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6 わざわざ「ぎゃふん」って言わなくても良いじゃない


 帰ってきたローレンス様は別人のようだった。せっかくセットした髪はやや乱れ、顔色は悪く、頬には涙と化粧が混じった黒い筋までついている。


「ううっ……」

「その様子ですと、私をギャフンと言わせることは出来ないみたいですね?」

「……」


 ローレンス様は黙り込んだ。あ、今のはちょっと意地悪だったかしら? 彼は長椅子のクッションを顔に押し当てた。


「……ぎゃふん」

「え!?」


 今、何と? いいえ、確かに聞こえたわ。「ぎゃふん」って言った! これはつまり敗けを認めたってこと? だとしても、わざわざ「ぎゃふん」って言わなくても良いじゃない。なんだかちょっと……


「ふふっ」

「……」


 思わず笑いがこぼれたのを聞いたローレンス様は、クッションを抱きしめたまま更にしょんぼりと背中が丸まっていく。あっ、いけない。


「ち、違いますローレンス様、今のは勝ち誇ったとか馬鹿にした笑いじゃなくて、なんだか可愛らしいなって思ったんです!」

「……可愛らしい……?」


 クッションで顔が見えないけれど、その声はまだ訝しげな、それでいて傷ついたままのように思えた。見た目はともかく中身は男性に向かって可愛らしいは、やっぱり馬鹿にしたように取られたのかしら。


「そう、可愛らしい……は、失礼でしたか? じゃあ好ましいなら如何でしょう。ぎゃふんって律儀に返されたのが、真っ直ぐなローレンス様らしくて好ましいなって思いました」

「リディア嬢……」


 クッションから顔を離してこちらを見上げるローレンス様の真っ赤な目は、うるうるしていた。


「君の方こそ真っ直ぐで好ましい」

「え?」

「俺は、今までリディア嬢はキツい言い方をする人だと思っていた。でも俺は間違っていた。君は明け透けに本心を隠さず言っていただけだ。本当にキツいのは……」


 彼は再び俯き、そして唇を噛む。私は彼の隣に座り、背中に手を当てた。


「ごめんなさい。もっと早く本当の事を言えばよかったわ」

「いや、良いんだ。きっと現実を見るまでは、君に何を言われても俺は信じなかっただろう」


 そうね。だって彼は私がキツい言い方をする事は指摘しても、心根まで歪んだりキツいとは思っていなかった。誰に何を言われても。

 だからその逆で私の言葉も信じなかったに違いない。普段彼を取り巻く、優しく朗らかに見せていた令嬢たちの本性を。


 何があったかは容易にわかる。彼はどんな質問をされても受け答えできるように準備して行った。でも、そもそも私に質問なんて来ないのよ。私に投げ掛けられるのは一方的な決めつけと嘲笑なんだもの。


「ふふ。行き遅れが着飾ってみっともない。お宅に鏡はあるの?」

「もう『二番手』でもいいから結婚したくて必死なのね。ど田舎の子爵にしかなれないローレンス様より上の相手なんてきっと見つからないでしょうけど」

「そのローレンス様だって、魔女の惚れ薬かなにかで無理やり落としたんでしょう?」

「ブスで友人も居ない、零細伯爵家の貴女と婚約するメリットなんて何もないですものね」

「サッサとローレンス様を解放して私たちに返してよ。私たちは『二番手』の彼を利用してもっと上の相手を見つけるんだから。年増の魔女さん」


 以前、彼女らに囲まれてにこやかに酷い事を言われた私はカッとなって大声で言い返した。すると彼女らは一斉に泣き真似をして「ひどい、怖い」と言ったのよ。周りからは私が彼女たちを攻撃しているのだと思われてしまった。真実は真逆なのに。


 その女性たちの中に居たひとりが、他でもないカリーナ・プライウッド男爵令嬢。彼女は男の人に媚を売るのは人一倍上手だからうまく立ち回ってるつもりみたいだったけれど、貴族女性の中には彼女の本性に薄々気づいている人も居て、最近評判がよろしくない。

 彼女はこのままぐずぐずしているとローレンス様が噂(というか事実だけど)を信じるかもと考えたんでしょうね。最近では露骨に私を蹴落とそうとしていた。私は彼女に会うたびに、他の人からは見えないように嫌がらせを受けていたの。だから私はますます社交界から足が遠のいていた。


「リディア嬢、すまない……すまなかった。俺は、周りから恐れられている君の悪い評判を回復できれば、他の令嬢とも仲良くなれると思ったんだ。そうすればカリーナ嬢……」


 彼は言葉を一旦切って、言い直す。


「……プライウッド男爵令嬢に怖がられることもなくなると。その上で、俺は君の姿で彼女に近づき『婚約はいずれ解消するから安心して』と言うつもりだった。卑怯な振る舞いだった。許して欲しい」

「卑怯……ですか? 想定内でしたけど」

「えっ」

「だって、セーラが怒るどころか喜んで協力するということは、本心から私の社交界での評判を回復するつもりだというのはわかりましたし。まあ、プライウッド男爵令嬢の件だけはセーラに伏せてるんだろうなと予想できますよね」

「そこまで……」

「ええ、でもその作戦はプライウッド男爵令嬢(向こう)の態度からして上手く行かないだろうと思っていたので、お茶会に行くのを反対してましたから」


 ローレンス様はがっくりと項垂れた。私はまた彼を傷つけてしまったのかしら、とドキリとしたけれど、彼はすぐに顔を上げた。先ほどまで涙に濡れていた顔は、雲間から陽の光が射すような薄い笑顔を伴っている。


「凄いな君は……俺は一生君には勝てそうにない」

「人間関係は勝ち負けだけでは決まりませんわ」


 私は貴族の友人がいないボッチなのに、なぜ友人の多い彼にこんな偉そうなことを言ってしまったのかしら。言っておいて後から恥ずかしくなってしまった。



 ◆◇◆◇◆



 元に戻る薬は無事に完成し、私たちは自分の肉体を取り戻した。彼との不思議な約三週間の同居生活は終わりを迎え、彼はアルダー家に帰ることになった。


「あ、あの、リディア嬢……」

「はい、なんでしょう」


 彼の思い悩んだ顔を見て、私の胸がまたもやチクリと痛む。もうこれで彼との関係は、婚約も含め終わりになってしまうのね。


「その……来月の王宮での夜会なんだが、出席するよな?」

「……? はい」


 来月、この国の王女、イレーヌ・パウロニア王女殿下の誕生日を祝うパーティーが開かれる。彼女は今まで臥せりがちだった為誕生パーティーどころか、表舞台にもあまり出てこなかった。今回は初めての誕生パーティーだから盛大に催される見込みで、この国の貴族と要人はすべて招待されたのだとか。私は出来れば出たくなかったけれど是非に、と言われて断れなかった。


「その時は俺にエスコートさせてほしい」

「え」

「俺なんかじゃ嫌だろうけど……まだ、一応婚約者だし。それに、ドレスはセーラと一緒に俺が意見を出して仕立て屋に注文したんだ」


 私が薬の研究に明け暮れている間にセーラと街に出かけてるなとは思ったけど、そんなことをしていたの!?


「せっかくだから、そのドレス姿を見たい……ダメかな?」


 大きな背を丸め、犬がご褒美を欲しがるような表情で見つめてくるローレンス様に「ノー」とは言えなかった。



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