イダリエ・カード
上機嫌なままのセロットは、ディーラーを急かす。
「さぁ早く早く!
運の流れが止まらないうちに始めようよ!」
「……4ターン目を開始しまス」
ディーラーが2人へカードを配り、お互いのカードの山はこれで全て無くなった。
セロットは、一番左側にあるカードを選んでテーブルに出す。
「ふふふ。
これで僕が勝ったら、君は引き分けにするしか生き延びる道は無いよ~」
「そうか」
スマイルは、すぐに自分のカードをテーブルに出した。
「もったいぶる必要も無いな」
「うわ!
もうちょっと考えるとかしなくていいの!?」
「結果などわかりきっているだけだ」
「えぇ~……
つまんないの~」
ディーラーはカードを回収し、確認する。
「ね! どう?
やっぱ僕勝ってる?」
ディーラーの顔を見ながら言うセロット。
「スマイル様の勝ちでス。
これでスマイル様は2ポイントとなりましタ」
スマイルは、つまらなさそうにため息をつく。
「さてセロット……
断言しよう。次のゲーム、確実に私が勝つ。
それでもやるか?」
押し黙ったままのセロット。
ディーラーが口を開く。
「セロット様。
如何致しましょうカ――」
セロットは、ニッコリ笑いながら2枚の手札を表向きにしてテーブルに放った。
「ううん。
僕の負け、サレンダーするよ」
「かしこまりましタ。」
「勝者はスマイル様となりまス。
おめでとうございまス」
ディーラーは、セロット側のテーブルに積まれていたチップを回収し、スマイル側のテーブルへ静かに置いた。
「あ~あ、負けちゃった負けちゃった。
それ僕が持ってきた全財産だったのになぁ」
「……」
スマイルは違和感に気付くが、それが何かわからない。
(こんな性格をしているこいつが、こんなあっさりと手放すものか?
妙な冷静さがあるような――)
「それにしてもさ~」
「ディーラー君、ほんっと趣味の悪いカード持ってるよねぇ」
セロットから勝ち取ったチップに手を伸ばしたスマイルがピタリと動きを止めた。
「いい加減どこにも出回ってないと思ってたよ。
トイヴァーのマスターさんは収集が上手いんだね~」
席を立ったセロット。
「じゃ、僕はこれで――」
「セロット様」
ディーラーがセロットを引き留めた。
「このカードを知っているのですカ?」
場の空気が止まる。
スマイルは、顔を上げてセロットの顔を見た。
「ふふふ。
僕はなーんでも知ってるよ、大魔法使いだからね」
「スマイルが、ちゃーんと"音"を聞いてたことも」
セロットは、スマイルの方を見てニヤリと笑う。
張り付いた笑顔のまま、眉間にしわを寄せセロットを睨みつけるスマイル。
「……わざと負けたのか?」
「うん。そうだよ?
どーせチップはここで使い切る予定だったし」
「君、ちゃんと賭けるものをチップにしたよね。だから僕は勝負を受けたんだ。
もしこれで、賭けるものが"五感のどれか"とか言われたら……そもそも勝負を受けてないよ」
真顔のまま、セロットは少しだけ静かに言う。
「だって、君の目玉や耳がここに転がるのはほら、嫌でしょ?」
スマイルのこめかみにある血管が浮き出て、顔に力が入る。
ポーカーからも僅かに出た殺気が、セロットへ向けて放たれる。
「あはは、怒ってる怒ってる。
ディーラー君、知ってるなら"イダリエ"の説明してあげなよ」
セロットは面白そうに笑いながら、ディーラーへ説明を促した。
「……スマイル様。
話してもよろしいでしょうカ?」
「今すぐ話せ」
「でハ」
◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆
"ウバオ・キール"とハ、国外向けの偽の名でス。
本来"五感"と呼ばれるこのカードは約200年前……砂漠と森に挟まれた国が発祥だと言われていまス。
このカードはその名の通リ、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚によって数字とヴィルタミを識別出来る特殊な造りとなっていまス。
最初こソ、国独自の遊びとして賑わったようですガ……
いつの日からカ、互いに五感を奪い合う身体の一部を賭けた危険なゲームとなりましタ。
勝者は敗者の五感のうち1つだけ奪うことができまス。もちろんこれを拒否することは出来ませんのデ、無事逃げ延びた者は居なかったようですネ。
五感のうち1つを失うのですかラ、当然もう一度ゲームを続けるとなると不利になるはずなのでス。
しかしここがイダリエの恐ろしいところでしタ。
視覚を奪われた者ガ、失った感覚によって他の感覚が研ぎ澄まさレ……逆に相手の五感全てを奪い取ることに成功した例もあったそうでス。
そうしテ、国の一部にイダリエを使って旅人を狩る一族が現れ始めましタ。
強制的にイダリエによる勝負を持ちかケ、盗賊同然のような蛮行を働く者モ。
ただでさえイダリエを知っている者でさエ、実際に五感で識別するのは極めて困難な程に微妙な違いでス。
五感を鍛え続けたその一族に勝負を挑まれた者ハ、五感のどれかを奪われたまま旅を続けたリ……五感の全てを奪わレ、彷徨った末に餓死することもあったとカ。
生き延びた当事者ヤ、具体的な内容を知ってしまった者達からは忌避の対象だったようですネ。
◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆・◆
「……少々話が長くなってしまいましタ」
「うん! バッチリだね!
