第六話:罪の意識と緊急警報
「酷いわよー。テレビでもSNSでもみんなあなたを怪物呼ばわり。指名手配される日も近いでしょうね」
「別に。捕まえられるものなら捕まえてみればいいし、監禁できるものなら監禁してみればいいさ」
銀行強盗を殺してしまったその夜、愛歌の工房の隅で窓の外を見ながらニュースの音を聞いていた。
「そう落ち込まないでよ。確かに殺してしまったわけだけど、それよりも多くの人を守ったんだから」
「ああ、そうかもな」
愛歌が慰めてくれる。その優しさは嬉しかった。
「あなたに対する肯定的な意見は少ないけれど、……まぁこんな事があって肯定的な意見が多い方がおかしいかしら。でも調べが進んでいけば、これも仕方ないことだったって、わかってくれる人も出てきてくるわよ、きっと」
「……違う、全然違う。問題はそこじゃない」
「え?」
愛歌が俺の言葉に困惑している。
「誰も、俺の殺しを咎めてるわけじゃない。あんな悪人一人死んだところで、誰も気にしてなんかいないさ。そいつらが俺に殺されることなんてないんだから。画面越しで誰が死のうが大抵の奴はどうも思っちゃない」
「え、でもみんな、そう言ってる。ヒーローだからって悪人を殺す権利があるのか、とか」
やっぱ、予想で来ていたものばかりだな。
「そこしか責めるところがないからだよ。いや、やっと責めるとこが"できた"とも言えるかな」
愛歌の頭にはてなが浮かんでいる。
「俺は車よりも早く街を駆け、宙を飛んで、さっきみたいな巨大金庫もぶち破る相手をいとも簡単に殺せる怪物だ。それが宇宙人か、UMAか、神様か、怪物だとはっきりわかるやつだったならまだよかっただろう。けど、それは人間と同じ背格好で、同じ言語を話す、同じ世界に住む人間だった。だから皆、怖いんだよ。俺が人を助けようとしているかとか、実際にそうしているかとか、そんなこと大衆には関係ない。未知の物は、自分が相対した時にどうしようもない力は、例え害がなくても恐れる、批判する、それが人間だ。それを証拠に今、皆俺を怪物と呼んでいる。今まで一部の人にしか言われなかったのは、責める点が無かったからだ。……で、これだ。植え付けられた恐怖心はそう簡単には払拭できない」
一気にまくしたてる。
愛歌に言ったところで意味のない事だとわかっていた。
気まずくなって、椅子を回転させて窓の外をみた。
少し沈黙があった後、後ろから愛歌に優しく抱きしめられる。犬でも相手にするように頭を撫でてくる。
「安心してよ。少なくとも私はそんな風に思ってないから」
「……それは本当の俺を知らないからだ」
「そんなことないよ。あなたは優しい人だもん。あなたが本当に落ち込んでいるのは世間の評価じゃなくて、罪の意識から。でしょ?」
またしばらくの沈黙があった。
その後愛歌は話を始めると俺から離れた。温もりが消えたことに、少しだけ身体が寂しさを感じていた。
「それにしても、あいつなんだったのかな」
話題を変えようとしてくれているのだ。俺も切り替えないとな。
「あの力普通じゃなかったぞ。ドーピングとかか?」
「あんな力が出せる物は私も知らないわね。不思議に思って血液を分析したところ、遺伝子レベルで体を改造されていたわ」
そういえば、スーツから返り血を採取できたんだった。
「なんだそりゃ。人間じゃなくなってたのか?」
「というより進化を試みたってとこかな?」
進化といえるレベルまで言ってるってこと?
「誰がそんな改造を……」
俺のつぶやきに、愛歌がモニターを少しいじる。
「これみて。さっきの強盗の首謀者の首元なんだけど」
監視カメラの映像を高解像度に直し、ズームされた画像を見せられた。入れ墨が入っている。
「文字か、これ?」
「そう。Aganiresって書かれてる」
「アガニレス? なんだそれ?」
全く聞き覚えがない。
「やっぱりあなたもわからないわよね。私もわからないの。今、サラをダークウェブに放って捜索してる。何かの組織なのか、個体名なのか、人の名前なのか、プロジェクト名なのか。それがわかればこの件について解決の糸口が見えてくるって思うんだけれど」
そこまで話したとき、部屋に警報音が響いた。
「なんだ?」
「今確認する」
愛歌がモニターを確認する。
「……、大変……」
愛歌が絶句しながらそういった。