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第十二話:ある雨の日(後編)

 時計の規則的な音と雨の不規則な音が、藍色に染まった部屋に響き渡る。

 汗が少し冷たい。

 目が覚め、荒れていた呼吸も落ち着いてきて冷静な思考が戻ってきた。


「そろそろ、薬も切れるか……。まだ、予備あったっけ……?」


 異世界で俺はある出来事から、悪夢にうなされるようになった。

 いつも似た夢で目を覚ます。

 悪夢を見るだけならマシなのだが、魔力や闘気を無意識で放出してしまい他人に危害を加えてしまう可能性があったため、寝ることができない日々が続いた。

 知り合いの魔法薬師に症状を和らげる魔法薬を調合してもらった。飲めば二か月ほど夢を見ずに眠ることができていた。しかしその残りももう片手で足りるほどになってしまった。つまり一年持つか持つか持たないか。それ以上はこの愛歌の家にはいられない。

 天井を眺める。


(失いたくないな……、愛歌は……)


 そんな事考えながら、天井を見ていたら、ギギギと小さな音を立てながら部屋の戸が開いた。

 入ってきた者に敵意が無いことがわかる。目を瞑って様子を見ることにした。

 はいってきた人間がベッドの上に乗って這ってくる音がする。

 そして布団の温もりが消え脚部に重さを感じた。それで、そいつが何をしたいのか理解する。


「あっ……」


 そこで愛歌と目が合った。いつの間にか目を開けてしまっていたらしい。

 しかしもう一秒遅かったら唇が重なっていただろう。


「えっと……、その……」


 愛歌が口ごもる。

 時が止まったかのような時間が続いた。


「なんで裸? 真冬だぞ。寝間着にしちゃ薄すぎると思うんだけど」


 とりあえず、思った事を訊いた。


「あぁ、あははは。起きてた? 言った事なかったっけ……、私、下着って持ってないの、苦手で」

「あーそ、身に着けてないのは靴下だけだと思ってたよ。何のつもりだ、愛歌?」


 俺だって鈍感じゃない。何をしに来たのか、はわかってる。

 ただ、なぜそういう行動をするに至ったのかを訊いたのだ。


「えーっと、その寝てると思って」

「寝てたとしても流石に気づくだろ」

「……」


 愛歌が押し黙る。

 その顔は少し上気しているように見えた。


「で? 何しに来たって聞いてんだけど」


 うっすらと見える愛歌の身体は美しく、いつになく艶やかに見えた。

 その白い柔肌が、眼が眩むほど眩しく感じる。


「バカ……、わかるでしょ? ……その……、ここ最近のあなた、ずっと思いつめてるように見えて、そんな中、あんな事が起こって、それで……、私にできること、無いかなって……、思って……、それで……」


「で、天才様がいきついた結果がこれ?」

「人肌には癒し効果があることは科学的にもわかっているし、……その、クリスマスだし……」

「あのなぁ」

「それに!」


 大きい声を出したと思ったらまた愛歌は言いよどむ。


「……私、あなたのことが好きなの」


 うつむきながらぽつりとそう言った。


「ずっとずっと好きだったの……」


 目から一筋の涙がつつと流れるのが見えた。

 それが落ちる前に人差し指で掬う。


「いいのか?」

「え?」

「愛歌はいいのか? 俺で」

「っ?!」


 そういいながら反対に、愛歌を押し倒した。


「……止まれない……、かもだけど」


 目の前の女の子はあまりにも魅力的すぎる。心が傷ついた今は抑えが聞かなくなりそうだ。

 目を背けてきた劣情を、理性から開放してしまうのが少し躊躇われた。

 そうしてしまうことで今までの自分と、そして愛歌との関係が壊れてしまうかもしれないと思うと、怖かったのだ。


「いいんだよ。言ったでしょ。あなたの事が好きだから」


 愛歌が俺の首に腕を回す。


(ああ、最低だ。俺)


 そう思いながら愛歌の唇に自分の唇を重ねた。



   *



『何故爆破などした! あまり民間人を巻き込むなと言っていたはずだ。我々はテロリストではないのだぞ、烏天狗』


 とある暗い部屋にて、そんな声が通話機越しに響いた。


「いえね。生ぬるいと思いまして。敵の正体がわかったのなら、その精神をさっさと壊すべきだ」

『ならば誘拐したほうがよかったであろう。貴重な実験体にもなる。ただの殺しなど、科学に身を投じてきた物として見過ごせん。次はないぞ』

「すみません。低学歴な物でそこまで頭が回らなかったので。次は気を付けますよ」


 通信が切れる。

 烏天狗は面白そうに笑っていた。



   *



 雨の降る音だけが、部屋に響き渡っていた。


「……俺さ」


 反対の壁を見て寝ている愛歌に声を掛けた。


「うん……」

「婚約者……、みたいな人がいるんだ」


 先ほどの告白の返事のつもりでそう言った。

 愛歌がピクリと少し反応した気がした。


「……へぇ、そう……」

「ごめん。先に言っておくべきだったよな。最低だ、俺」

「……そんなことないよ。誘ったのは私なんだから」


 こいつは本当に優しいな。

 気を抜くとそれに甘えてしまいそうになって困る。


「その人は、異世界の人?」

「あぁ」

「そっか……。あなたが選んだ人だもの。きっと素敵な人なんでしょうね」

「うーん、人使い荒くて、金遣いも荒くて、ずぼらで、わがままで、人の事情にずかずかと土足で入り込んできて……」

「ふふ、いい人そう」

「さあ、どうかな」


 かっこっ、かっこっ……。

 2度、時計の音が聞こえた。


「……会えるの? もう一度」


 それは、もう一度同じ世界に行くことはできるのか、って事だろう。


「超人は、人類が滅びそうになっている世界に送り込まれるだけの兵器だ。自らの望みで世界は渡れない。同じ世界にいける確率なんて殆どない。その方法を見つけたとして」

「その頃にはその人が別の幸せを見つけているか、亡くなっているか……、か」


 愛歌は俺が答えを言う前に、その答えに行きついたらしい。

 超人は普通の人より少々、寿命が長い。

 強力な人間を生み出す、というのはそれなりにエネルギーを使うからなのだそうだ。


「それでもあなたは、その生き方に縛られるの……? その約束に、裏切られるかもしれないのに?」

「もう一度、会いに行くって約束したから……。兵器と成った俺に唯一生きる意味があるとしたらそれくらいなんだ。仲間を裏切ったり、裏切られたり、殺されかけたり、殺したり……、そんな事ばっかだったから。馬鹿なことだってことはわかってる。けどせめて、その約束くらいは貫きたい」

「……、そっか……」


 今日は嫌なくらい、沈黙が苦しい日だと思った。


「でもね。私はあなたのことが好きだから……。それは変わらないよ」

「……そっか、ありがとう」


 それはからからと、雨の音がうるさい夜の事だった。

めっちゃ長くなってしまったんですけど、それくらい大事な回だと思ったので、長めに取らせていただきました。

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