貴女に捧げる追悼のミモザ
守護龍さんにも過去がある第二弾
散らせてしまった命がどんなものであったのか。
それが仕事であったとは言え、心が凍えるほどの悲しみと後悔と罪悪感。決して知り得るはずのなかった心の傷みを経験し、自分の命をも削ってしまった彼。
「もし、許してもらえるなら来世はあなた達を守れる立場になりたい。」
そう願うほどに。
◇◇◇
この国には4大マフィアと呼ばれる、大きな組織がある。
暗殺、麻薬密売、歓楽街の管理など犯罪の絡むような表の仕事と、世界各国に散らばり情報を得ることで各国の上層部相手に暗躍するなど裏の仕事ももちろんある。
4大マフィアの構成する人員は、どこも固い結束で結ばれており、裏切り者には容赦しないが、働き者には引退後も手厚い手当があるなど情の深さも垣間見れる。
そして、マフィアごとに得意分野があり、年に何度かマフィアの首領の集まる情報交換の場もあるので、意外にもマフィア同士の抗争は少ない。
「大臣の娘を国外へ逃す話はウチが請け負うことになった。」
ジュリアスシザースの幹部マウロは、エンペラン王国から届いた手紙を見ながら、他の幹部達の集まる会議で告げた。
「えっと、薬中毒で情夫(婚約者)を刺した娘ですよね。離島の病院に監禁されてるって話の。」
20代の優男風のアルゴメスがつまらなさそうに答える。これと言った特長のない顔と地味な黒い髪。この辺りでは珍しくない容姿。
彼は暗殺が得意だから、この仕事に興味はないのだろう。
「ああ、娘の死罪が確定する前に何とかしろって事だな。その前に救い出して生かしておきたいというバカ親大臣の依頼だ。生かしておくなら娘を連れ出して一旦押し込む所も必要か。」
金勘定の得意な40代後半のヤバックは、机の上のノートにペンを走らせている。バカ親大臣からふんだくる代金と、仕事にかかる経費を算出しているのだろう。
顔面に皺があるものの昔はさぞモテただろうと思わせる容姿は衰えておらず、金の眼鏡をかけていてさえ知的に見えた。
彼はカジノの元締めでもある。
「人員の選出はポールに頼む。現地のサポートはイザベラだ。」
持っていた手紙をヒラヒラさせながらマウロが言う。
「げっ。イザベラと言いましたね。なら俺はナシで。」
優男のアルゴメスが慌てて手を挙げた。
「アルゴメスの出番があるかはわからんが、イザベラはお前を必ず寄越せと言って来てる。」
マウロが言うと他の幹部もからかうような事を言い出すのが常だ。
「お前、元嫁の相手ぐらいしてやれよ。」
長髪を後ろで一つにまとめた40代のポールが笑うので、他の幹部達も笑い出す。
「元嫁?冗談じゃない!一時関係のあっただけの女です。間違えないで下さいよ。ああぁ、義兄さんが怒ってるじゃないですか。なぜ今日もその話題になるんですか!」
アルゴメスは対面に座している金髪の20代後半の美丈夫を恐々見る。
「私の妹と結婚してからもイザベラと関係があったそうだな。5年で離婚とはナタリアも不憫。」
この場にそぐわない優雅な座り方と微笑はゾッとするような冷たさを感じさせる。
まるで俳優のような整った容姿。白い肌に青い瞳。艶やかな金髪を後ろへ流した紳士然としたエヴァンスは今日の会議のために呼ばれていた。
彼もエンペラン王国に住んでいる情報屋の1人だ。表向きは宝石商を営んでいる。
「ありません。ありませんから。一回だけ一緒に仕事しただけです。俺はナタリーに出会ってからナタリー一筋ですって。離婚なんて恐ろしい事言わないで下さい。」
愛妻家のアルゴメスは真っ青になって言い訳する。
2人目の子供がもうすぐ生まれようとしているのだ。
