5 リディア嬢をギャフンと言わせて見せます!
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フィンリー様から豪華な婚約祝いがローレンス様宛に届いた。何故か我が家に。「先日はとても楽しかった。またチェスをしよう。今度はお前の素敵な婚約者も連れてきてくれ」というメッセージカード付きで。
「なぜこんなものを……」
私は気まずくなった。あのあと、手加減をせずにチェスができるのも、お酒に強い身体で飲むのも楽しいなって夢中になってたら、フィンリー様は「リディア嬢のお陰でお前の行く先は順風満帆だな!」と言い出したのだ。
「……どうやら、私たちが仲が良いと勘違いされたみたいで……」
「えっ、困ったな。フィンリーは良い奴なんだけどお喋りなんだ。このままじゃ皆に俺たちの事をふれまわるかも……」
「え!?」
ローレンス様は眉を下げたけれど、今日はブスな顔にならなかった。よく見ると控えめだけど上手な化粧をしている。それに表情も今までとは違う。私のふりをするためのセーラの特訓のおかげかしら? ……なんだか私本人よりちょっぴり綺麗になったみたいで悔しい。
「このまま噂が広まればカリーナ嬢を不安にさせてしまうかもしれない。俺は彼女にリディア嬢との婚約を解消するつもりだと言ってしまったんだ。それなのに状況は真反対じゃないか」
「……」
また私の胸がチクリと痛む。
それを私の前で堂々と言うなんて本当に馬鹿正直なんだから。しかも私が元に戻るための薬をわざと作らないなんて疑いもしないのでしょうね。勿論、ちゃんと作るけれど。
「そうだ! ちょっとセーラを探してくる!」
「ええ?」
まさかセーラに、プライウッド男爵令嬢との恋仲や、私との婚約解消をまだ諦めてないと相談するの!? 下手をすれば怒り狂った彼女に半殺しにされるわよ!? あ、私の身体を傷つけるわけにはいかないから、半殺しはないか。多分精神的にいたぶるでしょうね……。
……という私の心配は杞憂に終わった。セーラとローレンス様はにこにこして私の部屋に戻ってきたのだから。そして彼らの話を聞いた私は驚いた。
「お茶会に出席する!?」
「ええ。ちょうどこの間お茶会の招待が参りました。お嬢様はいつも通りお断りしたでしょうが、ローレンス様はお出になると」
彼は私の顔で淑女の微笑みを演出した。
「セーラのお陰で、私はどこに出しても恥ずかしくない淑女に見えるでしょう?」
「ええ、素晴らしいですわ。私のお陰ですね」
言葉遣いまで! しかもなんだかこの二人、すっかり息が合っているみたいでぽんぽんと会話が進むわね。いつの間に!? ボッチの私と違って友人が沢山いるローレンス様の人心掌握術(おそらく無意識)は厳しいセーラにも響くほどの実力なのかも。
「皆様の前でしっかりとアピールして、リディア嬢が怖い魔女などという誤解をこの機会にきちんと解いてきますわ」
「えっ」
ローレンス様の言葉にびっくりする。ちょっと待って、さっきのプライウッド男爵令嬢の話からそっちへ飛ぶの???
「大丈夫です! どーんと大船に乗った気でお任せください!」
「いや、だってローレンス様、秘密を黙っているのは無理だって仰ってましたよね!?」
「それですが、良い対策を見つけたんです! 私、基本的に一度に一つの事しか考えられないんです。女性らしい言葉と態度に一所懸命になっていると、他の事は頭にないので問題ございませんわ!」
こっ、この単細胞っ!!!
「無理です!ローレンス様には絶対無理ですったら!」
彼はむうっと頬を膨らます。くっ、私の顔でかわいこぶった表情をしないで!
「ローレンスは今まで、沢山の素敵な女性とお友達になって仲良くしてきたのですよ! リディア嬢だってフィンリーにバレずに話せたんですもの! 私にできないわけないでしょう!」
「フィンリー様一人相手にお酒を飲むのと、あの大勢のご令嬢を相手にお茶を飲むのは違うわよ。あなたなんかでは絶対上手く行かないわ!」
私は彼を止めたかったのだけれど、これは逆効果だった。煽るかたちになってしまったのだ。
「いいえ! セーラと特訓すれば楽勝ですわ! ばっちり上手く立ち回って、お友達を沢山作り、リディア嬢をギャフンと言わせて見せます! おーほほほ!」
最後には私の見た目もあいまって、なんだか小説の悪役令嬢みたいな事を言い出したローレンス様は、セーラと連れ立って部屋を出ていった。
後にセーラに聞いたところ、ちゃんと特訓では私(ローレンス様)がオーク家に滞在している事や怪しい薬の事を訊かれたと想定して、当たり障りの無い回答まで考えて淑女らしく答える練習までしたらしい。確かにそれは立派だけれど、二人とも周りのご令嬢がどういう態度かまでは想定してないのよね……。
「こうしちゃいられないわ! 急いで元に戻る薬を完成させないと!」
私は先日、注文があった治療薬の最後のぶんを完成させ納品していた。後はのんびり元に戻る薬を作ればいいと思っていたけれど、こうなったらお茶会の当日までに私は元の肉体に戻らなければ!
私は研究室に籠り、必死に研究を進めた。
◆◇◆◇◆
お茶会当日。大変残念ながら薬の完成はあと少し間に合わなかったの。
「それでは行ってまいりますわ!」
着飾った私の姿を見て、家族みんなローレンス様を褒めそやした。
「おお、良いじゃないか! 綺麗だぞ」
「見違えたわ!……嬉しい……ううっ」
「ローレンス様、ファッションのセンスありますね」
「セーラと、リディア嬢に一番似合うメイクや衣装を研究しましたから」
「今までお嬢様はこういう事を嫌がられていましたからね。磨きがいがありました!」
彼はセーラと顔を見合わせ、ニッコリと微笑む。その表情も、瞳に合わせた紫色のドレスや凝った髪型も上品で女性らしいし、キツいつり目はメイクで柔らかく見えるよう整えている。……悔しいけれど普段の私より数倍感じが良く見えるわ。
家族みんな、そしてセーラも、ローレンス様本人も綺麗になった私(の身体に入ってるローレンス様)を見て、私の汚名を返上できると疑っていなかった。私だけがそうではなかったから最後まで止めたけれど多勢に無勢。彼はご機嫌でお茶会に行ってしまった。
……でも、この時たったひとり反対していた私の考えが正しかったのよね。