表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

第十章「悪の娘たち」

 翌日から毎日、(みん)は、ひなの奴苦獣(どくじゅう)退治を手伝った。コウモリ級は空を飛べるひなに任せて、キティ級、パピー級の地上型を拳銃で掃討する。仕事の後は「(おもて)」に戻るひなとバイバイして、「(はな)()」で湯に浸かり、「新藤楼(しんふじろう)」で一人宴会だ。

 明は仕事の片手間に、遊郭(ゆうかく)を回って帳場(ちょうば)を略奪していた。持参のプラスドライバーにイグナのマナを込めて、引き出しの鍵穴に当てる。

「ぷるさーて えと あぷりえーとぅる」

 リンガ・ビブリアの解錠(かいじょう)の呪文を唱えると、ピンと音がして錠が外れる。引き出しを開けて、中の現金をちょうだいする。

 ひなには内緒の悪事だ。一週間ほどで五千円をゲットする。

 明は、ひなから聞いた大正十一年現在の米価(べいか)を基に、令和との通貨価値の差をごくざっくりと試算していた。軽く千倍以上だ。すなわち、この五千円は令和日本においては五百万円以上に相当する。

 明は紙幣を巾着袋(きんちゃくぶくろ)に詰めて、ひなに差し出す。

「ひなちゃん、受け取って。拒否はダメ。あたしが許さない」

「明さん、でも、これって」

「あたしがあたしの責任でやったこと。ひなちゃんは関係ない。でも、これでひなちゃんは叔父さんの家から出ることができる。ロリペド(じい)と結婚しなくても済む。いいでしょ、それで」

「はあ。…うふふ、うふふふ」

 ひなは笑い出す。明はきょとんとしている。

「ごめんなさい、笑ったりして。わたしも、こっそり『(うら)』からお金を盗んでたんです。学校のお友達と買い食いしたり、読みたいご本を買ったりするのに、叔父におねだりしなくてもすむように。でも、帳場には鍵がかかってたから取れなかった。明さんはマナの力で開けられたんですね」

「そうだったの」

「明さん、わたし、明さんが思ってらっしゃるように純情でも善人でもありません。けっこう悪い娘で、いろいろと悪事を企んでいるんですよ」

 ひなは、にっこりと微笑(ほほえ)む。

「悪い娘って、そりゃあたしは言わば確信犯ですけど、ひなちゃんは違うでしょ?」

「違いませんよ。山崎(やまざき)さんとの結婚だって、すんなり承諾して、その代わりに結納金(ゆいのうきん)をたんまり弾んでもらおうって期待していたりして」

「そんな、お金のためにジジイと結婚するなんて!」

「それで、式を挙げた後の初夜(しょや)で、お布団に思いっきりおしっこを()らしちゃったらどうだろう、とか」

「おしっこ?」

「その場で離縁されますよね、きっと。寝小便女房なんてとんでもない、って」

 コロコロと笑うひな。

「このお金があれば、お布団を汚したりせずに済みます。ありがたくちょうだいいたします、明さん」

 そう言って、ひなは深々と頭を下げる。

(大正娘って強いんだ)

 明は内心で舌を巻く。自らの思い込みを反省する。

 昔の女の子は弱いって誤解してた。親や殿方(とのがた)たちの言いなりになるしかない、無力な存在だって勝手に思い込んでた。でも、違うよね。貧乏な家に生まれついて、口減らしで「奉公(ほうこう)」に出されるとか、「遊女(ゆうじょ)」として売られるとか。あたしの時代じゃ思いもよらないことを、こどもの頃から身近に見せられ、自分もそうなるかもしれないって考えさせられてきた。そんな時代の女の子なんだ、ひなちゃんは。そんな運命に対しても絶望しない「強さ」を持ってなきゃ生きていけなかったんだ。

 そして明は我が身を省みる。

 どれだけ恵まれていたんだ、あたしは。お父さんはプロの無職で海外放浪。家の収入はお母さんが勤めてる編集プロダクションのお給料。それにあたしの図書委員としての活動による「寸志(すんし)」がちょっとばかり。家は志村坂下(しむらさかした)の都営住宅の年代物のアパート。そこにお母さんと双子の弟たちとの三人暮らし。学校のクラスの友達と比較して「うちって貧乏?」と密かに思ってたりしたけど、「大正時代」のひなちゃんと比べれば、めちゃくちゃ恵まれてる。

 ひなちゃんはほんと不憫(ふびん)で、不憫で可愛くて…と明の感情は暴走する。両目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。


挿絵(By みてみん)