夫婦仲はとてもよい。
「今日はアルゴメスの家に泊まる事になっている。後でナタリアに確認しよう。」
なおも微笑をたたえたままでエヴァンスが言う。
「うっ。か、歓迎しますよ。エヴァンス義兄さん。」
アルゴメスの笑顔は引きつっていた。
この義兄はたった1人の親族である妹を溺愛しているのだ。
エヴァンス兄妹は戦災孤児だった。
隣国のモルト王国とユースサンダール国の小競り合いの際に軍人の相手をしていた娼婦が産んだ子だ。軍人は国に帰ったら結婚するつもりだったようで、関係は長く続き子供は2人になっていた。
しかし、軍人は国に帰る前に戦没し、結婚する予定でいた娼婦は頼る相手もなくこの国に流れて来た。
その後、娼婦を続けていた母親も病気になったために母子は離され、2人は孤児院に預けられていた。
孤児院での生活はよいものではなかった。金髪の兄妹は美しい容姿をからかわれ続け、イジメのような事も度々あった。それに耐えかねて孤児院を飛び出すための資金作りに、兄が男娼(男の娼婦)になろうとしていた所を首領が妹とともに引き取ったのだ。
病気だった母親は、その後すぐに病院で亡くなっていたそうで、母親の顔も2人は知らない。
マフィアの構成員には掟が色々ある。その中の一つに裏切らないための決意表明をする事や宣誓がある。
エヴァンス兄妹の場合は、妹を必ずマフィアの構成員と結婚させなければならないと決められていた。結婚という体の人質である。
自由のない政略結婚とも思えるのだが、妹のナタリアは兄同様に金髪の似合う大人しい美少女だったため、アルゴメスが口説き落とすまで独身男性のナタリアを巡る争いは続いていた。
「ただいま。ナタリー。」
「お帰りなさい。あら、エヴァンス兄さんも一緒なのね。」
エプロン姿で戸口に立つ小柄な女性。
耳の下で二つに括った金髪を揺らして微笑むナタリアは、世界一可愛い嫁であるとアルゴメスは自負していた。
「いつ見ても愛くるしいな。ナタリア。ああ、なんてことだ。そんなお腹で料理を作っていたのかい?」
過保護過ぎる兄は夫のアルゴメスを押し除けて、ナタリアを抱きしめながら細々と言い始める。
アルゴメスはお土産の紙袋をエヴァンスに押し付けられ、苦笑しながら部屋の奥にいる愛娘の方へ近づいた。
「ただいまジーン。エヴァンス叔父さんからのお土産だよ。」
ヨチヨチ歩きの色白で黒髪の娘は可愛いのだが、父親似なのがアルゴメスは少し残念だった。
「パーパ。抱っこ。」
「うん。今日もジーンは可愛いね。」
マフィアであったとしても家族愛はある。
人なのだから。
◇◇◇
第二章
海を走る大型のクルーザーは、離島から南の港を目指していた。
イルカを見るための航路だと役所には届け出ているが、海上で一度も止まる事はなかった。
◇◇◇
クルーザーの操舵室には、クルーザーの持ち主で、海上が似合う白っぽいシャツを羽織った若い男性とカクテルグラスを手にした露出の高いワンピースを着た若い女性が仲良さそうに語り合っている。
その他にも、若い男女がもう1組船に乗っているのが見える。カモフラージュのためにカップルを装っている人員だ。
甲板から階段を降りて行くと船室の入り口がある。
寝るためのベッドを置いた部屋が2つあり、片方の部屋の入り口には、体躯逞しい男性が扉に寄りかかるようにして中と外を交互に見遣っている。
「おい、おっさん。勝手なことするんじゃない。大人しく座っとけ。」
戸口の見張り役の男が脅すように、部屋の内側へ声を放った。
「うるさいね。やる事なくて退屈なんだから話ぐらいしてもいいだろ?
