8 まさかご本人に暴露されるとは。
「なあに? そのドレス。ぷっ。年増が頑張っちゃってみっともない」
近づいて来る彼女の手元がきらりと光る。フォークを持っているのだとわかった。
「年増って……貴女たちと4歳ぐらいしか違わないわよ」
「その4年が、女にとっては大きくモノを言うのよ。わからないの? 怪しい薬を作っていたオバさんにはわからないわよねぇ」
女たちがまたもクスクス嗤う。プライウッド男爵令嬢がずいと私に近寄った。彼女の持つフォークの先が私のドレスのレース部分に近づく。レースに引っかけて破る気なのだと思い、血の気が引く……のではなく、むしろ昂ってカッとなった。
「やめて!」
私は声を上げ、彼女の手を払う。フォークは床に落ちたけれど、王宮の豪華絢爛で分厚い絨毯の上ではカランとも音がしない。
「痛あぁぁい!! ひどぉぉおい!!」
プライウッド男爵令嬢はわざとらしく大声を上げ、泣き真似をした。その声に周りの人たちの注目が一気に集まる。私はまたも彼女の罠にかかってしまったと気づき、咄嗟の自分の行動を悔やんだがもう遅かった。
「なんて恐ろしい人! 暴力を振るうなんて」
「自分の婚約者がカリーナ様と仲が良いから疑って殴るなんてあんまりよ!」
「やっぱり魔女ね! 呪いでもかけるつもりだったの!?」
令嬢たちがプライウッド男爵令嬢を庇いながら私を罵る。周りの視線が彼女らには同情的に、そして私には攻撃的に刺さるのを感じて、私は絶望的な気持ちになった。
「何をやってる!?」
大声にハッとして振り向くと、ローレンス様とフィンリー様がこちらに駆け寄ってきている。
「リディア嬢、これはどういう事ですか」
私は彼に説明しようとしたが舌が口に張り付いて震え、上手く動かない。
「彼女が……そこのフォークを私に、向けて……ドレスを破ろうと」
「ひ、ひどいぃぃぃ、嘘よ!! 私そんな事してないもん! ローレンス様、この人がいきなり私を叩いたのよぉ!」
ローレンス様の顔が青ざめる。私は終わりだと思った。もういや! 逃げ出してしまいたい。その場を離れようとする私の肩を、がっしりと大きな手が掴む。
「!」
「俺はリディア嬢を信じる! この人は素晴らしい女性だ。乱暴な事や卑怯な真似など決してしない。嘘をついているのはそちらだろう!!」
「ローレンス様……」
意外な言葉に目を見張る。あの、人を疑う事がなかったローレンス様が?
「ローレンス様、ひどい! 私を嘘つきだっていうの? 信じてくれないの!?」
噓泣きをしながらプライウッド男爵令嬢が私たちを責める。以前の彼ならおろおろしていたろうに、私の肩を優しく包む彼の手は、震えも躊躇いもなかった。
「ああ、嘘つきだ。俺は君たちが以前リディア嬢を罠に嵌めて貶めたのを知っている」
「な、なんで急にそんな事を」
「この間の茶会で、自分たちで言ってたじゃないか。『また公衆の面前でこっそり虐めてさしあげましょうか? どうせ貴女が何を言っても周りは信じてくれないわ。そっちが加害者扱いされるように私たちは立ち回るもの』と自白したのを俺はちゃんと聞いている」
周りが一気にざわめいた。令嬢たちの顔が青ざめ、紙のように白くなっていく。泣き真似で顔を手で覆っていた男爵令嬢が指の間から私を睨んでいる。この間のお茶会で彼女たちが言っていた事を、私がローレンス様に告げ口したのだろうと思ったのね。まさか本人に直接言ってたなんて想像もできないでしょう。
「しょっ、証拠はあるの? 適当なことを言わないでくださる!?」
「そうよ! フォークが床にあったって、誰かが落としただけでしょう!?」
「騒がしいわね。くだらないことで宴を台無しにしないで頂戴」
威厳ある声が割り込み、その場の全員が息を呑み口をつぐむ。
