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意味の無い密談

 テーブルやルーレット台、スロット台を明るくする照明の光は、壁際にはあまり届かない。

 それでも少しだけ届いた光が、セロットときさらぎの顔を僅かに照らす。

「なんで私にそんなことを言ってしまったんですか?」

「言った方が話が早いかなって思ってさ」

「?」


 セロットはきさらぎの方を向いて喋り続ける。

「六館から来た使者だぞ、観念しろー……なんて言って、わかりましたって頷くようなタイプじゃないでしょ? 君。

 そりゃ僕ら、見つけちゃったからには君を捕まえなきゃいけないんだけどさぁ」


「ね。

 ここを無事に脱出出来るまで、協定組まない~?」

「……」

「君もどうせ、船内の情報集めてるんでしょ?

 だからまず最初に、僕らに接触した」

「えぇ。

 貴方も大概ですけれど、長髪のあの人も変な雰囲気でしたからねぇ」

「僕そんな気配出してたっけ!?」

「隙だらけにしては隙が多すぎると思いましてね。

 あとはまぁ……勘ですよ。ほほほ」

「勘か~!

 勘だったらどうしようもないなぁ」

 静かに笑う2人。

「どう?

 出るまで協力してさ、情報もお互いに教え合う。

 多分安全な場所なんてどこにも無いよ」

「出るまでって……

 出て即戦闘になったら私すぐ負けますよ? その協定意味ないじゃないですかぁ」

 肩をすくめるきさらぎ

「またまた、謙遜しちゃってさ~。

 イサギとやり合ったって聞いてるよ?」

 セロットが出した名にピクリと反応したきさらぎ

 それは、六館の最高戦力である1人……六道賢者、餓鬼道に位置する者の名。

「ほほほ……

 彼は元気でやってますか?」

「多分元気なんじゃないかな?

 僕ら最近会ってないけど多分ね~」

「そうですか……」


 口角を吊り上げながら笑うきさらぎ

「ほほほ……

 イサギからあの面を奪えなかったのを本当に後悔してましてね……ほほほほほ」

 嬉しそうにも、恨めしそうにも見えるきさらぎの表情。

「あー、やっぱ悪いことしようとしたんだ」

「悪いだなんてとんでもない。

 あの面に閉じ込められている者達を自由にしてやりたかっただけなんですよ私は」

「あはははは」


「雰囲気が変わりましたねぇセロットさん……ほほほ」

 きさらぎが指摘しながらセロットの目を見る。

 表情は笑っていながらも、もうきさらぎを見ているその目は既に笑っていなかった。

「んー、やっぱ君ブラックリストに載ってて正解だなぁと思ってね」

「信じて無かったんですか?」

「人は見かけによらないって言うでしょ?」


 セロットは顔を近づけ、右手の人差し指を立てながら言う。

「じゃあこうしよう。

 僕らは今回だけ君を"逃がす"。

 もちろんこのことは僕の仲間全員にも納得してもらうさ」

「何日間か猶予をくれませんかねぇ?」

「1日ぐらいあれば十分でしょ!」

「手厳しいですね……とほほほ」



 ニッコリと笑うきさらぎ

「安心して下さいよセロットさん。

 協定なんて結ぶ気は無いんです、私はこの船の誰とも協力する気はありませんのでね……ほほほ!」

「えー?

 じゃあ僕ら、容赦しないよ?」

「それで構いませんよ。

 そもそも貴方達に出くわしてしまった時点で運の尽きというやつなんです。」

 観念したように笑みを浮かべ、ため息をついたきさらぎ

「まぁ、お互い事が起こるまでは豪華客船の旅を楽しむ客同士ということで行きましょうよ。

 ね? セロットさん」

 きさらぎは、ごく自然に左手を出して握手を求めてきた。

("事が起こるまでは"……ねぇ)

「うん!

 それは僕も同意さ!」

 セロットは、何の躊躇もなく左手を伸ばしきさらぎの手を握った。


「じゃ、また会おうねきさらぎ

「こちらこそ。セロットさん」


 --------------------


 先にメインホールを出て、2階へ向かうきさらぎ

 やや笑みを浮かべながら自室を目指す。

(とてもじゃないが、微かな術でさえもかけられる相手ではありませんねぇ彼。

 手を握っただけで伝わってくる雰囲気と、今まで感じたことの無い性質の変容する霊力……)


(そして相手に全く悟られず嘘をつき、虚の中に真実を混ぜ込むのが大変お上手だ。

 多分……彼は人間のはず。それにしたって相当長生きしてるんでしょう)

 目をやや細め、きさらぎの顔から笑みが消えた。

(あのワッシュという男をもう一度近くで見なければならない。

 私の勘が正しければ……本当に警戒すべきはあちらだ。

 今私にとって最も危険なのがセロット。

 そして最も謎を抱えているのがワッシュ)


(まぁ、わかりやすくて助かりますけれども。ほほほ……)

 自室前、階段付近まで歩いてきた時だった。

「あっ!

 君は!!」

「ん?

 ――あっ」

 目を輝かせながら息を荒くするダビットに見つかったきさらぎ

(げっ!