ねえ、キラちゃん。これが付き添いのお医者さんかい?おねんねする薬射てばいいだけなのにお医者さんがいるのかい?」
欠けた歯を剥き出して、小型のナイフを手で弄ぶ海賊風の男は1人用のイスをベッド脇に寄せて座った。
興味深々の様子でベッドの上を見ている。
ベッドには荒い呼吸を繰り返している若い娘が寝かされていた。
赤っぽい茶色の髪もベッドの上に広がっているが、寝ているため瞳の色はわからない。
ベッド脇には3人いる。
1人は足の方にいて、暴れ出したら押さえる予定の男性。細身だか身軽でどこにでも忍びこめる盗賊業の男。
もう1人、頭側にも女性が控えていた。こっちは参謀役。短髪の似合うスッキリした半袖のシャツにパンツ姿。
寝かされている若い娘の腕から注射器を抜いているのは、白いよれよれのシャツを着たやや筋肉質の男性。
「もういいですよ。終わりました。」
額に汗を滲ませた医者のロバートだ。
「この娘を攫って来たはいいけど、生きてないと意味ないんだよ。
彼女は麻薬中毒者なんだから薬量の調節は慎重にしなければ生死に関わる。そうだよね。ロバート先生。」
頭の方にいる女性が顔を上げる。
鼻の高い美形だった。
「そういうことです。疲れましたから僕はもう休んで来ていいですか?」
医者のロバートは大きなため息をついた。
6日間、監禁されていたも同然の生活だった。
なぜ、彼らに目をつけられてしまったのか。
たまたま非番でカジノに行って遊び、たまたま借金してしまったからだ。
「僕の人生詰んだかも。」
医者のロバートは隣の部屋のベッドにその身を投げ出して寝転んだ。
寝るしかない。
マフィアのジュリアスシザース一家の請負った仕事は順調だった。
離島の病院の協力者には賄賂を積み上げ、大臣の娘を寝たままクルーザーで運び出した。
他の病人に気付かれるようなヘマはしていないし、病院側の協力者が誰かもわからないように偽造書類も作成したものを置いてきたから、病院は騙された側になる。
全て最短時間で予定通りにやり遂げた。
娘は判決を待つ間に教会で懺悔をする身として、神父が連れ出した事になっている。
後は連れ帰って監禁施設に押し込めるだけ。
運が悪いとすれば医者のロバートだけだ。
彼の命は首領の判断にかかっている。
◇◇◇
「ご苦労だったね。君たち報酬をもらうんだよ。」
最近、60才を超えて貫禄も増した首領はご機嫌だった。
孫娘にプレゼントする予定のお人形を部屋に置いている。
孫息子にはいつも青いリボンを巻いた札束なのに。
「ロバートはこの街に移住するんだよね。部屋は用意してあげたよ。横に診療所も作ってあるから遠慮なく使いたまえ。
ああ、家政婦はいらないって言ってもさ、週に一度は掃除の者を行かせるから。」
首領からは前もっての話は何もなく、いきなり引越しを強要された。すでに決定事項。
今後もコキ使われるのだろう。
このままでは自分の寿命がなくなるまで、命の心配をする事になるのだろうなと悟った瞬間でもあった。
◇◇◇
第三章
「先生、子供が腕に火傷をしましたの。お薬いただけますか?」
金髪の若い母親が泣きながら、子供を連れて来た。
大きなお腹ではさぞ歩きにくかっただろうに。
マフィアのアルゴメスの嫁とはとても思えない可憐な女性で、この街では知らない人はいないほど有名だ。
街で花屋を営んでいる。
お花が好きなんだそうで、あまりにも彼女にピッタリな仕事だった。
ニコニコと笑顔を絶やさずに花束を作る姿を見ているだけで癒されると街の人からも評判だ。彼女の花屋は不定期で休みがちのため、たまたま美人の店主に出会えた客が喜んで吹聴するせいもあるのだろう。
「薬を塗って腕に包帯を巻いていますからね。寝る前にまたこのお薬を塗り直して下さい。痛かったでしょ。よく頑張りましたね。ジーン。」
医者のロバートにとっても癒される相手だった。
こんな奥さんがもらえるならマフィアやっててもいいし、人生をやり直したい。とさえ思う。
「お迎えの方は来ますか?歩いて帰られるならお家まで送って行きますよ。」
ロバートは心配だった。
もう産月になろうかという大きなお腹ではバランスを崩しやすい。転倒なんぞしたなら大変だ。
街が吹っ飛んでしまうかもしれない。
ナタリアの夫とナタリアの兄が『こんな街はいらない。』とばかりに暴れまくるだろう。
「そうですね。ついでに買い物もしたいし、自分のお店で主人の帰りを待とうと思います。」
ナタリアは楚々と笑う。
「わかりました。アルゴメスさんに迎えに来るよう、伝言しに行ってもらいますので、少し待ち合い室の方でお待ち下さい。」
ロバートは他の患者にもその場で待ってもらうように説明して、隣のお店へ出かけて行った。
隣のピザ店にはマフィアの構成員がいて、ロバートの見張り役として毎日何人かが店番をしている。
ナタリアをお店まで送ってくれる人員と、アルゴメスへ伝言してもらう人員を依頼して、ロバートは自分の診療所へ戻ろうとした。
「キャー待って。ジーン危ない。」
甲高い叫び声がした。
診療所の外で妊婦が転んでいた。
転びながらも彼女の手は娘の手をハッシと掴んでいて、それに気づいた周りの人が助けようとしている。
母親が目を離したすきに娘が外へ走り出てしまったらしい。
猫が診療所の前を通ったのを追いかけてしまったのだ。
「なんてことだ!」
ロバートも駆け寄った。
座り込んで泣き出したジーンを誰かが抱き上げ、ナタリアは上半身を助け起こされていた。
「大きな病院へ連れて行かないと!ウチでは処置出来ない。とりあえず心音だけでも確認出来たらいいが。」
ロバートではお腹の子の様子がわからない。
寝かせるための大きなベッドもない。
「車で運びます。」
隣の店にいたマフィアの構成員の用意した車が横付けされたので、ナタリアを何人かで運び込む。
きっと大丈夫!
