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トリートorエネミー

 メインホールは広く、天井までは約5m以上はありシャンデリアが2つぶら下がっている。

 白いテーブルクロスが敷かれた円形のテーブルとイスがいくつもあり、テーブルの上にはお菓子の入った白い容器がいくつも乗っている。

 菱形の細かい模様が入っている濃い橙色のカーペットは床の全てを埋め尽くしており、周りや天井についた電球は、温白色の光でホール中を照らしていた。

 乗客や人形達の話声が飛び交う中で、明るい様子を取り戻したケバットが言う。

「もう少ししたらマスターからの挨拶があると思いますから、それまではゆっくり待つだけですね」

「ねぇねぇワッシュ!

 このチョコ美味しいよ!!」

「お前いつの間に……」

 目にも止まらぬ速さでウェイターの人形からお菓子を貰い、食べているセロット。

 口にチョコをほおばっているセロットは、右手にもまだ別のお菓子を持っている。

「ほら、ワッシュも1個食べてみなよ!」

 そう言い、セロットはさっき自分が食べたものと同じチョコをワッシュに渡す。

「食い意地が張りすぎだお前は……」

 そう言いながら、セロットから受け取ったチョコを口に放り込むワッシュ。

「どう? どう?」

「……!

 以前食べたものとはまた違った味わいだな……」

 心無しか表情が緩むワッシュ。

 そのやり取りを横から見るユーラとタノスは、眉間にしわを寄せながら2人を見ていた。

 そんなユーラとタノスに気付いたきさらぎは、小声で話しかける。

「お2人とも……そう警戒なさらなくても大丈夫ですよ。

 ここの食事は安全ですから」

 きさらぎはにっこり笑いながらも説明する。

「私は前にも一度この船に乗りましてね。

 そりゃあ異世界ですから、基本的に外で出される食事には注意を払ってるんですがね?

 乗客の半分程が食事をしているのを見たんですが、まぁ別に何も起きはしません。

 そちらで食べてるお2人は、最初から毒など入ってない事をわかっていたのでは?」

「いや……あいつらは毒とか関係ないからな……」

「え……」

 ユーラの言葉に眉をひそめるきさらぎ

「何も考えずに喰ってるだけだ」

 タノスの言葉に、思わず振り向いたセロット。

「はい悪口! ピピーッ!」

「事実だろ……」

「事実陳列罪ってのがあってねぇ! 重いぞ~この罪は~」

 そう言いながらタノスの肩を両手の人差し指でツンツン押すセロット。

 自分も指摘されていることに何も言い返せず、チョコを食べて動かしていた口をピタリと止めたワッシュ。

「……」

「いいんだぜ?

 考えながら喰う必要なんてねーだろ」

「そーだそーだ!

 縞の言う通りだー!」

 セロットが賛同するも、ワッシュは何も言わずチョコを飲み込んだ。

(いや……確かに半分は何も考えずに食べていたような気が……)

「面白い人達ですね皆さん……ほほほ」

 ワッシュ達のやり取りを見て思わず笑いだす鬼。



 縞は、ウェイターの人形から貰った飲み物を飲みながら周りを軽く見渡していた。

 メインホールには人形も含めれば100人程の人数。

(んーと、特徴のある奴は……)


 右側、円形のテーブル近くで飲み物を飲む2人組。

 灰色を基調としたチェックのジャケットに黄色いネクタイの男。

 その隣に居る、黒色を基調としたチェックのジャケットに青いネクタイの男。

(遠くだからわかんねぇけど……

 なんとなく俺と近い雰囲気がするんだよな)


 その近く、テーブル前の椅子に座る黒いコートを着た老齢の男。

 ややボサボサの白髪に白い顎鬚をたくわえ、俯き無気力な様子だった。

(もし一人でトイヴァーに乗船してきたんなら見かけはアテにならねぇ)


