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第一章「結婚」

 あたしは天沢明(あまざわみん)。十六歳。たった今いま結婚したての「新妻」です。に・い・づ・ま。キャッ(赤面)。

 身長一六五センチ。体重は秘密だけどスリーサイズはバスト八八、ウェスト六二、ヒップ九〇のイケてるボディ。夫である天沢一郎(あまざわいちろう)さんに初めてお会いした二年前の中二時代の、貧弱ひんじゃくぅぅな小学生並みのチビが嘘のよう。中三の秋ごろから急速に成長して、高一の今では、かくのごとき天下無敵の必殺ボディなのだよ。

 あたしが現在所属しているのは東京都立高浜(たかはま)高校一年B組。あたしは板橋区の図書委員で、属性はイグナすなわち火。東京都図書委員会の番付は幕下(まくした)七枚目です。

 結婚前の旧姓は穂村(ほむら)。ちなみに「穂村明(ほむらみん)」と言えば、板橋区北区あたりじゃそこそこ知られていたはず。「板橋区役所ビル屋上ヘリ撃墜事案」「加賀(かが)公園焼き討ち事案」「東京大仏爆破事案」その他の「悪名(あくみょう)」として。そんな悪名から、結婚を機に改名できてラッキー!ってか?(笑)

 結婚式は八月一日。あたしの十六歳の誕生日でした。式場はプロテスタントの常盤台(ときわだい)教会です。東武東上線ときわ台駅近くの大豪邸で敷地五百坪建坪三百坪の天沢屋敷。その天沢屋敷のご当主である天沢志奈子(あまざわしなこ)祖母(ばあ)さまは、常盤台教会創設以来の信徒で、お孫さんの一郎さんも教会で洗礼を受けています。「嫁」であるあたしんちは浄土真宗(じょうどしんしゅう)ですが、まあ、教会で簡単なレクチャーを何回か受けて「仮信徒」ということにしてもらって。

 常盤台教会のヴァージンロードにすっくと立つあたしは、純白のウェディングドレスに身を包んでいる。ロードを歩んで祭壇まで、あたしをエスコートする役は、お父さんのはずだったんですが、結婚式の前日にアフリカから帰国する予定が、エチオピアとソマリアの国境のソマリア側の難民キャンプで足止め食らって「帰れましぇーん(涙)」になってしまったので、急遽(きゅうきょ)イトコのハトコで、あたしの元「(さむらい)」の國分剛史(こくぶたけし)さんに代役を依頼しました。剛史さんは帝京(ていきょう)大学柔道部の偉丈夫(いじょうぶ)で、貸し衣装のサイズがちょっと足りなかったけど、威風堂々の兄貴っぷりでした。

 そしてロードの向こうで待っている一郎さんのタキシード姿…素敵でした。元々の男前が十倍、いえ百倍にパワーアップしてました。

 スペックも超アップしてるんですよ、これが。剣術の腕前は中条流(ちゅうじょうりゅう)小太刀(こだち)目録(もくろく)…いえ、実力的には免許皆伝(めんきょかいでん)。茶道においては遠州流(えんしゅうりゅう)の師範代。今年春から東京大学文科一類に進学されていて、将来は検察官を目指されるんだそうです。

 こんな一郎さんが、あたしごとき、やさぐれ図書委員の「侍」を勤めていて下さって、さらに「嫁」にまでして下さるなんて、もう、あたしはいつ死んでも悔いはないです。

 親族席は、一郎さん側が志奈子お祖母さまお一人、あたし側がお母さんと双子の弟たちと、きわめて寂しい人数でしたが、会衆席のほうは、あたしの図書委員仲間と高校のクラスメート、一郎さんのご友人方で超満員でした。

 結婚式はすばらしかった。ホント夢のようでした。牧師さんの前で誓いの言葉、指輪の交換、そしてキス(感動)。あたしが投げたブーケをキャッチしたのは、よりにもよってキャシーの奴でしたが。NBAプレイヤー並みのジャンプでもって。

 自称「明の心の友と書いて心友(しんゆう)」のキャシーこと水原多香子(みずはらたかこ)は、相変わらず真っ黒に日焼けしまくってました。形ばかりは高校へ進学したものの、学校にはほとんど行かず、図書委員も開店休業状態で、力士三十人を抱える徳丸(とくまる)部屋の実質「若女将(わかおかみ)」。キャシーの「侍」で、結婚式にご同伴くださった相撲取りの山本次郎(やまもとじろう)さんは、初めてお会いした二年前には序二段(じょにだん)だったのが、今や大相撲前頭(まえがしら)三枚目で四股名(しこな)は「天水龍(てんすいりゅう)」。来場所には三役も狙えるだろうっていう超スピード出世です。両国(りょうごく)界隈じゃキャシーの「あげまん」っぷりが盛んに噂されてるとか。…何言わせるんですか、赤面しちゃいます。


 あたしとしても、ここまで「状況」を持ってくるのはホント大変だったんですよ。あたしは一郎さんにファーストキッスを奪われた二年前から、ことあるたびに「嫁嫁嫁嫁ぇぇぇ!」と一郎さんに主張しまくって、「今すぐあたしを一郎さんの嫁にしろぉぉぉぉ!」と強要しまくって、一郎さんになだめられたり、たしなめられたり、時には「明、そういうのはいけないと思いますよ」とやんわり叱られていたんです。

 でも、あたしが高校に上がったあたりから、「このまままではいけない」と思うに至り、綿密な計算の下、一郎さんを追い込むべく、徐々に話を詰めていったんです。将棋で言えば三十一手詰めくらいの周到さで。

 追い込まれた一郎さんは、とうとう降参しました。あたしとの結婚を了承したんです。ヒャッハァ!

