9(最終話) ローレンス様、責任を取ってください
◆◇◆◇◆
もうその後は嫌と言うほど色んな人が話をしにきた。
誰もかれもが殿下の友人の私と近づきになりたいというのがバレバレ。つまらないおべんちゃらばっかり。やっぱり社交界なんてろくなもんじゃないわ。私がぐったりしたのを見たローレンス様は、早めに失礼すると言って会場から連れ出してくれた。
帰りの馬車の中、また気まずい空気が流れる。でも行きのとは逆で私はローレンス様に秘密を持っていたのがいたたまれなくて彼と目を合わせられないのに、向こうは神妙な顔でじっとこちらを見つめてくる。ああ、怒っているのかしら。
「リディア嬢」
「は、はいっ、すみません!」
「いや、こちらこそすまなかった……君を守ると約束したのに、果たせなかった」
「え」
行きの馬車で言ってたのは、もしかして……
「『俺が守る』と言うのは、あの人たちの嫌がらせから守るって意味だったんですか……?」
「ああ、だけど間に合わなくて申し訳なかった」
「そんな! ローレンス様は私を守ってくださいました」
プライウッド男爵令嬢達に向かって「俺はリディア嬢を信じる!」と言ってくれた時に、どんなに心強かったか。
「いや、でも……えっ!?」
私の中で緊張の糸がプツンと切れ、今度こそ私の目からぽろぽろと涙がこぼれてしまった。涙でぼやけていても、ローレンス様が慌てているのが大袈裟な身振りと声でわかる。
「あ、あの、リディア嬢、大丈夫か!?」
「大丈夫です……ドレスも無事だったし」
「ドレスなんてどうでもいい!」
「どうでも良くないです。だってローレンス様が贈って下さったドレスだから、どうしても破られたくなかったの……」
「!!」
ハンカチを握りしめる私の手を、そっと大きな手が包む。
「それは、うぬぼれてもいいのかな?」
「?」
涙でぼやけて、彼がどんな表情をしているのかわからない。だけど凄く優しい声だった。
「俺、正直なことを言うと……この後、君との婚約を解消しなければいけないと思っていた」
「!!……うっ」
やっぱり私なんかじゃローレンス様にはふさわしくないんだわ。いけない。我慢しないとと思えば思うほど、涙があふれてくる。
「あっ! 違うんだ、すまない! ああ、俺はなんて馬鹿なんだ!!」
彼の声がまた慌てたものになり、白いものがそっと私の涙をぬぐう。それは手袋をはめた彼の指先だった。
「リディア嬢、君は素晴らしい女性だ」
「……?」
私の涙が拭き取られると、視界がクリアになる。目の前には優しく微笑むローレンス様の顔があった。
「俺は一生君に勝てない。チェスの強さも、薬の知識も、あんなに嫌がらせや誹謗中傷を受けていたのにじっと耐える忍耐力も、俺には決してないものだ。それに君は殿下の友人でもある。俺ではとても君に釣り合わない。せめてフィンリーくらいの男じゃないとダメだと思ったんだ」
「え? フィンリー様!?」
何を言ってるの!? あんなチャラくて変なところにカンが良くて酒癖がちょっとよろしくない男の人なんてまっぴらごめんよ!!
「ああ、だけど……本心では君をフィンリーにも誰にも渡したくない。君が俺と、このまま結婚してくれたらどんなに幸せか」
「!?」
それって、ローレンス様が? 行き遅れって言われてる私と?
「私で……いいのですか……?」
「君が良い。こんな俺で良かったら」
これは、夢? 嬉しくて、私の目からまた涙がこぼれた。
「はい。ローレンス様、私は貴方の事が好きになってしまいました。責任を取ってください」
「ああ……!」
彼は私を優しく抱きしめた。それはあの、私たちの魂が入れ替わった時の一幕を思い出させる。私は彼の腕の中で、もしかしたらあの時もう私はローレンス様に惹かれ始めていたのかもしれない、なんてことを考えた。
◆◇◆◇◆
私は結婚してアルダー子爵の妻になった。イレーヌ殿下が結婚のお祝いにと、金品と一緒に素晴らしい馬を送ってくださって、私はローレンス様に馬の乗り方を教わった。今では一緒に馬に乗って領地を走っている。
草原の匂いを胸一杯に吸い込みながら風を切って走るのがこんなに楽しくてワクワクするだなんてインドア派の私は知らなかった。ローレンス様が居なければこの幸せを生涯味わえなかったろう。
「あ、あそこに生えている薬草を取っていきましょう!」
「おう」
馬を降り、薬草を何種類か積む。ローレンス様も手伝ってくれる。彼もだいぶ採取の方法が上手になってきた。
「これは何に効くんだ?」
「えーとこっちは吐き気止め、こっちは揉んで湿布にすると火照った時の熱さましにいいですね」
「えっ!? それって」
あら、馬鹿で単純と言われていた彼も、だいぶ察しが良くなったのかしら。私は微笑む。
「多分ですけど、赤ちゃんが出来たかも」
「!!」
次の瞬間、私の身体はふわりと宙に浮く。
「えっ」
ローレンス様に横抱きにされたとわかり、彼の顔を見上げると眉間に皺をよせてちょっぴり怖い顔をしていた。
「馬鹿! なんで馬に乗っているんだ!! 大事にしなければいけないだろう」
まあ、初めて彼に馬鹿って言われたわ。
「大丈夫ですよ。大袈裟なんだから。降ろしてくださいな」
「だめだ。このまま家まで連れて行く。馬は後で取りにくればいい。俺の愛するリディアの身体と、お腹の子供が一番大事だからな」
彼はそう言うと私の頬にキスをする。私はそれをくすぐったく、でも温かくてとても幸せに感じながら、彼の首に手を回してキスを返した。
◆おまけ◆
リディアのらくがき。イメージは最後のシーンの幸せそうな時。普段はすっぴんで髪も無造作な一つ結び。
今回は、登場人物の苗字を家具などの木材になぞらえてみました。
フィンリーのウォルナット材は高級品。
リディアとローレンスのオーク材とアルダー材は一般的な木材です。
カリーナのプライウッドはベニヤ板などの合板。安い木材ですね。
そしてイレーヌ殿下のパウロニア=Paulownia=桐ダンスなどの桐です。
この語源は、日本に行き、帰ってきたシーボルトがオランダ王妃:アンナ・パヴロヴナ(Anna Paulowna)に桐を献上したことだそうでして、それと同じ語源で別名「Princess tree」とも呼ばれるんだとか。プリンセスツリー!って事で絶対王女の名前にするぞと決めました。
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