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第十話(二) 想起

 壱木宮市のシンボルであるタワーの広場。その日その場所ではマルシェが開催されていた。

 数多に並ぶ店の中に、僕が手伝っている店はあった。

 籠や文房具、手作り商品や色とりどりの豆皿といった食器類。それらだけでなく、駄菓子や冷やしラムネ、更には野菜までも売られている。

 掲げられている札――かまぼこの板で雑に作られている――には『よろずや』と記されていた。


「……遅い!」


 折りたたみ式の椅子に座っていた僕こと久閑司樹は苛立たしげに叫ぶ。


「全く、店主のくせに一体何処ほっつき歩いているんだか」


 怒りの矛先は数刻前にこの場を去った店主――白宇へと向けられていた。

 ――『ちょっと宣伝してくるから、店番よろしくな』

 そう言って、僕が何かを言う前に、白宇は何処かへ行ってしまったのだ。

 仕方なく僕は大人しく店番をすることにした。

 白宇がいないと何もできないと思われたくはなかったし、自分一人でもやれるのだと証明したかった。誰に、という訳ではない。己のプライドが頼まれて早々に店番を放棄することを許さなかったのだ。

「ありがとうございました」

 会計を済まし、客を見送った。

 こうして一人で接客や会計をして白宇が帰ってくるのを待っているのだが、悲しきかな、一向に帰ってくる気配がない。

 ――あいつ、『宣伝してくる』とか言いつつ、絶対に散策しているんだろうな……。

 一緒に過ごしてきた時間が長いからこそわかる。容易に想像がついてしまい、溜息を吐いた。

 ふと、自分にしか視えないモノ――あやかしが視界に映る。たとえ商品を買えなくとも、見ているだけで楽しいようだ。そこは人間もあやかしも一緒なのだなと思う。

 数ある店の中でも、人間だけではなくあやかしを相手に商売をしている店はここだけのようだ。

 今は自分一人でも何とかなっている。さっきはああ言ったが、もしも物々交換をしてくる客がいたらとか、こちらが子どもだからといって馬鹿にしてくるような厄介な客だとか、万引きする客が現れたらと思うと正直言って不安だ。

 相手が人間であろうとあやかしであろうと厄介な客はいるもので。

 まあ、そんな客が来ないってわかっているから、ぼくに店を任せたんだろうけど。

 何か危険があるようなら、白宇は僕を一人にさせるようなことはしないだろうし、何かあればすぐ駆けつけてくれることを僕はわかっていた。

 だから、こうして一人で頑張れているのだ。それに、何だかんだで信頼されているのだと思うと嬉しいのも事実で。


「……でも、流石にそろそろキレてもいいよな?」


 誰に確認する訳でもなく呟いた。

 物事には限度がある訳で。

 全く帰って来ない白宇に、僕はイラつき始めていた。

 白宇を探しに行って、『いつまで散歩しているんだ!』って文句を言ってやりたい!でも、店を無人にするのはなあ……。

 どうしようかと迷っていた僕の視線の先に見慣れた緑色が映った。

 ちょうどいいところに!

