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木漏れ日の庭に

 国の歴史に影より関わってきた異能者の一族、玖珂の歴史は古い。その起こりは、平安の世であるとされている。

 当時、玖珂には祭神として祀る二柱の真神の加護があった。

 雷を操る白き真神である久黎、焔を操る黒き真神である織黒。

 彼らを呼び寄せ加護を願ったのは、森羅万象を左右し、人の域にあらぬとまで言われる力を持った長・寿々弥。

 玖珂の一族からはやがて見瀬の一族が生じ、それらを率いる寿々弥の元、不可思議の世界における地位を絶対のものとしていく。

 人離れした異能を誇る長と、それに応える二柱の力ある真神の名は、畏怖を以て語られていた。

 

 玖珂の屋敷の奥庭。

 畏れと共に名を囁かれる女性は、蒼褪めながらも必死に手を伸ばしていた。

 表情だけを見たなら、どれ程の強敵と相対しているのかと思う者もあっただろう。

 しかし、彼女が居るのは高い木の上であり、必死に伸ばした手の先は張り出した枝の先である。

 簡素な設えの小袿は余程慌てて脱いだのか木の根本に打ち捨ててあり、単衣に長袴姿のまま樹上で枝に縋っている。

 漸く目標に指先が届き、彼女は『それ』を掴む。

 安堵の表情を浮かべた次の瞬間、彼女の身体は滑り、宙に投げ出される。


「寿々弥!」


 険しい声音で名を叫ばれたと思えば、地に打ち付けられるのを覚悟した身体を温かで逞しい感触が包む。

 女性――寿々弥が見上げた先には、血相を変えた精悍な印象与える漆黒の髪と瞳の美しい男の顔がある。

 獣の耳と尾を持つ男――玖珂の祭神の一柱である織黒は、寿々弥に大事がないと確かめた後、呆れを含んだ安堵の息を吐く。


「何故にあのような木に昇っていた。心が童に戻りでもしたか」

「……猫の子供が下りられなくなっていたので、つい」


 織黒に抱えらればつ悪そうに笑う寿々弥の腕の中には、怯えて鳴く小さな猫の仔が居る。

 何かに追い立てられて逃げた末か、小さな猫の子が木の上にて下りられずに心細げに泣いていたのを見つけてしまったのだ。

 下手に力を振るえば、子猫を傷つけるかもしれないし、怯えさせてしまう。

 周囲に人は居らず、自身が何とかするしかあるまいと必死に上り、暴れる子猫を掴めたところまでは良い。

 気のゆるみが仇となり、身体を支えていた手が滑ってしまい、木から落ちてしまったという次第である。

 猫を抱きかかえながら、織黒の更なる深い嘆息に寿々弥が更に肩を縮めていると、やはり呆れた風な溜息交じりの別の声が聞こえた。


「それなら私か織黒を呼べ……助けようとして助けられて如何する」


 寿々弥がそちらを見れば、そこには織黒と同じように獣の耳と尾を持つ、それでいて織黒とは全く逆の……雪のような白銀に輝く髪と瞳の男の姿がある。

 精悍な印象を与える織黒とは違った柔和で理知的な印象を与える男――玖珂の祭神のもう一柱である久黎はやはり表情が険しい。

 見つめる視線は心配そうではあるが、腕組みをしながら溜息を吐いた様子を見ると寿々弥の行動を咎める様子がある。

 祭神二人の眼差しが自分に集まっているのを感じて、寿々弥はつい俯いてしまう。


「二人は我が一族の祭神ですもの。そう気安くお願い事をしては」

「目の前で木から落ちられるよりは余程良い」

「頼み事をされる方がまだ心労が少なくて良い」

「二人して……!」


 申し訳なさげに呟いた言葉に、即座に返る二つの言の葉。

 あまりに容赦なく言い放たれたそれに、寿々弥は思わず目を瞬いて叫んでしまう。

 呆れた風な口調ではあっても、真神達の瞳には寿々弥を案じる優しい光がある。

 子供を叱りつけるようであり、妹を過保護に案じる兄のようであり。

 他の人間がその場にいてやり取りを聞いていたら、これが尊き祭神と偉大な長の会話かと呆然としたかもしれない。

 しかし、その場に満ちる空気はとても温かなものである。


「お説教する時の息の合い方は、さすが兄弟だなと思うわ」


 寿々弥は織黒に下ろしてもらいながら、苦笑いしつつも感心したように呟いた。

 玖珂の祭神、久黎と織黒は兄弟だった。

 兄である白き真神の久黎と、弟である黒き真神である織黒。

 二人は違う性質を持つ部分もありながら、お互い信頼しあう仲の良い兄と弟であった。

 時折猛々しい面を見せる織黒を久黎が諫める事があるものの、それで険悪になる事はなく。

 むしろ織黒は思慮深い兄の言葉を謙虚に受け入れ、時として互いの在り方について語り合う。

 寿々弥はそれを楽しそうに笑って見つめている。二人が語らうのを見つめているのが嬉しいのだ。それを傍で見ていられるのがとても幸せと思うのだ。


 長と祭神として弁えて在らねばならない時は、勿論それ相応の威厳と節度を以て接する。

 しかしそれ以外の時、三人は良き仲間であり友であった。

 三人は特に何事も用事が無ければ、大体共に過ごして居た。

 特に、燃えるような紅い花の咲く奥庭で過ごす事を好んでいた。庭を散策し、季節の移ろいを目にしながら他愛無い話をする。そして笑い合う。

 何時までもこの時が続けば良いと、言葉にせずとも三人が揃ってそう思っているのが伝わる温かな時。

 けれども、微笑む寿々弥を見る真神達の胸の裡にはある懸念が燻っていた。


 ――穏やかの時間の影。終りの足音は、すぐそこまで迫っていた。

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