第十八話:ノクティルーカVSヴァーミンキラー(前編)
「白……、なんで……」
信じたくなくて問う。
「き、きさま……」
そんな私の疑問に答える前に、近くで倒れていたがかろうじて生きていた脱獄囚の一人が、上体だけを起こしながら白に発砲した。
が、白はものともしない。
何も言わずに白は、念動力のようなものでそいつの銃を奪う。
「やめてっ!」
私の制止も届かず、白は数度引き金を引いた。男はうめきながら、動かなくなった。
白が銃を投げ捨てる。
「なんてことするの……」
白のこんな姿、見たくなかった。
「答えてよ、白! なんで、なんで……、なんでこんな事したの?! 他の工場や脱獄囚を襲ったのもあなたなのっ?! 人を殺したくないって言ったのは嘘だったのっ?! 答えてよっ! なんで?!」
白は少し床を見た後に、ゆっくりと口を開いた。
「……なぁ、愛歌。もう無理じゃないか?」
ぽつり、独り言かのように、感情なくそんな風に言った。
「え?」
「いや……」
目はいつもみる白の目ではなく、死んでいるようだった。
「愛歌、話したことあったっけ? 俺がどうやって別世界の人類を救ったか」
聞いたことなかった。
なんとなくそれを離したがっていないような気がしたから。
「よくある話で、魔王から? 天変地異から? 宇宙人の襲来? どれも違う。……俺はさ、愛歌。……人間同士の起こした大きな戦争から、人類を救ったんだ」
「え……」
つまりそれは……。
「そう。俺がやったことはただの殺戮。そのまま争わせておけば人類が滅んだ。だから少数側の人間を殺しつくすことでそれを防いだ。相手に家族がいるかとか、女子供かとか、人間性とか、そんなもの全部無視して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して! ……なぁ、知ってるか。人間って死ぬとき、まるで楽器みたいに鳴くんだぜ。こんな風にな」
何を思ったのか白は、転がっていた脱獄囚の一人の胸に、どこからか取り出した剣を投げて刺した。
一瞬うめき声を上げて静かになった。死んだふりをしていたのに気づいて、いまとどめを刺したようだ。
私はただ、それを見ていることしかできなかった。
「やってることはまるっきり、核兵器じゃないか……」
絞り出すように呟いた。
「贖罪のつもりだったんだ」
「え?」
「ヒーローを始めた本当の理由。あの日、愛歌に訊かれてから考えててさ」
なんで今、そんな話をするの……?
「たくさん人を殺してきたから、その分この世界で人を救うことで釣り合いを取りたかった。超人の俺なら、少なくとも平和な日本の中でなら、それができると思ったんだ」
「えぇ、だから、あなたなら、きっと……」
「でもさ、そんなのは結局理想論でしかなかったんだよ。俺自身は殺すことでしか人を守れない兵器だし、どこの世界でも腐ってるものは腐ってる。人間の性根なんて、そう簡単には変わらない……」
感情を露にせず淡々と話す。
この人が抱えている心の闇は、どれほど深いのだろう。それはきっと今聞いたこの程度の言葉じゃ理解できないのだろう。
「そもそも日本は平和なんかじゃなかったんだ。ただ、戦争をしていないだけ。戦争がないことと平和であることは結びつかない。俺たちは見たくないものを見ないようにして、臭いものに蓋をして、世の中のいいとこばっかみて、平和だなんて口にしていただけ。その下で腐食していたものがこいつらだ」
攻撃的な言葉なのにその顔はどこか、悲しげだった。
「だからせめて腐った部分だけでも切り落として、多くの人に仮初の平和を見せ続けられるならそれでいいだろ。ノクティルーカという平和の象徴を作り上げ、その影がヴァーミンキラー。それでいいじゃないか」
「でも……、殺すことないじゃない……」
「だから! それが、甘かったんだ。人間がいる限り、本当の意味での平和なんて訪れない。そんな混沌の世界だから、飲まれないようにしなくちゃまた大切な物を失っちまうッッ!!」
「……」
「俺はそこにいた人間ごと、東亜刑務所を破壊することだってできた。逃がしたやつらだって、本気で止めていれば、止められたかもしれない。きっとそうしていれば、母さんも父さんも死なずに済んだ」
白はずっと傷つき続けていたのだ。ご両親の事だけじゃない。それより前からずっと。
何でもないようなふりをしていたけれど、相当な傷になっていたはずだ。
「もう嫌だ……、もう嫌なんだよ。後から後悔するのはもう、うんざりなんだ」
白が私の事を抱きしめた。
「もう俺にとってこの世界に残っている物は愛歌、お前だけなんだ。もし……、もし俺が甘い理想論掲げたまま、愛歌が死ぬことにでもなったら……。……っ。俺はもう、何も失いたくないから……、救えたはずの命が消えるのを見るのは、もううんざりだからっ!!!」
その声はまるで涙を流さず泣いている様だった。
「だから俺はこいつらを殺す。止めないでくれ」