ついでに補足してあげるとねぇ、僕が今回使ったのは"視覚"と"聴覚"だよ」
セロットは立ったままスマイルの方を向いて説明する。
「ディーラー君はさ、外向け用の説明だけしてたから『どちらかがカードを先に出す』ってのが情報操作なんだ。
何故か10秒も相手が出したカードを見る時間があるんだよね、でも見るべきはカードを出す前だよ。ほら」
セロットは、自分が出さずに持っていた4と5のカードを拾い上げる。
そしてゲームをしている時のように、スマイルに裏面が見えるよう構えた。
「これなんかすっごいわかりやすいよ。
光の加減だよ、よーく見てごらん」
セロットは持っているカードを左右に揺らす。
カードを数秒凝視していたスマイルの両手に力が入った。
「……っ!」
「お!
正直わからないかな~とか思ったよ、君相当目が良いんだね?」
セロットは感心しながら、持っていたカードを表向きにしてテーブルに置いた。
「そ、4は僅かに黄緑色になる。
5は赤茶色さ。その国では5って数字が忌み数だったらしいよ~」
「君が出したカードの順番は4・3・2・5だ。
黄緑色になるのは4と8だけ、色が変わらないのは3と2だけど引き分けになったから2がどれかもすぐわかっちゃった。
君が持ってたのは自然のカードだから、ディーラー君がカードを配った時に僅かに違う音がするのはヴィルタミと1だね」
「!?」
("自然のカード"だと?)
「あ~、その様子だとやっぱり勘違いしてたか。
まぁそうだよねー」
「僕が4ターン目で出したカードは1じゃない、2だよ。だから僕は最初のターンに1を出したのさ。
これもイダリエの嫌~なとこ、自分側のカードで『1とヴィルタミだけが音で識別出来る』って思いこんだでしょ?」
スマイルの両手から、ゆっくりと力が抜けていく。
「水のカードはヴィルタミと2、今回使わなかった砂漠のカードはヴィルタミと3。
それぞれが音と触覚で識別出来るようになってるのさ……
ついでに言うと、色と対応してる性質でね? カード同士が重なった時に温度まで僅かに変わるようにもなってる。おかしい材質してるんだよね~これ」
「以上! こんな感じかな。
満足した?」
スマイルは、静かに立ち上がった。
「……私の負けだ」
「え?
勝負は君の勝ちさ」
「お前がどう言おうと、手のひらの上で転がされていただけに過ぎない」
張り付いたような笑顔のまま、右手の人差し指でセロットを指差しながら言った。
「だが……この勝負のことを忘れるな。
私は忘れない。セロット」
静かに言うスマイルの薄く開いた目が、セロットの姿形を焼き付けんと睨みつけていた。
「ふふっ。
そういう時はね」
「『覚えてやがれ!』……って言いながら、足早に立ち去るのさ!
また1つ勉強になったね!」
セロットは、機嫌良さそうにしながらテーブルを去って行った。
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メインホールの壁際に居た鬼の元へ戻って来たセロット。
周囲には他の乗客や人形もおらず、カジノコーナーの音がやや騒がしく響いてくる。
「いや~大負けしちゃったよ、もうすっからかんさ!
そっちもダメだったの?」
「とほほ……それほど持ってきてなかったとは言え、あっという間に吸われてしまいましたよ」
ややげっそりしたような表情の鬼。
「あ~あ、だから運任せはダメなんだって」
「そういうセロットさんだって」
「僕はほら……ねぇ!?」
「何がですか全く……」
「遠くからでしたけど、話ちょっと聞こえましたよ?
