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カジノで大勝ちしよう

 演奏会が終わった後、メインホールを立ち去った者達のうちの1人。

 丸眼鏡をかけたツインテールの美少女は、廊下ですれ違う人形達に小さく会釈をし笑顔を作って見せる。

 機嫌良さそうにしながら歩く彼女は、メインホールから北側に位置する1階の自室へ戻っていき――



 自室のドアを閉めた瞬間、その笑顔は一瞬にして消えた。

 こめかみの血管が浮き出た彼女の顔は、静かな怒りに満ちていた。


「……あの女」

 呟いた小さな一言は、誰にも聞こえることはない。


 --------------------


「お疲れ、キルシカ」

「ふふ、時間があったら私もっとあそこに居たいのに」

 キルシカに声をかけるボイ。

 名残惜しそうにしながらも、笑顔を絶やさないキルシカ。

 舞台裏……メインホールの裏手にあるのは、乗客立ち入り禁止エリアである人形達の作業場。

 そこには楽器や照明道具等、様々な道具が収納してあり下層への手動エレベーターもあった。

「キルシカがいつも一番楽しそうネ」

「あら、ニメトンだっていつもノリノリでしょ!」

「でも一番はアナタヨ」

「まーたそんなこと言って!」

 談笑し、休憩をとる人形達。

 下層から来たエレベーターに乗って、何人かの人形がやってきたのに気付いて振り向いたキルシカ。

 その中から出て来た人形のうちの1人に、シュラーヤが居た。

「お疲れ様です、皆さん。

 しばらく休憩したらまた業務に――」

「シュラーヤ!!」

 キルシカは、走ってシュラーヤに飛びつく。

 そのまま抱き着かれたシュラーヤは後ずさることなく、飛び込んで来たキルシカの勢いをその身体で止めた。

「ふふ、ふふふ!

 シュラーヤもお疲れ様っ!」

「ちょっと……またですかキルシカ。

 私はただ受付係をしてきただけです」

「十分大役じゃない~」

 キルシカは満面の笑みでシュラーヤの頭を撫で続ける。

「もういいでしょう……ほら、離れて下さいよ」

 シュラーヤはキルシカの両手を掴み、半ば強引に抱き着いているキルシカを自分から引きはがした。

「良くな~い。

 可愛い可愛いシュラーヤを撫でると私は更に元気になるのよ!」

「はいはい」

「あっはっはっは。

 ほんと仲良いなぁ2人はさぁ」

 ボイが高笑いしながら言う。

「ボイもわかってるなら止めて下さいよ……」

「オイラはそれを眺めるのが仕事だからね」

「我々の仕事は音楽団だろウ……」

 ケタールスはため息をつきながら呟いた。


 そして、思い出したようにケタールスは言う。

「そういえばキルシカ」

「ん? 何?」

「あの客、また来ていタ。

 涙と鼻水で顔面がおかしなことになっていたガ……」

「あぁ、彼ね!」

「貴女の熱狂的なファンですか……」

 シュラーヤも思い出したように呟く。

 ケタールスは忠告するように言った。

「ああいう奴はいつかエスカレートすることもあル。

 船内ではくれぐれも気を付けろヨ」

「ふふ、心配してくれるの? ありがとね、ケタールス。

 でも大丈夫よ! 彼とっても良い人だから!」

 キルシカは自信満々に答えた。

 ケタールスとシュラーヤは、不安そうにキルシカを見る。

 ボイは全く心配することなく、のんびりと座りながら人形達の話を聞いていた。


 --------------------


「目押しとか出来ないのこれ!?」

「出来たら既にやってますよぉ……」

 出来上がったカジノコーナーの一角でスロットゲームに座るきさらぎと、後ろから見守るセロット。

 下方向真ん中にある丸いボタンを押すと、3列あるスロットはそれぞれ縦に回転し出す。

 スロットの真上にそれぞれついているボタンを押すことで回転を止める仕組みになっており、きさらぎは真ん中、右、左の順に押してスロットを止めている。

「うわ! 羽2つ揃った!」

「これ一番の大当たりなんでしょう?

 ということは……」

 恐る恐る左のボタンを押したきさらぎ

 約1秒後、左側のスロットは茶色い木の実で止まった。

「まぁ、そう簡単に当てられるわけもありませんよねぇ」

「があぁーっ!!」

 わかりきっていたという顔のきさらぎ、本気で悔しがるセロット。

 近くに居るタキシードを着た人形は、セロットを見てやや困惑していた。

(子供なのかあれは……)


 カジノコーナーとなったメインホールには数種類のスロット台が置いてあるものの、ディーラーを務める人形がそれぞれのテーブルに配置されているカードゲームコーナーが多くを占めていた。

 舞台近くには大きなルーレット台もあり、ビホンとボディーガードはルーレット台で遊戯を楽しんでいた。

「セロットさんもスロットやってみてはどうです?」

「えー、僕完全な運任せをやると欲が邪魔しちゃうからなぁ。

 ほら、あるでしょ? 欲を出した瞬間負けるジンクス」

「ほほほ、軽い気持ちでやるのが一番ですよこういうのは。

 いちいち一喜一憂してたら疲れませんか?」

「大丈夫だよ、僕立ち直るの早いからさ」

 ニッコリ笑顔を作ってみせるセロット。

「便利な性格ですねぇ」

 苦笑いするきさらぎは、再びボタンを押してスロットを起動する。


 ふと振り返り、カジノコーナーを見回すセロット。

(……あ)

 何かが目に入ったセロットは、きさらぎの左肩をポンと叩きながら言った。

「僕も行って来るよ!

