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アイドルには腕組み男が付き物

 気だるそうな人形を不思議そうに見るワッシュとユーラ。

「……?

 お前は他の人形と違うのか?」

 今まで出会った人形達は、どれも何かの仕事をし続けていた。

 それだけに、ワッシュとユーラの目には異質に映る。

「あのなぁ……」


「早くドアを閉めねーと俺がサボってることがバレるだろうが……ったく」

 人形は腰かけていた衣装ダンスを降り、ワッシュとユーラの目の前まで来る。

「早く入れって。

 ドア閉められねーだろ」

 ワッシュとユーラは、目の前の人形を見定めるように睨む。

「……もしかして警戒してんのか?

 めんどくせぇなお前ら……」

「当たり前だろう」

「じゃあ出ていけよ。

 俺は誰にも見つかりたくねーんだよ」

 そう言うと、人形は再び衣装ダンスへ戻り中段に腰かけた。

「……どうする、ワッシュ」

「……」

 ワッシュは、人形の居る小さな通路を見回す。

(この船はどこに居ようと微弱な霊力の流れがある。

 ここも同様……術が仕掛けられているようには見えないが)

「チッ……ムカつく客だな」

 人形は衣装ダンスを内側から閉めようとしている。


 ワッシュは1歩踏み出し、部屋の中に入った。

 2秒置いてから、ワッシュはユーラの方を向いて言う。

「ユーラ、ドアを閉めてくれ」

「!

 ……わかった」

 そしてユーラも部屋に入り、ドアが閉められた。

「あ?」

「ドアは閉めた。

 単純な好奇心だ……お前はなんなんだ?」

 ワッシュの問いに、首を傾げる人形。

「どの人形もせわしなく動いている。

 マスター……ノクゥと言ったか。お前達は奴の能力によって動いている人形なんじゃないのか?」

「……あーそういう話ね。」


 納得したように返事をした人形は、ため息をついてから答える。

「お前らは勘違いしてんだよ。

 俺はめんどくさいことをしたくないからここでサボってるだけだ。

 他の奴らは好きでやってんだ、人形だから意思が無いなんてことは無い。」


「大体なぁ……俺が見つかったら何させられると思う?

 船内の掃除だの、食事運びだの、船内の見回りだの、雑用ばっかだ。

 大役押し付けられたってめんどくせぇし、前は音楽団に混じってバックダンサーをやれって言われたこともある。

 何で俺がそんなことやらなきゃならない?

 そんなのはなぁ、他の誰かがやりゃあいいんだよ。出来る奴がやればいい。

 俺がやる必要なんか無いしめんどくせぇ。わかったか?」

「……なるほど」

「能力で動いてるから全員意識なんか無くてマスターの思った通りにしか動きません、なわけねぇだろ。

 大体この海は魔力が制限されてんだからこんな大量の人形全部能力で操るなんて無理な話だ。

 これ以上説明要るか?」

「全くもってお前の言う通りだな……すまない」

 ワッシュはごく自然に謝罪の言葉を述べた。

「わかってくれて何よりだ」


「俺はディシフ=カーユ。他の奴らも全員ちゃんと名前あるんだから少しは覚えてやれよな?」

 ディシフの表情は変わらないが、心なしか笑っているようにも見えた。



 その時だった。

 ワッシュとユーラが入って来たのとは反対側のドアが開き、別の人形が姿を現す。

 ディシフが振り返りながら声を出した。

「げっ」

「ア!

 やっぱりここだっタ!」

「あっ」

 思わずユーラも声を出す。

 身長の高い、細い顔の人形はディシフの手を掴みながら言う。

「ほラ!

 サボってないで仕事を手伝ってッ!」

「わざわざ俺を探しに来たのか!?

 何でわかったんだよっ」

「シュラーヤ様が教えてくれたんダ!

 ノクゥ様に叱られるヨ!」

「またあいつかよ……クソッ!

 めんどくさいこと俺にさせようとしやがって!」

「いいから早ク!」

 やや怒り気味の人形は、ディシフの手を引っ張り奥へと連れて行く。

「お客様方、見苦しい所をお見せしてしまいすみませン!

 この先はお客様方は侵入禁止のエリアとなっていますのデ、見取り図を見ながら入らないように気を付けて下さいネ!」

「おい客人!

 頼むから俺をサボらせてくれ!」

「お客様方になんてこと言うんですカ!!

 船内掃除に終わりはないんですヨッ!」

「やっぱりどうでもいい仕事じゃねぇかっ」


 その言葉を最後に、扉は閉められ人形とディシフは消えていった。

「……」

「……」

 何も言わずに互いを見るワッシュとユーラ。


 そして、2人同時にもう一度前を向く。

「なんだったんだアイツは……」

 ユーラの呟き。

 ワッシュも同じ気持ちのまま、閉まったドアを見ていた。


 --------------------


 セロットときさらぎは、メインホールに残り音楽団の演奏会を聴いていた。

 静かなメロディから始まった、目覚めの朝を思わせる旋律。

 バイオリンの緩やかな音色が会場内を包んでいたかと思えば、テンポが速まり陽気なメロディへと変わる。

 ホール内には、2本のサーベルを帯刀していた男以外に縞が気になった者は残っていた。

 セロットは食べるお菓子が尽きるとテーブルにあるものを取って口に頬張る。

(ホントよく食べますねぇこの人は……)

 演奏を見ながらも、食べまくるセロットを横目で見るきさらぎ


(やっぱり皆自律してるなぁ。

 しかもそれぞれの人形によって動きのクセがある!

