バチェール
ベットしたチップはお互いディーラー側に寄せ、テーブル上にあったカードが全て回収される。
そして、ディーラーは回収したカードのうち1から5、ヴィルタミをチェックした。
「スマイル様。
確かに細工等はございませン」
「結構だ。
すぐ始めてくれ」
チェックしたカードのうち、自然のカード6枚をまとめてテーブルの下でシャッフルするディーラー。
その後、水のカードも同じようにテーブルの下でシャッフルを終えた。
たった6枚のカードの山が2つテーブルの上に置かれ、ディーラーはそこから1枚ずつテーブルの上を滑らせるようにしてスマイルとセロットにカードを配った。
「でハ、相手に見えないよう裏向きにして手に持って下さイ」
2人共、2枚のカードを持って構えた。
スマイルは自然のカードを。
セロットは水のカードを。
「さテ、カードを引く前にこのゲームでの先行と後攻を決めさせて頂きまス」
ディーラーは、使っていない砂漠のカードの山をシャッフルする。
2秒間で10回程のシャッフルを終えたディーラーは、一番上のカードを引いて手に持った。
「お2人共。
ワタクシが今引いたカードの数字を言い当てるか、近い数字を宣言してくださイ。
より近い数字だった方が先攻となりまス」
「1!」
セロットが即答した。
「ふふふ……スマイル。
僕のことを舐めてたね?」
ニヤニヤと笑いながら言うセロット。
「僕の目は何でも見通せるんだ。魔力や霊力でもなく、こう……なんていうのかな? 数字から出るオーラがあるんだ!
あのカードは多分1っぽいから――」
「5」
スマイルも数字を宣言した。
「……あれ?
少しでも先攻になる可能性に賭けたりしないの?」
「私はただ中央の数字にしただけだ。
お前の妄言に付き合っている時間は要らない」
「妄言とか言っちゃって!
ほらディーラー、どっちが先攻?」
ディーラーは、手に持っていたカードを裏返した。
長方形が4つ描かれたカードが開示され、先攻と後攻が決まる。
「先攻はスマイル様。
後攻はセロット様となりましタ」
「……」
押し黙るセロット。
「では1ターン目を開始しまス」
ディーラーは1枚ずつ、それぞれの属性のカードを裏向きのままテーブルを滑らせて配った。
カードを受け取って手札に加えたセロットが喋り出す。
「ふふふ……
計算通りさ!」
「……?」
「だってこのゲーム!
後攻の方が有利だから、あえて1を選んだんだよ?
わかってないな~スマイルは~」
自信満々に言うセロットだが、スマイルは笑顔のまま表情を変えない。
「さぁ!
何を出すのかな? 何を出しちゃうのかな!?」
緊張感なく騒ぎ続けるセロット。
スマイルは、黙ったまま1つのカードを選び裏向きのままテーブルに出した。
「セロット様の番でス。
10秒以内にカードを出して下さイ」
小さな砂時計をひっくり返し、手元に置いたディーラー。
セロットは、身をやや乗り出してスマイルの出したカードの裏面を凝視していた。
「うぅ~む……この……カードは……むむむむむ」
「あと5秒でス」
「むむむむむむ!」
「3」
「むぐぐ!」
「2」
「ぐぐぅ!」
「1」
セロットは、慌てて手札から1枚のカードを裏向きでテーブルに出した。
「今回の勝負、貰った!」
「……」
「……」
何も反応を返さないスマイルとポーカー。
ディーラーも何も言わず、2枚のカードを回収して中身を見る。
「言ったでしょ?
僕は数字のオーラが――」
「スマイル様の勝ちでス。
まずスマイル様に1ポイント入りましタ、次のターンを開始しまス」
「……数字のオーラが何だって?」
「えー!?
今ので負けるの!?」
思わず声を上げるセロット。
不服そうに唸りながら、自分の手札を凝視して何かを考え始める。
「くそー、どうすりゃいいんだろこれ……」
「次はお前の番だ」
「わかってるって!」
その時丁度、セロットの後ろに鬼がやってきた。
「あれ、セロットさん……もしかして負けてます?」
「まだ負けてないよ!
ていうか鬼、もうちょっと離れて遠くから見てて!
あいつすんごい目でこっちを見てくるんだよ、鬼が変な顔したら僕の手札バレちゃう!」
振り返りながら早口で言うセロット。
「お前の方が十分顔に出そうだがな」
「はいそこ! ちょっと黙ってて!」
スマイルの小言に文句を垂れるセロットは、もう一度鬼の方を見て言う。
「とにかくお願い!
