慟哭する新メンバー
長老制度を完全に壊す訳ではなく、現在の腐った長老だけを狙って抹殺するというミオンの立てた大雑把な計画を実行する事を是としたが、それには幾つかの問題を解決せねばならなかった。
その一つ目が、テイムされた事で初期化されたミオンのステータスをもう一度上げなければならない事。二つ目が、強い長老対策だったり護衛の者に対抗する為に俺達も強くならなければならなくなった事。
一つ目に関しては、完全に元通りになるまでの時間が掛かり過ぎるので、はっきり言って無理。俺達ですら400を少し越えた程度の個体レベルだし、600後半の嘗てのミオンまで鍛えるとなればどれだけ時間が掛かるのか見当すらつかないからだ。それなので、取り敢えず俺達と同レベルまで鍛える事を前提として一応の目的を定めるに至る。
そして二つ目に関しては、ミオンが同レベルまでに至ったならば、その時は彼女の判断で更にレベル上げが必要ならば努力を続けるし、そうでなければ行動に移る事にしようと決定した。
それで先ずはミオンのレベル上げとなった訳なのだが、一階層から二階層を一緒に探索していたミオンが本気で泣き始めて困っているのが現状。もう本気と書いてマジと読むくらいの号泣である。
「こんな仕打ちはあんまりだぁあああ! 冒険者になって十五年もの間、一生懸命に努力して手に入れた力だったのに! それがまるで何も無かったかの如くなるなんて! うわぁあああん! 酷すぎるじゃないかぁあ!!」
現在は三階層に居る訳だが、彼女は三階層へと到達したと同時にこのザマだ。やたら身体が鈍いと言って訝しげにしていたが、どうやら話し合いの最中にレベル云々の事について説明したのだがよく理解出来てなかったようで、ぶっちゃけて言うと知ったかぶりしていたらしい。
「テイムされると個体レベルやらスキルレベルやらが初期化されるって説明したろ? だから━━━」
「何なんだよ、その個体レベルとかスキルレベルとか! 初期化とかって何さ?!」
「いや、だから━━━」
「私の力がまるで無くなってんじゃんかよ! これは何なんだ?!」
混乱の極致とは正にこの事を言うのだろう。滂沱の涙を流し嗚咽さえしながら叫ぶ彼女の姿には、同情すらしてしまう。ミオンの態度が気に食わないと言いたげだったメンバー達ですらも、今の彼女には同情的な視線を向けるくらいだ。
「個体レベルってのは、自分の肉体レベル………身体能力の高さを示す数値だと思っていいよ。それでスキルレベルってのは、産まれながらに持っている才能の事。剣術に優れた者も居れば弓術に優れた者も居るだろ? そういう才能をスキルと言って、そのスキルにもレベルがあるんだ。それでそのスキルやら個体レベルっていうのが、テイムされちゃうと一番最初の時に戻る訳で、それはつまり━━━」
「あんまりだぁあああ!」
「ま、まぁそうだよね。かなり精神的にクるものがあるよね。
でも、経験は残ってる。知識も残ってる。それなら以前より早く嘗ての力まで到達するのは不可能じゃない訳で━━━」
「うるせぇ馬鹿野郎! どんだけの苦労があったと思ってんだ!?」
「いや、それはまぁ………ですね。そりゃそうですよね」
「チクショオオオオ! またゼロから強くなれって事かよぉお!
