お題目「人形の心」
『身体は 同じ 時を刻むだろう』
キルシカの悲しげな雰囲気の声が響き渡る。
『『止まった 心を 置き去りにする』』
主人公の人形の前を他の人形が通り過ぎると、主人公の人形は背が伸びていた。
左右の建物の色合いは少しずつ変わっていき、気付けば黄色を基調とした明るい色から緑色を基調とした暗い色になっていた。
トイヴァーを照らす照明もやや暗くなっており、演出は視覚と聴覚から観客達の心へ染み込んでいく。
「はぁ……はぁ……っ。
なんというショーだっ……!」
甲板前部へ到着したダビットとユーラ。
ダビットはすぐに後ろを振り向き、屋上に居るキルシカを見つけ笑顔になる。
(キルシカちゃんっ!!)
キルシカは、歌うことに集中してダビットに気付かない。
ダビットは2秒キルシカを見つめた後、優しく微笑みながら甲板前部の方を向いてショーを鑑賞し始めた。
(……あぁ、わかっているとも)
(君の歌声は、この舞台では演出の一つだ。
ならば俺が本当に見届けるべきは……君が成功を願うこのショーそのものだ!)
自信に満ちた顔でショーを眺めるダビット。
少しホッとした様子のユーラも、同じくショーを眺め始めた。
『『集めた石には 見向きもせず』』
主人公の人形が、腰につけていた袋を外して吊り橋の上に捨てた。
『『太陽のスープも 彼の心を動かさず』』
右隣で踊っていた人形の差し出したカップを受け取り、中をじっと見る人形。
しかしすぐにしゃがみ込み、カップを吊り橋の上に置いて立ち上がる。
『『通り過ぎる星に 見向きもしなかった』』
主人公の人形の奥にある吊り橋で、黒いマントで姿を隠した人形達が左右に現れる。
人形達は、お互いが反対側にある建物に向かって光る電球を投げた。
投げられた電球は流れ星のような演出となり、建物の中に居た人形によってキャッチされる。
バイオリンの奏でる音は激しさを増し、照明の色がオレンジ色へと変わっていく。
人形が躍り舞うのは甲板前部だけではない。
船内でも、ウェイターの人形や案内役の人形。
様々な人形が皆同じように、音楽と歌に合わせて踊りながら船内を歩き続けた。
甲板後部では、洞窟内の壁に造られた建物から人形達が飛び出し船に着地。
甲板後部で待機していた人形達は、逆に建物へと飛び移り人員の交換が行われていた。
『民は 民を守るため 兵と成り果てた』
再びキルシカ1人の歌声が響き、音楽が静かになる。
『強き意思と 心振りかざし』
主人公の人形が着地した吊り橋には、武装した人形達が立っていた。
それぞれが、笑っていたり怒っていたり……様々な表情を見せる中。
『彼だけは 何も感じることなく』
主人公の人形は、しゃがみ込み足元にある剣を手に取る。
『無機質に 武器を 手に取った』
立ち上がった主人公の人形だけが、無表情のまま剣を握り観客達の方を見ていた。
突如照明は赤くなり、あちこちからドラムのけたたましい音が響き始めた。
『『行進は 雪を融かすだろう』』
主人公の人形は、振り向き背を見せながら次の吊り橋へ移る。
『『白銀の地が 赤く染まる』』
吊り橋に居る他の人形達も、同じように背を向けながら歩く動作を続けていた。
『『生きるため』』
チューバの重低音と共に、甲板前部で踊る人形達の動きが激しさを増す。
『『家族のため』』
吊り橋に映り続ける主人公の人形。
少しずつ、吊り橋で行進を続ける他の人形達の数が減っていく。
『『大切な者を 守るため』』
他の人形達は、背を向けながらも少しずつ疲れて前のめりになりながら歩くような様子を見せる。
『倒れ伏す仲間にも 目もくれず』
気付けば、吊り橋の上には主人公の人形しか立っていなかった。
『怒りも 恐怖も 涙も そこには無い』
主人公の人形が、ゆっくりと振り返った。
『『理由もわからない まま』』
人形の顔と服には、血のように見える赤い汚れが付いていた。
『振り続けた剣が 赤で染まった』
(やけに迫力ありますねぇ今回の劇は……)
鬼は感心するも、言葉には出さない。
乗客達全員が、ショーを静かに鑑賞し物語に引き込まれていた。
『人形と化した 英雄は』
音楽は静かになり、フルートの音色のみが洞窟内に響く。
