案内役人形
シュラーヤはチケットを確認すると、上着の内側胸ポケットへすぐに仕舞う。
「確認出来ました。
まずお客様の専用個室へ案内役がお連れします。
船内入口前までお進み下さい。」
一歩横へ逸れたシュラーヤは、右手を船の方へ出して軽く頭を下げる。
「え~?
シュラーヤは案内してくれないの?」
セロットはシュラーヤの顔を見ながら言う。
シュラーヤは軽く頭を下げたまま返事をする。
「私はまだ来られていないお客様を出迎えなければなりませんので……」
「バカなこと言ってないで早く行くぞ」
タノスはセロットの後ろを通り過ぎながら言った。
「あっ!
僕が先頭行きたいのに!」
セロットは慌てて走り、歩くタノスの前へ出た。
ワッシュとユーラもそれに続き、一番後ろに居た縞がシュラーヤに愛想笑いをしながら言う。
「わりぃな、あいつ思ったことすーぐ口に出すんだよ」
「いえ……お気になさらず」
「おう」
遠ざかっていく縞達を確認し、頭を上げたシュラーヤ。
数秒、縞の背中を横目でじっと見ていた。
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「ワタクシ案内役のケバットと申しまス!
皆様に快適な旅をお届けするため、全力で案内させていただきまスッ!」
マリンキャップを被った頭には、ぜんまい仕掛けを動かすための鍵のようなものがついており、スーツを着込んだ細い人形は口をパカパカ動かしながら喋っている。
スーツの中に見えるネクタイはやや曲がっており、それを思わず見つめたタノス。
視線に気付いたケバットは、慌てて右手でネクタイを触った。
「へ!
また曲がってル!
ヌ! ヌ! ヌゥ!」
ネクタイを左右に勢いよく振った後、下に強く引っ張って無理矢理整える。
「ハイッ!
ワタクシ、これで元通りのケバットでス!」
自信満々に言い切るケバット。
「……」
眉をひそめ、だるそうな表情のままケバットを睨むタノス。
「ふふ!
ケバット! 最初はどこに案内してくれるのー?」
セロットはケバットの仕草を見て楽しそうにしながら聞く。
「はイッ!
まずはワッシュ様ご一行を客室までご案内いたしまス!
ワタクシにザザザッとついてきて下さいッ!」
そう言うと、ケバットは片目だけを閉じてウィンクをしながら船内の方へと振り向き、歩き出した。
「なかなか騒がしい奴だな……」
ユーラは小声でボヤいた。
「セロット程じゃねぇし我慢しろって、タノス。」
タノスに耳打ちした縞。
「なんか聞こえましたな……ん? ん?」
グルリと首を曲げ、後ろを向いたセロット。
「ん? ん?」
歩きながらも、速度を落とし縞の前まで戻ったセロット。
帽子のつばが縞の首の下あたりにガンガン当たる。
「な~んも俺は言ってないぜ?
な、ユーラ?」
「……あぁ」
「へぇ~?
ふーん。」
セロットは目を細めて縞とユーラの顔を交互に見る。
そして、前を向いてから呟いた。
「イエローカード、1枚」
「……それ何枚たまったらアウトなんだ?」
思わず訊くユーラ。
「たまったらアウトじゃないよ。
たまった分だけ僕特製のギガポーション飲んでもらうのさ」
「だからそれギガポーションじゃなくてただのゲテモノスープだろ!?」
「ふふふふふふ」
先頭を歩くケバットのすぐ後ろに居たワッシュ。
ケバットは、話声の内容はわからずとも楽しそうな雰囲気を察知しワッシュへ声をかける。
「皆さん仲が良さそうですネ?」
「……やかましいだけだ」
ワッシュはため息をつきながら答えた。
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到着した客室内は、入ると右側に奥行きがあり2段ベッドが左右に1つずつ、計4人分の寝床が確保されていた。
床一面に白と橙色で出来た模様のカーペットが敷かれており、ベッドの更に奥には小さなテーブルが1つとイスが2つあった。
「睡眠を取られない方がいらっしゃると聞きましたのデ、確かに4人用のお部屋をご用意しましたガ……本当に良いのですカ?」
「ああ。
これで十分だ」
ワッシュは使徒としての体構造ゆえに、睡眠を必要としない。
「綺麗な部屋だね~、ありがとうケバット!」
「ワタクシが用意したワケではありませんけれどモ! 気に入ってくれてなによりでスッ!」
そう言いながら、胸を張って誇らしげにするケバット。
そして言葉を続ける。
「皆様、お荷物置かれましたらメインホールへご案内いたしまス!
