第二十話:救えない
「あれ? どうなったんだっけ?」
そんな愛歌の声で目が覚めた。ベッドに倒れた愛歌を寝かせ、目が覚めるのを待っていたのだ。
状況を説明する。
「急に倒れたんだよ。烏天狗を倒した後」
「そうだったの。ごめんなさい。ちょっと疲れが溜まっちゃってたかな?」
明らかに何かを隠している。
「勝手だがサラにも調べてもらった。風邪か疲れでしょう、だそうだ」
「ほ、ほらね。大した事ないわよ」
「バカか。その程度で40℃の熱出してたら、人類はインフルエンザで全滅だ」
AIに嘘をつかれたのは初めてだ。
「……」
愛歌も隠し通せないと思ったのだろう。
少しうつむいて、話始めた。
「疲れっていうのは本当よ。けどその影響が少し大きいの、私の体には」
ゆっくりゆっくりと話始めた。
「私ね、病気なの、遺伝性の。壊細胞症候群、通称細壊症。発症すれば最後、じわじわと体の細胞がその役割を忘れ、機能を停止していく……、最終的にただの肉塊になるの。私が八歳の頃だったかな。お母様が発症してね。それから半年で亡くなった。私が発症したのは一か月前。いつか発症することは昔からわかってた」
空気を暗くしたくないのか、言葉を選びながら、といった様子でゆっくりと語った。
「じゃあ知ってたんだな?」
「え?」
「自分が病気であることも、人より長くは生きられないであろうことも、全部、最初から知ってたんだな?」
俺の言いたいことを察したらしい。
「いつか言おうとは思ってたの」
「思ってたのと言うのとじゃ違うだろ」
つい言葉が強くなってしまう。
「お母様が発症したのは38歳のことよ? 私だってその半分は生きれるって、そう思いたいじゃない」
「……、それは悪かった」
「そんな顔しないでよ。まだ半年くらいは生きてられるはず。だから、ね」
泣きたいのは愛歌の方のはずなのに、なんで俺が励まされてんだろ。
しっかりしろよ、……俺。
「でもやっぱり、もう少し生きていたかったな。ハン○ーハンターは絶望的にしても、ワンピ○スが終わるまでは……、やっぱちょっと難しいか」
またも冗談を交えながらそんな事を言った。
「……あー、えっと……」
「最期に蝉の声は、聞けるかしら」
やめてくれよ……、そういうの……。何も言えなくなるじゃんか。
「だめね。私が弱気になってちゃ。まだ八岐大蛇がいるし、リィナスエイジもいる。体が動くうちは、頑張らないと」
愛歌が上体を起こしてガッツポーズをした。
「……もういいよ」
「へ?」
「後のことは俺がやる。愛歌は自分がしたいことしなよ」
そうして欲しかった。
何かに振り回されるんじゃなくて、悔いのないように、やりたいことをやりつくして欲しかった。
そう思っていったのだ。
「うれしいけど、だめよ。これは私が始めたことだもの。私が投げ出すなんて許されない」
「でもさ」
そこまで話していた時、部屋の戸が勢いよく開いた。
「愛歌! 大丈夫か?! 容態は?」
「お、お父様?! なんで?!」
「俺が呼んだんだ」
俺はパートナーにはなれても、血のつながりのある家族にはなれないから、愛歌には必要だと思って。
「ああ。ありがとう白君。あと久しぶり」
あ、そうか。
あの事件以降顔合わせたことなかったな。
「いえいえ。僕は出てますから。ごゆっくり」
部屋の外に向かった。
「ありがとう。もう発症してしまったのか。お義母さんは82歳、沙愛は38歳だろう。なんでこんな……」
「遺伝するごとに発症が早くなってしまうのかもね。だから珍しい病気なのよ。それより、この前の事……」
そこでドアを閉めた。
「くっそっ!」
全力で壁を叩きそうになり、ギリギリのとこで止めた。
ドアにもたれかかるようにずるずると座り込み、蹲った。
「俺には……、愛歌は救えない……」
絞り出すように声を出していた。