第二十一話:ノクティルーカVS八岐大蛇(前編)
三月。やっと暖かい日が増え始めたころ、八岐大蛇の所在がつかめた。東京の六本木のビルの最上階に住んでいるらしい。
「港区って金持ちが住んでる場所だろ? なんでそんなとこで登山させられてんのかね」
今はそのビルのエレベーターシャフトをよじ登っている。
下の方からエレベーターが走ってくる音が聞こえた。隙間に入り、やり過ごす。
『ホント、日本の人って変わってるのね。なぜ都心が高級住宅地なの?』
「さあな」
『変じゃなーい? 地震大国で高いビルの上に住むなんて危険でしょ?』
「何とかと煙は高い所がお好きっていうんだよ。そういうやつは一度イカロスに話聞いて来た方がいいな」
最上階に着き、ダクトに入った
「さーてと、どっちだ、愛歌?」
『――――――』
「あー、また通信妨害か? 虱潰しにいくしかないか」
『白様、私が案内いたします』
一瞬驚いて、声を出しそうになった。
ペックの存在いつも忘れちまうんだよな。
「頼んだ。で、どっちだ?」
『右です』
「了解。愛歌との接続を一回切ってくれ。節電しておきたい」
少しでも愛歌を休ませたいしな。調子がいいってだけで無理しようとするから。
ダクトを這って進む。
そして下の部屋から声がする場所に出た。
「で、この度はどのようなご用件で?」
裸の男一人と、薄着の女性5、6人がベッドの上にいた。
男が誰かと通話しているようだ。
『わかっているだろう。僕は君の力を見込んでその部屋を渡した』
通話相手の姿は画面には映っておらず、変声機で声も変えられているようだ。
「ええ、感謝していますよ」
『他六人はヴァーミンキラーとノクティルーカにやられた』
「ああーあ、なるほど。俺までやられるのではと、そう思っていらっしゃるのですね。ご安心ください。俺はあなたの最高傑作ですよ、社長? 負けるわけがないでしょう」
社長? どこの? リィナスエイジか?
「それより、どちらかを捕らえて御覧に見せましょうか。そうしたらもっと女を送ってください。いやそれよりも飯なんかどうです? リィナスエイジの社長のご尊顔是非、直接拝見したい」
『いいだろう。だが……』
その先の話を聞き続ける。
相手はリィナスエイジの社長なのか。
「この話し方の癖どこかで……」
東亜刑務所にいた山高帽の奴とは違うな。てっきりあいつが社長かと思ってたんだが。
聞き耳をたてるがわからない。変声されてるとわかりにくいな。
『僕は正直君の力も疑っている』
「それはなぜ?」
『科学は異常なほどの速さで進歩している。君を作ったのは半年前。つまり君はもう遺物だ』
「それで、私よりも戦闘能力の高い強化人間を作ることができたのですか?」
『そもそも僕は戦闘能力など求めてはいない。君も知っているだろう』
「ええ、存じておりますよ。……」
「っ!? もしかして……。でも、いや……。ペック」
話を聞いているの中で一瞬思い至ったその結論に、背筋が凍った。
それを確かめるためにペックに声を掛ける。
『はい』
「愛歌に秘密で俺の命令を聞くことはできるか?」
『……』
「ペック?」
『ただいま愛歌様には秘匿の演算領域を構築いたしました。なんなりと』
愛歌と同じで有能だな。怖いくらい。
「通話相手の話し方の癖を他の人のものと比べてほしいんだ。ニュースとかにいくらでもあると思うから」
『容易い御用です。どなたとお比べに?』
「ああ、えっと……」
そいつの名前を告げる。
解析結果が出る頃には、下の通話は終了していた。
『両者が同一人物の可能性は96.858%です』
「……そうか、ありがとう」
動揺しなかったかと言えば嘘だ。
「愛歌……、お前、いつから、どこまでわかってたんだ……」
目を瞑り、思考する。
違和感は感じていたんだ。なぜあの人は死んだはずの人間を、……つまり俺を見て驚かなかったのか。
「いや、今はそんな場合じゃないな。目の前の仕事に集中しよう」
そう切り替えて、下の部屋に飛び降りた。