力を求めて2
魔の領域と呼ばれる未開拓地の更なる奥地を目指して歩き続けてから一週間が経過するものの、特にこれと言った変化は見当たらない。モンスターが強くなったとか見掛けない種が居るとかも何も無く、至って普通の冒険だと言えるだろう。遭遇するモンスターの平均的レベルは、俺達挑戦者の平均的なレベルと同じくらいで、俺を含めたメンバー達からするとぬるま湯に浸かっているような感じだ。
しかし、モンスターに変化は皆無でも環境の変化は勿論ある。出発当初は雑木林のような感じだったのだが、今は竹林が広がる環境へと変化しているのだ。このダンジョン世界で初めて見た竹には少し懐かしさを感じたが、それが延々と続くと流石に鬱陶しくもある。竹の根のせいで歩きづらくて仕方ないのだ。
「耳心地はいいんだけどねぇ………耳心地だけはね」
竹が風に煽られて、竹同士がぶつかってカンッカンッカンッと音を響かせるのは実に小気味良くて耳に心地いいのだが、根が地面の上まで姿を表しているせいで歩き難いのが玉に瑕。折角涼しげな音を耳にして精神的なリフレッシュが出来ているのに、一つの欠点が凄まじく大きなものだと感じざるを得ない。
ただしその鬱陶しい竹の根を利用して、モンスターとの戦闘が通常時よりも楽になっている点は素直に認める。此方が竹の根に四苦八苦するように、モンスターも同じく四苦八苦しているので、戦闘の際は転けたモンスターの隙をついて終了って感じなのだ。本当に楽で有り難い話だと思う。
だが、移動速度が著しく落ちるのは否めず、竹林に足を踏み入れてからは大して歩を進められていない。まぁこれは環境がそうなのだから俺達にはどうしようもないので、ただひたすら我慢して進むしかないのだ。
「ねぇねぇ、実力を試す為に魔の領域の奥へと進んでるんだよね? それで間違ってないよね?」
「うん、間違ってないよ。何か気になる事でもあった?」
俺の隣にササッと移動して来て歩調を確りと合わせるハルちゃんが、心底不思議そうに尋ねてきたのでその疑問に答えつつ同時に質問を返すと、何やら小難しい表情へと変化させ唸る。
「うぅ〜ん………モンスターって強くなってる? 少なくとも、アタシは変わらないと思うんだけど。もしかしてもしかすると、荒地エリアの先を目指した方が良かったんじゃない?」
「ははは、実は俺もそう感じてた」
「やっぱり?」
「でもさぁ、まだ移動し始めてから一週間でしょ? これからモンスターの強さに変化があるかもしれないじゃん」
「うぅ〜ん、確かにその可能性もあるかぁ」
きっと実力を試したくて仕方ないのだろう。だから待てずにこんな風に言ってきているのだと察せられる。俺もそうなのだからよく分かるのだ。
しかし、今回の目的は実力を試すだけではない。もう一つ目的があるのだ。それは勿論、海までの道中の調査である。
「のんびり歩こうよ。道中でモンスターを倒してれば、それで経験値も得られるんだし」
「まぁ、そう言われるとその通りではあるんだけど、もう片手間にモンスターを倒してる感じだから詰まらないんだもん」
確かに、遭遇するレベル100から150までのモンスターでは俺達の相手になり得ない。体格差があるので、それを考慮に入れるとレベル300から400くらいのモンスターでなければ手こずらないのだ。道中で遭遇するモンスターでは戦闘にすらならないので、詰まらないと感じるのは理解出来る。
だが、それでいいのだ。本来はそうでなければならない。力の拮抗した相手と戦うなど言語道断なのだ。勝てる相手に勝つべくして勝つ、というのが戦闘の理想なのだから。
しかし、今回の目的は確かに実力を試すのも一つの目標である。だからこそ、実力が拮抗した相手がこの先に居ると信じるしかない。人類の生存圏から離れれば離れる程に、モンスターが強くなるという説を信じるしかないのだ。
「頑張って進んでれば、きっと強いモンスターがわんさか出て来るさ」
「そうかなぁ? ホントにそう思ってる?」
「思ってる思ってる、マジでそう思ってるよ」
俺は不満そうなハルちゃんを宥めつつ、そうやって更に一週間もの日々をひたすら南に向かって歩き続けた。そして、竹林を抜けて広々とした荒野に出たその瞬間、これまでの状況が一変する。
ただただ巨大だった。荒野に存在する未確認のモンスター達。その全てが、その体躯が、明らかにデカいのだ。十数メートル程度が巨大だと感じていたこれまでの認識が、呆気なく音を立てて崩れ去るのが分かったくらいには、目の前に存在するモンスターが殊更に巨大過ぎたのだ。