 そこから視線を左へ逸らすと、ツインテールの丸眼鏡をかけた女性。

 白いシャツの上にベージュのカーディガンを羽織り、ピンク色のスカートを履いており膝が少し出ているような恰好だった。

(完全に観光目的の奴らもそりゃいるが、あんな恰好の女が居るのは目立つな……)


 中央付近で飲み物を立ち飲みする、かきあげられた茶色のやや短髪の男。

 平均的な寿命なら40代程度の顔立ちの彼は、ジャケットに近いような革製の黒い作業着を羽織り、肘から下まで袖をまくっている。

 深い緑色のカーゴパンツを履き、左右の腰に1本ずつ鞘に収まったサーベルを帯刀していた。

(2刀流かな。

 堂々と帯刀してっけど……隙だらけで全く周囲を警戒してない)


 一番左側、壁に寄り掛かる目元に傷のある男。

 ブロンド色の天然パーマは肩にかかるぐらいの長さで、黒いタートルネックを着ており青のジーンズを履いている。

 腰には銃が一丁下げられている。

 何も食べたり飲んだりせず、たまに周りを見渡し様子を伺っているようだった。

(アレも観光目的じゃなさそうだな

 今んとここのぐらい……それと、さっきのビホンって奴か)




 縞は、セロットときさらぎの会話を聞きながら心の中で呟いた。

(まぁ現状一番警戒すべきはきさらぎだけどな……)




 突如、ドラムを細かく叩く音と共にメインホールの奥にある檀上のカーテンが動き出した。

 ホール内に居る者が全員壇上の方を見る。


 カーテンが開かれ、現れたのは人形達だけで構成された音楽団。

 すると、ホール内を照らしていた照明が消えて壇上に立つ1人の人形のみにスポットライトが当たる。

 鼻の長い、細い逆三角形の顔をした人形はシルクハットを被り、黄色いスーツを着込んでいた。

「大変なが~らくお待たせ致しましタ。

 チョコのお味は如何でしたカ? まだ食べてなイ? なんと勿体なイ!

 シャンパンのお味ハ? まだ飲んでなイ!? 潤せばいいのです渇きヲ!」


「しかしそれもこれも始まりですらありませんネ?

 さァ! これから始まるのでス!」


「2度と忘れることのない豪華客船の旅ガ!!」

 高らかに叫んだ人形。

 すると、一気に檀上全てが照明で照らされ、音楽団達が同時に動き始めた。

 トランペットを吹く人形達は、音を鳴らしながら左右に揺れている。

 ホルンを持つ手の長い人形2人は、椅子に腰かけながら丁寧にホルンを吹いている。

 細長いドラムをスティックで叩く身長の高い人形は、細かく音を刻み続ける。

 後ろでシンバルを鳴らし続ける大柄な人形は、楽しそうに身体を動かしながらニコニコ笑っている。

 賑やかで楽しげな、始まりを連想させる曲がホール中に響く。

 耳障りにもならず、それでいて心に程よく響くようなテンポが心地よさを生み出していた。

 いつの間にか指揮棒を振っていた司会の人形は、30秒程の短い演奏が終わると再びこちら側を振り向き、腰を90度曲げておじぎをした。

 それと同時に、客達の居る方から拍手の音が響いた。

(……)

 タノスは拍手している人物を確認する。

 乗客で拍手している者は数人程度だったが、乗客達に紛れているウェイターの人形や、案内役の人形達は全員拍手をしていた。


 おじぎを終えた司会の人形が再び喋り出す。

「まだまだ我々のショーを楽しんで頂きたい所ですガ!

 すぐ部屋に戻って疲れを癒したイ……そんな方もいらっしゃるかと思いまス!」


「で・す・の・デ!