どうせすぐ終わるからさ!」
「わ、わかりましたよぉ」
鬼は仕方なさそうにしながら離れて行った。
鬼が十分に離れて行ったのを確認したディーラーは、次のカードを配る。
「さ~て、どれ出そっかなぁ。
う~む……」
呑気にカードを選ぶセロットに対し、黙ったままのスマイルは思考し続ける。
(こいつがさっき出したカードは……)
(2か3。
1はあり得ない。何故なら――)
(このカード、1とヴィルタミは構造が僅かに違う)
スマイルは、特殊なカードのからくりに気付いていた。
(運がどうこうという代物ではない。
見分ける術があるのなら、先攻と後攻が存在するのにも納得がいく)
スマイルの手札には、1・3・5のカードが握られている。
(最初に4が来たこと自体は運が良かったがな。
負ければこいつが出したカードは完全にわかる上、勝ってもほとんどカードの中身が絞れる。)
(あとは……
こいつが痺れを切らして1かヴィルタミを出すかどうか)
「よし! これでいくぞ!」
セロットがカードを裏向きのまま出した。
(こいつは既に手元に1かヴィルタミを持っている。
今出したのは1でもヴィルタミでも無い)
(5ターン目まで1とヴィルタミを握られるのが最悪のパターン、というところだろう)
「では10秒以内ニ――」
ディーラーが砂時計をひっくり返そうとする前に、スマイルはカードを出し終えた。
「私は迷わない。迷う必要が無いと言った方がいいか」
「お前のように数字のオーラが見えないんだ……許してくれ」
口角を吊り上げながら言うスマイル。
「なーんかバカにしてない?」
「本当のことを言ったまでだ。
さぁ神にでも祈るといい、セロット」
ディーラーがカードを回収し、確認する。
一瞬だけ、セロットから感じ取れる緊張感の無い雰囲気が消えた。
「神に祈るのはやめておいた方がいいよ」
「あいつロクなことしないからね」
「結果はドロー。
互いにポイント獲得無しでス」
ディーラーは結果を伝える。
「え!?
ドローってことは……同じ数字だったってことか~!」
さっきまでと同じ雰囲気に戻ったセロット。
「じゃあスマイルも3出したってことでしょ~?
これどうやって勝てばいいのさ!」
憤慨するセロットを見るスマイルの笑顔が僅かに崩れかけた。
(何だ今のは?)
「では3ターン目を開始しまス」
ディーラーがカードを配り、セロットは自分の手札を凝視する。
(……今のでこいつが最初に出したカードは2で確定だ。
残るカードは1・4・5・ヴィルタミ。
そして――)
(こいつが今引いたカードは……1かヴィルタミのどちらか。
手札3枚のうち見分けられない1枚は4か5……)
相手のカードの把握がほとんど出来ているはずのスマイルの心の中に、疑心が生まれ始めた。
(上手く行きすぎている。
それよりも不気味なのは今のこいつの放った気配)
「ほらほらスマイル!
迷わず出すんでしょ?」
「ではスマイル様、カードをお選び下さ――」
迷うことなくカードを出したスマイル。
(気のせい……なんてものではなかった。
気にはなるが――)
(ここでこいつが何を出すかで勝負が決まる)
「さぁ10秒だ。
また数字のオーラでも見るか? セロット」
スマイルはニッコリと笑いながら言った。
ディーラーが砂時計をひっくり返すと同時に、セロットはカードを選びテーブルに出す。
「いーや。
そんなもの、もう見る必要なんて無いよ!」
自信満々に出したセロットのカードをじっと睨むスマイル。
「でハ……」
ディーラーがカードを回収し確認する。
「セロット様の勝ちでス。
セロット様に1ポイント入ったのデ、両者同ポイントとなりましタ」
「ふっふーん!
これで勝負はわからなくなったよスマイル!!」
得意気に笑うセロットに対し、黙ったまま表情を変えないスマイル。
(まぁ……2ターン目が終わった時点で勝負はついていたようなものだが)
(これで私の勝ちは確定した)
スマイルは完全に落ち着いた様子で、無邪気に笑うセロットを眺める。
(私が出した2に対して、あの"違う音を鳴らすカード"で勝った。
つまり残った方のカードが1)
(ここでヴィルタミを出したお前の負けだ……セロット)