破水もしていなかった。
泣いていたジーンを抱き抱えるようにして、誰かが車に乗り込んだ。
「この近くの産科のある大きな病院はどこだったか。まさか。」
ロバートは考える。
「待て。待て。待ってくれ。おい。そこの車!」
ロバートは慌てて車の後を追いかけた。
だが、通りを曲がってしまった車からは見えない。
「まさか。今日ではないよな。」
嫌な予感で動悸も激しくなる。
急遽、診療所は休診する事にして薬の棚の鍵だけ閉めて、慌てて通りへ飛び出した。
ロバートは単なる医者ではなかったのだ。
ロバートという医者になり済ましたエンペラン王国のスパイである。本物のロバートはどこにいるかわからない。名前と医者の資格を買い上げた後の事は知らない。
スパイは何のためにこの街へ潜入したのか。
「ダメだ。やっぱり今日だ。」
スパイのロバートは手帳を見て頭を抱えた。
◇◇◇
轟く轟音が何回か。
地震のような揺れと地響き。
セント・バーバラ病院では、今日密会が予定されていた。
離島から運び込んだ大臣の娘を病院のヘリで遠くの国へ連れて出る予定であった。病院ならば言動のおかしい娘がいても不自然ではないからと計画を進め、大臣の娘と大臣本人も奥の部屋で待っていた。
親バカな大臣は、エンペラン王国の機密情報を売り渡す事で、家族全員分の亡命の手伝いをするようにマフィアと交渉したためだ。
その情報を掴んだエンペラン王国が黙って見過ごすはずがない。
この日のために潜入していた暗殺部隊と工作員はジュリアスシザースの首領とともに病院を爆破しようと目論んでいた。
なぜ今日だったのだ!
病院の建物が爆風をくらい、下から崩れていく。
爆弾を仕掛けた場所はどこだ。
聞いていたより多いのではないか!
爆破は念入りに行われたようで、ロバートが思ったより大規模に展開されていた。
ロバートは粉塵を吸い込まないように服を口に当てて病院の周りを歩いていた。
辺りの凄惨な状況も、建物の崩れる音やうめき声も遠い世界の事に思えてくる。
「車はどこだ!」
この病院に運び込まれてなければいい。それを確認したかった。
数台の車は爆風で吹き飛び、崩れたコンクリートに押しつぶされている。
「これは〜。ッ!」
建物より少し離れた庭だっただろう場所にもコンクリート片が散らばっている。
熱風のせいで折れ曲がった鉄骨も見える。
コンクリート片の少ない辺りに、衣服もボロボロな人達の集まりがあった。
「首領!」
「動かすな。背中からやられてる。」
「運ぶ物はないか!」
近寄ってみれば、黒いスーツを着ていたはずのジュリアスシザースの首領が、幼子を抱きこむように横たわっていた。
その背中は剥き出しで、傷なのか火傷なのか、衣服も切れ切れなのでよくわからない状態だった。
声をかけるも反応はない。
「私は医者だ!通してくれ!」
ロバートは声を張り上げた。
◇◇◇
第四章
セント・バーバラ病院の爆破は地域の住民の被害者も多く、住民をも巻き込み、マフィアとエンペラン王国との抗争に発展するかと思われた。
しかしながらジュリアスシザース一家を除く、マフィアの首領3人が人道支援を掲げて街の復興が先だと説いてまわり、被害者救済に走り回ったので、一触即発の状態ながらも一定期間は設ける事が出来た。
時間を置いて冷静になる者もいたが、大半の住民の怒りはおさまらない。
暴動になると危惧したエンペラン王国は、爆破作戦の首謀者として王家の1人をマフィアへ差し出し、賠償金を用意して来てそれで手打ちにしようとした。
それに納得出来ないマフィアは報復とばかりにエンペラン王国の要人の暗殺を企て、他国の仲介を経てやっと抗争は和平交渉へと歩み始める。
◇◇◇
「ジーン、学校はどうだろう。耳が聞こえないからってイジメられてないだろうなぁ。」
花屋の入り口で、エプロン姿の父親がイライラしながら娘を待っていた。
アルゴメスはエンペラン王国の要人を暗殺した後、マフィアの仕事を引退させてもらった。