 広場の片隅に蹲っているそれに、僕はクーラーボックスからキンキンに冷えたラムネを持って近づいた。

 足音に気がついたのであろうそれがゆっくりと顔を上げる。


「……あ、坊」


 緑色のそれ――河童が虚ろな目で僕を認めた。

 頭上の皿の水は少なく、緑色の肌にはハリがない。

 ……よし、これならいけるな。

 内心でほくそ笑む。


「やあ、河童。今日は倒れていなくて偉いじゃないか」

「フッ……おいらもやる時はやるんすよ……」


 かっこつけているようだが、声に覇気はなかった。

 この河童は幾度となく干からびかけ、行き倒れ寸前のところを何度か発見したことがある。今回は辛うじて倒れていないだけで、全然威張ることではないのだ。

 気前は良いがある意味迷惑な客ではあるのだが、今回はそれが好都合だった。

 今にもぶっ倒れそうな河童に僕は提案する。


「河童、ラムネと引き換えにちょっと店番していてくれない?」

「いいっすよ!」


 冷えたラムネを見せつければ、二つ返事で了承を得られた。

 ごくごくとラムネを飲んで「ふっかーつ!」と声を上げた河童に、僕はチョロいなぁと思った。失礼だとはこれっぽちも思わない。


「あれ、店主はいないんすか?」

「今からその店主を探しに行くの」

「なるほど了解っす。あ、万引きとかがいたら遠慮なくはっ倒していいっすよね?」

「やり過ぎない程度になら」


 もし、何か問題を起こしたら、商品を買ってもらおう。……河童にも、客にも、ね。

 そんなことを考えつつ、「それじゃあ頼むよ」と言って、僕は駆け出した。



   *



「あ、いた!」


 見慣れた白い狐の姿を見つけて、僕はずんずんとそちらへと向かう。

 白宇は一人――一匹と言った方が正しいかもしれない――ではなかった。

 白宇とともにいたのは、僕よりも少し年下であろう少女だった。

 驚くべきことに、この少女はあやかしが視えているようだ。

 少女と曰く、「あやかしを視るのは初めて」とのこと。

 この場限りのものだと白宇から説明を受けた。

 自分とは違う境遇らしく、少しだけ残念に思ったのが顔に出てしまったらしい。


「そんなに残念がることないだろ」

「……別に、残念がってないし」


 そう言ったところで、落胆の色が声に滲み出てしまった。

 子どもっぽくてかっこ悪い……。

 年下の少女がいる手前かっこ悪い姿はさらしたくなかった。

 一人で落ち込んだが、そんなことよりもと気を取り直して、僕は少女に訊ねる。


「その……君は信じるの?」

「何を?」

「あやかしが存在しているってことを」


 やけに真剣な顔になってしまったと思う。

 ……でも、仕方がないじゃないか。

 初めてだったのだ。自分と同じくあやかしが視える人間に会ったのは。

 少女は僕の欲しい言葉を――肯定の言葉を述べた。

 今まで誰も信じてくれなかったことを、自分が視えているモノを肯定してもらえたのは、僕にとって想像以上に嬉しいことだった。何とも言えない感情が僕の中をぐるぐると回った。

 少女はどうやら迷子のようで、彼女のお婆さんを探すことになった。

 まあ、白宇が案内してくれるんなら、安心だな。

 そこのところは信頼している。

 僕と白宇の会話を聞いて、少し余裕が出てきたのだろう。小さく笑う少女を気遣えば、逆に問われてしまった。


「お兄ちゃんはあやかしが怖くないの?」

「もう慣れちゃったよ」


 僕にとって、あまりにもあやかしは日常に溶け込んでいた。

 怖いとか怖くないとかそういうことは言っていられなくて。そこにいて当たり前の存在なのだ。怖い見た目に反して優しいあやかしがいることも知っているし、逆に大人しそうな見た目に反して恐ろしいことをするあやかしがいることも、人に害をなそうとするあやかしがいることも知っている。

 でも、それは人間も同じだ。

 達観し過ぎてしまったからだろうか、どうやら少女に気を遣わせてしまったらしい。慌てたように少女が口を開く。

 少女は自分に元気になって欲しかったんだろう。一生懸命に彼女は話してくれた。

 怖がりつつもあやかしの存在を受けいれた自分よりも幼い彼女に、僕は好感を持った。

 できればもっと話をしたかったが、彼女の祖母が無事に見つかったため、白宇とともにそっとその場を後にした。


「そういえば、名前訊いていなかったな……」


 そう気づいたのは、少女と別れてからだった。

 名前も知らないあの少女のことを、白宇に訊けば何かわかるかもしれない。こう見えても白宇は情報収集が得意だ。尤も、頼めば対価を求められるし――主に食べ物をよこせと言われる――、その情報を素直に教えてくれるとは限らないのだけども。

 事実、「あの時の女の子について知りたくはないか?」と本人に何度も訊かれた。

 僕が頷くことはなかった。確かにあの時、自分は少女の言葉によって救われた。でも、それは僕が勝手に救われただけの話で。

 肯定してもらえただけで、いろんな言葉がもらえただけで僕は十分だった。……十分だと、そう思い込むようにしていた。

 あの少女のことを忘れることなく、僕は少年から青年になった。



   *



 あれから何年も経った。

 いつものように僕が店の業務をこなしていた時、不意に白宇が告げて来た。


「司樹よ。今からおれが言うところに行け」

「は?何、お使い?」

「お使いといえばお使いかな」

「はいはい。で、何?買い物?配達?」

「いや、そうじゃない」


 白宇の言葉に、僕は訝しげに眉を顰めた。

 にやにやと白宇が笑う。


「新しい従業員の勧誘だ」

「は?」


 白宇の言葉に、僕は目を丸くさせる。

 ……新しい従業員を雇うなんて話、全く訊いていないんですけど?

 視線で訴えてみたものの、気にすることなく白宇が言う。……いや、わかっていたけどさ。


「因みに、新しい従業員はお前が気にしていた……いや、今もずっと気にしているあの子だぞ?」

「は?」


 白宇の言葉を聞いて、一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 僕の表情の変化に気づいているのだろう。その中で白宇は更に続ける。


「ほらほら、ぼうっとしている場合じゃないぞ。早く行かないと。ナンパされて困っている未来が視える」

「はぁっ!?」


 次々と聞かされる内容に目を白黒させながらも、店を出て僕は指定された場所へと足を運んだ。

 どきどきしているのは慌てているからだろうか、それとも――


「あ、いた」


 あの時の面影が残っている彼女と目が合った。

 数年ぶりにあった彼女は何とあやかしが視えるようになっていて。

 どうやら僕のことは覚えていないようだった。

 驚きと落胆が僕の胸を締め付ける。けれど、それよりも再び会えた嬉しさの方が優っていた。

 あの時、僕はこの子に救われた。今度は僕がこの子の役に立ちたい。

 そう心に決めた僕は、彼女――留花さんをつれてよろずやへと歩き出したのだった。

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