 でも条件が幾つかあって、あたしが十六歳になるまで待つこと。教会で式は挙げるけど、婚姻届は署名するだけ。本当に夫婦となるのは…要するに「初夜」ってことですよ、しょ・や。キャッ(赤面)…あたしが法的結婚可能年齢の十八歳になって、高校を卒業して、正式に婚姻届を出してからにすること。

 一郎さんは「明が二十歳になって、二人とも成人してから」と言うのを、何とかそこまで押し戻したんです。ああ、それと、結婚式以降、あたしが天沢姓を名乗り、高校に通いつつも「家事手伝い」的なポジションで常盤台の天沢屋敷に住むこと。これは絶対に譲れません。幸い、志奈子お祖母さまも応援して下さいました。一郎さんも最終的には折れました。

 つまり結婚と言っても形ばかりのことで、実質は無いんです。何考えてるんでしょうねえ、あのヘタレ童貞は。でもまあ、無理押しして一郎さんに逃げられちゃ元も子もないので、とりあえずは「いい子」になって、結婚指輪と天沢姓ゲット、アーンド同居の三点セットで引くことにしたんです。

 一つ屋根の下で暮らしていれば、チャンスなんていくらでもあります。コップの水をわざとぶっかけて「あら大変! 一郎さん着替えなきゃ。さあ脱いで脱いで」と裸にむいてしまうとか、一郎さんがお風呂に入っているのに気づかないふりをして一緒に入っちゃうとか、一郎さんの帯を(つか)んで引っ張ってコマみたいにクルクル回して、あーれーとか言うのを布団の上に押し倒し、「悪いようにはせん、悪いようにはせんから、なあ、ええやろ、ええやろ、ええやろぉぉぉ」と因果(いんが)を含めて、カメラが切り替わって、枕元の花瓶の赤いツバキの花が、ぽとり、と散り落ちたりして。…自分でも何を言ってるのかよく分からなくなってきましたが、要するに「人間到(じんかんいた)(ところ)青山(せいざん)あり」という奴ですよ。…違いますね。「()てば海路(かいじ)日和(ひより)あり」? まあ、そんなところです。


 教会での結婚式の後、近所のイタリアンレストランを借り切っての、披露宴(ひろうえん)がわりのお食事会で皆と楽しく飲み食いして、天沢屋敷に引き揚げて、一郎さんと志奈子お祖母さまに「ふつつかな嫁ですが、今後ともよろしくお願いいたします」と三指(みつゆび)ついてご挨拶。

 まんまとゲットした自室に退出し、ベッドに腰掛けて、「おつかれさましたー」と自分自身をほめて、一人こっそりソーマを飲むあたし。一升瓶からマグカップに注いだのは「八海山(はっかいさん)」の純米本醸造ですが、内緒の内緒。ゲルマン気質で法令規則絶対の一郎さんに見つかったら、えらいことになりますからね。

 それにしても、一郎さんの部屋は母屋(おもや)にあるのに、あたしの部屋は志奈子お祖母さまと同じく「離れ」のロケーション。「一つ屋根の下」じゃないってどういうこと? 夜這(よば)いかけられるの警戒してんの? 失礼な。あたしがやるときは正面突破の正攻法だよ。ピンクのネグリジェ? 桜色の肌襦袢(はだじゅばん)? いえいえ、マリリン・モンローよろしくシャネル五番を振りかけただけの、すっぽんぽんのピュアボディで、一郎さんの部屋のドアをバーンと蹴り開けて「ヘイ!カモーン一郎さん」と、猛禽(もうきん)のように抱きついて…

 てなことを楽しく夢想しているうちに一升酒飲んで寝落ちしちゃったんです。

 で、翌朝、すっかり寝坊しちゃって、九時過ぎに「新妻の朝のご挨拶」と母屋の一郎さんのお部屋を訪問したら、いらっしゃらないんです。居やがらないんです。

 旅行に出たって。朝一に成田(なりた)出る飛行機でアメリカに旅立ったっていうんです。剛史さんと二人で。

「明には言ってなかったのかい?」と志奈子お祖母さまに不審がられたので

「あ、いえ、もちろん聞いてましたわ当然ですわ妻ですものオホホホホ」と、笑ってごまかそうとしつつも、大粒の涙がボロボロ出てきて、手放しで号泣してしまったんです。お祖母さまの前で床にへたり込んで「うわああああん!」と。お祖母さまに背中なでなで、おつむトントンされたら、さらに切なくて…大泣きして。ホントもう、一郎さんのバカヤロめが。