爆風で耳を損傷し、足も引きずるように歩く幼い娘を育てるため、周りの人に支えられつつ花屋を再開させている。
病院内にいたナタリアとお腹の子供は生きて戻らなかった。
付き添っていた構成員もだ。
あの時病院の駐車場で、たまたまジーンを見かけた首領が声をかけ、庭で遊ばせていたために運良く首領とジーンは助かった。
自分の孫娘を目に入れても痛くないほど愛している首領が、ジーンのことを咄嗟に庇い、守ってくれた事も大きい。
アルゴメスは引退しても街を出たりせずに花屋を続けて、神と首領へ感謝の祈りをかかさない。
街の墓地には、病院爆破の被害者への慰霊碑も特別に作られた。
◇◇◇
黄色い可憐なミモザの花の咲く頃。
この時期になると墓地を訪れる1人の痩せた神父がいた。佇む墓々へ頭を下げるように、それはまるで挨拶でもするかのようにゆっくりと歩く。
「この街は意外にも私のような流れ者にも住みやすかったのですよ。ええ、女性は逞しく家を守り、男性は家族のために働き、老いも若きもお互いを支えあうのです。」
マフィアと国の工作員は何が違うのだろう。
人に言えない汚い仕事である事も、命の危険が常に付き纏う事も、嘘で塗り固めた毎日を送る事もそう変わらない。
なのに、マフィアは家族を持つ事を許される。
一方で国のスパイや工作員は弱みになるからと家族を持つ事は許されない。
たとえ、国に内緒で家族を持てたとしても、自分の仕事が家族にバレてしまったなら消さなくてはならないのでその点でも躊躇するし、一つ所に長く住めないため、深く付き合える相手も簡単に出来ない。
貧乏のために家を出されたり、育てる者のいない孤児が組織の人員として育てられる事も多いのも同じだろう。
なかには悪辣で過酷な環境の組織もあるだろうが、マフィアの本部のあるこの街は暖かかった。
風に揺れるミモザの花。
「私が一番好きなのはミモザです。小さくて可愛いし、見ていると明るくなれませんか?そして、どこにでも咲いているでしょう?私にとっての主人なんです。どこへ行ってもずっとそばにいてくれるようで安心するんです。」
大きくなったお腹を愛しげに撫でるナタリアこそが可愛いかった。
こんな奥さん欲しかったなぁと毎回思うほどに。
ナタリアのお墓の横には、兄のエヴァンスのお墓もある。
エヴァンスはエンペラン王国の王宮へ、自身の身体に爆弾を巻きつけ突撃したのだ。
「ナタリアがいたから生きられたんだ。当たり前じゃないか。」
美貌に冷笑を浮かべて、きっとそう言うのだろう。
彼にも子供がいたなら違ったかもしれない。
アルゴメスは途中で報復を止めたのだから。
「もし、許されるなら今度は貴女も子供も見守れる存在になりたいと思います。貴女のお腹の赤ちゃんはとても怖かったでしょうね。一番安全な母親の胎内で爆音を聞いたのです。一番幸せに満ちた場所が突然真っ暗になって、1人きりで旅立たなくてはならなかったのです。」
神父はミモザの花束をそっとナタリアのお墓に置いて立ち去った。
「生まれ変わって来ても物音に驚き、怖がらないといいのですが。私は今度こそ守ります。ちゃんと生まれて来られるように。」
空に向かって誓われる言葉を神は聞き届けてくれるのだろうか。
医者のロバートは爆破のあった病院で怪我人のために休まず働いていたが、一段落した頃に姿を消した。
彼もエンペラン王国の犬だったのでは?と、マフィアの人間が気付いた頃には国を出奔していた。
隣国の国境沿いには孤児を育てる教会があり、優しい神父が今日も子供達を集めて絵本を読み上げていた。
「神父さんは、神父になりたかったの?それとも他になりたいものあった?」
貧しいながらも孤児院の子供達の瞳には希望の光がある。
「私はね、用心棒か護衛の騎士になれたらよかったなと思います。貴方達もしっかり学んでいくのですよ。今は1人でもいつか家族が出来るのですから。」