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口を滑らしたが最後

「それでは皆様、これよりメインホール内の簡易的な改装を行いまス。

 周囲のウェイター達の指示に従ってくださイ!」

 音楽団が撤退し、司会の人形が大きな声で言う。

「一度ホールの外に出て頂いても構いませン。

 ホール内に残る場合、壁の近くに居てくれれば問題ありませんガ……どうされますカ?」

 セロットときさらぎの近くにいた人形が話しかけてくる。

「ん、そしたらホール内に残るよ僕」

「私もそうしましょうかねぇ……」

「かしこまりましタ!」

 人形は去っていき、セロットときさらぎは壁際へ移動する。

 ふと、セロットは呟いた。

「いやぁ……演奏、良かったなぁ」

「驚きましたよ、まさか前回来た時と全て曲が違うとは……」

「そうだったの!?」

「てっきり前と同じものかと思ってました」

「へー、こりゃまた来たくなっちゃうねー」


「特に、キルシカって子の歌声は凄かったね」

 セロットがそう言った瞬間だった。


 セロットの右隣に居た男が、グルリと首を回しこちらへ顔を向けながら話しかけてきた。

「そうだとも……君もわかるか」

「え?」

「ん?」

 もみあげと繋がった顎鬚で、黒い髪のツーブロック。

 黒いスーツに青いネクタイをした男は、目を見開きながら口を開く。

「キルシカちゃんはね……"光"なんだよ」


「俺はあちこちで色んなアイドルと出会ったけど……キルシカちゃんが最もアイドルを楽しんでる。

 本当に好きなのさ、あの舞台に立って、歌い踊り、声を届けるのが……!!

 彼女の顔を見ていると伝わってきただろう? 誰にも負けない強い熱がさ!

 あれ? 君はもしかしてトイヴァーに来たのは初めて?」

「う、うん」

「そっか……初めて、か……

 俺も初めての時は……あぁ……揺さぶられた心が落ち着くことは無かった。

 思い出すだけで……あぁぁ!! だって前の時と曲が違ったんだよ!?

 つまり俺はもう一度あの時の衝撃を身体全体で、心の奥底まで味わう事になって……」

(ヤバい奴に捕まっちゃった)

(ヤバいのが来ましたね……)

 戦慄を覚えるきさらぎ、真顔になるセロット。

 しかし男の話は止まらない。

「キルシカちゃんが言った通り、運が良ければ船で会える。

 でも彼女も船員としての仕事をこなしてるんだ……あんな大役を兼ねて仲間達を手伝うのは何故だかわかるかい?

 彼女はとびっきり仲間想いなんだ!! 音楽団の仲間達とは特に仲が良くてね?

 ニメトンちゃんとピクリニちゃんとは並んで歩くことが多くてね。

 他の人形達と会った時もニコニコ笑ってたまに談笑したりするんだよ! はぁぁ……俺達だけじゃなく他の仲間達にとっても天使エンジェルのような存在なんだ!

 彼女が一番仲が良いのはシンバルを叩いていた彼、ボイくんさ。

 ボイくんも大柄でいながら優しい男でね……キルシカちゃんの心の支えになってるのかも知れない。

 そういえば受付係のシュラーヤちゃんには会ったよね? キルシカちゃんは彼女を妹みたいに扱ってるところを一度だけ見たことがあるんだ!

 思わず飛び出た心臓ハートが帰ってこなくなるかと思った……なんなんだろう? 実は本物の天使エンジェルなのかな?

 着てる衣装はサブマスターの誰かが作ってくれたらしいんだ。彼女にピッタリな色合いをわかってるんだ……居るんだよきっと、この船には天才かみが。

 あっ!! そう、衣装! 衣装だよ!

 キルシカちゃんの衣装をモチーフにしたチュロスがレストランで注文出来るんだ!

 その名も『ハートの形』! イチゴの風味がほのかに香ってきて、しっとりとした甘みなんだよ。

 あぁっ……言わなきゃ良かったかも知れない。俺がこれを伝えたことによって既に味がわかってしまったよね……本当にすまないっ!!」

(うおお今だっ)

「ううん! いいんだよ気にしなくて!」

 更に喋り続けようとした男は、セロットの返事に一度言葉を止める。

「彼女への愛は本物だね……君は本当に凄い!

 そんな君に頼みたいことがあるんだ、聞いてくれないかな?」

「なんだって言ってくれ!」


「僕の仲間にも、彼女の良さを教えてあげて欲しいんだ!

 そいつはなかなか良いアイドルに巡り合えなくてね……ずっと困ってるのを僕だけが知ってる。

 彼の名前は、ユーラ!