 我らがマスター……ノクゥ様からのお言葉だけでも聞いて頂きたイ!」


 その瞬間、壇上を照らしていたスポットライトが消え……

 壇上の更に上に取り付けられた小さな踊り場に、人形2人を携えた老人が現れた。

 老人は茶色のコートを羽織っており、整った白髪はオールバックになっている。

 やや長めの鼻はしおれたように弛んでおり、目元にはいくつものシワが寄っていた。

 老人の左に居た人形が、マイクのようなものを老人に渡す。


 静かに喋り出した老人の声は、しわがれていた。

「我がトイヴァーへようこそ。

 私がこの船のマスター、ノクゥだ」

 乗客全員がノクゥの方を見る。

 セロットは小声で周りの仲間達だけに聞こえるよう呟く。

「あのおじいさん話長そうじゃない?

 船の歴史が~とか何かにつけて高説垂れるパターンだよ絶対」

「おいセロット……」

 ユーラは横目でセロットを睨んだ。

 その呟きを聞いていたきさらぎも、苦い顔をしながらセロットを見る。


「語るよりも見て、感じてもらう方が早い。

 私自身から船について話すことはない」


「知りたいことは我が人形に聞くといい。

 くれぐれも彼らに粗相の無いようにして欲しいものだ」


「では諸君……良い船旅を」


 それだけ言うと、ノクゥは左に居る人形へマイクを手渡す。

 そのまま、ノクゥと2人の人形は振り返って歩き出し、奥へと消えていった。


「以上!

 ノクゥ様からのお言葉でしタ!」

 再び人形達からの拍手が起こる。

「ぼ、僕の負けだ……」

 唖然とした様子のセロット。

「お前は誰と勝負してんだよ……」

 そんなユーラの呟きも、拍手の音でかき消されワッシュ達にしか聞こえなかった。


「それでは皆様!

 ここからは我が音楽団による演奏会を行いまス!

 演奏会が終わりましたラ、メインホールはそのままカジノコーナーとさせて頂きますのデ、興味のある方はそちらも楽しんで頂ければ幸いでス!」

 司会の人形がそう言うと同時に、メインホールにある廊下に繋がる扉が全て開いた。

 メインホール内の照明がつき、それぞれの案内役の人形達が動き出す。

 ケバットもまた、ワッシュ達の方へ向き直り話しかけてくる。

「ワッシュ様達はどうしますカ?」

「私達は一度部屋に――」

「僕カジノが気になるんだよねぇ~。

 ほら、そういう顔してるでしょ? ね?」

「……」

 セロットは上目遣いでワッシュを見ながら説得を試みる。

 ワッシュはめんどくさそうな表情をしながら口を開いた。

「……セロットだけ置いていくぞ」

「皆来ないの!?

 僕が他の乗客達から金を巻き上げるとこ、見たくない?」

「興味ない」

「そんなこと言っちゃってさぁタノス。

 きさらぎも僕が大勝ちするとこ見ててよ! ね?」

「へ?

 あいや、私は元々ここに残るつもりでしたけど……」

「じゃ、きさらぎ

 セロットをよろしくな」

「えっ」

 縞はそう言うと、歩き出す。

 セロット以外の全員が縞についていき、ケバットも慌ててついていく。

「さ、そこのテーブルからのんびり演奏眺めようよ」

「え、ええ……」

 セロットに手を引かれ、きさらぎは言われるがままテーブルの方へと向かう。




 去って行ったワッシュ達を一瞬見た、チェック柄のジャケットを着た2人組。

 片方は無表情で、もう片方は常に笑顔を作っていた。

 笑顔の男が右手で口の部分を覆いながら、口を動かす。

 無表情の男も同じように左手で口の部分を覆い、口を動かす。

 2人共、目の端で互いの唇の動きを読んで会話を始めた。

(メインターゲットを追っていたら思わぬ収穫だな)

(保留にしてるターゲットで間違いないな?)

(ああ)


 笑顔の男は、既に吊り上がった口角を更に吊り上げながら唇を動かした。

(被検体番号429-B。

 本名……)


(ユーラ・テヌム)

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