 大勝ちするから後で見に来なよ……吃驚しちゃうよ。えへへへ」

 きさらぎの返事を待たずにその場を離れたセロット。

 振り返り、陽気に歩いていくセロットの背中を見ていたきさらぎ

(ホント自由な人ですねぇ)



「そこの君!」

 セロットが声をかけた人物は、首だけをこちらへ向けた。

「……なんだ?」

「ディーラーとじゃなくてさ!

 僕と勝負しようよ!」


 笑顔を絶やさない、チェック柄の服を着た男はセロットをじっと見る。

「何故私を選んだ?」

「え~、だっていかにも心理戦得意ですって雰囲気なんだもん君」

「?」

 セロットは自信満々に言う。

「それならね!

 超豪運を持つ僕ならいい勝負が出来るんじゃないかなと思ってね! どう? 受けてくれないかな!?」


 男は2秒程考えた後、返事をした。

「いいだろう。

 ディーラー、構わないな?」

「かしこまりましタ。

 ではスマイル様はそのまま、セロット様はスマイル様とは反対側にお座り下さイ」

 ディーラーから見て右側にセロット、左側にスマイル。

「ポーカー様は参加なさりますカ?」

 ポーカーと呼ばれた、スマイルの後ろに立っている無表情の男は首を横に振った。

(スマイルとポーカー、ねぇ)

「かしこまりましタ。

 ではゲームの内容はこちらで決めさせて頂きまス」

 そう言うと、ディーラーはテーブルに備え付けてある引き出しを開けて木製の箱を取り出した。

 セロットは、ディーラーの胸ポケットの膨らみを見ながら言う。

「あれ?

 ポケットに入ってる物使わないの?」

「こちらはただのトランプカードですのデ」


 ディーラーが木製の箱を開けると、中からカードの山が出て来た。

「ワタクシを相手にギャンブルをする方には簡単なトランプゲームを提供しておりまス。

 ですガ……お客様同士となるなら話は別でス」

 直角の線が無数に入り混じったような裏面のカードの山。

 ひっくり返し、テーブルの上に軽く放るようにして表面を見せる。

 色がついた小さな長方形が描かれたシンプルなデザインのカードは、描かれた長方形の数がそのまま数字を表していることが一目でわかる。

「ルールを熟知しているワタクシが相手では意味がありませんかラ。

 未知のゲームを手探りでひも解いていク……特別な時間になるとは思いませんカ?」

「ふふふ、君が面白いものを見たいだけなんじゃないの?」

 ディーラーは、他のものとは違うカードを3枚出す。

 小さな丸3つを線で繋いで、中心に正三角形を描いた3枚のカードはそれぞれ黄緑色・水色・赤茶色になっていた。

 ディーラーの口が動き、ニヤリと笑う。

「えェ……だからこうしてディーラーとしての役目に就かせてもらっているのでス」


 全てのカードを並べて見せたディーラーはゲームの説明を始める。

「ウバオ・キールと呼ばれるこのカードは1から9の数字を表すカードと"ヴィルタミ"と呼ばれる特殊なカード1枚……計10枚で1セットとなっておりまス。1セットごとに色が統一されているのがわかりますネ?

 3色ありますので計30枚」


「今回行うゲーム、『バチェール』では1から5のカードとヴィルタミを使いまス」

 ディーラーは素早くテーブル上に並べられたカードを回収し、1から5のカードとヴィルタミをスマイルとセロットに表向きで配った。

「あれ、色は混ぜないんだ?」

「このルールでは色を統一しまス。

 今スマイル様にお配りした方はヴィルタミ含めて表面が黄緑色……自然のカードでス。

 セロット様にお配りしたのは水色ですのデ、水のカードですネ」

 2人は自分達に配られた6枚のカードを見る。

「お2人共、カードを手に取って相手に見えないようニ。

 そして好きなカードを裏向きで1枚出して下さイ」

 スマイルはすぐに真ん中にあるカードを右手で選び、裏向きで出す。

 セロットは一番右にあるカードを右手で選び、裏向きで出した。

「ありがとうございまス。

 そしてこの中身をディーラーであるワタクシだけが見て勝敗をお伝えしまス」

「ん? 勝敗?」

「はイ」

「互いに何の数字を出したかは推理しろと言う事だな」

「スマイル様の仰る通りでございまス」

「あー……なるほどね!」

 セロットは納得したように声を上げた。

 ディーラーは2人の出したカードをめくる。


 スマイル側、自然の2。

 セロット側、水のヴィルタミ。


「この場合、ヴィルタミを出したセロット様の勝利となりまス」

「おおー……ヴィルタミはどの数字にも勝てるの?」

「いいエ、唯一1には勝てませン」

「てことは、2が一番弱い……あ! 違うか!

