第十三章「決戦」
山崎屋敷のエロ本コレクションから大量のマナを取り込み、イグナの戦闘体型に変身した明は、全裸のまま、両腕を伸ばして上体を大きく回して、上半身の筋肉の位置を調整する。十体ものゴリラ級奴苦獣に囲まれているのを完全無視しての、余裕の準備運動だ。ゴキ、ゴキ、と腕と肩の関節が鳴る。続いて一回、二回、三回とフルスクワットして下半身の筋肉も調整。バキッ、バキッと足腰が鳴る。明の全身がぼんやりと赤く光る。真紅に変わった髪が高熱をはらんで、ぶわっとふくらむ。明の両眼が夜闇に赤く輝く。
「体温は摂氏五〇〇度。さあて、始めるザマスよ!」
明がダッシュする。一番近くの奴苦獣に飛びついて地面に叩き伏せる。その首を掴んで力任せに引きちぎって投げ捨てる。じゅううううと真っ黒な金属質の蒸気を上げて、奴苦獣が溶け崩れていく。
「次!」
明は剛柔流空手の左抜き手を奴苦獣の真正面から突き立てる。背中まで抜けたところを、腕をねじりながら引き抜く。奴苦獣の上半身を両手で掴んで、下半身から引きちぎる。凄まじいパワーだ。
「次!」
三体目のやや小柄な奴苦獣が襲いかかってきたところを、明の左回し蹴りで迎撃され、腰のあたりで真っ二つに切り裂かれる。続いてのワンツーストレートパンチを食らって文字通り粉砕される。
「次!」
四体目は明に抱きつかれて頭から地面に叩きつけられる。決まり手は上手出し投げ。
「まどろっこしい。体温上げるわよ! 摂氏六〇〇度! 七〇〇度!」
明の両手と両足が真っ赤な光を発する。居並ぶ奴苦獣どもを次々と平手で張り飛ばし、素足で蹴り飛ばしていく。吹き飛ばされるように破壊される奴苦獣ども。
「すごい…」
ひなはあっけにとられている。
「殲滅完了! ひなちゃん、このまま一気に『岩の坂』までいくよ!」
「はい、明さん」
明とひなは、中山道を北上し「岩の坂」へと向かう。
そのずーっと手前、石神井川まで数百メートルの地点に真っ黒な巨大な影が立っていた。今までの十体を合わせた以上の巨大な奴苦獣だ。身長およそ五メートル。ゴリラのような類人猿形態で、街道のど真ん中に立ちふさがっている。
二人は足を止め、周囲の状況を確認する。通常なら一般人の避難誘導が最優先事項だが、幸い「裏」には誰もいない。
右手に木造二階建ての欧米風の小洒落た建物が見える。周囲の民家や商店とは異なり、白いペンキで塗られていて、月光に照らされて美しい。
「あれ? この建物ってお役所だったっけ?」と明がひなに尋ねる。
「板橋町役場です」
「何か、デジャブーかも。板橋区役所ビルの屋上でDQ獣と戦って、あたしがちょっとドジって警察のヘリコを撃墜して、墜落したへりが区役所屋上で炎上してビルが半焼して、というのは今から百年後のことなのよね。肋骨数か所折った上に免停食らって酷い目にあったけど、あれがキッカケで一郎さんとお知り合いになれたわけで。キャハ」
明は、ぶつぶつつぶやいたり、にんまりとほくそ笑んだりしているが、ひなには何のことか分からない。
奴苦獣は、ふううっと大きく音を立てる。奴苦素の噴出を明とひなは感じ、身を引き締める。
「あんたがラスボスってことね」と明が問いかける。
奴苦獣は四つん這いになる。ぶるんと全身を震わせて、ゴリラから四足獣の姿に変形する。真っ黒な巨大な獣。頭には鋭い二本の角。スペインの闘牛さながらだが、上背は倍以上、重量は十倍近いだろう。全身から奴苦素が真っ黒な霧となって立ち上っている。
「のんのん」と明は左手の人差し指を立てて、左右に振ってみせる。
「あのね。サイズは関係ないの。あんたのDQ素とあたしのマナ。それはあんたの勝ちかもしれない。ダブルスコア、いえ、トリプルスコア以上でね。でも、あたしにあってあんたに無いのは覚悟と根性。それを見せてやる。ベンガ! トロ、ベンガ!」
明の挑発を受けて、奴苦獣が地を蹴って突進してくる。明は身をかわして、その背中に赤熱した右正拳を叩き込む。Uターンして来るのにさらにもう一発。今度は左の裏拳だ。明の拳が当たった部分が大きく削れて、黒い蒸気が噴出する。
「これがピカドールの二撃。そして…」
明は奴苦獣の背中に飛び乗り、首筋に細かく左右の手刀を叩き込む。じゅううっと音を立てて奴苦獣の身体が削られる。
「これがバンデリジェーロの小技。やる気出してよね」
奴苦獣は明を背中に乗せたまま突進するが足下が乱れて斜行し、街道を逸れて町役場の建物に激突する。真っ黒な奴苦素の霧が全身から吹き上がる。
その一瞬前に明は奴苦獣から飛び降りていた。
体勢を立て直した奴苦獣が、二本の角を向けて突きかかってくるのをギリチョンでかわす。二度、三度、さらにさらに何度も。奴苦獣のおでこに手を当てて、ひらりとジャンプして空中でかわしてみせたりもする。
やがて奴苦獣の動きが止まる。無音のまま、息を整えているようだ。
「さあ、いよいよ『真実の時』よ。覚悟!」
明はすっと動いて奴苦獣の隣りに並ぶ。垂直に空高くジャンプして、中空で倒立し、左の貫手を奴苦獣の首のすぐ下に叩き込む。明の左腕の肘より先までが深ぶかと奴苦獣の身体に突き刺さる。そして一気に抜き去る。明は身体をひねって地面に降り立つ。奴苦獣は、がくりと膝をつき、そのまま地面に崩れ落ちる。じゅうううと金臭い真っ黒な蒸気を上げて、奴苦獣の巨大な身体が溶け崩れていく。
「すごい、すごーい、すごーいです、明さん」
ひなが拍手する。
「DQ獣って根本的にバカなのよね。本来はスライムみたいに不定形で、全体に等質でどろーっとしている。そのまんまだとこちらは対処が難しいのに、人間に対する時は『人間が認識できる形』を取ろうとする。本能的に。たいがいは動物ね。ちっこいのはネズミから、ネコ、イヌ、アライグマ。でかいのだとヒグマとかゴリラとか。で、身体の中にDQ素が凝縮したポイントを作る。動物なら脳とか心臓とかに相当する場所に。そこから神経や血管みたいなものを全身に延ばして身体を操らないと、動物らしく動けないわけよ。しょせんは『マネっ子』なんだけどね。こちらとしては、その中枢をピンポで叩けばいい。中枢にマナをぶちこめば、たちまちマナが全身に回って、DQ獣全体を破壊できるってわけ。今回のラスボスはスペインの闘牛をマネっ子してたから、それに合わせて、闘牛士として倒してあげたの」
明が感想戦を述べる。
「すごい、すごーい!」
ひなは、ひたすら感心している。拍手しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
(ひなちゃんてば可愛い)と明。変身中も煩悩十分である。