わざと負けたそうじゃないですかぁ」
横目で右側に居るセロットを見ながら言う鬼。
「なんだ聞こえてたのかー。
凄い地獄耳だね?」
「耳は良い方ですから……」
2人の会話は、他の誰にも聞こえていない。
壁に背をついたセロット。
鬼は壁に寄り掛かりながら呟く。
「にしても、あんなカードのことをよく知ってるものですねぇ。
私が知ってる話じゃ、イダリエを使う一族はたった1人に滅ぼされたとかなんとか……
カードと噂話だけが裏で語り継がれていったようですが」
「そりゃそうさ。
だって僕が滅ぼしたからね」
セロットの言葉に、やや驚いたような顔をした鬼。
「……貴方が?」
「うん。成り行きでね」
「イダリエを使う一族の話は前から知ってたんだけどね、ある時そのゲームの犠牲になった人が多い異世界に来てさ。
手段がある人は別の異世界に逃げてたんだけど、残った人達は他の異世界から来る旅人を狩場へ誘致する奴隷みたいにされちゃってて……」
「もちろん僕も同じように誘われそうになったんだけど、その場に居る人達だけでも逃がそうと思ったんだ最初は。
けど、そうしようとした僕が見つかるのも時間の問題で――」
「ついに追い付いてきた奴は、能力で強制的に僕とイダリエによるゲームを始めた」
語るセロットの表情、声色は普段となんら変わりない。
しかし、明らかに変わった雰囲気を感じ取った鬼は少し目を見開いた。
「一族の中でも数名、ゲームによって五感を奪うことだけに特化した空間能力を使う奴が居たんだ。
逃げることは出来ないし、勝者が奪いたい五感を1つ宣言したら能力のルールに沿って自動的に目玉がほじくり返されたり耳が吹っ飛んだりする。
能力が無い奴は、触覚とか奪う時に手を切り落としたりしてたみたいだけど……能力によって奪われる時は脳の信号自体に影響を及ぼしたから、影響は手だけじゃなかった」
「僕とゲームを始めたそいつは自信満々で、だけど残念そうにしてた。
大した荷物は持ってないし、強そうにも見えないし……雑魚が引っかかったんだと思ったんだろうね」
「ということは、それが初めてのイダリエによるゲームだったということですよね?」
「うん。
カードの特徴なんて知らなかったし、ゲームの内容もそこで初めて知ったよ。
それで――」
「僕はゲームに5回勝って、そいつの五感を全て奪い取った」
「その能力はね。能力を使われた側が再戦を申し込めば断れないルールがあった。
負けるわけが無いんだから、能力の強制力を高めるためにそこにリスクを挟み込んだみたいだけど……それがそいつの身を滅ぼした」
「僕はもうその時点で何をするか決めてたから、まずはそいつの首だけ持ってイダリエ発祥の国に行った。
手荒い歓迎が通用しないってわかったその一族は、能力を使ってイダリエによって勝負を挑んできたのさ」
「なるほど、それで……」
「うん。
4人の五感を奪い取った後、族長とゲームをしたよ。
最初のゲームだけ負けたけど、僕の力が強すぎて片目しか取られなかった。
その後は、ただただ僕が連勝し続けただけ。
族長が死んだあとは能力による縛りも消えて、僕は奪われた片目を再生して……」
「それでも一族全員が僕を殺そうとしてきたから、全員殺した」
セロットの脳裏には、その時の記憶が蘇る。
仲間を殺された恨みではなく、邪魔者に対する憎しみを向けて来た一族達。
最後まで考え方を変えなかった者達の死に顔。
五感の最後だけが残った時、情けなくも命乞いをしてきた者の顔。
そして、命乞いをしながらも自らへの復讐心が露わになっていた鮮烈な記憶。
「……何故、私にそんなことを話したんです?」
「ん?」
鬼の雰囲気が、少しずつ変わっていく。
「誰が聞いているのかもわからないのですよ?
この船は変わった者が多い――」
「それ言うんなら鏡見て貰わないとね」
言葉を遮られ、鬼は喋るのをやめる。
「六館って知ってる?」
「僕ねぇ。
六館から来たんだ」
鬼の、セロットを見る目つきが変わる。
「六館にもブラックリストがあってね~」
「君も載ってるんだよ……?
鬼真號くん」
そう呟きながら、鬼の方を見てニヤリと笑うセロット。
鬼は、ニッコリと笑いながら言った。
「あぁそうだったんですか……ほほほ。
道理で私に興味を持ってくれたわけだ」
笑う2人は、互いに殺気を一切出していない。
張り詰めた空気さえも感じさせない。
しかし、見逃せない敵が目の前に居る事を2人はハッキリと理解していた。