その巨大過ぎるモンスターの種は、鑑定のスキルを使わずとも知っていた。図鑑や映画で見た事があったからだ。
古き時代を支配した大型の爬虫類………そう、恐竜である。地球人なら誰もが知っていて、子供の頃には憧れるのが当然の恐竜。
その恐竜が、荒野を駆けている。己より小さきものを喰わんと駆けている。小さきものは必死に逃げている。体格が大きく草食のものは我関せずとしている。紛うことなき恐竜が、俺の目前に広がる荒野に無数に存在した。
その光景を目にして呆然とするのは俺だけではなく、他のメンバーも一緒だった。ただ一人、ミオンを除いて。
彼女だけはヤル気充分なようで、槍を右手に武者震いしている。
「地竜がこんなに居るとはな!」
「地竜………?」
「何だよ、マスターは地竜を知らねぇのか?」
「いや、あれは恐竜だよ。少なくとも、俺の世界では恐竜って呼んでた」
「恐竜? ふぅ〜ん。まぁ呼び名なんてどうでもいいさ。さっさと狩ろうぜ!」
言うや否や、ミオンは槍を片手に駆け出す。その後に続くのは俺以外の満面の笑みを携えたメンバー全員だ。
俺は恐竜という存在に度肝を抜かれていたものの、全員がヤル気充分の様子で駆け出した事で冷静さを取り戻し、彼女達の背を必死に追う形で走る。そして走りながら彼女達の進む先へと目を移せば、標的にしたのだろうトリケラトプスが一頭水を飲んでいた。
一番最初にトリケラトプスへの攻撃の間合いに入ったのはミオンで、彼女は自慢の氷魔法を放つ。直径二メートルはあるだろう巨大な氷柱が、トリケラトプスの右足を貫く。
その攻撃に続いて他のメンバー全員が、土魔法によって大きく地面を崩してトリケラトプスの足場を破壊。そして最後に攻撃の間合いに入った俺が、勇者のみが扱える雷属性の魔法によって激しい雷撃をトリケラトプスの巨大な体躯に叩き込む。
通常なら完全にオーバーキルな魔法であるが、しかしトリケラトプスは死んではいなかった。足に突き刺さった氷柱を鬱陶しそうにするだけで、それ以外には大きなリアクションを見せず、低い体勢へと移行すると俺に向かって突撃して来た。
「ヤバいヤバいヤバいぃぃいい! これはマジで━━━」
死ぬ。そう思った次の瞬間、ハルちゃんとナっちゃんの二人が再び土魔法で、しかし先程とは違って攻撃の為に変化させた土魔法を放つ事で、トリケラトプスの突撃を間一髪逸らしてくれた。
トリケラトプスは土で出来た大きな岩をぶつけられ、俺の横を通過して行く。その時の足音や圧は凄まじく、冷や汗が全身から吹き出すを感じた。
「た、助かったよ!」
「マスター、あの地竜のレベルは?!」
「えぇと………421!」
まだ此方に背を向けた状態のトリケラトプスをハルちゃんに言われて鑑定してみると、驚きの400越え。体格差を加味すると、恐らくレベル500後半の俺達と同等の強さになるだろう。
これは決して気を抜いてはいけない。気を抜けば、その途端に死が訪れるのは間違いない。
トリケラトプスがグルリと転回し、此方に視線を向ける最中にそう思った俺は、無我夢中で叫んだ。
「全員で最大の魔法をぶつけろ! 魔法を放つのは、奴との距離が十メートルになった瞬間だ!」
俺の指示で全員から一斉に魔力が高まるのを感じつつ、それに負けじと俺も全力の魔力を込めて雷魔法を放つ準備を整える。そして奴が動くのをじっと待っていると、牛がするような仕草で地面をガシッガシッと何度か前足で強く蹴ると、トリケラトプスが再び低い姿勢になって突撃して来た。
三十、二十五、二十、十五、自身達とトリケラトプスとの間にあった距離はあっという間に短くなり、その時が訪れる。
「全ての魔力を込めた一撃を喰らってろ!!」
後先を一切考えぬ全力を出した魔法が、トリケラトプスの巨大な体躯に叩き込まれ、凄まじい轟音と共に激しい土埃が盛大に舞った。そして、視界を遮る土埃が舞い散った後には、地面に横たわるトリケラトプスが居た。
ただし、まだ死んではいない。ブフゥーブフゥーと息遣いが激しいだけで、まだ生きていたのだ。
俺達の全力をその身に受けて尚も、トリケラトプスの命を絶つ事は叶わなかったようだ。此方は魔力が枯渇してフラフラになっているというのに、とんでもないタフさには驚きを通り越して呆れさえする。
だが、そんなトリケラトプスも動く事は出来ないようで、それから暫くしてひっそりと息をひきとった。




