えるものだってある」
一呼吸置き、言葉をつづける。
「あんたにとって大事な物はなんだ……?! 愛歌の命か? それともその天才的な頭脳か?!」
「……」
「……違うだろ」
絞り出すように、ぽつりと声が漏れる。
愛歌の顔を思い出す。
愛歌の髪を思い出す。
愛歌の声を思い出す。
愛歌の香を思い出す。
愛歌の涙を思い出す。
愛歌の手を思い出す。
愛歌の目を思い出す。
……。
思い出せる限りの一コマを思い出す。
愛歌の、笑顔を思い出す。
「……愛歌だから……」
もう一度呟く。
「いつも明るくてどこまでも純粋で、天真爛漫で、それでいて儚げで、それでも芯が強くて、心がどこまでも綺麗で……、そんな女の子だったから俺は、救いたいっ、って思ったんだ。決してあいつの命や身体や頭脳が大切なんじゃないっ!!!」
奥歯を噛む。
目が熱くなるのをこらえて、義涼を真っ直ぐ見つめる。
「……だから命を助ける事が愛歌を救うことになるなら何でもしてやるさ。でもあいつはそんな十字架背負うことは望んでない! あいつの望んでいない方法であいつを助けたってそれは! ……それは……、愛歌を救ったことにはならないだろうがっ!!!」
「……」
俺の声が静かな部屋に響くのを聞いた。
「……、交渉決裂、だな」
響いた声が静まり、少し経った頃義涼がそういった。
「あんたは親として愛歌を助けようとしている。でも俺は……、あんたを止めて、愛歌を救うために、愛歌を殺す、そのためにここにいる。交渉の余地なんて、最初から無かったんだよ」
「そうか。無駄な時間を過ごした」
義涼が鎧を着た。
こっちも仮面をつけ、ヒュドラファングを起動する。