あっ! しかしですネ? 貴重品等は出来る限りご持参くださイ!」
ケバットは人差し指を立てながら言う。
「我々は有事の際以外、お客様のお部屋に入ることはありませン。
ですのでネ? 万が一、万が一にも紛失や盗難があった場合、保証しかねるのでス」
「客と客とのトラブルはそりゃあなぁ」
縞がそう言う横で、セロットはいつの間にか背負っていた袋を部屋に下ろす。
そして――
「よっと」
セロットは、袋に施してあった封印を魔力で破り、開けた。
ケバットはセロットの方に視線を向け、驚いた様子で言う。
「!?
お、お客様!
今一体何をされテ――」
「あーごめんごめん。
これ魔力使わないと開けられないようにしててさ~」
「そ、そういうことでしたカ……」
ケバットはホッとした様子を見せながらも、ワッシュ達に説明する。
「ええとですネ……
既に分かるとは思いますガ、当クルーズは魔力の使用が制限されまス。
更に、お客様には極力魔力の使用を控えて頂けるようお願いしたいのでス。
このあとお連れするメインホールで説明するはずだったんですけどネ」
「何かあると怖いもんねぇ。
もう魔力使うのはこれっきりだから安心して!」
「いえいえ、ワタクシもびっくりしてしまってすみませン!
――では、メインホールへ向かいましょうカ」
「ワッシュ達先に行ってて!
僕荷物整理してから追いつくからさ!」
「おい……そんなの後でも出来るだろ」
「いいからいいから!」
タノスの言葉など意に介さない様子のセロット。
「どうせ飯つまみ食いしたいんだろ……」
「むふふふ!」
呆れながら言うユーラは、ケバットの方を向く。
「ケバット、先に案内してくれ。
セロットはどうせすぐに来る」
「わ、わかりましタ」
ワッシュ達が部屋を出た後、袋の中から食料品を出していたセロットは、一つの缶詰らしきものを取り出す。
魚のイラストが描かれたラベル付きの缶を開け――
その中に入っている、小さな種を取り出す。
更に、袋の中から出した小さな植木鉢のようなものを部屋の隅に置き、懐から土の入った袋を取り出して植木鉢の中に入れる。
土の中に種を入れ、更に残りの土で覆いかぶせてセロットは満足気に微笑んだ。
(よし。
"保険"はこれだけでいいや)
(どの程度魔力が使えるのかも大体わかった。
でも魔力よりも、霊力の方が使ったらまずそうだねこれ)
植木鉢を部屋の隅に置くセロット。
(ここに居る人形達は……以前出会ったような"組み立てた人形"とは構造が違う)
(木製で出来た人形特有の"音"がしない)
セロットは、洞窟に入る前も、入った後も……
船内に入ってからも、常に音を聞き分け情報を探っていた。
(しないって言うよりは……少ない?
そのおかげかどの人形も動きが精密だ)
(それと……)
セロットはしゃがみ込み、床に手を置きながら耳を澄ませて動きを止める。
(……)
(……何体居るんだろう、これ)
セロットは、手のひらから感じる微妙な霊力、魔力……
下からの僅かな音の反響を聞き、人形がおよそ100体以上は居ることを把握した。
(外から見た感じここから下にあと2、3層はあるはず。
200、300ぐらいは居るのかな?
だとしても、この量をいっぺんに操る能力者……普通なら無理だなぁ。
能力は基本、魔力をエネルギーに発動させられるものだし)
植木鉢をイスの後ろに置いたセロットは、ゆっくりと立ち上がった。
(……基本は、ね)
入口のドアへと向かいながら思案するセロット。
(あとは乗客も気を付けなきゃねー。
ワッシュと縞は特に気付いてるだろうけれど)
(違和感のある足音をさせる奴が2人いる)
セロットはドアを開け、ワッシュ達を追って部屋を出た。