 この人はっ)

「セロットと一緒に居た……まてよ!? 俺は君の名を聞くのを忘れていたんじゃあないか!

 もしかしてバーに行こうとしているのかい? キルシカちゃんは夜、あのバーに現れることがあるんだ! もちろんそこの階段を上がって――

 いやまてよ? 僕と一緒にユーラを探すのはどうだろうか!!

 そうしたら一緒にバーへ――」

「だ、ダビットさん。

 実は私、もう夕食を済ませてお腹いっぱいでしてね? 部屋に戻るところなんです」

「おやおや、そうだったのか!

 しかし尚更、寝る前にキルシカちゃんの姿を目に焼き付けておくのが――」

「よし! わかりました!

 私は3階を見て来ましょう。ダビットさんは1階へもう一度探しに行ってみては?

 さっきチラッと、メインホールで見たような気がするんですよねぇ……」

「それは名案だ……どこかですれ違っている可能性はあるな……!!

 あぁっとそうだ、君の名前を――」


 もうそこにきさらぎは居なかった。

 3階への階段を上がる音だけが聞こえてくる。

「凄い行動力だ……

 この船にはキルシカちゃんや人形達だけではない……っ。たくさんの良い人達が……

 俺は……俺はここでも人に恵まれるのかっ!」

 零れそうになる涙を拭いて、再び走り出すダビット。

「待っててくれユーラ君っ!」





 程なくして、3階から降りて来たきさらぎは急ぎ足で自分の部屋へ入り、内側から鍵をかけた。

「六館がどうのも面倒ですが、こっちもこっちで厄介ですねぇ……とほほ」

 やや冷や汗を垂らすきさらぎは、困り顔で悩みだす。

(ユーラという人が見つかって生贄になったとして……

 次は私かセロットさんが彼の餌食に……)


(明日……部屋を出るのがちょっと嫌ですねぇ……)


 --------------------


「そろそろ戻るか」

 1階の後部にある浴場・プールの構造を確認していたワッシュとユーラは、ドアを開けて廊下へと戻る。

 ユーラは改めて見取り図を見ながら言う。

「消灯の22時まであと2時間もあるが、ひとまず全体の確認は出来たな」

 トイヴァーには消灯時間が存在する。

 乗客の睡眠も兼ねて、船内のチェックや整備のため……消灯後は船内の全てを人形達が駆け回る。

 乗客達は基本的に部屋から出ることは出来ず、何かあった場合部屋の前に居る人形へ壁越しに伝えることになる。

(人形達は確かに『私達も交代で睡眠を取るんですヨ』と言っていた。

 これだけの数だ……いくらか休眠状態にして能力の使用者本体の消耗を抑えなければならないのはごく自然に見える)


(だがそれは魔力や霊力を介した通常の能力である場合だ。

 夜まで休みなく全ての人形を動かし、しかもこの洞窟では使える魔力は限られている。

 魔力、そして霊力を使っても能力で動かすにはどう考えても限界がある……

 それ以外の独自の力かとも思ったが――)

 ワッシュは通りすがる人形達を見る。

(何度か直接触れた感覚……霊力の質感がそれぞれ僅かに違う。

 純粋なものではなく混ざっているような感覚……)


(……事前に想定していたパターンから絞るにはまだ情報が足りない)


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ざっくり今の時点での作戦おさらいするよ~」

 トイヴァー乗船2日前。

 セロットはワッシュ達にこれからの流れを説明していた。

「最初に客室に案内されるから、そこで僕は1つ"保険"をかける」

「保険?」

「皆には内緒!

