プロローグ:ニューヨークからの引っ越し
炎天下、真っ黒な高級車が高い塀に囲まれた敷地へと入ってゆく。
「……え、これなの?」
「はい」
少女が執事である男に訊いた。
そこは世界トップクラスの大富豪である世利長家が、潰れた遊園地だった土地を買い取った場所だ。
それだけで規格外の広さであることがわかるだろう。
「お父様ったら……。普通の家でいいって言ったのに……」
「それではセキュリティが不十分であると思われたのでしょう」
少女は世利長家の令嬢、世利長愛歌。日本3:アメリカ1のクォーターで、今年の8月で17歳になる。
15歳でアメリカの名門大学を卒業し、いわゆる天才として世間では認知されていた。
本人はそのイメージとは裏腹に日本のアニメや漫画の影響を強く受けていて、日本に引っ越してきたのも日本で学生生活を送ってみたいという願望からだった。
徐行していた車が大きな屋敷の玄関前で止まり愛歌が車からでる。煌びやかな金髪が夏の風に靡いた。
「気合入りすぎ……」
中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたのかと錯覚するほど、立派な屋敷と庭園だった。
「先が思いやられるわね」
ため息を吐きながら家の中に入る。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
そこでは十数名ほどの使用人が並び愛歌を出迎えた。
「お父様がお雇いになった者たちです。別館にて寝泊まりし、交代で24時間愛歌さまにお仕えします」
執事が愛歌に言った。
「そう。ありがとう。じゃあ、さっそく」
愛歌がコホンと喉を鳴らすと、妙な緊張感がその場を支配した。
「みんな出てってもらえるかしら」
「はい?」
使用人たちは困惑した様子だ。
「あ、愛歌様? それはどういう……」
「あなたもよ永久」
「な?!」
長いこと愛歌に仕え続けていた執事がショックを受けているのを見て、愛歌はやっと勘違いさせる物言いをしていたことに気が付いた。
「そういうことじゃないの。これからこの家を改造するから、一か月くらい別館にいて欲しいのよ。その間も給料は出すから心配しないで」
「愛歌様お一人でよろしいのですか?」
「問題ないわ。むしろ危険な道具も使うから巻き込まないように近づかないでいて欲しいの」
「左様でございますか。ではそのように」
愛歌は全員が屋敷から出ていったのを見届けた。
「さてと。大がかりな作業になりそう。サラ」
そして小さなデバイスを取り出し話しかけた。
『はい、お嬢様』
するとそれから機械音声が返事をした。愛歌が作った音声UI兼サポートAIだ。
「ニューヨークの私の部屋から運んでもらいたい物があるの。あと買ってほしい物も」
『……手配いたしました。必要な物をお申し付けください』
「えーっと……、まずは……」
世利長愛歌の長く短い夏休みが始まり、終わっていった。
初めまして。竹湧綺と申します。
普段はボカロ曲を作る活動をしているのですが、大学生活で書き溜めた小説を少しづつ放出しようかと思い、書き込んでみました。
今回の第一作目は、最初数話を一気に投稿し、そこからは少しづつ毎日投稿していきます。7月中には終わると思います。
最後までお付き合いくださると幸いです。