何で今更私が雑魚どもを相手に戦わなきゃならないのかと思えば、そういう事だったのかよぉおお! 道理で身体がクソ重いと思ったわ! 槍を振るっても技の冴えが無いし、可笑しいと思えばそういう事かよ! ドチクショオオオオがぁあ!」
「………………」
慟哭ってこんな感じなのだろうかと、そう思える程に彼女の叫ぶ姿は可哀想過ぎた。毎日毎日、彼女が努力し続けて得た結果が無になった訳なのだから、そりゃ咽び泣くのも無理からぬ事。当たり前の事なのだ。
きっと俺が考えている以上に相当精神的なダメージがあるのだろうと考えていると、背後でクスクスと笑う声が聞こえた。その事にギョッとして反射的に視線を向けて見れば、ナっちゃんとヘルが必死に笑いを堪えていて、他のメンバーは俺と同様に驚き、口元を押さえて笑う二人を驚愕の表情で見詰めている。
「ブフッ……プックク」
「コラッ。ヘル、笑うのはいくらなんでも酷いじゃろ。……ぅふふ」
「ナツこそ笑っておるではないか。……ククク」
流石に今のミオンを笑うのは酷いだろうと、皆の二人を見詰める目がそう言っている。しかし、それに気付いていながら尚も二人は笑う。当然、泣き叫ぶミオンには決して笑い声が聞こえぬ小さなものであるが、それが聞こえた時の事を思うと気が気じゃない。
「おい、笑うのは流石に酷いって。今は慰める時でしょ」
「ですです。ヘルさんもナっちゃんさんも酷いですー」
「姫様、人の不幸を笑うのは流石に………」
「いつもの優しい二人はどこに言ったんだい? 僕は悲しいよ」
「ほら、アキとフユは新入りのミオンを慰めてやって。ワタシ達はヘルとナツにお説教しないと駄目だから」
俺、テティス、ブリュンヒルデ、タレイア、アグライアの順に思っている事を呟くと、その途端に必死に笑いを堪えていた二人が焦った様子で弁明し始める。
「ち、違うぞ」
「な、何か勘違いしとるじゃろ?」
白々しく言い訳する二人に、俺達の視線が冷たく突き刺さるのだが、それでも二人は大きく首を振ってミオンにバレない小さな声で弁明を続けた。
「強くなるのに必死な輩というのが理解出来たのでな、それでこの後の事を想像すると笑えたのだ。それだけだぞ」
「そうじゃそうじゃ。きっと嬉し泣きに変わるのじゃろうと、そう思えばこそ笑っておったのじゃ」
「意味が分からないんだけど? 言い訳するのにも、まだ上手い言い訳があるんじゃない?」
「マスター、考えてもみろ。強くなるのに必死な奴ならば、マスターがスキル付与出来ると知れば喜ぶ事間違いなしじゃ」
「そうだそうだ。そうすれば、今は悲しみに打ちひしがれておっても満面の笑みに変わるだろうと、そう思えばこそ笑っておったのだ。決して人の不幸を笑っておった訳ではないぞ」
確かに言われてみればそうかもしれない。スキル付与出来る事はまだ説明していなかったし、それを知れば二人の言うように強さを求める求道者のようなミオンになら嬉しい事実となるのだろう。
だが本当にそれが理由で笑っていたのかと、無言でメンバー全員で見詰め続けていれば、それがどうやら本当にそう思って笑っていたのだと理解出来た。メンバー全員から見詰められても全く表情や仕草に変化が無いし、堂々としているので本当にそうなのだろうと思えたのだ。
「はぁぁぁ、良かったよ。嫌味な小姑みたいになっちゃったのかと心配しちゃった」
「「失敬な!」」
「ゴメンゴメン、マジでゴメン。だって、いきなり笑い始めるから」
心底不愉快ですと言わんばかりに肩をいからせる二人に謝りつつ、俺は唇を尖らせる不機嫌な二人をブリュンヒルデ達に任せ、アキとフユに慰められているミオンに視線を移して声を掛ける。
「あ〜えぇと………ちょっといい、ミオン?」
嗚咽しながらチラリとだけ此方に目を向けるミオンに、俺は至極優しい口調を意識して言葉を続ける。
「個体レベルとかスキルレベルは初期の数値に下がっちゃった訳だけど、俺が神様から貰った力でミオンの才能を広げる事が出来たりするから、決してマイナスな事ばかりじゃないんだよ」
「い゛み゛が……わ゛がら゛ん゛」
「えぇと、人間はスキルっていうのを運が良ければ地上に産まれ落ちた時に授かるんだよ。それが才能ってヤツなのはさっき説明したでしょ?」
「う゛ん゛」
「そのスキルってのは、運が良ければ一つ、或いは二つも持ってれば凄い事なんだよ。ミオンの場合、実はそのスキルを既に四つも持ってる。そんな状態でミオンが常人以上に努力したからこそ、超越者と呼ばれる程の強者になれた訳だ。
ならば、俺が神様から貰った力で今のミオンに更に沢山のスキルを付与したなら、その時のミオンはどうなるかな? しかも、その沢山のスキルを持った状態で昔のように努力したとしたら?」
「…………あっ」
「そう、その通り! これまで以上の強さを持った新たなミオンの誕生って訳だ!」
「本当……?」
「本当に本当の事だよ!」
「本当に本当の事ってのは本当?」
「本気と書いてマジと読むくらいに本当の事さ!」
「………ィィィイヤッターーーー!!! ヤッホーーーィ!!!」
腹の底から三階層に響く喜色満面の叫び声は、小躍りし始めたミオンが落ち着くまで暫く続いた。それこそ疲労困憊になって倒れるまで、ミオンの不思議な踊りは止まらなかった。
折角の美人なのに、口が悪ければ踊りのセンスも無い。しかし、強くなる事に貪欲で素直に感情を表に出すミオンは不思議と好印象を持てる。
最初はメンバーと仲良く出来るのか疑問に思ったが、これなら直ぐに打ち解けるだろう。少なくとも、疲労困憊で倒れ伏す彼女を見ているとそう思えた。