「ひなちゃんって、ひなちゃんってば…」

 明が突然泣き始めたので、ひなはびっくりする。明に歩み寄ってその身体(からだ)をハグする。身長が違う分、めいっぱいに背伸びして。

「ひなちゃん…」

 明はひなをハグして、さらに泣き続ける。

「ありがとう、ごめんね、泣いたりして。でも、でも、ひなちゃん」

「大丈夫ですよ、明さん」


 明が落ち着いた後、ひなが説明する

「わたしなりに考えてみたんですが、今わたしたちがいる「裏」の世界は、「表」とは形だけがそっくりで、でも本来は『まっさら』な世界じゃないかと。例えて言えば「表」が絵だとして「裏」は絵を描く前の真っ白な紙。空には太陽も月も星もあり、大地があり空気があって川も流れていますが、それ以外は何もない世界。でも、板橋町(いたばしちょう)だけは表と裏が繋がっていて、その結果、表の板橋町が、版画みたいに裏に写されているのでは、と。

 裏の板橋町は表そっくりなんですが、違うところがいくつかあります。まず、人間が一人もいないこと。人間だけじゃありません。犬も猫も、雀やカラスなどの鳥たちも。魚や虫すらいないようです。いるのは奴苦獣だけ。表の『写し』で裏ができているのですが、地形や建物などの自然物や無機物、木や草のような植物は写せても、人間も含めて、生きている動物は写せないんだと思います。

 もう一つ違うのは、水道から水は出ても、電気が来ていないこと。つまり、板橋町を中心として、板橋浄水場までを含んだ、ある程度の広さの土地が写されていても、そこから遠く離れた土地…発電所があるところまでは写されていないんです。

 その写しなのですが、わたしたちが具体的に触れたり、動かしたりしたものは上書きできない。それもこの現象の特徴です。動物が写せないのと同じ理由だと思います」

「そう言えば」と明。

「あたしが食べたり飲んだりしたお(ぜん)や一升瓶はそのまんまだし、寝てたお布団もそのままなのに、それ以外のお膳やお酒やお布団は消えたり、位置が違っていたり、別のものに変わったりしてる。不思議に思っていたけど、そういうことなのね。でも、どうして?」

「そういう『現象』なのだ、としか言いようがありません。静止しているものをのみ、表から裏へと版画みたいに写し取る。でも奴苦獣にとっては都合が良いのではないか、と」

DQ獣(どきゅじゅう)にとって?」

「明さんもご存じの通り、奴苦獣を生み出すのは、人間の心の暗い部分です。怒りとか恨みとか悲しみとか。それが大気中に滞って、やがて凝縮して真っ黒な(おり)となり、奴苦素(どくそ)となる。その奴苦素から奴苦獣が生まれるのですが、もしも奴苦素が表から裏に写されて、裏では表よりずっと早い速度で奴苦獣に変わるのだとしたら?

 奴苦獣は動物みたいなものですから、上書きされずに裏に残ります。次に写された奴苦素も奴苦獣に変わる。それを果てしなく繰り返せば?」

「そうか。表のDQ素(どきゅそ)を裏で何千倍、何万倍に増殖させ、大量のDQ獣を生み出すことが可能になる。そのDQ獣は表に侵入し、DQ素を撒き散らす。それがまた裏に複写されて…」

「そうです。だから東京府内に比べて、板橋町の奴苦獣案件が十倍以上なんです」


 板橋町の地図を開いて、ひなは明に説明する。

「『(いわ)(さか)』に奴苦獣の大きな巣があります」

「岩の坂?」

上宿(かみじゅく)の一番北の、板橋宿(いたばししゅく)の北の入り口です。わたしが最初に明さんに出会ったところ。だから思わず明さんに『人間に化けた奴苦獣かしら?』なんて言ってしまったんです。失礼でしたね。ごめんなさい。本当に」

 ひなは明に向かって深々と頭を下げる。

「その巣を滅ぼせれば何とかなるかもしれません。わたし一人の力じゃ無理でも、明さんのイグナの火があれば、あるいは」

「臭いニオイは元から断たなきゃダメ、というやつね。やりましょう、ひなちゃん」

「ただ一つ問題があります。夜戦になります。岩の坂の奴苦獣は日が昇っている間は隠れているんです。おそらく身体を溶かして奴苦素に戻し、地面にしみこんでいるんじゃないかと思います。日没後に奴苦獣に戻って活動を開始します。闇の中での戦いは、かなり大変だと思います」

「敵の戦力を分析して、きちんと作戦を立てなきゃ、ってことね」と、明。

「大丈夫よ。おねえさんに任せなさい!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