第一話:転校生(後編)
同日昼休み。
「え、世利長ってあの世利長っ?!」
「ああ、調べたから間違いない」
真夏が驚愕している。陽は我関せずと、昼食を食べて続けていた。
戦前の財閥からの流れを汲む、世界的に有名なセリナガ社。今はITと医療技術が強い会社だな。
そんな家の跡取り娘のお嬢様が、なんで極東の公立高校に入ってきたのか。
気になることはいくつかあるが、ああいう手合いは関わり合いにならないようにしとくのが、陰キャの正しい生き方だ。
「それでやっと理解できたよ。なんで今日はみんな浮ついてたのか」
既に7人の男子がフラれたなんて話を聞いた。
どいつもこいつも頭沸いてんのかな。
「教師からしたら常に銃口突きつけられている気分だろうけどな」
なんて言いながらパンの袋を折りたたんでポケットに入れた。
気が付くと、背後からざわざわと騒がしい音が近づいてきていた。
なんだ? と思って振り返ると同時に手首を掴まれた。転入生、世利長愛歌さんだ。ひんやりとしていて柔らかい手だった。
「青水白さん、ですよね。ちょっと来てもらえますか?」
「は?」
「いいから!」
そういって手引かれる。野次馬と真夏の視線が痛い。ド陰キャにはだいぶと拷問なんですが。
階段下の影になるところに連れ込まれ、まさかの逆壁ドン。
モデル体型で比較的背が高めの女の子だからか、違和感なくされてしまうのが少し悔しい。
「あなた……」
耳元に口を寄せられた。
周りに聞かれたくない内容だからそうしたのかもしれない。だが、絶世の美女にこうも密着される体勢を取られると変な噂が立ちそうなんでやめて欲しい。
「ぅ」
近づいてきた髪から芳しい香りがふわっと漂ってくると、身体が緊張してしまうのが男の性。胸があまり大きくないのが幸いだが。
「あなた、"ノクティルーカ"、ですよね?」
耳元でそう囁かれ、今度は違う意味で動揺した。
「いやいや、いやいやいや、何言ってんすか。んなわけないじゃないですか。ただの高校生ですよ」
まあ実のところ、正解なのだ。なんでバレた……。
「ふーん、あくまでシラを切るつもりですか? 確かにヒーローは謎の存在って設定じゃないとダメですもんね。今のところはこれくらいにしときます。では」
そういって踊るように俺から離れ、教室に帰っていった。何だったんだ。
「おかえり……。えと、あれが世利長さんだよね。なんだったの?」
さっきの場所に戻るとすぐに真夏にそう聞かれた。
「ただの人違いだったよ」
「ああ……、そう」
その後教室に帰ったときに周囲から、主に男子からの視線が痛かったのはご察しの通り……。
…………。
……。
…。
その夜出かける準備をしていた。
「あれ? どこか出かけるの?」
するとそう言って母親が入ってきた。
「まあちょっとね」
「最近、よくどこか行っちゃうよね。特に夕方から夜」
こっちにもバレてたか。
「色々あってさ」
「まあいいけど、危ないことはやめてよ?」
「わかってるよ」
……ヒーローは善行だから危ないことには入らない、よな?
「今日、銀の命日だからお墓参りに行こうかなって思ってたんだけど」
「え? この時間から? 夜だよ?」
銀は俺の6つ上の兄だ。中3で亡くなった。交通事故だ。
歳が離れていたのにも関わらず、よく遊んでくれていたのを覚えている。
「そうだけどね。やっぱり行っておきたいから」
「あーせっかくだけど、俺はいいや」
「そ。じゃあ、またね」
母親が部屋から出ていった。
世利長家は3代前の当主が敗戦前にアメリカに亡命し、故に財閥解体の影響をほとんど受けませんでした。
あと、愛歌さんは貧にゅ……、胸が小さめです(重要)。本人は気にしてます。結構気にしています。だからいいのです。