 2は1に勝てるから……一番弱いカードってのは無いのか!」

 セロットは自分で言いながら納得する。

「何回戦だ?」

 スマイルが聞くと、ニコリとディーラーが笑う。

「全部で5回戦でス。最終的な勝敗は勝ち数の多い方となりますネ。

 もちろん同じカード同士の場合ドローになりますのデ、場合によっては勝負がつかないこともありまス」


「プレイヤーは2枚カードを手に持った状態でゲームをスタートしまス。

 ターンの開始時にはお互いにカードを1枚引きますかラ、最後の5回戦目までは3枚のカードを持った状態で何を出すか選ぶことになりまス。

 まずは先攻と後攻を決めるとしましょウ」

「え?」

 セロットは首を傾げる。

「このゲーム、同時にカード出すんじゃないの?」

「えェ。

 先攻が先に裏向きでカードを出シ、後攻は10秒以内に裏向きでカードを出しまス」

「……?」


 ディーラーは笑みを浮かべながら語る。

「このバチェールと呼ばれるゲーム……かつてこれを考案した者達の中にハ、カードを透視出来る特殊な体質を持った者が居たと言われていまス。

 それ故ニ、一見無駄に見える"待ち時間"が設定されているのでス」

「ずっる~!」

「でもご安心くださイ。

 魔力も霊力モ、トイヴァーでは使用禁止ですかラ……」

「だよねだよね!

 他には変なルールとかあるの?」

「いいエ、これで説明は以上となりまス。

 ではカードの回収ヲ――」

「ベットが済んでいないだろう」

 スマイルが口を挟み、ディーラーは手を止める。

「そもそもお前……カジノ専用のチップに交換は済ませて居るんだろうな?」

「もちろん済ませてるよ!

 あと僕の名前はセロットだよ!」

 セロットはやや怒りながら指摘する。

「そうかそうか……疑って悪かったな、セロット。

 ところでディーラー」


「ベット額は互いに同じ金額で無ければならない……そう私は認識しているんだが、間違っていないか?」

「……何をどのように賭けるかは双方で相談して決めてもらって構いませン」

「そうか」


 スマイルは口角を少し吊り上げながら、セロットの顔を見て話を続ける。

「セロット。

 もし……もしもだ。

 私が賭けるチップと同じチップを払えなかったらどうする?」

「えっ」

「ここまでルールの説明を聞いておいてやらない、なんてのもつまらないだろう。

 だが勝負事はちゃんとしなければならない……そう思わないか?」

 スマイルの張り付いたような笑顔の中に薄っすらと見える薄目が、セロットの目を見ていた。

「ま、まさか最初っからそんなおっきなチップ賭けるなんて――」


 スマイルが僅かに首を傾げながらも、セロットの目を睨みつけながら言った。

「どうする? と聞いているんだ。

 払えなかったらお前は私に何を支払ってくれるんだ?」

 スマイルと、後ろで佇むポーカーから静かな圧を受けるセロット。

 ディーラーは一切表情を変えない。


 数秒黙ったままのセロットが、口を開こうかとしたとした瞬間だった。

「くく……冗談だ冗談。

 船旅を楽しむにはスリルも欲しいと思っていてな、ちょっとからかってしまった」

 スマイルは威圧的な雰囲気を解き、軽く笑いながら自分の持っているチップに手を伸ばす。

 セロットは安心したようにため息をついた。

「はぁー……全くもう!

 驚かせないでよ~!」

「つい、な……

 しかしかなり悩んでいたが、何を取られると思ったんだ?」

「え~、臓器とか?」

「くくく……同じ国内であればまだしも、異世界で臓器など金にもならん」

「いやほら、代償として腕を差し出せ~! とか言う人居るじゃん」

「そんな趣味は私には無いよ……くくくく」



 笑いながらスマイルは、テーブルの上にチップを一山置いた。



「え?」

 思わず声を出すセロット。

 ディーラーが、チップの量を確認する。

「ブラックチップ50枚と……パープルチップが10枚ですネ」

 セロットは、慌てて自分の持っているチップを全て出し、テーブルに出した。



「……同じくセロット様も、ブラックチップ50枚とパープルチップ10枚。

 確認しましタ」

 セロットは、恐る恐るスマイルの顔を見た。


 再び張り付いたような笑顔のまま、薄目でセロットを見ているスマイルが喋る。

「冗談だと言っただろう。

 セロット……お前が持っているチップよりも多く出すことはない」


「これで、安心してゲームが始められるな?」

 最初からセロットの交換したチップを把握していたスマイルの笑顔。

 それはただ余興を楽しむ客ではなく、明らかな敵意を持った狩人の顔をしていた。

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