 あたしの記憶をたどるまでもなく、一郎さん、確かにおっしゃってました。結婚式がすんだらアメリカに行ってくるって。出生地のアメリカと日本との二重国籍の処理だかなんだかで。でも、式の翌日早朝に立つなんて、あんまりです。

 でも、でも、寂しいよぉぉ。あたしが悪かったの? あたしの悪しき欲望のオーラを感じたからこそ、一郎さんはお逃げになられたの? 正当防衛的に。だったら土下座します。反省します。反省するから、可及的速やかに帰ってきてよぉぉぉ。けして多くは望まない。軽くハグしておつむをなでなでポンポンしてよぉぉ。一郎さん!

 そんなあたしのことをご心配されつつも、志奈子お祖母さまは、大親友の九条(くじょう)さくらお祖母さまに誘われていた京都旅行へと旅立ち、八月いっぱい京都滞在。祇園祭(ぎおんまつり)五山送(ござんおく)()を楽しむとのこと。

 あたし一人が天沢屋敷に取り残されました。あたしの予定じゃお祖母さまの不在を幸いに「新婚」早々一郎さんと二人きりで「クルクル→あーれー」を仕掛けるチャンスを虎視眈々(こしたんたん)とうかがうつもりだったのが、とんだ番狂わせです。

 でも、寂しがってる暇はありませんでした。あたしの図書委員仲間やら、学校の友達やらがとっかえひっかえやってきやがる。みんな夏休みで暇なもんだし、あたしの「新妻」っぷりを観察し論評してやろうって了見(りょうけん)なんです。

 まず聞かれるのは

「どうだった? 痛かった?」

 痛いよ…心が。

 次に

「こどもいつ産むの?」

 あたしは常々「こどもは一ダース。十代で最低三人」と公言してましたから、これは当然の質問。

 で、「幸せ?」

 何て答えりゃいいんでしょう?

「一郎さん、何か大事なことがあって急にアメリカへ行っちゃったの」と白状すると、

「信じられない! (おさ)(づま)って男の究極の夢じゃない。女子高生(よめ)もらって指一本触れないなんて」

 いやまあ、ハグしたり、おつむなでなでポンポンしてもらったりは前からけっこうあるから「指一本触れない」てわけじゃないんだけどね。結婚式でのキスはすばらしくって、今思い返しても夢のようだったし。

「一郎さんって実は男愛(おとこあい)の人で、妻とは友情、なのかもよ。相手はもちろん國分剛史さん。明、あんたそんな小説書いてなかった? 誘い受けとかヘタレ何とかとか」

 …書いてたけど、もうずいぶん前のことだし、あたしの脳内妄想でフィクション百パーで、実在の一郎さん剛史さんとはいっさい関係ありません、だし。

「わかった! 明が育ちすぎちゃったのよ。発育不全の明をこそ『僕のニンフェット』と愛しんでいたのに、身長一六五センチのボンキュッボンに成長しちゃったから、恋愛対象じゃなくなったのでは?」

 …そんなこと、一郎さんに限っては絶対ない…と思うんだけど。あたしの方はガンガン成長したもんだから、「このあたしのボディに屈服せぬ男はおらぬだろう。ウェーッハハハハ」てな感じに思い上がっていた、かもしんない。

 こんな調子で、いつの間にやらあたしの友達仲間の間じゃ「一郎さん=男と男のラブゲーム」もしくは「一郎さん=ロリータハァハァ男」になっちまった。ナボコフ先生ごめんなさい。それ以上に、一郎さん、ホントにホントにごめんなさい。

 こんなことなら「どうだった痛かった? こどもいつ産むの?」と聞かれた時に「痛かったけど幸せだった(ぽっ)。こどもはまだ…」てな感じにごまかしときゃよかった…って無理無理、絶対無理。図書委員も学校も、あたしの仲間友達で、処女なのはあたしだけだもん。「そこんとこ詳しく」って突っ込まれたら、簡単にバレちゃうよ。


「痛かった?」から始まって「ゲイじゃない?」もしくは「ロリじゃない?」で終わるやりとりを十回も繰り返せば、あたしじゃなくとも、うんざりでしょう。

 だから、旅に出ることにしたんです。ハネムーンに予定していた夏休みの八月一か月を「傷心(しょうしん)旅行」に振り替えることにしたわけよ。「センチメンタル・ジャーニー」に。行き先は、前々から訪問したかった三重県松阪(まつざか)市。江戸時代に「古事記伝(こじきでん)」を著して、「古事記」を温故知新(おんこちしん)した本居宣長(もとおりのりなが)さんのホームタウン。「古事記」をマナ(げん)としている板橋派の図書委員としては、ぜひとも訪れておきたい「聖地」なんです。


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