持っていた剣を落とした主人公の人形。
落とされた剣は、収納される吊り橋と共に建物の中へ消えていく。
『帰ることも 忘れてしまった』
フラフラと歩き続ける主人公の人形が、何度も吊り橋に着地しては、また次の吊り橋へと移っていく。
そうして5度目の吊り橋に着地した時だった。
更に奥にある吊り橋から、糸で浮いて主人公の人形の横に着地してきた背の高い人形。
フルートの音が止まる。
トイヴァーに居る人形達全ての動きがピタリと止まった。
『気分屋の 背の高い彼は』
『人形の隣を 歩き始めた』
暗くなっていた照明は明るくなり、黄緑色で洞窟内を照らし始めた。
ピアノの音と木琴の音が静かに響きだし、悲しさを演出していたキルシカの歌い方も声にハリが出始めた。
トイヴァーに居る人形達も、小さく踊り始める。
『人形はいつも 笑わない』
『それでも話すのを やめなかった彼』
『ようやく人形が 口を開いた』
やや下を向いていた主人公の人形が、ほんのわずかに上を向いた。
隣に居る人形が、クスクスと笑う様子を見せた。
キルシカが、一瞬首を少しだけ動かし……後ろを見た。
ディシフは寝っ転がりながら上を見ており、キルシカの方を見もせず怠けていた。
『『2人共 気付かぬうち』』
合唱が再び始まる。
『『人形の胸の中で 芽が出た』』
バイオリンの音色が加わり、曲のテンポがほんの少し速くなる。
合唱に混じって聞こえるキルシカの声が変わり、嬉しそうに歌っているのが伝わってくる。
左右の建物は人工の草木が取り付けられた、自然をイメージしたものへと変わっていった。
『『鬱陶しくて』』
主人公の人形と背の高い人形が、歩きながら何かを話すように口を動かす。
『けれど』
最初は速かった主人公の人形の足の動きが徐々に遅くなり、背の高い人形の速さに合わせて歩くようになっていった。
『『離れるわけでもない』』
キルシカは優しく微笑みながら声をトイヴァー内に届ける。
『長い時と 彼の優しさが』
『『出た芽を 育むだろう』』
アコーディオンの音色がメインとなり、トランペットの音がリズムに合わせて挟まれる。
吊り橋と吊り橋の間隔が狭まり、いくつもの吊り橋が連続でやってくる中、2人の人形は背を向けた。
『『思い出せないなら 作ればいい』』
2人の人形は、糸で吊られることなく自らの足で吊り橋をジャンプして渡り続ける。
息のあった動きで吊り橋を移動し続ける2人は、どこか楽しそうにも見えた。
気付けばトイヴァー中にいる人形達は手を叩きリズムに合わせて音を出している。
『『今からでも 遅くはない』』
キルシカは、誰かが見ているわけでもないのにリズムに合わせて自然に体を揺らし始めた。
ダビットは既に、後ろから聞こえてくるキルシカの嬉しそうな歌声を聞いて涙を流している。
『『飛び出そう 知らぬ地へ』』
客室の中から歌を聞くワッシュも。
地下の個室の中から歌を聞くノクゥも。
ただ静かに、その曲調からフィナーレを迎えたことを悟った。
『『伸びかけの芽に 興味を持った』』
乗り移った吊り橋には、女性をイメージした明るい服を着た人形が1人。
2人と共に、吊り橋を移動し始める。
『『話声に 釣られてきた』』
今度は別の吊り橋に居た、大柄な人形。
彼も同じように加わり、4人は息を合わせながら吊り橋を渡る。
アコーディオンの陽気な音色をバイオリンの音色が引き立て、テンポも速くなっていく。
『『行き場を失くした 少女を 仲間に加えて』』
渡った吊り橋に居た小さな人形が加わり、5人は天井からの糸に吊られて一緒に歩くようにしながら奥にある吊り橋へとゆっくり移動し始めた。
『『育ち切った芽は 花に』』
『5人の 家族となった』
キルシカの優しい声。
一呼吸置いてから、トイヴァー内の人形達の手を叩く音が大きくなった。
演奏の音も大きさを増し、更に明るくなった照明。
天井から吊られた4人の人形は観客達へ向かって手を振る。
観客達の一部は、盛大な拍手を人形達へ贈った。
心無しか、周りに居る人形達も嬉しそうに踊り続ける。
主人公の人形は手を振らなかったが、観客達の方を見て優しい笑顔を作っていた。
寝っ転がりながら目を閉じていたディシフが、ゆっくりと目を開けた。