人垣が二つに割れ、その間から一人のとても美しい女性がゆっくりと歩いてきた。まぎれもなく主役であるイレーヌ・パウロニア王女殿下だ。私たちは慌ててその場で腰を落とした。
「証拠があればいいのでしょう。時間を無駄にしたくないわ。それをよこしなさい」
「は」
イレーヌ殿下が床に落ちたフォークを指さし、侍従が慌ててそれを拾い、磨いてから手渡した。
「私の魔力の属性を、皆覚えている?」
彼女はゆっくりと銀のフォークに手をかざす。すると彼女の手から白い光があふれ、フォークを包んだ。
「私はずっと表に出ていなかったから覚えていない者もいるでしょう? よく見ておきなさい。私は光の記憶を辿ることができるのよ」
殿下がフォークを皆によく見えるように腕を伸ばした。その銀の表面に映像が映る。
「あっ!?」
プライウッド男爵令嬢がフォークを手に取り、悪魔のような笑みを見せている。その後ろには令嬢たちがやはりあくどい笑みを浮かべていた。フォークはそのあと彼女の手と周りの動いていく景色を見せていたが、しばらくすると青と紫のドレスを映した。黒いレースの部分がハッキリとわかるほど近づくと、突然画像が横にぶれる。フォークは空を飛びながら私とプライウッド男爵令嬢を映した。その後彼女がニヤリと笑い、すぐさま泣き真似をする景色まで見えている。
「これは……」
「光魔法の一つ。モノに映った景色を暫くの間もう一度映すことができる。立派な証拠になるでしょう? さあ、嘘をついていたのがどちらかは明白ね」
殿下の横に居た侍従が頷き、衛兵を呼ぶ。令嬢たちは衛兵に捕まったが往生際が悪く抵抗している。令嬢の親と思われる人も抗議に来た。
「こ、これは何かの間違いです! 殿下、お考え直し下さい」
「オーク伯爵令嬢の罠よ! 彼女は魔女なの!!」
「黙れ」
折れそうなほど細くたおやかなイレーヌ殿下から発されたとは信じられぬほど、低く威厳のある声が通り、場は再びシンとなった。
「これ以上、私の大事な友人を侮辱するのは許さぬ」
「……友人……?」
プライウッド男爵令嬢が震える唇から疑問を放つと、殿下は氷のような目で彼女を射抜いて言った。
「ああ、友人で命の恩人だ。私が病に臥せり医者が皆匙を投げた中で、彼女だけは必死に私を助けようと何度も薬を届けてくれたのだからな」
「薬を!?」
「で、では、オーク伯爵令嬢が作っていた怪しい薬と言うのは……!」
これ以上ないほど周りがどよめいた。横に居たローレンス様は目が飛び出るかと思うほど大きくなって私を見つめている。ああ、我が家の一番の秘密、イレーヌ王女殿下が夢幽病患者だったのをまさかご本人に暴露されるとは。
「怪しい薬などではない。現に私は薬のお陰で完治してここに居るのだから。本来ならば本日の主賓はリディアだったのだが、彼女が控えめで目立つ事を嫌がったから普通の招待客と変わらぬ扱いをしたのだぞ」
私は頭が痛くなり抱えそうになった。目立つのが嫌ってわかってるなら、こんな最高に目立つ方法を取らないでよ殿下!! 私を白い目で見ていた人たちが一気に違う色で見てくる視線がびしばしと突き刺さる。
「お前たちとその家の者には追って沙汰を知らせる。覚悟せよ」
「!!」
「嫌っ、離して!!」
「いやあああ!」
令嬢たちと、彼女と同じ家の人間は衛兵たちに引きずられ、どこかに連れて行かれた。それを見届けたイレーヌ殿下がにっこりと女神の様な微笑みを見せる。
「さっ、パーティーの続きをしましょ。貴女の婚約の祝杯もあげなきゃね。まずは何を飲む? リディア」
「……殿下。勘弁してください」
私は今度こそ頭を抱えた。こんなところをセーラに見られたら淑女らしくないし髪が崩れる! と怒られるだろうけど、頭が痛くて仕方なかったんだもの。