 身長の高い、薄い金髪の男と一緒に居る背の高いやつなんだ!」

「何!?

 なんてことだ……俺は今日そのためにここに来たというのか……!?」

 男は吊り上がりそうな口角を必死に抑えようとするも、余りの嬉しさに笑みを浮かべてしまう。

 そして一粒の涙を目から零した後、セロットの両肩を掴んで言った。

「わかったっ!!

 俺に任せてくれ……必ず君の仲間にキルシカちゃんの素晴らしさを伝える!!」

「うん! 頼んだよ!

 僕はセロット。君は?」

「俺はダビット・ワストーレルだ!

 友よ……また明日メインホールで会おう!!」

 更に涙を流したまま、親指を立ててニッコリと笑った。

 そしてダビットは、急ぎ足でメインホールを出て行った。



 ダビットが居なくなったのを確認してから、鬼は怪訝な表情をしながらセロットに聞く。

「……あなたのお仲間、そんな風には見えませんでしたけど」

「嘘に決まってるじゃん……」

「仲間を売ったも同然じゃないですか!」

「あれ以外あいつを回避する方法あった?

 多分こうしなきゃカジノコーナー始まっても語ってたと思うんだよね……」

「……返す言葉もありませんね」

 2人は同時にため息をついた。

(でもヤバいな……どうしようワッシュ)


(僕なんとかして明日メインホールに行かなくて済む方法ないかなぁ!?)

 人形達がメインホール内で慌ただしく働く中、セロットは真剣に悩み続けていた。


 --------------------


 トイヴァー、2階の横側にある外通路。

 柵に両腕を置きながら、広い洞窟に続く地底湖を眺める1人の男。

 洞窟内の天井や壁のあちこちに小さな照明がついており、外通路や甲板も程よく照らされている。

 しかし、男はやや下……ずっと地底湖の方を1人で見続けていた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ワッシュ達がトイヴァーに到着する少し前。


「いやはや……改めて見ると凄い造りですねぇこの船は」

 廊下を歩く、頬が若干角ばった魚のような目と太い眉をした短髪の男。

 和装に身を包みながら、内装をキョロキョロ見回す。

(きさらぎ)

「はい?」

 きさらぎと呼ばれた男が返事をして後ろを振り向く。

 後ろへ流れながら広がるように揺らめく、水色の髪。

 頬や顎には鱗のようなものが生えており、険しい顔つきからは厳格な雰囲気が漂う。

「契約のこと……忘れておらんだろうな」

「忘れませんって……もう」

 怪訝な表情をしながら答える鬼。

(みどり)さんこそ妙な行動はやめてくださいよ?

 ただの一般客として馴染むんです。でないと万が一ってことも……」

「ワシが負けるとでも言うのか?」

 みどりから僅かに殺気が漏れた。

 そんなみどりを見て、少しだけ冷や汗を垂らしながらもため息をついたきさらぎ


「だからそうだって言ってるじゃないですか……

 そもそもこの船に乗ってくる時点で得体の知れない者は多いんですよ。

 船自体だって未知数なのに……」

「本気を出したワシを殺せる奴はおらんぞ」

「わかりましたってば……

 でも確実に取り返したいんでしょう?

 なら少しは私の話を聞き入れて下さいよ」

「……フン」

(めんどくさいなぁ全く……)

 明らかにめんどくさそうな表情をするきさらぎ


「ともかくですよ。

 私が良いって言うまで大人しくしていて下さい。

 ……そうだ。海ですよ海。

 外に出て海を眺めていると良い。

 それで、話しかけてくる者は全員無視するんですよ。いいですね?」

「……」

「ただでさえ険しい顔したままなんだ。

 誰かに怪しまれるのは確実かと思いますけどねぇ……」

「もしワシを殺そうとしてくる奴が居たらどうする」

「その時は逃げて下さい」

「なんだと……」

 既に険しい顔に、更に力が入る。

「あぁもう! 言った側から!」

 苦い顔をするきさらぎだが、みどりは威圧的な態度を崩すことは無かった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(早く合図を出さんか!

 きさらぎめ……)

 みどりは苛立っていた。

 苛立ちを隠せぬまま海を眺め続けるみどりには、誰も近寄らない。

 観光客の何人かが偶然外通路に来たものの、みどりの表情と雰囲気を察すると引き返してしまった。

(腹立たしい。全てが腹立たしい。

 人形も他の奴も全てだ!!)


(だが見ておれ……

 一度ワシが動けばこんな船などすぐに沈めてくれるわ)



("ワシ"の海を汚す者は……全員殺す)

 苛立ちと殺気を必死に抑えながら、彼は何かを待ち続ける。

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