 それでね、魔力じゃないと開かない封をした袋を部屋の中で開ける。

 もちろん案内役の人形が居る目の前で」

 中に何かがゴロゴロと入った薄茶色い袋を別の空間から取り出したセロット。

「この1回で魔力がどの程度使えるか把握する。

 夜、皆部屋に戻ってきたら誰がどの程度能力を使えるか僕が説明するよ。

 霊力の制限は多分してないはず、人形達を動かすのに霊力が必要なはずだから」

「魔力主体の能力じゃ何百体も人形動かすのは限界だもんなぁ」

 縞の言葉に頷くセロット。

「そ。

 で、霊力でもそんな大量に動かしてコントロール出来るか? って言うとそれも違うはずなんだ」


「トイヴァーに乗船した人達の話聞く限り……人形達には本物の魂が入ってる可能性がある」

「自律して動いてる上に感情まであるって話だったか」

「あくまで推測だけどね。

 ただ、本当に魂がそのまま入ってて全員マスターに従って秘密も隠して……って、そんなこと出来るのかな~」

「一種の宗教になってるかも知れん」

「人形全員狂信者でした! ってのだったらそれも厄介だね~。

 というわけで……」


 セロットは、人差し指から1本ずつ立てて可能性を列挙する。

「その1。

 人形には魂が入っていて、マスターを崇拝してるので皆自分の意思で動いている。

 その2。

 魂は入っているが肝心な命令だけは下していて、それを厳守するよう半分自律しながら動いてる。

 その3。

 魔力の補給所があって、人形達は交代交代で魔力を補給し身体の中に蓄え続けることで能力を持続させている。

 その4。

 そもそも魔力でも霊力でもない特異な力によって人形全てを操っていて、力の底は測定不可能!」

「補給所の線は無いと思った方がいいな……仮にそうだったら判明も容易な上に対処もしやすい」

 タノスが指摘し、セロットは頷く。

「その4じゃないことを祈るぜ」

「だねぇ。

 多分違うと思うけどまぁ念のためね」

 冗談交じりに言う縞と、やや肯定気味のセロット。

「ここまでが想定しやすい可能性。

 想定外に浮きやすい選択肢もいくつか頭に入れておこう?」


「魂が入っている人形とそうでない人形が分かれてる場合!」

「効率が悪そうな上に見分けもつきそうだな」

「普通はね~。

 ただ、そうせざるを得ない理由はいくらでも思いつく」


「魂を入れられる人形の数に限りがある、その逆のパターン、マスターの趣味やこだわりが関係してる場合、マスター自身の魂を分け与えてる場合。そして――」


「マスターにとって特別な存在である場合」

「心か……」

「もしそうだった場合で、しかも罪を償える可能性を内に秘めてるタイプだったら……僕らのやることは決まってる」


「あとは、マスターが死んでも人形達が止まらない場合と……

 そもそも本体が存在しない場合」

「暴走した人形を全て相手にするのは少し疲れるな」

「あと乗客の中にヤバい奴が紛れてる場合ね。ていうか100%紛れてそうだけどさ」

「どっちを守りゃいいのかわからなくなるのは勘弁して欲しいもんだ」

 ユーラはため息をつく。

「そうだねぇ~。

 でも……」


「どっちも守らなきゃいけなくなったら……最大限、どっちも守る。

 それが僕らの任務であり、やりたいことだからね」

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


(気になるのはディシフと名乗ったあの人形だな。

 操られているだけだとしてもクセがありすぎる……)


(本当ならもう一度接触したいところだが、もしも自分の意思を持ってあの時こちらを観察していたのだとしたら……逆に、もう二度と出会わない方がいいかも知れんな)

「見つけたっ!!」

「ん?」

「は?」

 曲がり角から小走りで出て来た、もみあげと髭が繋がったツーブロックカットの男。

 彼は、ワッシュとユーラの前まで近づきながら喋りだす。

「君だろう!? ユーラという人は!

 セロットから聞いた通り……薄い金髪の男と一緒に居ると言う事は君だろう! さぁ早く行こう!

 バーへの道は案内する! それまで俺がキルシカちゃんの魅力について出来る限り説明しようじゃないか!!」

 一切噛むことなくまくし立てたダビット。

(?)

 ワッシュは首を傾げ、何のことかわからないという素振りを見せる。


 しかし、ユーラはあることに気付いた。

「セロット?

 誰だそれは」

「何!?」

「人違いじゃないのか?

 というか、今バーって言ったよな?」


「そもそもこいつは金髪じゃなくてクリーム色だ。

 金髪の奴ならバーで見かけたからそっちだろ……なぁワッシュ?」

「……あぁ、そうだな」

「なーんだ……人違いかぁ!!

 それは悪かったな2人共! では!!」

 ダビットは爽やかな笑顔を作りながら、階段のある方をめがけて走り去って行った。



「あの野郎余計なことしやがって……」

 やや顔に冷や汗をかいたユーラ。

「セロットの名前を利用して近付いてきた敵……じゃねぇよアレは。

 初っ端からセロットの名前と俺の名前を出してきた上にあんな早口で挙動不審……ていうかキルシカって誰だよ!?」

「……つまり」

「ただ本当にめんどくせぇ奴の相手すんのを押し付けられただけだ俺は。

 後であいつぶん殴るしかねぇ」

 憤慨するユーラ。

 目を細め、同情するワッシュ。

「反応を面白がるためにお前かタノスを度々標的にしているな……」

「お前だってちょくちょく標的にされてるだろ」

「……」

 ワッシュが思い返す記憶には、自らが飛ばした杭から笑いながら逃げるセロットの姿。

「とにかく急いで部屋に戻ろうぜ。

 あの髭野郎にもう一回見つかるのは面倒だ」

「だな」



 2人が2階への階段に辿り着いた時だった。

「うぅっ……」

 階段の脇で、落としてしまった食器の破片を集めながらすすり泣く人形。

「?」


 途中から尖った先端になっている荒い面の円柱のようなものがついた帽子。

 杭の先を連想させるようなフォルムのそれは、中心に大きく1つと周りにも斜めの方向を向きながらいくつかついていた。

 細い眉に、中で色が乱反射しているような宝石で出来た目、縦に細い五角形の鼻。

 広い内角になった、Ⅴを反対にしたような形の口。

 縦に少し長い、整ったように見える輪郭の顔。

 破れた袋のような襟元になっている、麻で出来た服は端っこに汚れがついていた。

 同じ材質で出来たズボンは足首の部分がボロくなっており、木製の薄汚れた靴を履いていた。


「……大丈夫か?」

 ワッシュは、思わずその人形に声をかけた。

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