 まるで生きてる人間と同じみたいな、そんな微妙なクセの出方……)

 セロットは人形達を見ながら推測する。

(楽器の演奏にも練習する時間が必要だったのかな?

 もしも人形の中に直接魂が入ってるとしたのなら――)


 陽気なメロディの演奏の最中、舞台裏から飛び出してきた新たな人形。

 シュラーヤと同じく肩までは届かない程度の長さがある明るい茶髪の右側には、赤い花のブローチをつけている。

 黄色く輝く瞳に小さな鼻、ニッコリと笑う口からは明るい雰囲気が十分に伝わってくる。

 袖のない、肩の部分がフリルになったアイドル衣装は濃いピンク色と白色で構成されており、鎖骨の部分には真っ赤なリボンがついていた。

 膝が見える程度の長さの膨らんだスカートも同じような配色となっており、足にはヒールの無い白とピンクで構成されたパンプスを履いていた。

 人形特有の球体関節が肘と膝にあり、さらけ出した腕と足、そして顔の独特な雰囲気からは彼女が人形であることをハッキリと伝えてくる。


 だが、彼女が音楽に合わせて踊り出した瞬間。

 観客達に、まるで生きている一人の女性がそこに居るかのような強烈なイメージを植え付けた。

(うわっ!

 凄いきれいで可愛いなーあの子!)

 セロットは彼女を見ながらもお菓子を食べる手を止めない。

 程なくして、舞台裏からスーツを着た人形達が4人現れバックダンサーとして踊り出した。

 気付けば音楽団の演奏する曲は変わっており、舞台一番奥……左右に1つずつあるピアノの前に座っていた人形が動き出し、テンポの速い曲を奏でていた。


 2分程心が躍り出すような賑やかな曲を演奏し終わると、今度は左側に居たトランペットを持っていた人形が、トランペットを置いて床から別の楽器を取り出す。

 フルートを吹き始めたと同時に、2人のピアノ弾きがゆったりとした音色を奏で始め――


 中心で踊っていた彼女は、マイク無しに歌い始めた。


 海と恋をテーマにした優しい歌が、メインホール中に響く。

 高く、可愛らしい声色の彼女の歌の最中、バックダンサー達は膝をついて下を向いている。

 彼女は時折目を閉じてみたり、薄っすらと開いてみたりと感情に抑揚をつけながら声を届けてくれた。


 流石のセロットも、これにはお菓子を食べる手を止め……静かに歌を聴いていた。

 隣に居るきさらぎは、微笑みながら彼女を見ていた。


 そしてセロットと鬼の後ろ……壁に寄り掛かりながら歌を聞く、腕を組んだ1人の男。

 もみあげと繋がった濃い顎鬚をたくわえた、ツーブロックの30代程度に見える彼は、溢れそうな感情を表情に出すまいと堪えるも……一滴の涙を流していた。




 それから何度も演奏は続き……

 気付けば約1時間が経った頃、演奏は終了し彼女は喋り出した。

「皆さん!

 ここまで聴いてくれて本当にありがとう!!」


「初めましての方は初めまして。

 前にも来てくれた方は……また見に来てくれて嬉しいわ!」


「私の名前はキルシカ。

 トイヴァー唯一のアイドルです! よろしくねっ!」

 人形達から拍手が起こった。

 人形以外の乗客の一部も拍手を送り、セロットもニコニコ笑みを浮かべながら拍手をした。

「皆紹介したいけれど……たくさん居るから!

 音楽団の主要メンバーだけさせてねっ!」


「どーんな楽器でも使えちゃう!

 オールラウンダー、ケタールス!」

「どうモ」

 フルートの音色を一瞬奏で、アピールした。

「ピアノ姉妹!

 姉のニメトンと妹のピクリニ!」

 2人は何も言わず、ピアノを一瞬弾くことで返事代わりにした。

「シンバル担当!

 ボイ!」

「オイラだよ~!」

 奥の壇上に居る大柄な人形は、大きな口で笑いながらシンバルを一度だけ叩いた。

「そして演奏を手伝ってくれた他の皆、私と一緒に踊ってくれた4人!

 皆に盛大な拍手をお願い!」

 再びホール内は拍手の音で包まれた。

 人形達は皆、嬉しそうにしており和やかな雰囲気がホール中を埋め尽くしていた。


「私、たくさん話したいことがあるの!

 この船で出会ったお客さんとの思い出とか、皆と一緒に演奏を練習した日々のこととか……!」


「だからね?

 もしこの船で私を見かけたら、声をかけて欲しいの!

 私も船の一員だから、他のお仕事もしなきゃいけない……でもね、お客さん達とも楽しく話がしたくてしょうがなくて!」

 キルシカは想いを募らせながら喋り、声のトーンを上げていく。

「もちろん、明日のお昼にもまた演奏会をやるから必ず会えるけれども!

 もし私の事が気になった人が居たら、関わって欲しいなって……そう思ってるから、ね?」

 少し名残惜しそうに投げかけ、薄目になり――


 再びパッチリと目を開き、明るい様子に戻ったキルシカが声を張り上げた。

「ふふ!

 寂しいのは誰だってきっと一緒ね!

 また会いましょう、皆! じゃあね! バイバイっ!!」

 キルシカは手を振りながら、舞台裏へと歩いて消えていった。




 壁に寄り掛かっていた男は、両目から涙を流し鼻水を垂らしながら呟いた。

「うぅっ……好きだ……キルシカちゃん……っ」

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